付き合うことになった
『ありがとうございますっ!! メールからお願いします!!』
テンパりながらもメールを返信して、それがまた返ってきたのが夜の七時くらいだった。
『こちらこそよろしくね♪ 今日の放課後も言ったけど、学校ではメール禁止だからね? 約束だよ?』
他の先生なら口うるさい注意でしかないけど、柊木ちゃんに注意されるのは、なんだかとても嬉しい……。
『じゃあ電話ならいいんですか?』とちょっとふざけてメールを送る。
そしたらすぐに返信があった。
『屁理屈も禁止っ』
あー。あー。やばい。反応がいちいち可愛い。
ふへ、ふへへへ。
変な笑い声が漏れそうだ。
「何ニヤけてんの?」
食卓のむかいにいた母が不審そうに俺を見る。
「べ。別に」
晩飯を食べ終え、俺は部屋に戻り返信の文章を考える。ふと、最初に浮かんだ疑問をぶつけた。
『何でオッケーしてくれたんですか? 告っておいてアレだけど』
『手を握られてドキっとして。嬉しくなって。あと一生懸命で可愛かったから♡』
『嬉しすぎて鼻血出そうです』
『大変大変! 首の後ろをトントンってしないと!』
『オッケーだったから、携帯にアドレス登録してくれたんですか?』
『うん♡』
ダメだ。
絵文字のハートがひとつつくだけで、幸せゲージがたまってフライアウェイしそう。
『このことがバレたら、結構やばいですよね?』
『え? どうして?』
どうしてって……そりゃあ、だって先生が生徒と付き合ったりしちゃ、教育上のアレがアレしてあんまりよくないだろう。
てか、ダメじゃね?
わかったとしても、先生が生徒に個人的にメールしちゃ、ダメじゃね?
没収した携帯に自分のメアド登録するとか、ダメじゃね?
実際に生徒と付き合うっていう柊木ちゃん側のリスクを考えると、俺は告白するべきじゃなかったかもしれないし、それ以上に柊木ちゃんは断らなくちゃいけなかった。
『もしバレたら、学校やめたりもう先生できなくなったりするんじゃあ……?』
『あ、そっかぁ』
そっかぁ、て軽いなー。
『でもね、仕方ないじゃん。ドキっとしてビビって電気みたいなのが走って、好きになっちゃったんだもん♡』
好きに――?
なっちゃったんだもん――?
♡――!?!?
仕方ない。
♡つけられちゃもうそれは仕方ない。
好きになったらそりゃもう仕方ない。
柊木ちゃんのすべてを受け止める姿勢100%でお送りします。
リスク上等。常識なんてクソくらえです。
いや、だが、待て待て。
落ち着け、俺。
バレるリスクは限りなくゼロにする必要がある。
柊木ちゃん、常識的な部分がフワフワしているっぽいし。
ここは俺がしっかりせねば。
『ルールを決めましょう。学校では、二人きりで会わない』
『えー!? メール禁止してるから、そうしないとおしゃべりできないよ?』
この先生、学校で二人きりになってイチャつくつもりだったのか……!?
『撤回。学校で二人きりで会ってもいい』
手のひらを返す早さには定評のある俺氏。
『りょーかいっ』
『でも、歯止めが効かなくなりそうだから、一〇分休憩のどこかの時間で、一回だけとします』
『え。お昼休憩はっ!? メインイベントだよ!?』
『さすがにそれは……。長い時間会うと怪しまれやすくなりますし』
『むー。真田君は結構マジメなんだね。いつもお弁当作って持っていってるから、余分に一個作っていくんだけどなー?』
あ。わかった。柊木ちゃん、さてはダメな大人だな?
恋人関係を続けながら、俺が柊木ちゃんを守らないと。
俺の中身は、少なくとも今の柊木ちゃんより年上なんだし。
俺がしっかりせねば。
『弁当は嬉しいです。けど、食べる場所がないでしょ? 先生と生徒が毎日一緒に弁当を食べるなんて、怪しさ満点です』
『世界史準備室の鍵、先生が管理してるんだけどな♡』
!? ……お、落ち着け俺。
お……お、俺がしっかりせねば。
『マジですか』
『うん♪ 五限目がはじまる前は、他の世界史の先生が来るときもあるけどね。それが何曜日なのか、先生把握してる☆』
『じゃあ昼休憩は、その曜日以外』
『誰も来ないよ?』
…………。
『おかずは、唐揚げが好きです』
俺の常識は、このとき完全に死んだ。
『了解っ。明日入れるから♡』
撃沈した。
もう無理だった。誘惑には抗えなかった。
もう、なんでもいいや。
柊木ちゃんとこっそり二人きりで、柊木ちゃんが作ってくれた弁当を食うっていう夢みたいな状況を逃すのは、オスとして失格だろう。
俺はすぐに明日弁当が不要である旨を母に伝えた。理由は適当にでっち上げて。