クリスマス3
クリスマスケーキを食べた頃には、イイ感じに柊木ちゃんができあがってしまった。
「先生もねぇ、大変なのです……」
ぺちゃん、とテーブルに突っ伏して、奏多相手に、何か愚痴を言っている。
「うん。大変そう」
「わかるぅ? わかってくれりゅぅ?」
奏多はいい聞き役みたいだ。
あれだけあった料理も、今はほとんどが空になり、あとは片づけを残すのみとなった。
怜ちゃんと紗菜は仲良くなったらしく、二人で何かしゃべっていた。
「じゃあ、何もしてない俺が片づけをしようかな」
準備って言っても、ケーキを運んだだけだし。柊木ちゃんには頭が下がる。
このクリスマス会に、並々ならぬ情熱を感じた。
コップと皿を回収し、流しにもっていき、皿洗いをする。
誰かと過ごすのは面倒だってずっと思ってたけど、なんか、こういうのなら悪くないなって思った。
「怜ちゃん、そろそろ時間やばいんじゃないの?」
時間は、夜八時を過ぎたところだ。
「そ、そうですね……ボク、そろそろお暇しないと……お母さんが……」
半分寝てる柊木ちゃんが、お暇の単語に反応して、ゆっくりと手を振っている。
「先生、そんなとこで寝てたら風邪ひくわよ?」
「ううん……だいじょーぶ。あったかいから……」
それ、今だけのやつ。
心配なので、紗菜と奏多にも手伝ってもらい、寝室に柊木ちゃんを運んだ。
ベッドに寝かせ、布団をかける。すぐにすやすや、と寝息を立てはじめた。
「……すごく呑んでたね、先生」
「まあ、忙しいのは本当みたいだから、今日もかなり無理して切り上げたんだろ」
「子供みたいな人ね、先生って」
くすくす、と紗菜が笑う。
片づけも終わったので、俺たちは元の服装に着替え、怜ちゃんと一緒にお暇することにした。
鍵を外からかけて、郵便受けに入れる。こうしておけば、大丈夫だろう。
こうして、家庭科部のクリスマス会は無事に終了した。
翌日。クリスマスイブの二四日。
密かに家を抜け出した俺は、予定通り、柊木ちゃんちへとやってきた。
「先生ー?」
チャイムを鳴らしても、扉をノックしても、全然出てこない。
携帯に連絡をして、ようやく目が覚めたところだったらしい。
『い、今、起きた……あ、頭が、い、痛い……』
「完全に二日酔いだ」
昨日、あんなに呑むから。
ボトルを見たら、半分くらいなくなっていた。
柊木ちゃんの限界は缶ビール二本と缶チューハイ一本分くらい。
大幅にハメを昨日は外していたことがよくわかる。
『ごめんね……待ってて、今開けるから』
そう言ってすぐに、扉が開いた。
恰好は昨日の服装のまま。あのままベッドでずうーっと寝ていたようだ。
「おはよう、誠治君」
中に入ると、玄関口でぎゅっと抱きしめられる。
ううん……朝っぱらから暴力的なおっぱいですこと……。
「おはよう、春香さん」
「おはようの、ちゅーーーー」
むわわわあん、とアルコールのにおいがした。思わずキスを回避してしまった。
「ぶはっ。酒くさ」
「嘘ぉ……」
そりゃそうか。完全に二日酔いなんだから。
「今日は、お出かけプランをいーっぱい考えたんだけど――」
「二日酔いの頭痛でしんどいんでしょ?」
「う……何でわかるの」
顔色が悪いからだよ。
昨日の宴会場であるリビングに行く。
「気分は? 悪くない? 気持ち悪くないんだったら、まあ、昼過ぎくらいまで様子見よう」
「手慣れてる……」
「水飲んで。いっぱい」
「手慣れてる……」
自分で用意したミネラルウォーターを、ごきゅごきゅと飲んだ柊木ちゃん。ソファに座った俺の膝枕で横になった。
「クリスマスっぽくない……」
「誰のせいだよ」
「ご、ごめんねぇ……ハメ外し過ぎちゃって」
うるるる、と涙ぐむので、頭を撫でて慰めた。
「楽しかったんだろうなって、見ててわかったから」
「ああいうふうに、誰かとクリスマスパーティするのって、はじめてで。ちょっと憧れてたの」
「こういうクリスマスも、なくはないか」
いつもとあんまり変わらないけど。
「ううん。夜は、お出かけするよ? 意地でも」
「え? でも二日酔いは」
「治るから。絶対」
「その根拠のない自信を信じることにしようかな」
「うん。任せて。……でも、本当はこんははずじゃなかったのにぃ……オトナな春香さんを演出するつもりだったのに」
俺の膝の上でメソメソする安定のポン&コツな柊木ちゃんだった。
昨日撮った写真を見返したり、テレビのクリスマス特番を見たり、まったりと昼を過ごしていく。
「治った。もう、完璧に、治った」
むくりと起き上がると、そんなことを言った。
顔色は朝よりかなりいいから、万全じゃないにせよ、及第点くらいの体調には戻ったようだ。
「それは何よりで」
「誠治君の膝パワーだね」
「二日酔いに効くのかな」
