最終確認
柊木ちゃんへのクリスマスプレゼントを買おうとしていたら、いつの間にかタイムリープ状態が解除されていた。
今いるのは、HRG社の俺が仕事をしているフロア。そして俺は自分のデスク。
社員証と日時を確認した。
「……真田誠治」
今回も真田のまま。
前回、紗菜のことを奏多に気にかけてあげてって助言されて、普段よりもその助言は意識した。
それで、紗菜の心境がどう変わったのか……。
オリジナルの高二のクリスマスなんて、家でずっとゲームして過ごすだけで、誰かと出かけたり、ましてや、紗菜にプレゼントをすることもなかった。バイトもしてなかったから、ゲーム三本プレゼントするなんて大盤振る舞いはできない。
『モバイルコンテンツ事業部』の進捗はどうなのか、とパソコンのメールボックスを覗く。
すると、過去にないほど、進んでいるような雰囲気があった。
内線で夏海ちゃんに電話をする。
「もしもし」
『どうかした』
「事業部結構進んでるじゃん」
『は? 何を今さら。自分もそれを推し進めてきた一員でしょうが』
夏海ちゃんからすればそうなんだけど、リアルタイムでずっと現代にいたわけじゃないからな。
頓挫……とまではいかないけど、紗菜との確執で上手く進んでいないってのが前回、前々回の進捗だった。
「紗菜のこと、どうなってんの?」
『ああ、そのことで、ちょっと井伊さんと打ち合わせの予定なんだけど、誠治さんも来る?』
「行く」
『ちょっと送るね。さっき届いたばっかなんだけど――』
新着の未読メールが一件表示される。夏海ちゃんからだ。
クリックして中を見ると、イラスト画像が添付されていた。
ファンタジーRPG風な甲冑を着込んだ女騎士。とんがり帽子の魔導士。マスコットキャラのような動物が描かれている。
「これは……キャララフ……?」
『そ。君んとこの妹様からのね』
お、おおおおお! 進んでる!
これを紗菜が? あいつ、プロなんだなぁ……。すげー。
「ようやくやる気に」
『けどねえ……なんというか、「はいはい、お仕事だからやってますよ」感が半端ないんだよねぇ……。ウチの知ってる紗菜ちゃんのやつって、もっとすごいんだけどなぁ』
「そ、そう? もっとすごいの?」
『うん。それを井伊さんと話そうと思って』
そういうわけで、俺は打ち合わせのため、時間に合わせて社外に出る。
運転手が回してくれた車の後部座席に、合流した夏海ちゃんと乗り込み、ASW社まで向かう。
今日はあちらの会議室にお邪魔することになっていた。
夏海ちゃんとの話は、仕事のものが大半で、テキパキした話し方からしてかなりデキる上司感が漂っていた。
「まあまあ、そんな話は置いといて――」
「そんな話って、ちょっとぉ」
びしびし、とチョップしてくる夏海ちゃん。
「訊きたかったんだけど、俺と先生が別れたのって、いつ?」
「何、今さら。誠治さんが高二の三月くらいでしょ」
何事もなかったかのように、さらりと言う。
高二の三月? 前より短くなってる。
今はそれよりも――。
「どうして別れたのか、夏海ちゃん、知ってる?」
「……当事者が、どうして第三者に訊くのさ」
「ううん……。たぶん笑うだろうけど、聞いてくれる?」
不思議そうな顔をする夏海ちゃんに、俺は自分のことをすべてしゃべった。
タイムリープして何度も過去を変えてきていること。本来、柊木ちゃんと付き合ったりなんてしてないこと。HRG社はこのままだと、業績が傾くこと。そのためにモバイルコンテンツ事業部を企画したこと。
あれこれを、一切合切しゃべった。
「……ふふ、あははは。そっか、そうなんだ」
「信じてもらえなくてもいいよ。それで、別れているらしい先生とのことを、どうにかしたいんだ」
「相変わらず一途だね。あれは……誰が悪いとか、そういう話じゃないよ。一番悲しかったのは、誠治さんだろうけど、春ちゃんも同じだよ。ウチは春ちゃんの気持ちもわかるし」
「え? どういうこと?」
尋ねるなり、夏海ちゃんのスマホが着信音を鳴らす。
「ごめん、仕事の電話だ」と夏海ちゃんはスマホを取り出して通話をはじめる。
事業部長ともなると、中々お忙しいようだ。
ASW社に到着する。案内された応接室に入ると、すでに奏多が待っていた。それと、紗菜も。
「……に、兄さん。どうして……」
紗菜は大人っぽくなっていた。
一〇年経てばそりゃ大人なんだから、ぽくはなるんだろうけど。
