食戟のサナ 後
料理対決当日。
材料は、柊木ちゃんが代表して買ってきてくれたらしく、調理室の冷蔵庫に入れてあるそうだ。
昼休憩は、三すくみの状態で、バチバチに火花を散らしていた。主に紗菜と柊木ちゃん。
「先に兄さんに、審査するポイントを伝えておくわ」
「ああ、独創性とか味とか、そういうやつ?」
「そんなの普通でつまんないでしょ? そんなのじゃなくて、審査項目は、全部で四項目。『友情』『努力』『料理』――」
友情、努力、勝利だろ!
どこに料理ブチ込んでんだ!
てか、これ料理審査ですよね??
料理自体が審査カテゴリーの一個でいいの!?
友情と努力って何? 何をどう評価すればいいんだよ……。
「一体なんのための料理対決だよ……。で、四つ目の審査項目は?」
「兄妹愛」
紗菜だけ圧倒的有利じゃねえか。
こいつ、勝つために手段を選ばねえタイプだ。
「……さーちゃんだけ、有利はズル」
「そうだよ、紗菜ちゃん。そこは、『愛』にしないと」
他の三項目も気にしろっ!
「愛にすると……に、兄さんのことが好きってことになるかだらダメぇっ」
紗菜、顔真っ赤だぞ。
「ならねえよ」
「……ならない」
「うん、ならないよ?」
「…………そ、それなら、まあ、いいけど?」
というわけで、放課後を迎え、変則料理対決が開幕した。
料理をするので、今日は家庭科室ではなくて火を扱える調理室に集合した。
「兄さんは、ご飯を炊いてサラダを作ってて。それくらいできるでしょ」
「できるけど」
どう考えても唐揚げ作る気だ。
「あ、真田君はやらなくていいよ? あたしがちゃちゃっとやっちゃうから」
俺を甘やかすことにかけては、他の追随を許さない柊木ちゃんはさすがだった。
「みんな作ってるのに、俺だけ何もしないってもの悪いから、俺やるよ?」
「じゃあ、先生と一緒に作ろ♡」
ぴく、と紗菜と奏多の眉が動いた。
「先生はお疲れだから、兄さんとサナが作るから」
「……サナちゃんより、私のほうがサラダ上手に作れる」
無言が続く調理室は、息がしづらいくらい重い空気が流れた。
な、なんだ、この雰囲気……!?
「俺、一人で作るから。みんなは、自分の料理に集中して?」
そう言うなら、と三人はしぶしぶと作業を開始した。
タイムリープする前は、一人暮らしをしていたからサラダにそれほど困ることはなかった。
それに、ご飯を炊くなんて、大人なら誰でもできるし。
サラダをありあわせの物で作って、冷蔵庫に入れ、あとはご飯の炊きあがりを待つだけとなった。
そのころには、調理室は油のにおいとパチパチ、という何かを揚げる音が聞こえていた。
「――――なんでみんな唐揚げ揚げてるのよっ!! サナだけだと思ったのに!」
「……誠治君の好物を作るのは、定石」
「紗菜ちゃんは考えが甘いねー? どうして自分だけが特別だと思ったのー?」
「うぐぐぐ……サナだけ頭ひとつ抜けてると思ったのにぃ……」
やることがなくなった俺は、離れたところから三人の動向を見守っていた。
あれれぇ、と柊木ちゃんがわざとらしく、紗菜の調理台をのぞいた。
「紗菜ちゃん、唐揚げ作るんだよね?」
「そ、そうよ、だから何」
「市販の唐揚げ粉、使うんだ?」
「なっ……何よ、何か変……?」
「ううん、別に。ただ、それじゃあ誰が作っても同じ味になっちゃうなって思ってー。料理対決する意味ってあるのかなー?」
柊木ちゃんもガチだ! ていうか大人げねえ!
正論だけど、料理初心者にそんなに突っ込んでやるなよ!!
「うぎぎ……だ、だって! お母さ、アドバイザーがこうしたほうが早くて簡単で美味しいって言うから……」
「「ふうん……」」と、二人が鼻で笑う。
((……勝ったな))
っていう柊木ちゃんと奏多の心の声が聞こえた気がした。
「にっ、兄さぁぁん! 二人が真田家の唐揚げをバカにするぅ!」
「バカにされてんのは、料理対決なのに無個性な唐揚げ作ろうとしたおまえの姿勢だろ」
「もおおおおお、なんでそういうこと言うのおお! サナ、頑張って練習してたのにっ」
知ってるよ。今日まで鬼のように食卓に唐揚げが出てきたからな!
