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高2にタイムリープした俺が、当時好きだった先生に告った結果  作者: ケンノジ


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想定内と想定外

◆柊木春香◆


 昼休憩、久しぶりに世界史準備室で待ち合わせ。


 面と向かって二人きりになるのは、ずいぶん久しぶりな気がする。


 思えば、予定を訊かれたときは、ここ二か月は仕事を理由に逃げ回っていた気がする。仕事が忙しいのは確かだけど、本当に誠治君はこのままでいいの? という迷いもあった。


 一七歳の高校生にそんなことを尋ねれば、このままでいいって言ってくれるかもしれない。

 でもそれは、他に選択肢がないからそう言うしかなくて――。


「お疲れ様」


 がら、と扉を開けて誠治君が中へやってくる。少しだけ顔が強張っていた。

 たぶん、あたしがそうだから、察しのいい誠治君は、何かあるなと勘づいたんだろう。


「うん。お疲れ様」


 お弁当を広げるでもなく、世間話をひとつふたつと交わしていく。

 テストの結果なんて、こっちはもう誠治君が知る前からわかっているのに、それでも話がしたくて、わかりきった話題を振ってしまう。


「まあ、テストはこんなもんじゃない? 三年の夏から本気出せば、前は間に合ったし」


 前?

 気になったけど、誠治君が大丈夫なら、それでいいや。


 座りもせず、レジャーシートを敷きもせず、お弁当を広げもしない。

 不自然に思いそうなものだけど、誠治君はその違和感を問い質さない。


 ふと会話が途切れて、沈黙が続いた。

 本当にいいの? もう何度目かわからない自問が脳内をよぎる。


「あのね、誠治君……」

「うん」


 思っていること、感じたことを伝えた。そして、関係を終わらせたいとも告げた。


 傷ついたその表情は、これまで見たことがないものだった。

 あたしは絶対に傷つけてはいけない人を傷つけたのだと知った。


「何を言っても、あたしのエゴだと思うけど……ごめんね」


 大好きな人を突き放す自分の震える声は、他人のもののように聞こえた。


「……俺のことを思った上での決意ってことでしょ?」


 勝手だと思われるかもしれない。

 最低な女だと詰られるかもしれない。


「やっぱこうなるのか……」


 小声でつぶやく誠治君。悲しげな表情の中に、どこか冷静さもあった。


「わかった」


 取り乱す様は想像がつかなかったし、泣きわめく姿も想像できなかったけど、思いのほかあっさりと了承してくれた。


 もつれると思っていた分、拍子抜けした。

 本当は、もっと悲しんでほしかった。もっと怒ってほしかった。

 そんなあっさりうなずくなんて、この関係が誠治君にとって、それだけのものだったように思えてしまう。

 別れを切り出しておいて、勝手な話だけど。


 ……ああ。

 たぶん、きっと。


 誠治君の、そういう大人並みに――いやそれ以上に――達観したところが怖かったのかもしれない。


 感情を露わにすることもなく、理路整然と言い分を呑み込む。立場が逆であちらが別れを切り出したときは、冷たい理屈で縁を切られるんじゃないか――。


 あたしは、きっとそれが怖かったんだ。


 誠治君の周りには、これからたくさん魅力的な女性が現れる。今だってそうだ。


 誠治君に相応しい魅力的な女性が他にもいると思ったことは嘘じゃない。


 話し合いの余地なく、大好きな人にあっさり捨てられるのも怖かった。それも無意識のうちに感じていたことだった。


「他に好きな人ができた、とかそういうわけじゃない?」


 思いきり首を振った。


「他に理由があったわけじゃなくて、さっき話したことが全部で本音」


「そっか」


 それならまだよかった、と誠治君はこぼす。


「俺がまだ高校生で、眼中に柊木ちゃんしかいなくて、選択肢がそれしかないから、柊木ちゃんは『自分以上に素敵な女性と出会ってもっと幸せになれるのでは?』って思ったんでしょ?」


「うん」


 柊木ちゃん……先生とも春香さんとも呼ばない。

 ああ……もしかして、普段脳内でそう呼んでいるのかな?

