やや前進?
柊木ちゃんが沸かしてくれたお湯をカップ麺に注ぐ。二人分。
これが今日のお昼ご飯だった。
こたつに入って、年末特番を適当に流し見しながらカップ麺を食べる。飽きたら食べ比べをする。
たまには所帯じみたこんな日があっても全然オッケーだった。
「あ、そういや、紗菜が部屋から出てきたよ」
「ど、どうだった?」
「今度遊びたいって」
「あたしも、いていいの?」
「三人でもいいってさ」
「そっか。よかった」
その報告に、柊木ちゃんは表情を綻ばせていた。
「紗菜ちゃん、思ったより大人だった」
「へ?」
「なんていうか、もっと駄々をこねると思ってた」
くすくすと柊木ちゃんは笑う。
「『お兄ちゃん取らないでーっ!』みたいな感じで」
「春香さんが思ってるほど、紗菜はブラコンじゃないんだと思うよ」
え、と柊木ちゃんは真面目な顔で俺を見てくる。
「え、何?」
「本気? で、言ってる?」
「そうだけど」
えぇぇぇ……、となぜか柊木ちゃんは引いていた。
「まあ、一から十まで理解しちゃうよりは、鈍感なほうがいいのかな」
話が全然見えない。
食休みの途中で、俺は思っていたことを訊いてみた。
「俺に何か不満とかある?」
「誠治君に? ううん。全然ないよ」
「……ってことは、今のこの段階で何かあるわけじゃないのか」
現代では来年三月に別れると夏海ちゃんが言っていた。
オリジナルの二、三か月後のことはわかっても、改変中のニ、三か月先のことはまるでわからない。
「……ん?」
「どうかした?」
「もしかして、バレるんじゃ……」
「何、何? バレるって? あ、もしかして愛しの春香さんに何か隠し事ー?」
ぷぅーと膨れる柊木ちゃん。
怒ったふうに見せる彼女には構っていられなかった。
これが一番起きそうな事態じゃねえか。
「あり得る……。教師による不祥事……あり得る……!」
なんてこった。
どこがどうなってそうなるのかわからないけど、俺たちの関係が明るみになって、柊木ちゃんは異動、もしくは解雇――。
それを気にした柊木ちゃんは、俺と距離を置くようになり――。
「あり得るぅぅぅぅぅぅ!」
「もう、さっきからどうしたの?」
「厳戒態勢で、今後は会おう」
「?」
「ええっと、これから寒くなるでしょ?」
そうだね、と相槌を打つ柊木ちゃんに続ける。
「こたつも出してくれたし」
「うん。誠治君が入りたいなーって言ってたから、買っちゃった♡」
買ったのかよ。わざわざ。ありがとう。
「で、こたつがどうしたの?」
「三月の……そうだな、卒業式まではこの家でしか先生とは会わないことにしよう」
「えぇぇぇ……。お出かけはしないの?」
「こ、こたつで、いちゃいちゃなんて、いかがでしょう」
「もお、誠治君のえっち♡」
さっきのことを思い出して、むふふ、と柊木ちゃんは頬を緩める。俺も多分似たような顔をしていると思う。
「家で色々できるもんね。おせちに七草がゆでしょー? 豆まきでしょー?」
そうそう。あと二月と言えば、他にビッグイベントが――。
「あ、ひな祭りも!」
イベントが全部和風!
