ポンコツ柊木ちゃん
◆真田誠治◆
声で目が覚めると、いつもの席に紗菜と柊木ちゃんが座っていた。
「めちゃくちゃ寝た気がする……」
うん、と伸びをする。
眠るたびにタイムリープが解除されて現代送りになるってわけじゃないらしい。
いつそうなるかわからないから、夜はなかなか寝つけないんだよな……。
柊木ちゃんがニコニコと微笑んでいる。
「ずっと寝てたって、紗菜ちゃんが言ってたよ」
「あ――えと、うん――、兄さん、サナがきたときからずっと頬杖ついて寝てて……ねぶ、寝不足なんじゃないの?」
紗菜のやつ、何慌ててるんだ?
授業で遅くなった井伊さんがすぐにやってきて、楽しい昼食会がはじまった。
今日の紗菜と柊木ちゃんは終始無言で、俺が話を振っても反応が鈍かった。井伊さんも基本的に口数が少ないので、珍しく昼食会は静かだった。
まさか……俺が寝ている間に、紗菜が本格的に柊木ちゃんにケンカを売った、とか……?
携帯をいじって、紗菜にメールを送る。
『先生になんかした?』
『なんかって何?』
違うのか? それならいいんだけど。
何かあったんなら、あの先生がどうのこうのって、紗菜は言ってくるだろうから本当に違うんだろう。
『誠治君。真田家って特別なあいさつをしてたりする? 欧米的な』
夜に電話がかかってくると、開口一番に愛しの女神はそんなことを言った。
「欧米的なあいさつ? どういうこと?」
『たとえば、ハグしたりほっぺを合わせたりとか』
「さすがにそんな欧米的なことしないって。ウチは普通」
『そっかそっか。それならいいんだ。やっぱり、紗菜ちゃんは誠治君のこと大好きだよ』
「またそれ? お兄ちゃん大好き説?」
『うん。ちょっと意味合いが違う気もするけど。ともかく、ひとつ屋根の下で暮らす兄と妹で、変なことしちゃダメだからねー?』
「そんなことしないって。てか、先生と生徒の関係でどうにかなっちゃった春香さんは、人のこと、言えないんじゃ……?」
『そ、そ、それは……そのぅ、そうかもだけどぉ……。で、でも! 兄と妹よりセーフだからぁ』
語尾がいつもよりゆるい。
「先生、もしかして呑んでる?」
『二人のときは春香さんじゃなくって先生でしょぉー?』
ほら、もう、ポンコツになってる。
『先生、明日お休みだから呑んじゃってまぁーす。ふへへ……誠治君もウチきて一緒に呑もう?』
「コラ。未成年に酒すすめんな」
ふぎゃあ、と柊木ちゃんの悲鳴が聞こえてきた。
飲み物をひっくり返してしまったらしい。
『入れなおしたばっかなのにぃ……ふへへぇ』
笑うタイミングもなんかおかしくなってる。
ポンコツ化が今日は激しいな。
時計を見ると、まだ夜の九時。
「なんか心配だから行くよ」
『早くしないとぉ、柊木先生終了のお知らせで閉まっちゃうからねぇー?』
終了のお知らせで閉まる??
もう、意味わかんね。
手早く着替えて部屋を出る。玄関付近で紗菜と出くわした。
「どこ行くの?」
「終了のお知らせで閉まるらしい。何言ってるかわかんねえだろ? 俺もだ」
?? と、紗菜の頭上に疑問符が浮かんだ。
スニーカーにつま先を突っ込んで、愛車に跨り柊木ちゃんちにむかう。
柊木ちゃんちに上がるのは、これで二度目。
ピンポーン、と呼び鈴を鳴らすと足音が聞こえて、扉がちょっとだけ開いた。
隙間から柊木ちゃんがのぞいている。
目がトローンとしてて、横になればすぐに寝そう。
「合言葉を述べよ」
「は? 合言葉?」
「そぉ。柊木先生のことをどう思っているか、言わないとダメなの」
子供かよ。って、この前よりヘロヘロになってるな、柊木ちゃん。
早く水を飲ませないと(使命感)。
「柊木先生のこと? それとも春香さんの」
「春香さんのほうで」
食いつき早ぇえ。しかも顔がキリっとした。
「愛してる」
「も、もおおおおおお! 誠治君たらぁーっ」
嬉しそうにくるーん、とターンした柊木ちゃんは奥へ行ってしまった。
入っていいらしい。
ガシャン。チェーンがそれを阻んだ。
おぃいいいい! 開けてから行けぇええ!
「あ。忘れてた♪」
てててて、と酔っ払い柊木ちゃんが玄関に戻ってきた。
そうそう、開ければいいんです、開ければ。
「あたしも誠治君のこと、愛してる♡」
きゃ、と恥ずかしがった柊木ちゃんは、嬉しそうにくるーん、とターンして奥へ行ってしまった。
おぃいいいい! 開けてから行けぇええ!
しばらくして。
「どうして入ってこないの?」
ポンコツ発言をする愛しの女神は、ようやくチェーンを外して、俺を入れてくれた。
「ああ、なるほど、合言葉と愛の言葉でかかってるのか」
「?」
ナニソレ、とか言いたそうな顔をされた。
どう思っているか聞きたかっただけかよ!
酔っ払いの発言は絶対に深読みしない――俺はこのとき固く誓った。
俺に腕を絡めた柊木ちゃんはゴロゴロと甘えてくる。
これはこれで可愛い。
上はインナーしか着てなくて、隙間からブラジャーがチラチラ見えている。今日学校で履いてきていた膝丈のフレアスカートも、何がどうなってそうなったのか、めくれ上がっていてパンツ丸見えだった。
目のやり場に困るからそれは直しておく。
ポンコツ女神は超無防備だった。
ソファに座ると、テーブルの上には空の缶酎ハイが三本置いてあった。
どうも柊木ちゃんは、俺が思った以上に酒に弱いらしい。
なかなか離れない柊木ちゃんを引っぺがして、冷蔵庫から水を取りだして、グラスに入れる。
「はい。水。飲んで」
「はーい♪」
んく、んく、と一気飲み。
「珍しいね、ヘロヘロになってるの」
柊木ちゃんが家で呑むのは、それほど珍しくない。
夜電話をしているときは、酒が入っていることが多い。
とはいっても、缶一本くらいらしく、今日みたいにフラフラになるほどじゃなかった。
「明日休みだから?」
「紗菜ちゃんは、どういう女の子?」
「何それ」
おかしいよねぇ、と俺の肩に頭をのせて、もにょもにょ、と聞き取れない何かを柊木ちゃんはつぶやいていた。
そのまま、すうすう、と寝息が聞こえはじめた。
抱えてベッドまで運ぶと、起こしてしまったらしい。
「…………ん。……脱ぐ……」
ま、またあれか!
部屋着らしきTシャツを見つけて柊木ちゃんに渡そうとするけど、もう遅かった。
インナーをぽいっ。
ブラジャーもぽいっ。
「ストリップやめい!」
ぺし、とTシャツを投げつける。
「スカート、皺になっちゃう…………」
「今日は下も!?」
ぬぎぬぎ、ぽいっ。
「わぁああああああああああ」
「今日は白です♡」
「言うなよ! さっき見えたから知ってるよ!」
一応見ないように、柊木ちゃんに毛布を被せる。
よそへ行こうとすると、手を掴まれ、そのままベッドの中に引きずりこまれた。