朝も弁当も夜もだ。
真田家は今、唐揚げで乾杯するレベルの唐揚げパーティ状態なんだよ。
「アドバイザーのバカぁああああ」
「あとな! 母さんをアドバイザーって呼ぶのやめろ! なんか恥ずかしいから!」
紗菜ちゃんは可愛いねー、と柊木ちゃんはまるで子供扱い。うふふと笑いながら、テキパキと手を動かし、どんどん揚げていく。
「……誰にでも作れて、誰にでも美味しいということは……とどのつまり、ファミレスのハンバーグ……。一番にはなりえない……」
奏多はとにかく容赦なかった。
「なんとディスられようが、サナは、サナの唐揚げを信じるっ!」
肉切って粉まぶして揚げるだけの唐揚げの、何を信じるっていうんだ、妹よ。
「できた!」
「……私も全部できた」
「先生も調理完了♪」
盛り付けやら何やらが完了したそうで、俺のところまでみんなが唐揚げを持ってくる。
紗菜のやつは、今日の昼、弁当に入ってたやつと一緒。
柊木ちゃんのも、俺がよぉおおく知っている唐揚げだった。
奏多のは……肉っていうより、ひとつひとつが縦長でゴツゴツしていた。
「いただきます」
うん、紗菜のも柊木ちゃんのも知っている味。
揚げたてだから美味しい。
奏多のやつは……。
ひとつ食べてみる。
ボリリ、と歯ごたえがあって、ところどころ肉もある唐揚げ。
居酒屋で食ったことある。
「あ、これ、もしかして」
うん、と奏多がうなずいた。
「……やげん軟骨。唐揚げって聞いて、みんな同じの作ると思ったから、変化球」
「やげん軟骨、やられたって思ったよ……材料買ってくるとき」
柊木ちゃんがマジへこみしてるところに、紗菜がひそひそと訊いた。
「やげん何? 軟骨って?」
「かみ砕けるくらい柔らかい骨のこと」
「ほ、骨ぇぇぇぇえ? そんなの、美味しいわけないじゃない。お肉じゃないのに」
「妹よ、まだおまえは子供だな」
「……さーちゃんの味覚は、小学生」
「大人好みのアテだから、仕方ないよ」
「うううううううううううう、バカにしてえええええっ」
柊木ちゃんが炊けたご飯を全員分よそっていき、冷蔵庫のサラダを出してテーブルに並べる。みんなが作った唐揚げを囲んで、ちょっと早い夕飯がはじまった。
「市販の唐揚げも美味しいね、紗菜ちゃん」
「……うん、美味しい。市販の唐揚げ」
「市販の唐揚げって言わないでっ。サナの唐揚げって言って! ……うう、先生の美味しい……」
「……うん、お肉に味がしみ込んでて、美味しい」
「でしょでしょー」
楽しそうに話している間、俺は三人を各五点満点で採点をしていく。。
まずは柊木ちゃん。
友情1 努力1 料理5 愛4
努力なんてしなくても最初から上手だし、そもそも美味しいのは知っているから友情努力は『1』だ。
次は紗菜。
友情3 努力5 料理2 愛3
ディスられっぱなしだったけど、頑張ったのは認めるから努力は『5』。
最後は奏多。
友情2 努力3 料理4 愛5
みんなが同じ物を出すだろうって予測と、同じのだと飽きるっていう食べる側への配慮を評価して、愛は『5』。
友情項目は、今回の件で、誰かと協力したかっていう点を見た。
そわそわしている三人は、採点中、俺のほうをちらちらと見てくる。
よっぽど気になっているらしい。
採点が終わってみんなに紙を返した。
「兄さん、一番は?」
「一番必要? 美味しかったし、料理としては成功してるんだから、もういいんじゃね?」
そもそもは、紗菜の花嫁修業に端を発する。
頑張って練習してたし、みんなもそれなりに楽しかったんだと思う。
ご飯食べてる最中、和気あいあいとしてたし。
納得してくれたらしく、みんなそれぞれうなずいた。
帰り道。
「カナちゃんの採点見せて」
「……やだ」
「なんで?」
「……恥ずかしいから」
「恥ずかしい採点されたの? ちょっと、兄さん!」
「俺は普通の採点したよ。むしろ点数じゃ一番だ」
「え。じゃあどうして……?」
無言のまま、奏多は俺たちと別れた。
愛が『5』だったから……?
「サナ、お料理……もうちょっと頑張る……先生に負けるのは癪だから」
紗菜の意欲向上に繋がったので、今回の料理対決は大成功だった。
ただ、柊木ちゃんから夜、電話がかかってきた。
『愛は4じゃないよ、一〇〇点だよ! 誠治君には伝わってると思ったのにっ』
と、五点満点で一〇〇点を要求する柊木ちゃんであった。