怜ちゃんの問いかけ
こたつでぬくぬくしながら鍋。
しかもいい食材ばかりのお上品&ゴージャス鍋。
「満足……」
途中、夏海ちゃんが面白がって、俺にあーんをしてきたことにより、全員から肉だの豆腐だの何だのを食べさせてもらった。そのせいで、かなり腹いっぱいになった。
はしゃいでいた怜ちゃんがお眠モードに入り、電池が切れたようにこたつで眠りはじめた。
時間はもう夜の一〇時。あと二時間で新年を迎える。
「サナ、もうお腹いっぱい……おこたも気持ちいいし、昇天しそう……」
「……同意」
サナカナの二人がゆるみきった顔で寝転がった。
「クオリティは、まあ、普通だったよね」
と、夏海お嬢様。
「そんなこと言ってると、誰も夏海にお料理作らなくなるよ?」
「あはは。冗談だってば」
夏海ちゃんが携帯をいじると、メイドさんがやってきた。
「夏海お嬢様、ご用意していたモノをお持ちいたしました」
「うん。ありがとうー」
ご丁寧にトレーで運んできたそれは、缶ジュースだった。
……ん? パッケージをよく見ると、カクテルじゃねえか。
「おい、こら、未成年」
「まあまあ、よく見なよ」
メイドさんが持ってきてくれた缶を指差す夏海ちゃん。
その先に、ノンアルコールとあった。
「ノンアルなら、呑んでも、いいのか……?」
線引きが難しいな。
こういうときに発動しそうな警報装置こと柊木ちゃんは沈黙している。
ちらりと見ると、ちびりちびりと日本酒を呑んでいた。
「……先生は、何も見てません」
呑んでいいらしい。
まあ、アルコール慣れしてくると、カクテルなんてアルコール入っててもジュースに近いし、市販のノンアルカクテルくらいならセーフなのか。
大晦日でおめでたい日だと、許容範囲は広くなるのかもしれない。
夏海ちゃんは、カクテルと一緒に用意されたグラスを差し出してきて、それに注いでいく。
「まあまあ、呑んでよ、義兄さん」
「まだ早ぇって」
いつもの、俺たち二人の定番化したやりとりを交わすと、俺も夏海ちゃんにカクテルを入れてあげる。
「まあまあ、呑みなよ、義妹ちゃん」
「まだ早いってば」
そのやりとりを、むくりと起きた紗菜がじいっと不満そうに見ていた。
「兄さん、偽物の妹なんてダメよ」
義理を偽物って言うなよ。
そして、そのままバタリと倒れた。
……寝た? 隣の奏多も寝ていた。
怜ちゃんは、少し前に迎えにやってきたお母さんに連れられて帰っていった。
日付が変わるまで、テレビを見ながらあれこれ話をした。
そしてカウントダウンが終わり、新年を迎える。
「誠治君、今年もよろしくね」
「こちらこそよろしく」
俺たちを見ていた夏海ちゃんが、「空き巣くん、きっと大丈夫だよ」と言った。
少し先に別れるって話のことだろう。
あれ以降の行動で何か変わって、回避できたらいいなと思う。
◆
いつの間にかタイムリープが解除されて現代。
こちらはまだ年末で、会社は少しバタバタしていた。
まったり楽しい時間だったのに。
あぁ、見たくない現実が目の前に広がっている。
「せんぱ~い。ASWさんとの忘年会、場所はどこがいいです? よければ手配しますよ」
さっきまで(タイムリープ中の俺からすると)こたつで寝ていた怜ちゃんは、大人になっていた。
「前触れないから困るんだよなぁ、毎回」
やれやれだ。
怜ちゃんにあれこれ確認をしていく。
「あ、先輩、また戻ってきたんですかー?」と、事情を把握している怜ちゃんは少し呆れたようだった。
どうやら、俺が企画した『ソシャゲ作れば会社の業績よくなるんじゃね?』計画は、すでに実行に移され、そのゲームも現在絶賛稼働中。
クリスマスイベントがどうのこうの、と怜ちゃんが教えてくれた。
「先輩が飲み屋でベロベロになりながら、『やったぜ、怜ちゃん……この四半期過去最高益だってよ』って秋の終わりに言ってたので、大成功のはずです」
企画自体、もっと前から出されていて、水面下でずっと動いていたんだろう。
「『俺』が以前から頑張って話を通して、この今があるってことか」
そりゃそうか。紗菜とも関係良好なら、これからやることも決まっている。その計画を動かすことに障害は何もないのだ。それなら、早いほうがいい。
「そのときぃ、お持ち帰りされちゃう~って思ったのに、先輩ってば、あっさりボクを帰しちゃうんですもん。プンプンです」
それで今日は提携先のASWさんとうちの事業部で忘年会が開催されるそうだ。
「でも、そんなところが好きなんだぁって……」
ちら、と目が合うと、それを見越していたらしい怜ちゃんは、「きゃっ」とか言って顔を背ける。
洗練されているあざとさは健在だなぁ。
「ボクは困ったことに、ボクのことを好きな先輩が好きなんじゃなくて、柊木先生のことが好きな先輩が好きみたいで」
疲れたような、それこそ困ったような笑顔だった。
もしかすると、素の表情……?
もしそうなら、見てきた中でこれがはじめてかもしれない。
「だから、夏海お嬢様にいい顔されなくても、おそばにいたいんです」
「……」
わしわし、とちょっと乱暴に頭をなでる。
「やぁん、先輩ってば、強引っ」
いつもの怜ちゃんに戻った。
デスクの上にあった携帯がメッセージを受信する。ディスプレイに内容が表示された。
『仕事、キリいいところで終わらせてね! 今日忘年会なんだから』
噂をすれば、その夏海ちゃんからだった。
「別れてるんだよな?」
一度怜ちゃんはうなずいた。
やっぱりそうなのか。覚悟はしていたけど。
「あのとき、ボクも紗菜さんも憤りました。『今さらどうして』『何で?』って。でも、この年になると……もう中身はかなりの大人なので、同じ立場だと考えたら、先生の気持ちも、わからなくはないんです」
「どういうこと? 紗菜はむかつくから言いたくないって言ったけど、夏海ちゃんは怜ちゃんと似たようなことを言った。理解はできるって。何なんだよ、それ」
「…………あ」
何か、合点がいったように、怜ちゃんは口を半開きにして、小声で独り言を言う。
「ここでもう終わってるってこと……?」
「何? どういう意味?」
「先輩は過去を何度も変えて、現代を望む方向にシフトさせてきたじゃないですか。お話を聞く感じだと、先生とのゴールに向けて頑張ってきた。その障害となる会社の業績だって、上手くやって最高の結果を出した。でも、それでも先生との別れだけは回避できない――これはどうしてだと思います?」