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柊木家はすごい


 迎えに来てくれた高級車を降りると、目の前には豪邸があった。


「きょ、恐縮だわ……」


 それを前にした紗菜が恐れおののいている。


「……先生ってお嬢様だったんだ」


 リアクションが薄い奏多も、珍しく口を半開きにして屋敷を見上げている。


「兄さんって、そういう計算もして先生と……」

「なわけねえだろ」

「……逆玉の輿、うらやましい」


 奏多さん? 心の声、漏れてますよ。

 柊木ちゃんとのことを知られたので、もう何も隠すことがなくなって、俺としてはすごく気が楽だった。


「へぇ……ここが。ぼ、ボクの家も、い、一応市議会議員の家なので、そ、そこそこ大きいですよ、先輩」


 そして張り合おうとする怜ちゃん。でも膝がガクガクしている。

 体は正直だなー。

 すでに柊木家の洗礼――執事とメイドさんの挨拶――を終えていた俺たちに、やあやあ、と夏海ちゃんが重厚な玄関口から現れた。


「はろー、みんないらっしゃーい」


 続いて、柊木ちゃんもやってきた。


「みんな、遠いところをわざわざごめんねー?」

「お邪魔します」


 俺が小さく会釈をする。

 今日でもう三度目なのでそれほど緊張はしないけど、紗菜と怜ちゃんは、青い顔をで柊木ちゃんと後ろの屋敷を見比べている。


「「……スペックが高すぎてツラい」」


 さあさあ、中入ってよー、と夏海ちゃんが声をかけ、俺たち家庭科部with怜ちゃんは屋敷へとお邪魔する。

 夏海ちゃんが提案した忘年会を柊木家で行うことになった、と柊木ちゃん経由で連絡が入ったのが数日前。

 忘年会をやることはみんなに周知していたので問題はなかったのだけど、場所をどうするかという話になっていた。そこで夏海ちゃんが「じゃうちに来れば?」と言いだしたことに端を発し、今に至る。

 あれこれ愛理さんや色んな人に諸々確認したのだとか。


 柊木ちゃんも実家に帰るのでちょうどよかったという。

 忘年会というくくりだけど、今日が大晦日なので忘年会っていうより年越しの宴会だった。


「さ、サナ、今年は豪邸で年を越しちゃうのね……!」


 我が妹様は、緊張気味だった。

 いつぞや俺が愛理さんに啖呵を切った応接室に通される。

 そこはすでに宴会仕様になっていて、こたつが用意されており、その上に、カセットコンロがふたつ。

 な、鍋だ。鍋をやる気だ……!

 柊木ちゃんがいない? てことは、鍋をスタンバってるところかな。


「家構えは洋風なのに、こういうところは和風なんですね」


 俺が思ったことを怜ちゃんが代弁してくれた。

 さっきみんなの輪を離れて、愛理さんと隆景さんには挨拶を済ませてきた。

 ウェルカムな愛理さんとは対照的に、「家族団らんのときにやってきて」と隆景さんには迷惑そうな顔をされた。愛理さんに睨まれたら、一瞬でウェルカムモードに切り替わっていた。

