貴賤なし
あと数日で冬休みに入ろうかという昼休み。
俺は家庭科室で昼食を食べていた。メンバーは紗菜に奏多に柊木ちゃん。
「みんな期末テストどうだった? ちゃんとできた?」
柊木ちゃんが先生らしい話題を振ってきた。
俺は毎度のことながら、これといって苦戦することなかった。好成績とは言わずとも、全教科平均点以上は取れているはず。
「まあ、そこそこ」
「……私も、問題ない」
「そかそか。紗菜ちゃんは、どう?」
我関せずと言った顔で弁当を食べていた紗菜の手が、ピクリと止まる。
「さ、サナは余裕よ、余裕」
本当かよ。目をそらさず、そのセリフみんなに言えるのか?
「すぐテストは返ってくるだろうし、どれくらい『余裕』だったのか楽しみにしておこうか」
「うぎ……」
テスト期間中、家帰って真っ先にゲームしてるような状態だ。いいとは言えないだろうな。
あ、そうだ。
「奏多に気にかけろって言われたんだっけ」
「……何の話?」
いや、何でもない、と俺は首を振った。
紗菜のことを気にかけろって言われても、何をどうすりゃいいのかさっぱりだ。
「勉強教えてやってもいいぞ?」
「何で上から目線なのよ」
「学年も賢さも上だからだよ」
とまあ、気を遣おうと思ったらいつもこんな感じになっちまう。
「いいわよ。どうせ赤点取ったりしないし」
つん、と紗菜がそっぽをむいた。
……だといいけどな。
『さーちゃん、学校で何してるの……?』って母さんが成績表を見て頭を抱えてたことがあったな、そういや。
「き――昨日、テレビであったんだけど」
紗菜が逃げるように話題を変えた。
「フェチって、ある?」
なんつー話題ぶっこんできてんだ。
「よりにもよって、俺がいるときにそれ話題にする?」
なんか気まずいわ! 俺も言いにくいし。
「う、うるさいわね。思いついたんだから仕方ないじゃない!」
くすくす、と柊木ちゃんが俺たちのやりとりを聞いて笑っている。
「紗菜ちゃんは何かあるの?」
柊木ちゃんが尋ねると、
「さ、サナはとくに、ない……」
髪の毛をくりんくりん、と指で弄びながら目を伏せる紗菜。
話題振っておいて自分はねーのかよ。
「とか言って、本当は?」
柊木ちゃんがいたずらっ子みたいな顔で改めて訊いた。
こういう顔をすると、どことなく夏海ちゃんに似ている。
頬を染めながら、小声で紗菜が言った。
「あ、あとで言う、あとで」
「やっぱりあるんだ。じゃああとで聞かせてね」
うふふと女神スマイルをする柊木ちゃん。
そんな中、奏多がシュバッと挙手した。
「はい、奏多」
俺がMC役として、奏多に発言権を与える。
「……フェチには、ちょっとうるさいけど、いい?」
……た、確かにうるさそう!
めちゃくちゃマニアックでピンポイントなところが好きそう。
「ど、どうぞ」
「……声。声が好き」
割と王道! あんまりうるさくなかった!
紗菜も柊木ちゃんも興味津々で、黙って聞いている。
「たとえば、どういう声がいいの?」
「……低い声、かな。でも、低すぎなくて、よく通る声。安心する感じの低い声が、好き」
やっぱりうるさかった! かなり掘り下げてきた!
「それは、サナもちょっとわかるかも。イイ声は、イイ」
でしょうね、イイ声だからな。
それには同意らしく、柊木ちゃんもうんうんとうなずいている。
「なあ、奏多。俺の声は?」
「……誠治君の声? どうだろう、わからない。耳元で……辛子明太子って言って」
ワードセンス独特だな!
好きだよ、とかじゃないんだな。
「じゃあ、失礼して……」
席を立って、奏多の耳元に口を近づける。
「……辛子明太子」
これでいいのか?