俺との仲が多少改善しているから、仕事をしてくれた、ってことなんだろうか。
「打ち合わせってことで、お邪魔させてもらおうかと」
「……カナちゃん、兄さんが来るなんて、サナ聞いてない」
「……うん。言ってないから」
「な、なんでよぅ」
逃げそうな紗菜を奏多が捕まえておく。
向かいの席について、挨拶もそこそこに、ようやく話をはじめた。
「紗菜ちゃん、こっちと何かやりにくいことでもある? そうなら改善するし」
さっそく夏海ちゃんが本題に切り込む。
「そんなこと、ないわ……別に、普通よ、普通」
あの態度だと、思ってることと発言が真逆だな。
「……さーちゃんの出力は、こんなものじゃないはず。あのキャララフ、送ったんだよ。身内の恥をさらすみたいで嫌だったけど、もうHRG社さんとはチームだから、情報共有させてもらった」
うぐ、と紗菜が黙り込む。
「ウチは技術的なことはよくわかんないけどさ、あれが、プロとしての普通なの?」
ぐぐぐぐ、と紗菜が今度は唸りはじめた。
「さ、サナだって嫌なんだから! でも、仕事してるとき、ふわっと脳裏を嫌な思い出がよぎって、それで、集中できないっていうか……」
「嫌な思い出? 何だよ、それ」
ちら、と紗菜が俺を見る。
「自分に訊いてみたら」
ううん、この感じだと、不仲や確執はなくなっているけど、まだしこりが残っているってところかな。
「何だよ、それ。直せるものなら直すから」
「――兄不信ってだけよ。嘘つく兄さんは嫌い」
プン、と顔を背ける紗菜。
おまえ、いくつだよ……いい大人が、「プン」じゃねえよ。
「決定的なものを見られたっていうのに、まだ嘘をついて……サナ、悲しかったんだから……」
決定的なもの? 何の話だ?
話が見えない俺に、奏多が助け船を出す。
「……誠治君、一〇年前、クリスマス会したでしょ」
「ああ、うん」
「……そのときに、デジカメのデータをさーちゃんが、たまたま見て」
デジカメのデータ?
怜ちゃんと俺のツーショット写真撮ったとき……柊木ちゃんのデジカメを使って……。
あの中には、俺と柊木ちゃんがデートしているとき撮った写真がたくさん入っている。
「……あのときか」
見られたんだ。部活の顧問と兄が仲良くしている写真を。
仕事と料理、家をクリスマス仕様にしたりと、忙しかった柊木ちゃんは責められない。
そこまで頭が回らないのも仕方ないだろう。
「ってことは、やっぱり『今日』のあの質問は……」
『今日』ってのは、日付で言うと、この現代から一〇年前のクリスマス。
「受け入れる、受け入れないは別として……サナには、隠さないでほしかった」
その出来事が、こうしてずっと尾を引いているわけか――。
柊木ちゃんとのことは、大人たちには胸を張って恋人関係であることを伝えてきた。
でも、紗菜には、今日、嘘をついた。
何か確信があってその話題を振ってきたっていうのは、わかったのに。
俺は煙に巻こうとしてしまった。
紗菜がどういう反応をするかわからなかったっていうのもある。
同じ学校の生徒でもあるし、もし何かのはずみでその噂が広まれば――柊木ちゃんとは一緒にはいられなくなってしまう。
でも、一〇年経ってもそのときのことをまだ根に持っているってことは、紗菜にとっては相当嫌な――兄不信に陥るレベルで嫌なことだったんだろう。
「わかった。――じゃあ、信じていいんだな? 言うぞ、マジで。俺と柊木ちゃんとのこと」
「……言うぞ、ってもう知ってるから」
「一〇年前のおまえの話をしてんだよ」
「いつだって構わないけど――妹のことを信じられないなんて、兄さんも大した器ね」
皮肉を寄越してきやがった。
紗菜に関係を隠したり、逃げたり煙に巻いたりしなけりゃ、もしかすると、もっと上手い具合に現代も進んでたのかもしれない。誤魔化さずに伝える機会なんて、いくらでもあったのに。
タイムリープがはじまってから、現代を何度も変えてきたけど、関係を明かすことは、今まで俺がしてこなかったことでもある。
「……サナのことを信じて。どうにかするから。兄さんが信じてくれるなら、サナ頑張るから」
仕事のことを言っているのか?
けど、俺には、柊木ちゃんの件について言っているように聞こえた。
5巻が来月10月15日頃発売予定です。
各ネットストア、書店様にて予約受付中です。
よろしくお願いします。