 夏海ちゃん以外、みんなあちこちを見回してそわそわしている。

 俺も最初はそうだった。金持ちの家に連れて来られたら、誰だってこうなるよな。


「お待たせー」


 エプロン姿の柊木ちゃんが、カートを押しながら入ってきた。

 そこには、もくもくと湯気が立ち上る鍋。中にはカニが入っていた。


 ちょんちょん、と紗菜が袖を引っ張った。


「に、兄さん、お金持ちは大晦日にカニ鍋をやるのかしら?」

「知らねえよ」


 ふふふ、と夏海ちゃんが不敵な笑いを漏らす。


「だけじゃないんだなー?」


 カートの下の段には、黒い鉄鍋と、具材一式と卵、そして、サシの入った牛肉があった。


「「「あ、あれは――す、すき焼き――――!?」」」


 庶民一同、お金持ちの波動に吹き飛ばされそうになっていた。


「ぼ、ボクんちだって、冬はときどき、み、水炊き……やるんです、先輩」


 怜ちゃん、水炊きじゃ太刀打ちできないって。鍋系ツートップには、敵わないって。

 どうにかして張り合いたい怜ちゃんをよしよし、と慰めておく。


「フグと迷ったんだけど、こっちのほうがいいって夏海が」

「だって、フグってそんなに美味しくないじゃん? 値段が張ってお高い割にさ」


 そうなの? そうなんですか? 食べたことないんですけど。


「兄さんも、いつかこんなふうに天上人みたいな会話をするようになるのかしら……」


 紗菜が遠い目をしていた。

 柊木ちゃんが割り下からすき焼きを作ってくれる。その間、仕上がっているカニ鍋をみんなでつつく。

 カニ鍋は、柊木ちゃん監修のもと、柊木家の料理人たちが作ってくれたそうだ。

 俺の知ってるカニ鍋とは違って、お上品な味がした。


「……ちょっとしたお楽しみ会レベルの会だと思ったら、こんなの腰が抜ける」


 真顔で白菜をはふはふしながら奏多が言う。


「ぼ、ボクんちだって、ボクんちだって……」

「もういいよ、怜ちゃん。もう戦わなくていいんだ……」

「もう、誠治君たちは大げさなんだから。カニ鍋もすき焼きも家でやるでしょー?」

「やったとしても、その両方を一度にやらないんだよ、庶民の家庭は」


 そうなの? って首をかしげる柊木ちゃん。すぐに夏海ちゃんに視線を送ると、夏海ちゃんも首をかしげた。


「まったく、このお嬢様たちは……」

「先輩、お皿が空ですよ? 何がほしいですか? 白菜、お豆腐、カニにつみれ……」

 家柄アピールじゃ敵わないから、アピールポイントを変えてきたな?

「じゃあ、適当にお願い」

「はーい」

「春香さんも、作ってるとなくなるよ?」

「あたしはいいから。遠慮しないで食べてね」

「……誠治君は春香さんって呼んでるんだ」


 と、ぽつりと奏多が言うと、つまらなさそうに紗菜は唇を尖らせる。


「今までサナたちの前では、先生って呼んでたのに」

「気を遣わなくていいってなると、そうなるんだよ」

「「ふうーん」」


 冷めた目で見られた。


「嫌ねえ、リア充は。ねえ、カナちゃん」

「……うん、ほんとそう」


 どうしたらいいんだよ。


「お待たせー。すき焼きのお肉、欲しい人ー?」


 シュバッと紗菜と奏多、怜ちゃんが素晴らしい挙手を見せる。


「じゃあ、怜ちゃんから」

「あんな、サシの入った牛肉をこんなちっちゃいうちから食べたら、ロクな大人にならないわよー?」

「ふふ。もう十分、ボクはレディなので、お子様とは違うんです」

「一番お子ちゃまが何言ってんのよ」


 輝く――輝いているように俺には見える――高級牛肉にたっぷり卵をつける怜ちゃん。

 美味そう……。


「先輩、口開けてください。あーん。ほら、あーんです」

「いいの?」

「ちょっと。自分で食べればいいじゃない」


 すぐさま紗菜が口を出した。


「ボクのお肉なんですから、どうしたってボクの自由です」

「ぐぬぬ……」


 口を開けると、卵が絡んだ高級肉が中に納まる。

 まろやかな卵と、甘辛い割り下……そして体温で溶けそうなくらい柔らかい牛肉……。

 んまい……。何これ……幸せの味がする……。

 柊木ちゃんは仕方ないなぁって顔で俺と怜ちゃんのやりとりを眺めている。


「じゃ、じゃあ、サナも兄さんにあーんしてあげる」


 ビシッと柊木ちゃんの微笑にヒビが入る。


 ぶふふ、と夏海ちゃんが笑いはじめた。


「さ、紗菜ちゃんは、自分で食べたら、いいんじゃないかな?」

「……サナのお肉なんだから、自由でしょ」

「……さーちゃん、先生から、黒いオーラが出てる。笑顔から、そういうのが滲んでる」


 ちらっともう一回見ると、ゴゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうな強張った笑顔をしていた。


「……さ、サナ、自分の分は、自分で食べる……」


 しゅうううううん、と黒いオーラは霧散して変な擬音も聞こえなくなった。

 夏海ちゃんが「紗菜ちゃんはダメなんだ?」とケラケラと笑っていた。


「そ、そういうのは、兄妹でやることじゃないでしょ」


 ちょっと膨れた柊木ちゃんだった。

 そのあとは、料理長らしき人がやってきて、一枚一枚丁寧に肉を調理してくれた。

 なんか、俺の知ってるすき焼きじゃない……。


「先生、兄さんと結婚したら、真田の家はこんなもてなしはできないけど、いいの?」

「うん。問題なし」

「ふ、ふうん……ラブラブなのね」


 柊木ちゃんと結婚する条件が婿に行くことだけど、今は言わなくてもいいだろう。


「モヤモヤする……でもお肉美味しい……」


 複雑そうな顔をしたり、幸せそうな顔をする紗菜だった。


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