クリスマス1
「へえ。ここが先生の家」
「……案外、こぢんまりしてる」
「そ、そうだなー」
手渡された地図を元に、俺と奏多、紗菜の三人は、柊木ちゃんちにやってきた。
もちろん、俺はそんなのなくても全然大丈夫だけど、ここははじめてやってきたっていう体でいないといけないので、発言がやや棒読みになりがちだった。
「……いいのかな。お邪魔しちゃって」
「準備してろって言うんだから、いいんじゃないの」
紗菜はそう言いながら、手に持った鍵を見る。柊木ちゃんちに入るためのものだ。
家庭科部のクリスマス会当日。開催場所は、なんとこの柊木ちゃんち。
四、五人くらいいても窮屈じゃない広さの部屋だし、開催すること自体に問題はないけど、俺が頻繁に来ている――なんていう証拠らしき何かがあったらかなりやばい。
だから、土曜日に来たときには、それらしき証拠がないか目を皿のようにして探した。
痕跡はなかったように思うけど、どうにも不安だ。
どうしていつもの家庭科室でないのかと言うと――。
『調理実習が放課後まで長引きそうっていうのと、他の部活の子たちが使いたいって言うから、ふたつ返事でいいよって言っちゃったの。ごめんね』
と、柊木ちゃんは説明して謝った。
家庭科室が家庭科部の独占状態だったから、たまにはいいだろうと許可したようだ。
「先生、早く帰って来られるといいけど」
紗菜がぼそりと言って鍵を使って中に入る。それに、俺と奏多も続いた。
夕方五時。もう外は暗い。
期末テストと、その皺寄せで仕事が山積みなんだとか。
『先に準備してて。先生も、終わり次第即帰るから!』
とかなんとか言ってたけど、大丈夫かな。
「……お邪魔します」
「しまーす」
奏多が礼儀正しくお辞儀をして、紗菜が適当に言う。
リビングに入ると、見慣れた間取りの部屋が、クリスマス仕様になっていた。
きらびやかな飾りと小さめのツリーがテレビの横に置いてある。
今週は忙しいってずっとボヤいてたくせに、こういうことはきちんとやるんだから。
「これ、先生が全部自分でやったのかしら」
「…………独身女性が、夜な夜な一人でクリスマスの飾りつけ。想像するだけで……」
「切なくなる言い方すんなよ、奏多」
やれやれ、と俺は持たされていたホールケーキを冷蔵庫に入れる。あらかじめ予約していて、さっき受け取りに行ったのだ。
うげ。
冷蔵庫の中には、ひと口大の鶏肉……揚げたらすぐ唐揚げになるやつがある。他にはポテトサラダ、ナポリタンなどなど、それらのパーティ料理が満載だった。
コンロの上にある鍋は、たぶんスープだろう。
「めちゃくちゃ準備してる……」
手間賃や材料費込みで五〇〇〇円は出してもいいくらいの量だ。
「……誠治君」
うおわあ!?
「ど、どうした、奏多。いきなり……」
奏多が一番怖ぇんだよな。洞察力や観察眼がすごいから。
「……チャイム鳴ってる」
へ? そういや、さっきからピンポンって何度も……。
柊木ちゃんが帰ってくるにはまだ早いだろうに。
宅配か何かかと首をかしげていると、せんぱぁ~い、と大声が聞こえた。
「むっ。あの声は――!」
眉をひそめた紗菜が足音を鳴らして玄関へと行く。
「ちびっ子。何であんたがここに――」
「柊木先生に訊いたら、ここで皆さんがクリスマスパーティをするとお伺いしましたので。ボクも混ざってもいいと言ってくれました」
「今日は、家庭科部のクリスマス会なんだから。部外者はゴーホームよ! ハウス!」
「嫌です。家主さんの許可を得ているのだから、あなたの指図は受けません」
「ぐぬぬ……このませガキ……!」
あの声とやりとり、間違いなくちびっ子バージョンの怜ちゃんだ。
とてとて、と軽やかな足取りで廊下を走った怜ちゃんが、こちらへやってきた。
「せんぱーい♡」
腰に抱きついてくる。小学生の怜ちゃんはちっちゃくていいなー。
大人怜ちゃんが同じことをすれば、俺は迷わず回避するだろうし……なんていうか、自分のアドバンテージをわかった上でフル活用してくるなぁ。
気持ちいいくらいの徹底っぷりだ。
「ボク、先輩と一緒に今日を過ごしたくてここまで来たんです。もうお外も暗くて……」
困り顔をしながら、うるうる、と瞳をうるませてみせる怜ちゃん。
ああ、なんてあざといんだ。わかった上でやってるんだから恐れ入る。
「よく来たな」
「はい。なでなでしてください」
はいはい、と差し出してきた頭をリクエスト通りに撫でる。
その後ろで、紗菜が青筋を立てていた。
「兄さんから離れなさいよ」
「久しぶりに会ったんですから、ちょっとくらいいいじゃないですかー」
ぶうぶう、と唇を尖らせる怜ちゃんが、俺を盾にするようにくるっと回り込む。ちょん、と服をつまんで、ひょこっと顔を出してみせる。
この立ち回り……もう年季が入ってんな。『あざとい』のベテランだわ。
「こんの……! 離れろって言ってるのに……!」
「……誠治君、準備が進まないから、このガ…………子供、どうにかして」
ガキって言いかけただろ、今。
けど、準備って何だ?