「おうちでできるね」
「そ、そうだね」
俺ががっくりすると、純粋顔をする柊木ちゃんは、?を頭に浮かべてきゅるんと首をかしげた。
その顔やめろ、可愛いな、くそ。
まあ、男がやっちゃいけないってきまりもないし、その気配がなさそうなら、俺がチョコあげよう。
二人のお楽しみイベントはともかく、戒厳令発動だった。
これで、現代の人気イラストレーター様の紗菜は仕事に身が入るし、柊木ちゃんとの別れも回避できるはず――。
◆
……なんて思っていた時期が、俺にもありました。
「ちょっと兄さん、食べるか寝るかどっちかにしなさいよ」
機嫌悪そうな顔をする紗菜が向かいにいる。
タイムリープが解除され、いつの間にか現代にいた。
日時は、約一〇年後。日付は一一月。
今回に限ってきっかり一〇年後じゃなかった。
「ゲームの企画……サナんとこと提携するアレ。サナも、ちょ、ちょっとくらいやる気なんだから、兄さんも頑張るのよ? で、でも、ちょっとだけよ、やる気になったのは、ちょっとだけ!」
『ちょっと』を指で示してみせる紗菜。
どうやら、俺と紗菜は会社が近いこともあり同居しているようだ。
いつだったか、この設定の現代があったな。
そこに巻き戻っているのかと思えば、そうじゃないらしく、今まで俺が試行錯誤してきた成果が、さっき紗菜の口から聞こえてきた。
「っかしいなぁ……何でなんだろう?」
携帯――ガラケーじゃなくてもちろんスマホ――のアドレスに、柊木ちゃんのそれはない。
メッセージのやりとりをした形跡もないし。
「サナは今日おうちで作業だからゆっくりでいいけど、兄さんは遅刻するわよ? ぼんやりしていると、上司のなっちゃんが迎えに来るわよ」
「俺と先生って、別れた?」
「何よ、唐突に。……一体いつの話をしてるのよ。朝の忙しいときにすること?」
「いいから教えてくれ」
「……そうよ。本人が何を言ってるの。兄さんが高二の三月に別れたんじゃない」
記憶喪失ですかー? と紗菜が顔を覗き込んでくる。
ううん。やっぱそうなのか。
「おまえに打ち明けたせいか? いや、そうしないと紗菜が本領発揮してくれないし、困るのはたしかで……HRGの浮沈がかかっている事業だし……。となると――やっぱバレたんだな!? 俺と先生とのこと。そうなんだな!?」
「落ち着きなさいよ。あと、人のせいにしないで。サナは誰にもあのことを言ってないし、カナちゃんもデジカメの一件で気づいたけど、言いふらすような人でもないわ」
奏多も気づいたのか。
たしかに、二人とも他人の秘密を悪意を持って言いふらすタイプじゃない。
「……じゃ何でだ?」
今さら何を悩んでるのよー、と紗菜は呆れ顔だった。
現代じゃ今さらだけど、俺にとっては現在進行形なんだ。いや、過去進行形か?
前に、夏海ちゃんに車の中で別れた理由を訊いたら、
『――あれは……誰が悪いとか、そういう話じゃないよ。一番悲しかったのは、誠治さんだろうけど、春ちゃんも同じだよ。ウチは春ちゃんの気持ちもわかるし……』
って、大人びた顔で言っていた。
いや、もういい大人だったんだけど。
どちらかが悪いんじゃないなら、関係がバレて仲が引き裂かれるってことを想像したけど、それも違うのか?
厳戒態勢を敷いても意味はない?
「なあ、原因とか理由って知ってる?」
「…………今日も忙しくなるんでしょ? ご飯の片づけは帰ってからすればいいから」
やってくれるんじゃねえのかよ。
「ちびっ子が言ってたわね。兄さんはタイムリープしてるだの何だのって。変なことを尋ねても、笑わないで真面目に答えてあげてって」
「おお、怜ちゃん、そんなフォローを」
今度会ったらいっぱい頭を撫でてあげよう。
「でも、サナはあれに関して、まだ納得いかない」
「……先生と付き合ってたのを、隠していたこと?」
「ううん。別れたことに対して」
そっち?
別れたことに納得いかないって、おまえそれ、理由知ってますって言ってるようなもんじゃねえか。
「先生、ズルいわよ。あんなの。これに関しては、サナの気分が悪くなるから、もうこれ以上言わないし、訊かないで」
「ズルいって何? 何で気分悪くなるの?」
「言わないし、訊かないでって言ったそばから……!」
しつこい俺に、紗菜はひとつだけ教えてくれた。
「別れを切り出したのは、先生からよ」




