冬休みの計画と補習
もういくつ寝るとクリスマス。
そんなある日の昼休憩に、俺たち家庭科部のメンバーはそのことについて話していた。
「クリスマスって普段みんなどういうことをしてるの?」
何気なく柊木ちゃんが俺たち三人に訊いてきた。
さっき話し合って、家庭科部のクリスマス会は二二日の金曜に行われることになった。ていうのも、ちょっとだけ早い終業式がその日にあるので、集まりやすいしちょうどいいってなったのだ。
「普段……?」
どういうことをしてるって……何もしてない……。
一〇時くらいに起きて、ゲームして昼寝してゲームして――そんな感じだ。
「ツリーを飾りつけしたりとか、毎年これ食べてるとか、何かあるでしょ?」
「……うちは、弟と妹が小さいから、小さいツリーを出して、兄弟で飾りつけしてる」
意外。奏多って一番上のお姉さんなのか。
「真田家は何してるっけ?」
俺が紗菜に尋ねると、さっきまでずっと黙り込んでいた紗菜が、顔を上げた。
「……けない……」
「何?」
「サナ、行けない……」
唇をプルプルと震わせて半泣き状態だった。
「なぜなら――補習があるから――!」
あー。こいつ、期末テストやらかしやがったな。
全然勉強せずに俺とゲームしてるから……。
ちなみに俺は、どの教科もだいたい六五点~八〇点の間。
ま、勉強なんてそこそこでいいんだよ、そこそこで。受験は来年だし。
チーン、と肩を落とす紗菜が幽霊みたいな声を出す。
「赤点で補習がある科目は数学と英語なんだけど……その両方死ぬほど苦手……」
赤点ってのは、ウチの学校では三〇点未満を指す。
灰色に着色された紗菜が、遠い目をしている。
「あの頃は、楽しかった……」
現実逃避すんな。
「……さーちゃん、だから勉強教えるって言ったのに。誠治君とゲームしたいって言って断るから――」
「サナ、そんなこと言ってないし!」
気の毒そうな顔をした柊木ちゃんが思い出したように言う。
「追試は? 追試はあるでしょ?」
「そ、そうだけど……明後日だし、もう、無理ぃ……」
「補習って冬休み中あるんだっけ。じゃあ、クリスマス会も難しい……?」
柊木ちゃんの問いかけに、紗菜がクスン、と鼻を鳴らして返事をした。
「「「……」」」
楽しい話し合いだったのに、一気にテンション下がっちまった。
もう、余裕ぶっこいてるから……。
自業自得とはいえ、さすがに俺もちょっと気の毒に思う。
毎年冬休みは、この時期に買ったゲームをやり尽くすっていう楽しいものなのに。
「明後日なら今日と明日、まだ時間はある。さーちゃん、諦めんな」
「さーちゃんって呼ばないで」
「紗菜に俺が教えるよ。勉強。一年レベルなら、まあ他人に教えるくらいワケないだろうし」
「うん。それがいいね。真田君なら、たぶんあたしよりきちんと教えられそうだし」
その発言大丈夫なのか、柊木ちゃん。
「……じゃあ、誠治君、さーちゃんをお願い」
「おう、任せとけ」
「さ、サナ、兄さんに教わるなんてひと言も――」
「俺が一番最適なの。家一緒だし、付きっ切りで勉強できる」
「そ、そんなことしたら――サナ頭よくなっちゃう!」
「その発言がもう頭悪いんだよ」
てか頭よくなっちゃダメなのか?
「これは、おまえのためだけじゃなくて、みんなのためなんだ。みんなで楽しくクリスマス会したいから。誰か一人欠けてもダメなんだ」
「うぅ……」
このセリフが効いたらしく、紗菜はもう文句を言うことはなくなった。
「じゃ、善は急げってことで今日はまっすぐ家に帰って勉強しよう」
「うぅ……嫌なのに、そうも言ってられない……」
ちょっとはやる気を出してくれたようだ。
まっすぐ家に帰り、俺はさっそく紗菜の家庭教師をすることにした。
「何でサナの部屋なの?」
「勉強するのがおまえだけだからだよ」
ふうん、あそ、と言って、教科書とノートを取り出す紗菜。
「今回の勝利条件って何? 何点取ればいいの?」
「補習を受けなくていいのは、追試で平均点以上が必要なの」
「そもそも何点だったんだよ」
「い、いいじゃない。赤点よ。赤点は赤点なんだから何点でもいいじゃないっ」
「って言うけどな、どこがわかってどこがわからないか、俺が知ってないと教えられないだろ」
あ。あれが答案だな?
