それから
◆真田誠治◆
下校中。
「準備室で柊木ちゃんと揉めた女子って、おまえのこと?」
「知らないー」
卒業式を残すだけとなった在校生からすると、かなりの大事件で、一年の女子がそうだっていう話は、一斉に校内に広まった。
藤本あたりは情報が早くて、チャンサナらしいぞ?って言っていた。
どうして揉めたのか、なんとなく原因はわかる。
「怒らないの?」
「は? 何で? おまえは何も知らないんだろ?」
「そ、そうよ」
わかりやすいな、こいつ。
「どんな理由でそうなったかは知らないけど……ていうか、もしかしてあれか? 泣かせたら殴るっていう……」
無表情にうつむく紗菜。
ああ、これはマジっぽいな。
あっさりと釈放されているあたり、きっと未遂に終わったんだろう。
「俺のために怒ってくれたんだったら、ありがとう」
「兄さんのためじゃないし。サナがむかついたからそうしただけよ」
やっぱ犯人おまえじゃねえか。
その週の残り数日、紗菜は学校を休んだ。
自主謹慎とか言ってたけど、本当はそんなの出てなくて、ただのサボりらしかった。
柊木ちゃんとは、あれから連絡は取っていない。
世界史の授業も、目がまったく合わなくなって、本当に別れたんだなって実感がわいて、授業中にちょっと泣きそうになった。
こうなるっていうのは、現代を何度も見ていたからわかっているのに――衝撃はおそらく半減していたはずなのに――知っているのと、体験するのとじゃ段違いで、強い悲しみが残った。
柊木ちゃんは、部活にも当然のように顔を出さなくなった。
世界史準備室にも、鍵がかかり、いよいよ接点がなくなりはじめていた。
本来、先生との距離感ってこんなもんなんだよな……。
どれだけ柊木ちゃんが俺に歩み寄って来てくれたのかが、よくわかった。
やがて卒業式も終わり、終業式を迎えた。
明日から春休みという解放感があったけど、何をしていいのか、まったくわからなかった。
……去年できなかったから、花見しようって約束したのに。
部活の表彰式や校長の話が終わりにさしかかると、「三月でこの学校を離れる先生が数名いらっしゃいます」と案内があった。
壁際に並ぶ先生たちの中から、五人ほど壇上に上がる。
体育館がざわついた。
その中に、正装をしている柊木ちゃんもいた。たぶんそのせいだ。
この学校を離れる先生――。
高校生のときはわからなかったけど、いわゆる人事異動だ。
俺とのことがバレてそうなのか、それとも紗菜と揉めたことでそうなったんだろうか。
新任の先生が二年で異動するっていう話はあまり聞かない。
不祥事か、特例としての異動なのか、それはさすがにわからない。
校長からの紹介があり、それぞれの先生が挨拶をしていく。
柊木ちゃんは、この学校での思い出に少し触れて、お礼を言ったあと、この学校で過ごせて楽しかった、と当たり障りのない文言で締めくくった。
校長が言うには、しばらく休職するという。期間は明言しなかった。
藤本に突かれた。
「柊木ちゃん、何で学校辞めるの? チャンサナと揉めたから? それとも――」
「知らねえよ。休職っつーのは、辞めるって意味じゃねえから」
思わず語気が強くなってしまった。それに藤本が少し驚いた顔をした。
「おまえが知らねえなら、生徒は誰もわからねえわな……」
言い終わると、励ますように俺の肩を叩いた。
夏海ちゃんとは、HRG社のバイトで顔を合わせることが何度かあった。
柊木ちゃんとのことを知っているんだろう。夏海ちゃんが知らないわけがない。
それでも、気を遣わず、普段通りに接してくれるのがありがたかった。
柊木ちゃんのいない学校生活……普段の生活もそうだけど――とにかく速度が違った。
毎日ルーティーンのように学校に行って学校生活を送って、終われば帰って――。
そんな惰性のような毎日はあっという間に消費されていった。
タイムリープは、最近解除されない。
現代がどうなっているのか、見ることができない。
どうしてそうなのか、俺なりに仮説を立てた。
現代の大人怜ちゃんが、「もう終わってるってこと?」と首をかしげながら言っていた。
たぶんそれは、俺の過去改変が終わったって意味なんじゃないだろうか。
思えば、過去でしてきたことの結果を見るための解除が多かった。
すでに過去改変が完了 (おそらく)していたため、今現代に戻っても以前と変わらない。だから、もう解除されない――。
どういう理屈でタイムリープしているのかわからないんだから、仮説はあくまでも仮説でしかないけど、そう思うと、納得がいく。
高三に進級すると、俺はそこそこ勉強を頑張った。夏からでいいとか余裕こいていたけど、春から頑張った。
そのかいあってか、以前俺が入学した私立大学よりもランクが上の、公立大学に進学できた。
二度目の大学生活は、それなりに楽しかったとだけ言っておく。
授業に出たりサボったり、HRG社のバイトをしたり(時給がかなり上がってフロアでは俺が一番仕事に詳しくなった)、ときどき友達と遊んだり。
女の子と知り合う機会も増えた。
可愛い子、綺麗な子、天然な子、面白い子、ちょっとエロい子。でも、柊木ちゃんとは比較できなかった。
その頃、二一歳になっていた紗菜は、フリーのイラストレーターとして名を馳せはじめていた。
ゲーム会社から専属の話が来たらしく、名刺を見せびらかされた。中に、あのASW社があったけど、何も言わないでおいた。
奏多は専門学校を卒業して、就職したことは知っているけど、疎遠になっているのでASW社で働いているかどうかはわからない。
怜ちゃんは中三になり、立派なエロ可愛小悪魔JCに成長していた。
「中学男子とかガキくさくてぇ。やっぱり先輩みたいなオトナじゃないとぉ」
って、この前会ったとき言っていた。
一番微妙な距離感にいたのは、夏海ちゃんだった。
春香と結婚しないなら夏海と――そんなふうに愛理さんがゴリゴリに推してくるので、それに根負けすることになって「形だけそうしてくれたらいいから」と夏海ちゃんは言ってくれた。
だから今は婚約者ではなく、付き合っている体でいる。
このときから、俺の呼び方が誠治さんに変わった。ああ、ここで変わるんだ、と数年後を知っていた俺は、歴史的瞬間に立ち会ったような気分だった。