夏海ちゃん
もう何度目かわからないタイムリープが発動し、高校時代に戻ってきた。
今まで試行錯誤して未来を変えてきたけど、ここ何度か、柊木ちゃんと別れるっていうのは変わらなかった。
てことは、紗菜がゲーム会社で仕事をするのと同じように、あれはお決まりのイベントなのか?
「空き巣くんー? おおーい?」
俺がぼんやりしていると、隣の席でヘッドセットをつけている夏海ちゃんが話しかけてきた。
今年最後のHRG社でのバイトだった。
「今日、忘年会やるらしいんだけど、行く?」
「行かね。酒の席ってあんま好きじゃないんだよ」
「別に呑まなくてもいいんだよ?」
「ごめんけど、俺はパスで」
「なぁーんだ、つまんないのー」
時計を見ると、バイトの上がり時間まで残り一〇分少々。
「心ここにあらずって感じだけど?」
「夏海ちゃんのお姉さまのおかげでね」
やっぱ、数か月後に別れてしまうってことを知っていると、不安だし悲しいし切ないし、今何をどう提案されても、今は微妙な反応しかできない。
気持ちは全然それどころじゃない。
「えっ、何、なんかあったの!?」
目を輝かせるのをやめろ。
他人のいざこざ、ギブミーって感じだった。
「今のところ何もないよ」
そう、今のところは。
「じゃあ、ウチらだけの忘年会しない? 春ちゃんと紗菜ちゃんと井伊さん、あとはちびっ子を入れて」
「どうって……どうだろう」
「ん? いつもなら割と受け入れてくれるのに、今日は反応悪いね」
「春香さんとのこと、紗菜と奏多は気づいたらしくて」
「えっ」
俺はクリスマス会からの流れを夏海ちゃんに説明した。
「あぁ、なるほど。脇が甘いというか……。でも、険悪になってないならいいんじゃないの?」
「そんなもんかな」
「上がりの時間になったよ、空き巣くん」
「ああ、うん」
「……元気ないね?」
「まあ、うん」
今年最後のバイトなので、自分のデスク周りを簡単に掃除していく。
夏海ちゃんも、俺にならってデスクの整理整頓をしはじめた。
「春香さんが、俺と別れるって言い出しました。その理由は?」
「シシシ。なにそれ、大喜利?」
「ま、そんなところ」
「そんなん決まってるじゃん。好きすぎてツライから!」
「なくはない、のか? 一〇ポイント!」
「いえーい」
そんなふうに適当なやりとりをしているうちに、掃除も終わり、残っている人たちに挨拶を済ませ、エレベーターに乗り込んだ。
「あんな丁寧に挨拶しなくても」
「するんだよ、社会人は。口だけでも、今年は色々とお世話になりました、よいお年を、って」
ふうん、と鼻を鳴らす夏海ちゃん。
「今日さ、まだ時間ある?」
「あるよ。忘年会に行くわけでもないし」
「そっか。じゃ、ちょっとドライブしない?」
いつの間にかずいぶん暗くなった国道を、あてもなく車は進む。
「誰かを乗せて一回やってみたかったんだよねぇ」
ハンドルを握る夏海ちゃんは、上機嫌に言った。
誕生日を迎えた翌日から、教習所に通っていて、先日晴れて免許取得に至ったそうだ。
「わかる、わかる。免許とりたてのころって、意味なく運転したいよな」
「知ったかぶりしちゃってぇ」
柊木ちゃんと同じで、夏海ちゃんも安全運転。
見ていてまったく不安にならない。
この車を貸してくれた柊木家のドライバーは、困惑していた。お嬢様に運転させたりしてもしものことがあったら、って。
夏海ちゃんは、大丈夫大丈夫って力強く言って押し切った。
なんとも不良なお嬢様だ。
柊木ちゃんっていう前例があるから、多少そのへんはゆるいのかもしれない。
そのドライバーさんは、もう一台を呼び出しそれに乗って帰るようだった。
「これ、ウチの初ドライブなんだ。空き巣くんに、ウチのはぢめてをあげるー。嬉しい?」
「うん、嬉しい、嬉しい」
「気持ちこもってねぇー」
きゃっきゃっと楽しげに笑う夏海ちゃん。
「ウチの車は、これからパパがお下がりくれるらしいんだけど、オッサンが乗りそうな、ザ・セダン車って感じで、全然可愛くないんだよねー」
唇を尖らせながら、贅沢をおっしゃる夏海お嬢様。