プルプル、と奏多が震えると、ぐっと親指を立てた。
「合格」
俺、何に合格したの。
「先生はあるの?」
目をつむってうなずいていた柊木ちゃんに訊いてみた。
「そんなにないけど、先生は笑顔かなー?」
紗菜も奏多もシラーとしている。
「先生、そんなアナウンサーみたいな回答……」
「え、だ、だめ? 笑顔って人柄が滲んでるような気がするから、いいと思うんだけど」
はにかんだ笑みを覗かせる柊木ちゃんが、ちらちらっと目線を俺に寄越す。
そういや、何度か褒められたことがあったっけ。
『誠治君の笑顔はなんか可愛いから好き』って。
相変わらず女子の『可愛い』がよくわからないけど、褒められてはいたらしいので、悪い気はしなかった。
俺だって柊木ちゃんの笑顔は好きだ。恥ずかしいから面と向かっては言えないけど。
「ち、ちなみに、兄さんは? 一応聞いておく」
「いや、いいよ、俺は。角を立てる結果になりそうだし」
「先生も気になるなー? 真田君は、何フェチなの?」
奏多も気になるらしく、首を縦に振っている。
「でもこれはちょっと……言いにくいっていうか」
「言いなさいよー。そんなにもったいつけられると、余計に気になるじゃない」
唇を尖らせる紗菜と興味津々の二人。
俺は観念して言うことにした。
「胸」
柊木ちゃんは、聖母様みたいな顔でゆるくうなずいている。
「はぁぁぁ――――っ」
紗菜が、飲み屋にいるオッサンがしそうなでかいため息をした。
「これだから男子って、頭悪いから嫌なのよ」
「言えって言うから言ったんだろ」
ぼそっと奏多も言う。
「……胸……何の面白みも捻りもない……」
「何でそんなボロクソ言われなきゃいけないんだよ」
あ、さては、このガールズは俺が巨乳好きだと勘違いしてるな?
「違うぞ。話は最後まで聞け。別に大小は問わない」
「とか言うのよ、男子は」
おまえが男子の何を知ってんだ。
「だから、俺の主張を最後まで聞けって。胸っていうのは大小違いがあれど、貴賤なし」
意訳すると、おっぱいはみな尊いものであり、またそれぞれに魅力があるものだ。
――という、俺が今思いついた名言風のセリフだ。
「いい言葉だね……」
柊木ちゃんが目を細めて慈悲深そうな表情をする。
「……む。ただのおっぱい星人じゃない」
と、奏多にも一目置かれた(?)。
無反応だった紗菜がこそっと奏多に耳打ちした。
「ねえ、キセンって何」
わからねえのかよ。俺の名言台無しじゃねえか。
「……大きくても小さくても、いやしいものはないってことだよ」
「小さくても、いやらしい……!?」
微妙に聞き間違えてんぞ。
紗菜が俺を警戒するように、腕で胸を隠した。
「兄さん……妹のおっぱいをそんな目で……」
「見てねえから」
ひらひらと手を振って先に否定しておく。
「みんな言ったんだし、おまえの番な」
「サ、サナは、う、腕……腕の筋肉。ぐってしたときに出る、筋、みたいなあれ」
「「わかる」」
他二人からは圧倒的に支持されたフェチだった。
「真田君も出るよね、その筋」
「え? ああ、これ?」
腕まくりをして思いきり拳を握ると、その筋とやらが浮かび上がった。
「そうそう、これこれ♡」
「まさか、さーちゃん、兄さんをそんな目で……」
「見てないから! に、に、兄さんはそういう筋は出ないから!」
いや、出てるんだよ、実際。
「……さーちゃん、落ち着いて。誠治君のことを言ってるのがバレないようにしてるんだと思うけど、バレてるから。隠してることがバレるほうが余計恥ずかしいから」
「違うからぁぁぁぁぁあ!」
食べてる途中の弁当もそのままに、紗菜が家庭科室から出ていった。
「紗菜ちゃん、可愛い……」
柊木ちゃんがほんわかしてた。