クリアファイルに入っているそれが、鞄からちらっと見えた。
「一〇点ちょっととかそんな感じだろ――」
ひょい、とクリアファイルを取り出すと「うにゃあああ!? ちょっと人のものを勝手に――」と紗菜が奪い返そうとするが、それをかわして、俺は中を検める。
数学の答案を見つけた。
真田紗菜って書かれた右側に、赤く3って書いてあった。
「え。三点? サンテン??」
「あああああ!? 見ないでっ」
シュバッと紗菜が答案をひったくった。
「おまえ、マジか……」
ドン引きだった。
我が妹の未来を真剣に考えるなら、もう補習に行ったほうがいいんじゃないかとさえ思った。
「こ、今回は『天の神様の言う通り』が不調だっただけだから!」
「『天の神様の言う通り』って、おまえ、どーちーらーにーしーよーうーかーな? の、あれか」
「そうよ。高校受験のときに覚醒したの。『天の神様』の力が」
「何の力覚醒させてんだ。それ使う時点でダメなんだって……」
「うるさわいよ。調子よかったら二〇点前後は取れるんだから!」
「結局赤点じゃねえか。『天の神様』以前におまえが絶不調だよ」
先が思いやられる。筆箱を見てみると、鉛筆が数本入っていた。シャーペン使ってるはずなのに……。
気になって見てみると、三角形や六角形の鉛筆がそれぞれあった。
各面にABCとか123とか番号が振ってある。
――選択肢に応じて各種揃えてる!?
六角形の鉛筆にもアルファベットや数字が書いてあったけど、一か所だけ文字があった。
『もう一回振り直し』
す、双六!?
「もぉー! 人の筆箱の中ジロジロ見ないで!」
「運に任せてるから赤点なんだよ……」
英語の答案も似たようなもんで、スコアは7だった。
「全然違うじゃない! 倍以上も違うのに!」とか紗菜はぶうぶう文句を言っていた。
「一桁は一桁だろ……」と、俺はため息をついた。
「オッケー、わかった。俺はおまえを幼稚園児だと思って勉強を教えることにする」
「サナ、JKなんですけど」
「んなこと知ってるわ」
それくらいの覚悟で教えないとダメだろうなっていう俺の気構えの話だ。
教えはじめると、案外理解が早い。
紗菜ってやらないだけで、やればできる子なんじゃないか?
「兄さん、サナが補習回避したら、クリスマス遊んで。これが、体育祭のときのお願いってことでいいから」
イブは一日中柊木ちゃんとデートで、二五日のクリスマスはこれと言って予定はなかった。
それに、何でも言うことを聞くって話だしな。
「……まあ、いいよ。でも英語と数学の両方だぞ?」
「わかってる」
ふんす、と気合を入れた紗菜が、数学の問題集を解き出した。
一応柊木ちゃんに報告しておこう。
紗菜の後ろでメールを打って送ると、すぐに『了解!』と返信があった。
謎の集中力を発揮した紗菜は、夕飯までの時間を数学に。そのあとを英語の勉強に費やした。
次の日も同じで、勉強をはじめると集中力は途切れることがなかった。
わからないところを教えると、あっさりと理解してくれた。
「……イラスト描いてるときも、こんな感じで集中してるのか?」
「何でもいいでしょ」
無言で問題を解いていると、「ねえ」と紗菜がノートに目線を落としたまま話しかけてきた。
「サナ、クリスマス……街をウロウロ歩きたい」
「補習を回避できたらな」
うん、と小声で言って、紗菜はシャーペンを走らせた。
そして追試当日。
放課後、俺たち三人が待つ家庭科室に、どたばたと足音が聞こえてきた。
バーン、と景気よく扉が開けられると、そこには紗菜がいた。
「今、サナは自分の潜在能力の高さに震えてるわ」
中二病くさいことを言う妹は、二教科分の追試の答案を見せてくれた。
平均点六二点の数学は六四点で、平均点五五点の英語は五八点だ。
ぎ、ギリギリじゃねえか!
「よかったぁ……紗菜ちゃん、頑張ったんだね」
「と、当然よ。サナ、普段やらないだけでやったらスゴイんだから!」
「……さーちゃん、お疲れ様」
「ありがとう、カナちゃん」
威張れる点数じゃねえけど、まあ、補習回避できたのはよかったよ。
紗菜が肩で風を切って中に入ってくる。その足音が、ドヤ、ドヤ、ドヤァって聞こえるのはたぶん俺だけじゃないはずだ。
フン、と偉そうに顎を上げて、さらっと髪の毛を払った。
「兄さん、何か言うことあるでしょ」
「テスト期間にゲームなんてしなかったら、こんなことになってなかっただろうに」
「う、うるさい。素直に褒めなさいよ!」
「お疲れ。頑張ったな」
「最初からそう言えばいいのに」
小声で言うと、唇を尖らせた紗菜は顔を背けた。
こうして、ようやく俺たちはクリスマス会の話し合いを進めることにした。