柊木ちゃんから受けた指令は、予約したケーキを受け取って、冷蔵庫に入れる。その程度の準備だった。
「ボクも準備があるんでした」
ぱちん、と手を叩いた怜ちゃん。ランドセルを担いだまま、リビングから出ていく。
怜ちゃんも準備?
「……さーちゃんも、早く」
「そうね」
ぶすっとした表情の紗菜が、鞄から服らしきものを取り出した。
「兄さんはこれね?」
渡されたのは、パーティ用のお手軽コスプレ衣装。
何かと思えば、ツリーの衣装だった。
人ですらねえのかよ。
「サナたちも着替えるから、それで先生を驚かせましょ?」
「そういうことなら」
他に何のコスプレがしたいかって言われれば、何もないんだから、まあツリーでもいいか。
茶色の服に、緑色の末広がりなマント。ツリーの頂上付近を模した被りもの。
ま、こんなもんか。ザ・ネタ衣装って感じだった。
「……さーちゃん、やっぱりいい、それ、とってもいい」
「そ、そうかしら……? そう言われると、嬉しいかも……」
寝室のほうから、二人の会話が聞こえてくる。
すぐに二人がリビングに戻ってきた。
「……ど、どぉ……? これ、ちょっと恥ずかしいんだけど……」
もじもじする紗菜が、目を逸らしながら言う。
どこかで見たことがあるなーと思ったら、アイドルグループが着ているクリスマスソング用の衣装だった。
めちゃくちゃ短いスカートに、ニーソックス。白いブラウスにケープ?らしき上着。
いずれもクリスマスカラーだ。
「相変わらず細いなぁ」
胸を手にやって、紗菜が体を捻る。
「またディスってるんでしょ」
「ディスってねえよ。褒めてるんだよ。似合ってる」
「…………なら、いいけど……」
「本物のアイドルみたい」
「っ!?」
顔を赤くしておろおろすると、紗菜はソファに座って所在なさげにする。その隣に、奏多が座った。
「……誠治君も、よく似合ってる」
「どうも」
奏多は……クリスマスプレゼントのコスプレだった。
ネタ枠もう一個あった!?
白くて大きな袋みたいな服に、プレゼントの箱らしき被りもの。一番上にリボンがついているので女の子用っぽく見えなくもないけど、そういう理由でついているリボンじゃないんだろう。
「俺よりも強いな、その衣装……」
「……うん。誠治君が霞むように調整しているから」
何でだよ。ま、いいけど。
「お待たせしましたぁ~」
怜ちゃんもリビングに戻ってくる。
こちらはワンピースのサンタ衣装。
ロリぃサンタさんだ。
ただ、裾はめちゃくちゃ短い。
「先輩にぃ、愛という名のプレゼントを持ってきました」
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と投げキスを連射するロリサンタ。
「はい、どうも、どうも」
「ああ~ん、なんか対応がおざなりですぅ」
それでも、構ってもらえるのが嬉しくてたまらなさそうな怜ちゃんだった。
尻尾があったら、めちゃくちゃ振られてただろうな。
それから、すぐに別の人が入ってきた。
「メリークリスマス!」
柊木ちゃんだった。
仕事いいのかよ。さては、片付いてないまま来たな?
柊木ちゃんもサンタの衣装を着ている。
赤い帽子に、ふさふさの白い髭、真っ赤な服とズボン。足元はブーツ。
クラシカルなやつきた!!
紗菜や怜ちゃんみたいに、可愛いく見える衣装はあっただろうに。
「みんなにプレゼントを持ってきたのじゃよ」
みんながポカンと見守っている。
「ふぉふぉふぉ。はいどうぞ、じゃよ」
キャラを崩すまいと頑張ってるぞ……。
柊木ちゃん、そこまでガチじゃなくていいんだよ。
怜ちゃん、俺、紗菜、奏多の順で、白い布からプレゼントを出して渡していく。
包装紙を取ると、中はスナック菓子の詰め合わせだった。
あ。地味に嬉しいやつだ。
「ふぉふぉふぉ」
笑い声を残して、柊木ちゃんサンタは去っていった。
どうやら、柊木ちゃんのサンタ知識は、笑い声とプレゼントを渡すことと語尾が「じゃよ」の三つらしい。
出ていくと、すぐに戻ってきた。
今度は、いつもの服装の柊木ちゃん。
「みんな、お待たせー。あれ、そのプレゼント……もしかしてサンタさん来たっ?」
キラキラとした表情で、白々しいことを訊いてくる柊木ちゃん。
おいおい、嘘だろ……。
「先生……」
「……あのクオリティで?」
「ええっと」
紗菜、奏多、怜ちゃんが、ぼそっと言う。
「「「バレてないと思ってる……!?」」」
「よかったね! プレゼントもらえて」
ま、眩しい……。純粋過ぎる笑顔が。
「遅くなってごめんね。ちょっと待ってて、すぐお料理の準備するから!」
止まっていた時が動き出し、女子三人が手伝いを買って出て、夕飯の準備をはじめた。
俺も手伝おうとしたけど、かえって邪魔になりそうだったので、紗菜が余計なことをしないように見張ることにした。
もしかすると、この空間で一番純粋なのは、柊木ちゃんなのかもしれない。
サプライズしたはずが、色んな意味でサプライズを受けた俺たちだった。




