クリスマス4
「ごめん、俺、プレゼント何も用意できてなくて――」
「ふふ。いいのいいの」
もう深夜になろうかと時間。
裸の柊木ちゃんは、鼓動に耳を澄ませるかのように、俺の胸に頭をのせている。
「今日まで無事にお付き合いできているのが、プレゼントってことで」
「それでいいの?」
「うん」
裸同士でくっついていると、人の体温ってあったかいんだなってよくわかる。
「明日は学校で仕事しないとね」
「あ、今日は考えないようにしてたのにぃ」
むう、と膨れた柊木ちゃんは、俺の胸のあたりをつねった。
薄暗い部屋でこそこそと二人で他愛もない話をしていると、いつの間にか眠っていた。
翌朝。
身支度を整えてホテルをチェックアウト。
タイムリープ前でも泊まったことがないような部屋で、文字通り人生初の体験だった。
これに対してお返しをしないってのは、なんだかなぁ。
地下の駐車場で車に乗り込み、柊木カーは帰路を進む。
「お料理もワインも美味しかったし、部屋もすごかったから大満足……♡」
ほくほく顔で、昨日のことを回想して、あの料理はこうで、このワインはこうで、と楽しげに話す柊木ちゃん。
俺もあれこれ思い出して、その一番を話す。
「でも、一番すごかったのは……」
「うん? 何?」
「あ、いや、何でもない」
「えー、何? 気になる」
いや、これ言うと大変なことになりそうだけど……。
まいいか。
「春香さんも、すごかったよ」
「あたし? 何が?」
「その……ベッドのあれこれと……体」
「っっっ!?」
ぼふん、と隣で柊木ちゃんが顔を真っ赤にした。
「え、せ、誠治君は暗視ゴーグルでもつけてたの?」
なわけねえだろ。どこの特殊部隊だ。
「暗がりは、ほら、しばらくすると目が慣れてくるし……昨日は月明りも入ってたし」
「ま、丸、丸、マル、丸見えだったと……?」
車がグイングインと蛇行しはじめた。
「危ない、危なっ、落ち着いて柊木ちゃん!?」
や、やばい! だから言うのをやめたのに!
がしっと、隣でハンドルを握って、通常運転になるようにハンドルを動かしていく。
「ふ、普通の体、でし……」
噛んでる。
あれが普通って、どんな基準だよ。
ふしー、ふしー、と呼吸しながら急速冷却中の柊木ちゃん。
「経験回数は俺と同じなのに、妙に……」
「い――い、いっぱい勉強したのっ。もう、いいでしょ、この話はっ」
頬を染めながら口をへの字にする柊木ちゃん可愛い。
これ以上からかうと、本気で事故りかねないので、俺もそれ以上は追及しなかった。
「一回目は、誠治君任せだったから……そ、それで! 年上としてもっとしっかりしなきゃと思ったのですっ」
あ、やけくそになってる。思わず俺は笑ってしまった。
「何がおかしいのー? んもう」
と、柊木ちゃんは怒ったような演技をしてみせて、それから笑った、
柊木ちゃんちの駐車場に到着し、そこで俺たちは解散することにした。
「紗菜ちゃんとのデート楽しんでね」
「はーい」
柊木ちゃんが今日のスケジュールに気を遣って、早めにチェックアウトしたのもあって、まだ時間は八時を少し過ぎたくらいだ。
俺としては、もっとまったりしたかったんだけど、約束は約束だ。
物欲しそうな顔をする柊木ちゃんと、車の中で何度かキスをする。
キリがなくなりそうだったので、車から降りて「先生、仕事頑張ってね」と言ってドアを閉める。
「先生じゃなくて今は春香さんでしょー!」って車の中で言っているのがわかった。
自転車で帰宅し、俺は服をまた別の余所行きのものに着替える。
「兄さぁーん? 今日はお出かけなんだから、起きて――……起きてる……?」
俺を起こしにきた紗菜がきょとんと目を丸くしていた。
朝が弱いのは、どっちかといえば俺のほうだから、紗菜が叩き起こす前提で部屋に踏み込んできたのも納得だ。
「そっちも起きるの早いな」
「ま、まあね……」
しかも、もうきっちり準備してやがる。
俺が褒めたミスコンのときみたいな大人っぽいメイクに私服。
「そんなに気合い入れてどこ行く気なんだよ、おまえ」
「う、う、うっさい! に、兄さんに見せるためにやってるんじゃないんだから」
ぷい、と紗菜がそっぽをむく。
そういや、奏多もミスコンのとき言ってたな。
男に見せるためのファッションじゃないから勘違いするな、的なことを。
「あ、そう」
まだ時間は八時。
「休みだから朝食はないし……どうしようか」
「カフェでモーニング……したい……クリスマスだし」
