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食戟のサナ 前


 朝の登校に、井伊さん――奏多が加わることになった。


 最近、通学路の途中で俺と紗菜を待っていて、そこから一緒に登校している。


「前、先輩がいたときは、家庭科部ってどんな活動していたの?」


 紗菜の何気ない質問は、俺も知りたいところだった。

 俺たちが入部してからというもの、放課後に家庭科室に集まってゲームしているだけのお気楽クラブになっていた。


 紗菜と奏多はそれでいいみたいだから、俺もそんなゆるい部活動でまったく問題はない。


「……お料理をする。……お菓子を作る。……お裁縫で何か作る。……作ることが多い」

「じゃあ奏多も料理や裁縫得意だったりするんだ?」


 俺が尋ねると、はっとした奏多は顔を背けた。

 なんか、微妙に傷つく……。


「……練習しようと思って、去年入った。けど、苦手なまま……」

「紗菜と一緒だな」

「サナは苦手なんじゃなくて、しないだけよ。寝ぼけたこと言わないで」


 寝ぼけたことって、真実だろう。


 未来の紗菜は、俺と同じく実家を離れて一人暮らしをしている。

 会社と自宅を行き来するだけの生活だったらしい。


『か、家事くらい、サナにかかればヨユーよ』


 って、タイムリープ前の大人紗菜は言っていたけど、あの感じじゃ、てんでダメなんだろうな。俺の知る限り、年齢イコール彼氏いない歴だったし。


 大人紗菜は、今の紗菜をもう少し大人っぽくしたくらいで、ほとんど大差がない。


 おっぱいは、ちっぱいのままだし。一切成長してねえの。

 家族共有のパソコンの検索履歴を見たら、『胸 大きく』って出てきたし、気にはしているらしいけど、迂闊だったな、妹よ。


 あとそれとドンマイ。

 風呂で胸をマッサージしても努力は無駄に終わるぞ。


 綺麗なだけで、口うるさくて生活能力ゼロっていう典型的なワガママ姫タイプだからな……。

 結婚を意識させる女性ではないことは確かだ。


 このまま紗菜を放っておけば、将来的には俺の知っている大人紗菜(貧乳ワガママ姫)になってしまう。


 二〇代はいいけど、三〇を越すとちょっとキツい。


 兄として、未来を知っている俺が、妹の不憫な将来を変えてやらなくちゃ。


 俺は隣を歩く紗菜の肩を掴んで、まっすぐ見つめた。


「紗菜、頑張ろう。ダメなものはダメって認めるところからスタートだぞ」

「な、何よ、急に」

「……家庭科部、する?」


 奏多が自転車を押しながら首をかしげた。


「うん。ちゃんと活動しよう」


 家庭科部っていうか、花嫁修業部。


「しなくっても別にいいんでしょ? 柊木先生、何も言わないし」

「……柊木先生は、お飾り顧問だから」

「そっか。先生、家事全然ダメそうよねー」


 柊木ちゃん、ボロクソ言われてる。家事、完璧にこなせるのに。


「紗菜。あのな、男は、家事ができる女子が好きだぞ? 何だかんだで。男も家事をする社会になったっていうけど、料理できたり、ボタンが取れたらちゃちゃっと付けてくれたり、いつも家を綺麗にしてくれていたり、男は、そういう女子に魅力を感じる」


 思い浮かんだ女性像は、まんま柊木ちゃんだった。


 ぴく、と紗菜と奏多が眉を動かした。


「へ、へえ、そう。……兄さんも、そう思うの……?」


 奏多も同じことを知りたいらしく、じいっと俺を見つめている。


「もちろん。今のは一般論プラス俺の私見」

「「やる」」


 一般論の威力すげー。


 このまとまった話を、昼休憩、みんなで柊木ちゃんに話した。


「そっかそっかぁ。ちゃんと活動するんだ。みんなえらいねー! ずうっと遊んでいるだけだから、注意したほうがいいのかどうか迷ってて……」


 あはは、と、柊木ちゃんは苦笑いしていた。


「予算なら余っているから、欲しいものがあったら、先生準備しておくよ?」

「準備は別に構わないけれど……先生、料理できるの?」


「あー。紗菜ちゃん、そういうこと言う? 先生、ちゃんと毎日手作り弁当なのに」

「……当初は確かに手作りだった。けれど、途中から手抜きの冷凍食品ばかりになった」


「うぎっ……。よ、よく見てるね、井伊さん……」

「……だから私は、料理できるアピールを部員にしたかったのではないかと予想」


「そ、そんなことないから! アピールっていうか、できるからね?」


 家庭科室で昼休憩のときは、俺に弁当を作らなくていい。

 そのせいか、柊木ちゃんが自分ひとりの弁当を簡単にすますことが多くなったのは確かだった。


 紗菜と柊木ちゃんが言い合って、ときどき奏多がチクっと刺す。

 やいのやいの、と女子三人が盛り上がりはじめた。


「もう、こうなったら戦争よ! 二日後に、部活でお料理対決!」


 紗菜の提案に、二人とも自信満々にうなずいた。


「……わかった」

「先生、圧勝しちゃうけどいいのー?」

「あとで吠え面をかくといいわ」


「……料理は、理屈による組み立てと感性……勝てる……」


 これが、近い将来『食戟』と呼ばれる料理対決のはじまりとされている(適当)。


「審査員は兄さんね」

「え。俺? いいけど」


 三人ともそれでいいらしく、鼻息荒くうなずいた。


 柊木ちゃんの顔に『彼女としての意地とプライド』って大きく書かれている。


 こうして、料理バトルが開催されることになった。


『柊木先生が本気出したら、むしろKYだよねー? 大人げないもんねー?』


 その日の夜、柊木ちゃんから電話がかかってきて、余裕たっぷりに語っていた。


『大人の女性と小娘の違いっていう圧倒的な現実を見せつけてあげるのも、大人の役目だもんね♪』


 大人げないことをする気満々だった。


『久しぶりに、誠治君の大好物作ってあげる♡』


 ……揚げる気だ。

 この先生、鶏肉を揚げる気だ。


 一階では、紗菜がドタバタと騒がしい。


「お、お母さーん!? ちょ、ちょっときてぇええ」


 何作る気なのかは知らないけど、ちゃんと下ごしらえするところから紗菜はスタートだろう。


 柊木ちゃんの優位は動かない。

 ただ、天才肌の奏多がどう動くのかで局面は大きく変わる。たぶん。


「お母さん、兄さんって何が好きだっけ?」

「あの子は……唐揚げとかじゃないの?」

「なるほど……!! サナも好き!」


 今日奏多からもメールで、何が好きか訊かれて、唐揚げって答えたばかりだぞ。


 ……とっても嫌な予感。


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