「ううん。二日酔いじゃなくて、あたし個人にだけ効くの」
はにかみながら言う。
聞いているこっちまで恥ずかしくなるセリフだった。
シャワーしてくるー、と言い残して、リビングを出ていった柊木ちゃん。
そうこうしているうちに、夕方の五時になろうとしていた。
「お出かけの準備しなきゃ」
風呂上がりの柊木ちゃんは、俺に素顔を見せないようにタオルで隠して、さささ、とリビングを素通りし寝室に入る。
相変わらずそこは鉄壁なんだな。
さらに待つこと三〇分。
「お待たせ!」
余所行きモードのパーフェクト柊木ちゃんが寝室から出てきた。
「……どこ行くの?」
「ふふふ。それは行ってからのお楽しみってことで」
車のキーをくるくると上機嫌に回しながら、俺たちは家をあとにして、車に乗り込む。
行き先については、ちょっとしたサプライズも兼ねているみたいなので、訊かないようにしよう。
「レストランの予約をしていたのです」
「自分から言っちゃうのかよ」
「だって、言いたくなっちゃって」
「クリスマスに予約したレストランで食事か……」
ベタベタなデートだけど、ベタ過ぎて敬遠しがちといえばそうかもしれない。
「一周回って逆にあり」
「でしょー? 楽しみだなぁ」
だから今日はちょっとめかし込んでるのか。
大人が行くレストランで、俺浮いたりしないか?
スーツっぽく見えるカジュアルジャケット着てるから、服はまあなんとかなるか。
安全運転で走行すること約三〇分。
目的地にやってきた。
そこは、ホテルの高層階にある『君の瞳に乾杯』とかやりそうなレストランだった。
車は、地下の駐車場に停めてある。
予約していることを柊木ちゃんがウェイターに伝えると、こっちを一瞬奇異な目で見られたけど、窓際の席に案内された。
「わぁ……夜景、綺麗だね」
街一帯を見下ろせるほど高い場所にあるレストランからは、色とりどりの星粒みたいな光が暗闇で輝いている。
思った通りのコース料理のフレンチで、次々に皿が出てくる。
これ、結構なお値段するんじゃないのか? と、俺みたいな小市民は思わず気にしてしまう。
柊木ちゃんは、ワインと料理を楽しんでいる。昨日みたいな呑み方じゃなくてよかった。俺はウーロン茶。ときどきオレンジジュース。
フレンチは庶民の俺の口に合わないのでは、と思ったけど、これが普通に美味しい。
中身がアラサーだから、味覚的にちょうどよかったのかもしれない。
他愛もない話をしていると、あっという間に料理が出し終わり、ラストオーダーの時間になった。
「このあと、どうするの?」
全然気にしてなかったけど、呑んでるんじゃ、帰れないぞ。
「内緒♡」
ってことはプランがあるのか。冬空の下、途方に暮れる心配はしなくてよさそうだ。
支度をして席を立ち、柊木ちゃんがお会計を済ましてくれる。
……ちらっと見えた額は、結構なお値段だった、とだけ言っておく。
「春香さん、いいの? 俺出さなくても」
「いいの、いいの。あたしが勝手に決めてやってることだから」
エレベーターに乗り込むと、柊木ちゃんは、一階のボタンを先に押した。
ああ、なんとなく、このあとどうなるのか予想がついた。
果たして俺の予想は大当たりだった。
「予約していた柊木です」
ロビーの受け付けでそう言うと、鍵を渡された。3505とある。
「お部屋は三五階にございます」
さっきのレストランよりもさらに上の階だった。
案内を受けた俺たちは、再びエレベーターに乗り込む。
何も言わない柊木ちゃんは、ぎゅっと俺の手を握った。
エレベーターが停まり、部屋を探すとすぐに見つかった。
真っ白なシーツが敷いてあるダブルベッドがどんと置かれ、開けられたカーテンの向こうにはレストランのそれを凌ぐ夜景が広がっていた。
「いつの間にこんなことを計画してたの?」
「先月くらいから!」
結構前だな。
俺から離れると、ばふん、とベッドに倒れる柊木ちゃん。
「……誠治君」
はい、と両手を広げて、俺の受け入れ態勢を整えた。
……俺たちは誕生日にしたっきりで、二回目がまだなかった。きっかけがなくて、機会を逃していた。拒否されたら怖いから、ぐいっと一歩踏み込む勇気が持てなかったのだ。
ゆっくりと、柊木ちゃんの上にかぶさるように、俺もベッドに倒れる。
俺の上着を脱がそうと、柊木ちゃんが手をかける。
俺も、反撃するように少しずつ少しずつ、服を脱がせていった。
顔を強張らせたまま、柊木ちゃんは息を一度呑み込んだ。
「どうかした」
「ううん……まだ、ちょっと、恥ずかしくて……っ」
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自主規制
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