因縁の対決3
「わぁー。狭いね♡」
土曜日、俺と柊木ちゃんはミスコンの特訓を兼ねてカラオケへとやってきた。
薄暗い室内では、ディスプレイの明かりが妙に眩しく感じる。
「先生、カラオケ来たことないでしょ?」
「ええっと……えへへ。って、今は春香さんでしょー?」
俺は高校時代に来たことがまるでなく、はじめて行ったのは大学生になってからという、そんな遅咲きマンである。
でも、その頃行っておいてよかった。
「ええっと、誠治君……これ、どうすれば……?」
さっそく端末を前にした柊木ちゃんが、頭上に?を浮かべまくっていた。
「これで、曲名やアーティスト名やキーワードを入力すると、歌いたい曲を検索できるんだよ」
ぱちくりと柊木ちゃんが目を瞬かせている。
「す、すごい……! SFみたーい!」
「そんな大げさな」
「だって、だって、本を見て番号を入力するんじゃないの?」
だいぶ古いやつだ!
柊木ちゃんのカラオケの認識って、丸ごと昭和なんだなぁ……。
って言うと怒られるので、黙っておこう。
「来たことない人からすると、最新設備のカラオケは未来そのものなのかな」
「誠治君は、何を歌うの?」
いや、本当に、大学であれこれ経験しておいてよかったと思う。
彼女を連れてきておいて、「いや、恥ずかしいから歌わない……」とは言えない。それだと、ちょっと男として情けなく思われてしまう可能性がある。
「ロックバンドの曲かな。アニメの主題歌にもなってて――」
この曲なら、割と無難というか、同世代なら知っている人が多い。
誘われればカラオケに行く程度だけど、幸いにして俺は可もなく不可もない歌唱力だ。
拍手されるような歌声じゃないし、かといって下手すぎて気を遣われるようなこともない。
ザ・普通。
柊木ちゃんがキラキラの何かを俺に飛ばしてきた。
「それ聴きたい」と目だけで訴えてくる。
「この次からは、春香さんが歌うんだよ? 特訓なんだから」
「はーい」
シャカシャカ、シャンッ、と手に持ったマラカスを鳴らした。
端末で曲名を検索して、転送。画面が切り替わり、音楽のイントロが流れ出す。
柊木ちゃんが、期待の眼差しでずーっとマイクを持つ俺をガン見している。
う、歌いにくい……。
アップテンポのイントロが終わって、表示された歌詞に色がつく。それに合わせて歌っていく。
隣の柊木ちゃんが、合いの手代わりに、シャンシャン、とマラカスを鳴らす。
五分もかからず、曲は終わった。
「誠治君、上手!」
シャシャシャシャシャシャシャシャン!
マラカス、めっちゃ気に入ってる。
「まあ、こんな感じで歌います」
ふう、と一息ついて、さっきドリンクサーバーで入れてきたジュースをひと口飲む。
「あたしは何を歌えばいいの?」
「何って、好きな曲を歌えばいいと思うよ」
「好きな曲、好きな曲……?」
ぴ、ぴ、ぴ、と端末を触る柊木ちゃん。
あ、そもそもそれがないのか?
