柊木ちゃんと温泉旅行3
温泉旅行二日目は、柊木ちゃんに膝枕されながらテレビを見たり、ときどき内風呂に入ったり、そのあとはポカポカになって昼寝したり、ラブラブな時間を過ごした。
ここは桃源郷か何かかっていうくらい幸せな時間だった。
三日目の朝。
仲居さんが運んできてくれた朝食を食べていると、そおっと柊木ちゃんが挙手した。
「誠治君、近くに海があるでしょ? あとで行ってみない?」
「そうだな……」
海水浴客はほとんどいないだろうけど、俺たちみたいに温泉に来たついでに寄る人はいるかもしれない。
明るいうちに人目のつく場所に行くってなると、バレるリスクが上がる。県外とはいえ、土日の温泉なら泊まりに来ている知り合いがいないとも限らないんだし。
ちょっと厳しいかもしれないけど、ここは却下かな……。
「俺も春香さんとは行ってみたいけど、顔バレする危険があるうちは……」
「って言われると思って、用意してます! じゃん」
効果音とともに柊木ちゃんが出したのは、キャップとつばの広い帽子だった。
「これを深く被ってれば、遠目じゃまずバレないよ」
「準備いいな」
「ふふん。お忍び旅行だからね。必需品でしょー」
ドヤ顔をした柊木ちゃんは、つばの広い帽子を目深に被ってみせる。
なんだか芸能人気分だった
はい、とキャップを渡される。
ま、これがあるなら、大丈夫かな。
「チェックアウトしたら、行こうか」
「やった♪」
のんびりご飯を食べて、荷物をまとめてチェックアウト。
車で少し移動して、海水浴客用らしきガラガラの駐車場に車を停めた。
天気は快晴。青空のむこうに水平線が見える。
「海だよ、誠治君、ほら、あれっ!」
「見えてる、見えてるから」
きゃっきゃ、と子供みたいに柊木ちゃんがはしゃぐ。
なんだろう、雪を見てテンションが上がる犬みたいな……。
見えそう……柊木ちゃんのお尻のあたりに、全力でぶんぶんと振られている尻尾が見えそう。
車から降りて、小さな砂浜を手を繋いで歩く。
まだ午前中だからか、幸い人はほとんどいなかった。
それでも、一応帽子は被ったままにしておいた。
今日も柊木ちゃんは楽しそうに、ああだこうだと色々としゃべってくれる。
うん。
今なら渡せそう……!
この前、仕事を頑張ったらご褒美をあげるって言って、それ用に買っておいたプレゼント。
なんだかんだで、渡すタイミングがなかったり、なかなか切り出しにくくて機会を逃したりしていた。
隠し持っている紙袋の中には、個別に買ったシュシュが五つ。
こんなことなら、もうちょっと俺も奮発したプレゼントにすればよかった……。
「ていうか……こういうのって、女の人はいっぱい持ってるんじゃ……?」
「どうかした?」
うおう!?
めっちゃこっち見てる。
「なんか独り言ぶつぶつ言ってたけど?」
い、今だ。今しかない。
「春香さん……これ……」
隠していた小さな紙袋をずいっと差し出す。
「? 何これ」
「この前、仕事を頑張ったらご褒美をあげるって言ったでしょ?」
「くれるの……?」
「うん。お仕事よく頑張りましたっていう、プレゼント」
柊木ちゃんは受け取ると、中見ていい? と目で尋ねてくるので、俺は恐る恐るうなずいた。
ど、どういう反応するだろう……。
「あ、シュシュ。可愛い」
お。おお……よかった。気に入ってくれたみたいだ。
「ありがとう、誠治君……」
顔を上げてお礼を言ったかと思うと、柊木ちゃんは目をウルウルさせていた。
なんで!?
「可愛いし……学校でも使えそうな、派手じゃないちょうどいい感じのシュシュで……」
ぽろぽろ、とついに涙を流しはじめた。
ぐすん、と鼻を鳴らしながら、帽子のつばを引っ張って顔を隠そうとする。
「な、なんで? お、おお、落ち着いて、春香さん! それ、春香さんにあげたプレゼントだから」
「うん……。仕事、でも使えるシュシュだから、あたしのこと、考えて、っ、くれてるって、思ったら、嬉しくなっちゃって……っ」
ふぇ~ん、と本格的に柊木ちゃんは泣き出した。
抱きしめて、よしよし、と背をさすってあげる。
「嬉しすぎて泣くところだったよ」
「十分泣いてただろ」
「危なかった……」
「いや、アウトでしたよ?」
「すぐそうやって鋭いツッコミ入れてくるぅ」
つんつん、と上機嫌で柊木ちゃんは俺をつついてくる。
「大好き、愛してる、誠治君……」
「俺もだよ、先生」
柊木ちゃんはすぐさま反応して、俺の胸をぽこぽこ叩きはじめた。
「先生ってすぐ言う~っ」
なにこの人、超可愛い。
「誠治君は、そういうところあるよっ、ちゃんと言ってほしいときに茶化して先生なんて言って、もうっ。二人のときは春香さんだって何度も――」
「春香さん、愛してる」
「許すぅ……」
俺の首を抱いた柊木ちゃんは、人目はばからずキスをしてくる。
頭を振って柊木ちゃんの唇を回避していく。
「わぷ、ちょ、人、いないわけじゃないから」
「真田君、逃げないでください」
「逃げないでくださいって、そうやってすぐ先生ぶって――」
「先生は私語が嫌いなので、授業中は静かにしてください」
がしッ、と両手で頬を押さえられる。
「何が授業中だ。ちょ、待っ、そこ、人いるから」
「いいの、今は。んっ……」
ロックオンされた俺は、むちゅっ、と柊木ちゃんに唇を奪われる。
逃げようと後ずさると、柊木ちゃんが体重をかけたせいでバランスを崩し、砂浜に背中から倒れた。
「……」
「ちゅ、ちゅ、んちゅ」
「やめんか」
「きゃっ」
目が俺も柊木ちゃんも笑っていて、それがおかしくて二人とも声を上げて笑いはじめた。
俺たちははたから見れば、ただのバカップルなんだろう。
でもたぶん、カップルは総じてみんなバカだと思う。
でないと、恋なんてできない。
理性や平静を常に保ったままじゃ、きっと恋愛は楽しくないと思うから。
二泊三日はラブラブ楽しいままに終わり、翌日の世界史の授業を迎えた。
「あー。先生、シュシュ新しいの買ったんだ?」
「買ったっていうか、貰い物だけどね」
「可愛いー」
「いいな、それ。彼氏からもらったんでしょ?」
「絶対そう! 顔に書いてあるもん!」
女子数人に授業前に質問攻めされる柊木ちゃんは、俺があげたシュシュをつけてきていた。
「ううーん。どうだろう?」
とぼける柊木ちゃんは、俺をチラっと見て、飛びっきりの笑顔を浮かべた。
「はい。チャイムが鳴ったので授業をはじめます。席についてくださーい」