「自分の車をもらえるだけありがたいもんでしょ」
「ま、そうなんだけどね」
高校生バージョンの夏海ちゃんが車を運転するせいで、妙に大人っぽく見えてしまう。
「ウチでいいなら言ってみなよ。なんか悩んでるんならさ」
現代でタイムリープの話をすると、爆笑してたから、それは伏せて話そう。
「すげー当たる占いがあって。もう、本当にすごいやつで、予言かな? ってレベルでよく当たるんだけど」
うん、と相槌だけ打って、俺に先を促した。
「俺と柊木ちゃん、来年の三月に別れるらしい」
「ああ、それで悩んでたの?」
「ま、そんなところ」
意外だねー、占い信じてるとかー、と夏海ちゃんは言う。
「けど、何で別れるんだろう? 理由は? あ、もしかしてそれでさっき大喜利吹っかけてきたの?」
「吹っかけたわけじゃないけど、夏海ちゃんなら何か思い当たる節があるんじゃないかなって思っただけ。理由までは、ちょっと見当がつかなくて」
そっかぁ、と夏海ちゃんは思いのほか真剣に考えてくれた。
胡散臭いっ、占いは占いじゃーん、と笑い飛ばすのかと思ったけど、そうじゃなかった。
「もし……もしそうなったとして、空き巣くんは、じゃあバイバイってなっちゃうの?」
「え?」
「なんて言うんだろう……? 自分のことを好きじゃなくなったら、春ちゃんのことは好きでいられない?」
想像してなかった角度からの質問のせいで、少し考えることになった。
俺のことを好きじゃなくなった柊木ちゃん――現状両想いが片想いになってしまったら、俺は柊木ちゃんを好きじゃなくなるのか? ってことか。
「そんなことないと思うよ」
「うん。ウチの知ってる空き巣くんならそう言うと思った」
「……傷つきに傷ついた俺は、来世は貝になりたいって思うんじゃないかな」
「わぁー!? わかりやすくヘコんでるっ!?」
今でも、その想像をするだけで後頭部を鈍器で殴られたような衝撃と、胸にやるせない思いが募る。
柊木ちゃんから切り出す別れの理由ってのは、お互い納得できるものなんだろうか。
紗菜は、納得いかないって現代で言ってたけど。
「はぁ…………ウチも、空き巣くんみたいなカレシほしいなぁ……」
ぼそっと夏海ちゃんが言った。
「――み、みたいな人だから! 空き巣くんがいいなー? って言ってるわけじゃないから!」
「まだ俺、何にも言ってないよ」
おほん、と珍しく取り乱した夏海ちゃんが咳払いをする。
「と、ともかく。別れたらそれで二人はおしまいなのかって言ったら、そうじゃないじゃん」
「どういうこと?」
「ママにももう挨拶して、柊木家最強のラスボスを倒してるんだよ? 二人の将来の進路はオールグリーン。別れても、最終的にくっつけば大勝利っしょ」
軽~い口調でそう言った。
「ま、まあ……それでも別れるっていうんなら……う、ウチが、お、お婿さんに、も、もらったげる……ママが気に入っているから。それに、そ、そういう話でもあるし」
もにょもにょと小声で言う。
「ありがとう」と俺は返した。
俺は今まで、現代で浮上してきた目の前の課題をクリアしていくことしかしてなかった。
それは全部、柊木ちゃんと結婚するための行動でもある。
そこをゴールに決めているのであれば、一度や二度別れても、最終的にそうなれば大勝利なのだ。
世の中、くっついたり別れたりするカップルは、いくらでもいる――。
そう思うと、ちょっとだけ気持ちが楽になった。
「夏海ちゃん」
「ん? どったの?」
「握手していい?」
「え、やだ。春ちゃんにチクるよ」
「握手ってそんなにいやらしい行為だっけ!?」
ふふ、と夏海ちゃんは吐息のような笑いを漏らす。
「元気出たみたいだし、帰ろうか。あ、ジュースおごってよ」
お嬢様が言わなさそうなセリフ、『おごって』をさらりと言ってのける夏海ちゃんだった。
「仕方ねえな」
途中で見つけた自販機で、オレンジジュースを買ってあげた。
俺もついでにコーラを買う。
「今年もお疲れ様」
「お疲れ」
街灯と自販機の照明が照らす車内で、俺たちは小さく缶同士をぶつけた。