「紗菜ちゃんに負けないようにするには、どうしたら――」
そっか。ただ単に歌うだけじゃダメなのか。
誰でも知っているような曲を人気の先生が歌ったところで、インパクトは少ない。
これはミスコンのカラオケで、審査をされる。
だからインパクトのある曲のほうがいいのかも。
……歌唱力次第では悪い意味で印象に残るかもしれないけど。
「じゃあ、適当に入れてみてもいい?」
俺がうなずくと、ピ、と柊木ちゃんが端末を操作する。
選んだのは、俺が中学生くらいのときに流行った曲だった。この時代だとニ、三年前になるのか。
マイクを手にした柊木ちゃんは立ち上がり、歌いはじめた。
「~~♪ ――! ――♪」
歌唱力がどれほどのなのかと思えば、柊木ちゃんは結構上手だった。
俺があれこれ言えるレベルじゃなかった。
よかった、よかった。
でもこれじゃ、最悪曲が被ることもある。
――あ、そうだ。
「ふうー。どうだった、誠治君?」
ピ、ピ、と曲を選んでいた俺は「ああ、うん、よかったよー」と生返事をする。
「あ、聞いてなかったでしょー!?」
マイクがオンになっていたので、キィィィィンと耳障りな音が響いた。
「聞いてた、聞いてたってば」
「本当かなー?」
柊木ちゃんはすとんと座ると、誰もいない個室ってのをいいことに、腕を組んで俺にベッタリとくっついてきた。
俺の肩に頭をのせて、「密室っていいね♡」とぼそっと言う。
「春香さん、おっぱいが……」
「当たるの、嫌?」
「……嫌だったら、腕を振りほどいてる」
「誠治君の、えっち♡」
どっちがだ!
ごろごろ、ごろにゃーん、と甘えてくる柊木ちゃん。口がω(こんなふう)になっている。
その間、俺は端末で曲を選んでいた。
「春香さん、あえてこいうの、歌ってみない?」
「いいけど、これって……?」
リスキーではあるけど、ハマればインパクト大。
これを上手く歌えるのなら、そのリスクも減りそうだ。
我ながら名案である。
柊木ちゃんが携帯をイジっていると、「うそ」と声を出した。
「どうかした?」
「夏海たちも、このカラオケにいるんだって」
紗菜と夏海ちゃんが今日カラオケに行くというのは聞いていたけど、まさか被るとは。
最寄りの駅から五駅も離れたところをわざわざ選んだのに。
GPSか何かで探して追いかけてきたってほうが、まだ可能性としては高そうだ。
夏海ちゃんのからかい力ならあり得そう。
柊木ちゃんには、選んだ曲を練習してもらうことにした。採点モード有りで。
俺は敵情視察をすることにして、夏海ちゃんたちがいる部屋番号を教えてもらい、こっそりと中を覗いた。
「何でアニメの歌ばっかり歌うんだよぅ!」
「だぁーかぁーらっ! サナが歌いたいんだからいいでしょぉー!?」
ぷくく、揉めてる、揉めてる。
「えぇぇ……でも、このアニメってさぁ、子供が見るやつでしょー?」
「『雷銀の王ブレイグ』は、子供むけだけど大人でも楽しめるんですぅー。見もしないで、ディスるのはやめてくださいぃー」
なんだ、『ブレイグ』の話をしてたのか。
そうだぞ、夏海ちゃん。見てもないのにディスるのはやめてくださいぃー。
オープニング曲はめっちゃいいし、名作なんだから。
「ディスってないってば。ねえ、これをコンテストで歌うの?」
「何か問題でも?」
「春ちゃんに、負けちゃうかもね?」
「うぐぐぐぐ……。で、で、でもサナ、他に曲知らないし……」
「バラードとかさー、年頃女子に刺さる感じの曲をさー」
「『ブレイグ』の曲だって、刺さりまくりだから。サナ、カラオケ映像見て途中で泣きそうになるんだから。名シーン過ぎて」
「自分にだけ刺さっても仕方ないじゃんっ! わからずや!」
「あ、言ったわね! 『ブレイグ』のここがすごい! っていうプレゼン、今度本気でしてあげる――!」
「もうそれ、頑張るポイントがズレはじめちゃってるから!」
ま、『ブレイグ』はともかく、あまり上手くいってない様子だった。
これを機に、二人がもっと仲良くなったらいいなーと俺は思った。
自分の部屋に戻ると、柊木ちゃんが熱唱中だった。
歌い終わると、ドラムロールが鳴って、採点された点数が表示される。
ドン!
『94点!』
「誠治君、見て見て、ほらっ!」
す、すげえええええ!?
やったやった、と柊木ちゃんは無邪気に喜んでいる。
俺の選曲に間違いはなかった。紗菜には悪いが、これは勝ったな。ガハハ!