因縁の対決7
「春ちゃんの上司にあたるわけじゃん、校長って。大丈夫なの?」
夏海ちゃんが本気で心配をしていた。
まあ、あんなに性癖モロ出しの校長がいたんじゃ、生徒も先生も心安らかな学校生活は送れないだろう。
「はじめてのミスコンだから、はしゃいじゃったんじゃないの?」
にしても限度はあると思うけど。
「限度があるでしょーが」
夏海ちゃんも同じことを思ったらしい。
それまでずっと黙ってコンテストを見守っていた有識者藤本が、話しかけてきた。
「チャンサナの猫耳メイドの威力がぱねぇ……細いし、私服だってなんかクールで良かったし、モデルになったりして」
「ないない。あいつはだって――」
「だって……? 何?」
何でもない、と俺は首を振った。
紗菜はASW社のキャラクターデザイナーとして活躍する……ことになるはずだ。
コスプレ審査は進んでいく。今のところ、1ゴッドを獲得した紗菜がトップだった。
……ていうかゴッド制度やめない? ややこしいんだけど。
そして、ラストを務めるのがマイエンジェル柊木ちゃんである。
この前見せてもらった魔女のコスプレでもするんだろうか。
出てきた柊木ちゃんは、縁のない眼鏡をかけ、黒のビジネススーツにブラウスを着ていた。
「ま、まさか、これは――」
教師が女教師のコスプレしてる!?
原点回帰――そういうことなのか!?
似合ってる。いや、大人なんだから似合ってて当然っちゃ当然だけど、ぽわんぽわんな柊木ちゃんが、こうしてビシっとスーツを着ると、女教師感がかなり増して見える。
スーツで仕事してるのって、見たことないもんなぁ。
壇上中央にやってくると、眼鏡のフレームを一度くいっと持ち上げてみせる。
服装のせいか、表情もキリリとしているように見えた。
「これが真・柊木ちゃん――」
「めっ、って叱られたい……」
「踏まれて詰られたい……」
M心をくすぐられる男子たち。
「この服装は、どういうものでしょう」
「これは、見ての通り先生です。あえてというか、直球というか。逆にこういう服装を普段しないので、いいギャップになるかなと思って」
観客たちの反応は上々で、特に柊木ちゃんの授業を受けている男子たちには、効果てきめんだっただろう。
審査得点は、「8、9、むっちりした太ももisゴッド、6,6」
教頭おまえもかよ!
さっきからずっと見に来てる保護者たちがザワついてんだよ。
入学希望者を増やすためのミスコンなのに、オッサンたちがめちゃくちゃ足引っ張ってる。
ピッ!
険しい表情をする司会が笛を吹く。教頭を指差して首を振った。
藤本と俺の実況と解説ごっこがはじまった。
「さすがに司会も、校長の件があるから厳しくならざるを得ないですね」
「そんなシステムがあった、というのは、この真田、今知ったんですが、今後も気をつけて審査してほしいところです」
「あー。やっぱり出ますね、カード」
「校長のときはイエローなしで、いきなり体育教師でした」
「現場の最高責任者ですから、いきすぎた審査に対して多少のお目こぼしがあったのではないでしょうか」
「なるほど。それでも度が過ぎた、ということでしょうか。野放しにしておくと、このミスコンが最初で最後の開催になってしまうリスクもあったわけですね」
コンテストは最後の特技審査に入ったけど、俺たちの遊びは続く。
奏多もそれに乗っかってきた。
「……えっちなのはオッケーですが、審査員がエロい目で見ることは厳禁のようですね」
「やはり女性として、そのへんは気になりますか」
「……もちろんです。おまえらオッサンを楽しませるためにやってるんじゃないんだよ、という全女性の声が聞こえてきそうです。可愛い服やお化粧は、自分のためにやっているのであって、それをいやらしい目で見られるのは酷く心外なんです」
「「……すみません……」」
そうやって俺たちがそうやって遊んでいると、
「ねえ、レフリーって何? 審査することプレイって言うの? ねえ? 体育教師はレッドカードっていうあだ名なの??」
夏海ちゃんに質問責めされた。
「変な学校ー」と、不思議そうな顔をされた。
実況と解説ごっこに飽きたころに、紗菜の出番がやってきた。
紗菜って、何か特技あったっけ?
俺が疑問に思っていると、紗菜が壇上に現れた。
小脇に大きなノートのようなものを抱えている。
「あれって……」
「……さーちゃん、本気で勝つ気なんだ」
「クロッキーノート?」
うん、と奏多はうなずいた。
ってことは、イラストか何かをここで披露するってことか。
ん? 奏多は紗菜がイラストを描くってことは知ってた……?
「……さーちゃん、イラストをよく描くんだよ。上手なんだけど、恥ずかしいからって私にしかそのことを言ってないみたいで……」
前回の高二ではそんなことができるなんて、全然知らなかったけど、今では知ってる。
「こんな大勢の前で、それをやるってことは、紗菜ちゃんは春ちゃんをガチで倒しにいってるってこと?」
「……うん」
司会が紗菜にあれこれ尋ねる。それは何? これから何をするの?
「お題をどなたかにもらって、即興でその絵をここで描きます」
おぉぉ、と感嘆が上がった。
俺にも隠していたその特技を、ここでこんな形で披露するのは、たぶん、かなり勇気が必要だったんだろう。
こればっかりは、見ているだけしかできねえ。
頑張れ、紗菜。
「ええっと、お題は何でもいいんでしょうか」
「はい。アニメや漫画のキャラから、似顔絵まで、何でも」
「わかりました。ということですので――では、出題してくれる方がいらっしゃいましたら、挙手をお願いします」
ざわざわしたあと、何人かが手を上げる。当たった女子が「猫」と言う。
紗菜はその場で座り込んで、持参していたマジックでサラサラと描く。一分くらいだろうか。
「できました」
と、紗菜がノートを見せてくれた。
そこには、やや擬人化された二本足で立つ猫が描いてあった。ベストを着て、被ったハットから耳が飛び出ている。
おぉぉ、とまた感嘆が上がった。
むふふん、と紗菜が得意げな顔をしている。
それから、お題は誰もが知っているアニメや漫画キャラ、学校の先生にまで及んだ。
どれも一分か二分くらいで描きあげた。
ラスト一つ、と司会が言い、クラスメイトらしき女子が当てられた。
「じゃあ、サナサナのお兄ちゃん」
お、俺!? や、やだ、恥ずかしい!
紗菜も困っていたようだが、すぐにペンを走らせた。
「で、できました」
クロッキーノートに隠れるように、紗菜は描いた似顔絵を見せてくれた。
「ぷ。空き巣くん、めっちゃイケメンに描かれてる……ぷぷぷ」
「……さーちゃんには、そんなふうに見えてるんだ」
「オレの知らない真田だ……」
少女漫画に出てきそうな、キラキラのエフェクトを振りまきそうな線の細いイケメンが、そこには描いてあった。
「お、お、終わりっ」
そう言って、逃げるように紗菜が捌けていった。
審査得点はというと、「ゴッド、ゴッド、10、ゴッド、ゴッド」の4ゴッドを獲得した。
これが全審査の最高得点だった。
ちなみに、isゴッドっていうのは廃止されたらしい。
「愛されてるなぁー、空き巣くん」
「茶化すなよ」
俺がそう言うと、奏多が何か言おうとして、口を閉ざした。
「チャンサナ、すげーな」
「人気のキャラデザイナー様になる女だからな」
俺も鼻高々だった。