朝早くから二人とも準備万端なんだから、その提案は悪くなかった。
「じゃ、行くか」
何でも言うことを聞くって約束だしな。
「サナ、昨日布団の中でゲームは何買ってもらうかずっと考えてたの。いや、昨日だけじゃないわ。期末が終わってから、ずぅーっとよ! そして、ついに至ったわ、結論に」
「ほお。おまえが何に悩み、どういう結論を出したのか、聞かせてもらおうか」
「上から目線がむかつく……まあいいわ。ゆっくり聞かせてあげる」
俺たちはそろって家を出て、電車に乗って繁華街へと向かった。
九時頃の街はまだ人が少なく、普段の休日じゃ窮屈に感じられる歩道も他人を気にせずに歩くことができた。
見つけたカフェチェーン店も空いており、静かにゲーム談義するにはちょうどよかった。
中に入り、店員さんに注文をする。コーヒーがすぐに運ばれてきた。
「……サナは三本に絞ったわ」
紗菜はコーヒーにどっさりと砂糖とミルクを入れる。
「ほう。それで?」
三本って……絞ったって言うのか、それ。
元の候補数が相当あったのかもしれないけど。
「シリーズ最新作のRPG、いつもやってるあれね? それと――」
紗菜の言う三本というのは、前述のRPGゲーム。中学の頃からずっとやっているものだ。
二本目は、育成要素ありのSRPG。
三つ目は、一人称視点のシューティングアクションだ。協力プレイができる。
なかなかのチョイスだった。
「やるな、妹」
「熟考に熟考を重ねたのよ。当然じゃない」
フン、と髪の毛をふぁさぁとやって、ミルクと砂糖たっぷりのコーヒーに口をつける。
「あちっ!?」
舌をやけどしていた。
「ううん、どれがいいんだろう……」
俺もコーヒーを口に運び、カップ越しにちらり、と舌を出して冷ましている紗菜を見る。
現代で活躍する紗菜の作風ってやつを俺は知っている。
ソシャゲ部署の企画書の資料に、担当作品のイラストがいくつかあったのだ。
口で言うのは難しいが、ファンタジーを得意としている雰囲気があり、ちょっとした透明感がキャラクターデザインにあった。
本当に紗菜が描いたのか信じられないくらいに、上手いし、可愛いし、カッコよかった。
好きこそ物の上手なれってか?
一本目の候補に挙げたRPGシリーズの影響を受けているっぽかった。
ただこれは、昔からそうだと知っている俺じゃないとわからない程度の「影響」だった。
つーことは、この中高生の時期にプレイしたゲームが、紗菜の作風に影響を与えていくことになるはずで……。
「うん? でも偏ってると、それはそれでマズイのか?」
「何をぶつぶつ言ってるの?」
続いて運ばれてきたフレンチトーストを、ナイフで切ってパクリと食べる。
スイーツなんだけど、トーストってついているから、朝食だと思っているらしい。
美味そうだったから、俺も頼んだけど。
「最新作って、どんなの?」
「ふふふ。長いわよ」
「短く頼む」
って言ったのに、あれこれしゃべりだしたら止まらなくなって、たっぷり二〇分は聞かされた。
「もういい、わかった、わかった!」
「何がわかったのよ。そう言う人って、なんにもわかってないのよね」
やだやだ、と続けたそうに、紗菜は唇を尖らせる。
他のも聞いてたら、日が暮れちまう。
「俺は今日、兄サンタだ」
「何言ってんのよ」
「三本全部だ。全部買ってやる」
「え」
「バイトしてる俺をナメんな。そのくらいわけねえ」
「いつまでバイトしてるってだけでマウント取るつもりなのよ」
「るせえな」
「兄サンタ……い、いいの? 三本目は、全然別の中古で売られているやつでもいいのよ?」
「兄サンタに二言はねえ。三本とか余裕よ」
「空前絶後の気前の良さだわ……」
財布の中をちらっと見る。
諭吉先生が……二人……。
ねえ……あの……値段って、いくらなの? カッコつけたけど、これで足りる??
内心冷や汗を流しているけど、それはおくびにも出さず、俺はドヤ顔をし続けた。
ゲーム談義はこれで一段落して、紗菜が昨日奏多と遊んだ話をしはじめた。
端的に言うと、奏多の家でケーキ食いながら楽しくゲームをしたって話だった。
「……ねえ」
「ん?」
「サナ、昨日は夕飯には帰ってたけど、兄さん、それでも帰ってきてなかったし……どこか遊びに行ってたんでしょ?」
「あ、ああ。よ、夜遊びだよ、夜遊び。い、イブだからな」
藤本と遊んでいたとか、他のクラスメイトの名前を出したけど、何の反応もしない。
紗菜は意を決したように、伏せていた目線を、上げた。
「……兄さん、昨日本当は何をしてたの?」