教室でこっそり
再びタイムリープで一〇年前にやってきた。
日時は、ゲームを買って紗菜と解散してから二時間ほどしか経っていない。
クリスマスプレゼントを買うため、デパートに立ち寄り、柊木ちゃんが仕事をしているであろう学校へとむかった。
プレゼントの費用は、ATMで引き出した虎の子の三〇〇〇円で工面した。
これでついに底を突いてしまった。
喜んでくれるのかどうか自信はないけど、喜んでくれたらいいなと思う。
最寄り駅に着くと、自転車で学校を目指し一五分ほどで到着した。
「正面の昇降口は閉まってるのか……」
部活の生徒がいるから開いているかと思ったら、そうじゃなかった。
今日は校内で活動する部活はないのか?
仕方ないので職員用の駐車場に回ると、見慣れた柊木ちゃんの愛車を発見。
そこから職員室が見える。窓から覗いてみると中はがらんとしていた。
「あれ?」
柊木ちゃん、どこ行ったんだ?
車があるから、学校にいるにはいるんだろうけど。
勝手口が開いていたので、そこからお邪魔する。
柊木ちゃんのデスクには、開かれたノートPCが青白い光を放っていた。画面には作成中の文書が映っている。
トイレで席を立ったのかと思って待ったけど、戻ってくる様子がない。
「?」
本当にどこ行ったんだろう。
しん、とする校舎内を歩き回り、もしやと思って教室へやってくる。
物音がするので扉を開けて見てみると、柊木ちゃんがいた。
……何してんだ? …………俺の席で。
「誠治君……いっぱい教科書やノート置いて帰って……冬休み勉強する気ないのかな」
引き出しの中を覗いて、楽しそうにつぶやく柊木ちゃん。
やれやれ、と入ろうと思った瞬間だった。
ぺちゃん、と机に突っ伏した。
「ふふ。誠治君の机……」
……。
「ロッカー、ロッカー……あ。体育のジャージも持って帰ってないー!」
……。
「仕方ないなぁ。春香さんが持って帰ってお洗濯しちゃお♪」
……それはいいけど。
「すんすん。…………誠治君ちの洗剤のにおいする。……ふふっ。あんまり着てないな、さては。冬場だから汗かかないのかな」
これは、あれか?
放課後、好きな子のリコーダーをこっそり舐めちゃう的な?
俺が様子を観察していると、気配らしき何かを感じ取ったのか、柊木ちゃんがおもむろに後ろを振り返った。
「え……や、やだ――い、いやぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?」
「叫びたいのはこっちのほうだ!」
思わず俺のジャージを抱きしめる柊木ちゃん。
「何で、ナンデ!? 今日は紗菜ちゃんと遊ぶんじゃ――? 何でここに誠治君がっ!? い、いつからここに――」
「早めに解散したんだよ。仕事頑張ってるかなーと思って様子を見にきたら……生徒の机を漁って……俺のジャージをクンクンして」
「し、してない! してないから!」
はっと抱きしめてしまったジャージに気づいた。
「こ、これは畳んであげようと思って!」
などと供述をしており。
「もう……見つけたのが俺でよかったよ。先生、それ、マジで逮捕だからね」
「う、うう……っ。だ、だって今日は他に先生は来ないって話だし、校内でやる部活は休みだし」
だからってやっていい理由にはならないぞ?
「――って、今は先生じゃなくて春香さんでしょー?」
おなじみのセリフも、今日は説得力がいまいち欠けていた。
やれやれ、とため息をひとつついた俺は、藤本の席に座る。
「ひ、ひいた?」
「大丈夫。ちょっとだけだから」
「ひいちゃってる!」
ガガーン、とショックを受けていた。
「仕事の応援に来たのに」
「ご、ごめんなさい」
俺は買ってきたプレゼントを渡した。
「……ベタだけど、これ」
デパートの花屋さんで買ってきた、プレゼント用にラッピングされた一輪の薔薇。
「え? あたしに?」
メッセージカードつき。メッセージは電車の中で書いた。何が書いてあるかは内緒。
「もちろん」
「あ、ありがとう! 嬉しい! 花瓶で大事に活けておくね!」
ぱぁぁぁ、と柊木ちゃんは目を輝かせている。
「どこに花瓶置こうかなぁ。あ、でもあんまり可愛くないから、帰りにイイ感じの花瓶買おうかな……?」
ううん、と唸る柊木ちゃん。でもどこか楽しそうだった。
喜んでもらえたみたいで何よりだ。
「こうしてると同級生みたい。席が隣同士の柊木さんと真田君。……今日クリスマスの誰もいない教室に呼び出された柊木さんは、真田君からお花のプレゼントを渡されて、愛の告白をされるんです」
えへへ、ロマンチックぅー。と妄想大爆発の柊木ちゃんだった。
「っていう現実逃避はいいから。職員室帰って仕事しよ?」
「ノーモア! 現実主義! 妄想の余地を現実で塗り潰すな!」
ストライキ中の労働者みたいにプラカードを掲げて反論してきた。
どこでそんなプラカード作ったんだ。
「他に誰かいないとも限らないから。早く行こう」
プラカードをポイさせて、強引に手を引いて教室を出る。
「真面目な誠治君は、鬼みたいに厳しいんだから……」
「やることはちゃんとやる。大人でしょ」
「はぁい……」
職員室に戻ってくると、二人分のコーヒーを淹れてくれた。
お礼を言って受け取る。
キーボードを叩きながら柊木ちゃんといくつか雑談をした。
それが途切れたところで、本題に入った。
「春香さん。たぶん、紗菜が俺たちのことに気づいたみたい」
「……え? どうして?」
「デジカメの中にあるデータ、あれ、入れたままだったでしょ?」
「あ」
ようやく柊木ちゃんは気づいた。
「ごめん! あたし、いつも別のパソコンにデータは移してるのに、忘れてて――」
「ううん。俺も気づかなかったから」
中に入っているデータは、過去三、四回分のデートの写真だと柊木ちゃんは言った。
「全部見たわけじゃないにせよ、紗菜は確信的な言い方をしたから」
柊木ちゃんが個人的に持っているデジカメに、プライベート感ばっちりな俺が映っていれば、誰だって勘繰るだろう。
「だから、俺たちのことを、紗菜にも打ち明けようと思う」
「……誠治君は、それでいいの?」
「うん」
信じてって言われたからな。どうにかするから、って。
俺は、俺の妹を信じる。
それから二人で、いつどうやって打ち明けるかの話し合いをした。
……これで、別れるのは回避できるんだよな?
紗菜に打ち明ければ、夏海ちゃんみたいに味方になってくれて、バッドエンドにはならないんだよな?




