再会。そして
◆柊木春香◆
「お疲れ様です」
「お疲れ様ー」
事務員さんに職員室の鍵を渡して、まだ施錠されてない裏の勝手口から外に出る。
「さむ」
相変わらず要領の悪い自分が恨めしい。
でも、仕事を口実に面倒な忘年会も行かなくて済んだのは、なんというか、ラッキーだった。
コートの前をしっかりと締めて、一〇年来のマフラーに首をうずめる。
「どうしよう」
忘年会に行く気がない、行きたくないと言っているみたいだから、(いや、本音はそうなのだけど)車ではなく今日は歩いて出勤した。
歩けば三〇分近い。
こんな日に限って、タクシーが迎えに来てくれるのは時間がかかるらしい。
「歩こうかな」
寒空に独り言ちると、見慣れない車が駐車場にやってきた。
ヘッドライトを消すと、運転手が降りてきた。
先生の誰かだろうかと思ったけど、違った。
見覚えのある顔。
幼さを残した顔は、好青年と言って差し支えないほど成長していた。
言葉を探し終えたあと、あの、とむこうが口を開く。
「忘年会に、行きそびれちゃって」
心地よく耳をうつ聞き慣れた声。
「……はい……あたしも、です」
口をへの字に縛ってないと、嗚咽がこぼれてしまいそうだった。
膝が震える。
涙声を堪えた代わりに、涙が視界を覆った。
「どうですか、これから一杯だけ、呑みに」
「こんなところで、こんな時間に、ナンパですか……?」
「ダメですか? ……素敵な方だったので、つい」
「あたしで、いいんですか?」
「はい」
「年、いくつだと思ってます? 一二月の頭に、三四歳になったんです」
「僕も一二月の頭に、二七歳になりました。もしかすると、誕生日、同じかもしれませんね」
「お誘いするなら、若い方のほうがいいんじゃないですか?」
「若いからいいってものでもないでしょう」
「あたし……仕事の要領は悪いし、職場の忘年会も行きたくないから口実を見つけてサボったりして……そんなダメな大人なんです」
「『ダメ』っていけないことですか?」
会話を交わすたびに、一歩ずつ距離が縮んでいった。
伝えなければ、とずっと心にしまっていたことを話した。
「好きな人が、いるんです」
ぴたり、とお互いの足が止まった。
「一〇年前からずっと。好きになっちゃいけない人だったんですけど、気持ちは抑えられなくて」
「奇遇ですね。僕も……あれこれ合わせると二〇年ですけど、一〇年前からずっと好きな人がいます。春香という名前の人です」
涙が頬を伝った。
歩み寄ったけど、最後は少し走った。
抱きつくと受け止めてくれた。
「嘘ばっかり。何が奇遇よ」
「おっかしいな」
とぼける声に見上げると、懐かしい笑顔があった。
背中に回された手に、ぎゅっと力強く抱きしめられた。
「ごめん、遅くなって。いつになれば、俺を『大人』だと認めてくれるかわからなくて」
「ううん……遅くなんてないよ。誠治君のこと、信じて待ってたから」
一〇年前、クリスマスにもらった花とメッセージカード。
メッセージカードには『絶対に迎えに行くから』とだけ書いてあった。
あのときはよくわからなかったけど、今ならわかる。
「俺、もう一緒に酒呑めるよ」
「うん」
「免許も持ってるし、自分の車だってある」
「うん……」
「色んな女の人と知り合ったけど、先生が一番だった」
「……もお……二人、きりのときはぁ……先生じゃにゃくて、春香しゃん、でしょぅ……」
涙声でぐずぐずになったセリフを誠治君は笑った。
「まぁ、もう俺の先生でもないけどな」
「じゃあ、言わないでよぅ。大事なセリフのときは、いっつも『先生』ってわざと言うんだから」
「バレたか」
彼なりの照れ隠しなのはすぐにわかった。
人生を通して色々と経験してきたのだ。生徒でもなく、男の子でもなく、一人の男性として、こうして会いに来てくれた。
「俺と結婚してください」
付き合っていた頃、それに類する言葉は何度も言ってくれたけど、今日が一番嬉しい。
またぎゅっと抱きしめる誠治君の後頭部を何度か撫でた。
「はい。あたしでよければ、もらってください」
◆真田誠治◆
柊木ちゃんを乗せて車で移動する。
「はじめてだね。誠治君が運転席だなんて」
温泉に行くときに一回あったけど、あのときは、寝てたもんな。
オシャレなバーに行こうとすると、夏海ちゃんから連絡があった。
さっきお叱りを受けたときに、柊木ちゃんがどこにいるのか尋ねたのだ。
それで、だいたい察しはついたんだろう。
『よかったじゃん。あ、あの店でしょ? ウチらも行くからぁ――』
今は紗菜と奏多も一緒らしい。ついでに怜ちゃんも。
みんな揃うんだねーってのん気に言っていた柊木ちゃんが、青い顔でぷるぷる震え出した。
「さ、紗菜ちゃんに、またビンタされるかも」
「ビンタ? え、何それ」
「あ……。何でもない」
何だよ、何があったんだよ。
「誠治君、車だと呑めないよね?」
「終電で帰るから大丈夫」
「久しぶりに会ったのに……帰っちゃうの?」
赤信号で停車する。
見つめられていることに気づくと、顔を寄せて二度キスをした。
「今夜だけは、二人きりが、いいな……?」
「俺も」
一次会でウォームアップを終えた集団に、素面だと混ざりにくいしな。
夏海ちゃんたちにはあとで謝ることにして、別の店を目指してアクセルを踏む。
進路はすべてオールグリーン。
向かうところに障害は何もなく、ただ進めばいい。
俺自身、二七歳以降のことは何も知らない。
明日何が起きるのかなんて、誰も知らない。
普通そうだし、それでいいんだ。
わからないっていうのは、不安なことだけど、柊木ちゃんがそばにいてくれれば、きっと大丈夫。
俺は止まっていた人生を、今日リスタートさせた。
「ポンコツだからって、愛想尽かさないでね?」
「知ってるから大丈夫」
「ん~もう……」
複雑そうな顔をする柊木ちゃんを見て、俺は少し笑った。
信号待ちの隙を狙って、こっそりと小指を絡めてくる。
「誠治君、これからも末永くよろしくね」
「こちらこそ」
高二にタイムリープし当時好きだった先生に告った結果、俺は大切な人と幸せなエンディングを迎えられた。
<了>
今回で「高2にタイムリープした俺が、当時好きだった先生に告った結果」完結です。
ここまで読んでくださった皆様ありがとうございました。
割と真面目に後書きを書きました。読みたい方はケンノジの活動報告をご確認ください。
紗菜とのエピソードやその他キャラの話などの番外編はまた後日ということで。
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なろうでは読めなくしている【自主規制】部分も読めます。
書籍版もよろしくお願いします。
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完結お疲れ様!
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