 今は、取り繕う余裕がないから――。


「どの道、一〇年かかるってことか……? ――ああ、じゃあ、大人になるまで、色んな女性と知り合った上で、それでもまだ一番だったら、どうしたらいいの? ずっと好きだったら」

「どうしたらって……」


 わからないよ、そんなの。嫌いになって別れるわけじゃないから、その言葉だけで嬉しくなってしまう。


 まだ好きだったら迎えに来てほしい、なんて、さすがに今言うことじゃないし、フった人間がそんなこと言えない。


「きっと、イイ人が現れるよ、誠治君には」

「ううん。現れても、目もくれないと思うよ。だって現代にいる『俺』たちはみんなそうだったから」


「どういうこと?」

「何でもない」


 別れたばかりなのに、誠治君はどこかすっきりした顔をしていた。


「やっぱりそうなんだな。怜ちゃんが気づいたことってたぶん……」


 また独り言を言って、部屋をあとにした。


 静まり返った資料室には、扉が閉まる音が妙に大きく聞こえた。


 精神的な疲れから、椅子の背にもたれるように座った。

 食欲はないし、このままぼんやり過ごそう。


 そんなことを思っていると、がらっと扉が開いた。


 誰かと思ったら、紗菜ちゃんだった。


「…………」


 目元に涙をいっぱい溜めて、口をへの字にしていた。


「どうかした?」


「廊下を歩いている兄さんをたまたま見かけて、なんか変だと思ったの。緊張してるっていうか、不安そうっていうか……だから、ここまで来ちゃった」


 聞いていたんだろう。さっきの話を。


「紗菜ちゃん、盗み聞きは感心しないよ?」

「うっさい!」


 ツカツカと歩み寄ってくると、紗菜ちゃんが手を振り上げた。

 膨らませた風船が弾けたような乾いた音が、自分の頬から鳴った。


「いった――」


 熱くなった頬が、じんわりと痛み出し、ビンタをされたのだとようやくわかった。


「何で兄さんとお別れするのよ――!」


「紗菜ちゃんには関係ないでしょ!」

「ある! だって、兄さん泣いてた!」


 泣いてた? でも、全然そんな素振りは――。


「扉閉めた瞬間! 廊下、歩きながら泣いてて――すぐトイレ入っちゃったけど」

「で、でも、ぶつことないでしょ!」

「約束! 兄さんとの! 兄さんを泣かせたら殴るって決めてた!」


 もう一発、と振り上げた手を掴む。


「そんな勝手な約束――」


「勝手はあんたのほうよ! そんな自分都合で兄さんを悲しませて――サナ絶対許さない!」

「紗菜ちゃんに何がわかるのよ!」


「興味ないからわからないわよ! アナウンサーみたいに八方美人で、いつもニコニコしてて何でもできて! 最初からなんか嫌だった!」


「そういう顔をするのが『先生』っていう仕事なんだよ!」


「どーでもいいわよ、そんなこと! 興味なくても、兄さんの気持ちから逃げた――それだけはわかる!」


 またこの子は……核心を突いて――。


「好きだから別れるの。あたしみたいなのが、誠治君を目隠ししてちゃダメだから――」


「そうやって、大人ぶった理論を武装して兄さんを傷つけた。好きだから別れるとか、そんな矛盾した理由で別れていいのは、二次元だけなんだから!」


 揉み合っている時間が長すぎた。


 開けっ放しだった扉のせいか、あたしたちの金切り声は、廊下にも聞こえていたらしい。


「何やってるんだ――」


 異変を察知した先生が中に一人入ってきて、紗菜ちゃんを引き離した。


「離しなさいよ! 離してくださいっ、セクハラっ! あの女は、サナが成敗して――」


 ジタバタと暴れる紗菜ちゃんは、廊下に引っ張り出され、駆けつけた生徒指導の先生に別室へと連れていかれた。


「柊木先生……どうしたんですか? 一体何が……」

「えっと……」


 正直に話せば、どうしてそうなったのか説明は避けては通れない。紗菜ちゃんは最悪停学処分。内申点にもかかわってくる。ぶった瞬間は誰も見てない――。


 紗菜ちゃんは、誠治君の不利になることは絶対に言わない。そんな信用だけはある。

 だから紗菜ちゃん、信じるよ――。


 緊急職員会議が開かれ、午後最初の授業は全校で自習となった。


「あたしが全部悪いんです。だから、真田さんは悪くなくて……」


 紗菜ちゃんは「言いたくない」の一点張りだという。

 事情を訊かれたあたしは、原因が自分にあることを話し、嘘八百を並べて紗菜ちゃんの許しを請うた。


 それもあって、紗菜ちゃんは要注意程度で済んだ。


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