因縁の対決5
『ねえ、誠治君、私服どんなの着たらいいかなー?』
『デートとかで着た服なら、何でもいいんじゃないの?』
『何か投げやり……』
『そうじゃなくて、どれも可愛いと思うよってこと』
『……もう、そうならそうって言ってよぅ。しゅき♡』
……というバカップルトークを、数日前に繰り広げた俺と柊木ちゃん。
さて、どんな服でご登場なさるのか。
袖から出てきた柊木ちゃん。白地のワンピースに、白い帽子。
夏に一度だけ見たことのある、深窓のご令嬢然とした服装だ。
「こ、これは――」
藤本が言葉を切って、ゴクリと喉を鳴らした。
「ど、童貞が夢に見る『夏の田舎で出会いたいお姉さん』――!」
ああー、言わんとしていることはわかる。
ああいう清楚なお姉さんを、男は誰もが脳の片隅に一人は住まわせているものだ。
「バックに向日葵畑が見えるんだが……オレの見間違いか」
「いや、オレもだ。夏の太陽と青い空が見える……」
「「「「これが心象風景の具現化か――」」」」
会場全体から、「ゴクリ」という喉を鳴らす音が聞こえた。
まあ、全員男子だろう。
「……柊木先生、強い」
何かを確信したような奏多のコメントだった。
マイクを渡され、自己紹介に入った。
「こんにちは。えと、大勢の前でしゃべるのって、やっぱり緊張するね……」
てへへ、と柊木ちゃんは可愛く照れ笑う。
「あの服装で、あのはにかんだ笑顔――――ッ、まずい、死人が出るぞッ」
そう言った藤本が吐血していた。
「おい、藤本!?」
「あ、あんな清楚で可愛い、お姉さんに……、ひと夏の恋を、して、みたか、った…………」
ふ、藤本ォォォォォォォオオ――――!?
脱力した藤本を支えて、目蓋をそっと閉じてやった。
周りを見ると、一〇人くらいは藤本と同じ状況に陥っていた。
「世界史を担当してます、柊木春香です。一応、これでも先生です。他の先生方に推されて出場していますけど、やるからには頑張りますっ。よろしくね♪」
女神が微笑みをばらまき、手を振った。即効性抜群のようで、胸を押さえてうずくまる観客が続出した。
柊木ちゃんが俺にむかってウィンクすると、俺の周囲一帯の男子が、床にうずくまった。
……マップ兵器かな。
審査のほうはというと――ひと夏の思い出isゴッド、柊木ちゃんisゴッド、男の憧れ的お姉さんisゴッド(これはセクハラですか?)、四、五。
「得点は、3ゴッド9点です!」
校長、セクハラかどうか気にするくらいなら、大人しく一〇点つけとけよ。
保健室と音楽の先生(どっちも女性)は、「定番でいいが、期待を越えるものではなかった」「ファッション審査という観点では、その装いはシンプルに過ぎる」という辛口コメントだった。
まあ、確かに。的を射ていると思う。
私服審査だから、性癖に刺さるかどうかはポイントじゃないんだよな。
男子のほとんどに刺さったから死者多数なわけだけど。
ここで、遅れて夏海ちゃんがやってきた。
「はろー。今どんな感じー?」
「私服審査と自己紹介が終わったとこだよ」
「紗菜ちゃんの自己紹介、どうだった?」
「アイドル風自己紹介やって顔真っ赤だったよ」
「やっぱり!」
ぷくく、と夏海ちゃんは笑う。
「夏海ちゃんの作戦?」
「まあね、そんなとこ。インパクトって大事じゃん。何人も何人も出てくるんだからさ。春ちゃんみたいに知っている人が多いんなら簡単でもいいんだけど」
本番でそれをやったのは、作戦を提案した夏海ちゃんも意外だったらしい。
「本番でちゃんとやるとは思わなかったよー」
からから、と夏海ちゃんは笑う。
続いてカラオケ審査に入った。
「紗菜ちゃん、大丈夫かなぁ、アレで……」
はぁ、と夏海ちゃんがため息をつく。訊くと、やっぱり『ブレイグ』の曲を歌うつもりらしい。
この大勢の前で、ピーキーな選曲……。観客たちが引かなけりゃいいけど……。
出場者の女子たちはみんな、恋心を歌った曲だったり、ノリのいいアップテンポな曲が多かった。
この場でキッズアニメのアニソン……。浮く……確実に……。みんなにキョトンとされるんじゃ……。
順番が紗菜に回り、マイクを持ってペコリと一礼する。
俺もよく聴くオープニング曲のイントロが流れはじめた。
「あれ、この曲……」「アニメのやつ?」
みんなが声を潜める中、Aメロにさしかかる。
「……っ、お――、の……」
緊張のせいか、全然声が出ていなかった。それどころか、ロクに歌えていない。
風呂ではよくでかい声で歌っているくせに。
夏海ちゃんも、「あちゃー」な顔で天を仰いでいる。
自分でもマズイとわかっているんだろう。
どんどん紗菜の表情がどんどん固くなって、焦っているのがよくわかる。
……仕方ねえな。
俺は聞こえてくるメロディに合わせて大声で歌った。体育館中の注目を集めるくらいに。
「――あの日のぉぉ!」
この曲は、歌詞を見なくても歌える曲だ。
「――誓いをぉぉぉ」
めっちゃ恥ずかしい。みんながこっちを見ているのがわかる。
自分の顔が赤くなっていくのもよくわかる。
紗菜も何が起きているのか把握するまでに、少し時間がかかったみたいだ。
おい、紗菜、サビに入るぞ――。
俺が言わんとしていることを察したのか、サビの歌い出しからは完璧に歌いはじめた。
あー、よかったぁ。
ほっと俺は胸をなでおろして、注目から逃げるように首をすくめた。
「……ナイス誠治君」
「もう、お兄ちゃんってば優しいんだからぁ」
奏多がグッと親指を立てて、夏海ちゃんには肘で脇腹を突かれた。
俺が照れ隠しに、「う、うっさい」と言うと、奏多は小さく笑って、夏海ちゃんはシシシと笑った。
紗菜のカラオケ審査は散々だったけど、まあ、しょうがねえよな。
壇上から捌ける紗菜と目が合う。
口だけで「ありがとう」と言われたのがわかった。