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ごっこ遊び


「はァ? ナニソレ」


 ソファにごろんと横になった夏海ちゃんが、ぱたぱた動かしていた足を止めて、俺を見る。


「……いや、俺じゃないよ? 俺が発案した『遊び』じゃないよ?」


「だとしてもだよ……パンチラごっこって何?」


 ゴミを見るような冷たぁ~い目つきをする夏海ちゃん。


 バイトもないので、柊木ちゃんちで土曜のお昼からゴロゴロしている俺と夏海ちゃん。

 この家の主はというと、食材がないと騒ぎ、ほんの一〇分ほど前に買い物に出かけた。


 荷物持ちとしてついて行くって言ったけど、「大丈夫。お留守番してて?」と言うので、こうして夏海お嬢様と主の帰りを待っているのである。


「空き巣くん、そんなにパンツ見たいの?」


 何の気なしに体勢を変える夏海ちゃん。漫画を読みながら、今度は座って足を組んだ。ショートパンツを穿いているせいか、隙間から本当に見えそうで困る。


「……」


 夏海ちゃんとは友達だけど、『彼女の妹』でもある。

 彼女である柊木ちゃんのパンツをチラっと目にしてしまうよりも、さらに悪いことをしている気がして、俺は目をそらした。


 もうちょっとで冬だっていうのに、なんつーカッコしてんだ、このお嬢様は。


「空き巣くんー?」


 呼ばれてはっと我に返った。


「え、あ、うん。あくまでも、『ごっこ』だから、未遂でいいんだよ」


「未遂? じゃあ見えないじゃん。それってただの『チラ』じゃないの?」


 なんていうか、違うんだよなぁ。『チラ』じゃちょっと違うんだよ。


「もしかしたら――っていう期待感がないと」

「難しいねぇ……」


 出ていく前、柊木ちゃんが撮影した俺の球技大会の映像を三人で見た。


 体育用具室で録画を止めたと思ったけど、きちんと止まってなくて音声が全部入っていたのだ。


『今日頑張ったら、何かご褒美あげる!』

『ご褒美?』

『うん。何がいい?』

『結構前……パンチラごっこする、みたいな話をしたことあったけど、それでもいいの?』

『う、うん……ちょ、ちょっとだけなら……』


 顔を真っ赤にした柊木ちゃんは、夏海ちゃんが何か追及する前に、食材がないと言って自宅からエスケープした。


「まあ、いいんだよ、別にさ」


 夏海ちゃんはポテチに手を伸ばして、パリっと一枚食べてから言う。


「もう付き合って半年以上経つわけじゃん。二人の性癖とかそういうのを言葉でわざわざ私も聞きたくないし、好きにやればいいと思うよ。春ちゃんはM気質っぽいし」


「本来、誰にも聞かれないはずだった音声だからね」


 ニマニマと笑いながら、夏海ちゃんが訊いてきた。


「他にどんなエロいことしてるの?」

「待て待て。そういうの、プライバシーだから」

「柊木の女にプライバシーなんてないんだよー。ママだってさ、孫がいつできるのか首を長くして待ってるんだから」


 マジかよ。


 何か考えた夏海ちゃんが、自分の太ももあたりに目を落とした。


「……こういうのがいいの?」


 ショートパンツの裾のあたりをつまんで、隙間を広げようとする。


「ぶはあ!? ちょっ、やめなさいッ」

「何で目ぇそらすのさ。どうせ空き巣くんなんて、春ちゃんのパンチラじゃなくても、パンチラだったら誰のでもいいんでしょ?」


 ……。


「うわあ……図星って顔してる」

「全然、そんなことないから」

「ふうーん、本当にそうかな?」


 シシシ、と夏海ちゃんはいたずらっぽく笑う。


 仲のいい年頃男子が俺だけっぽいから、夏海ちゃんからすると、からかいがいのある生き物なんだろうな……。

 いつも夏海ちゃんにイジられる紗菜の気持ちが、ちょっとわかった。


「ちょっと待ってね」


 そう言って、夏海ちゃんは読みかけの漫画を置いて、寝室のほうへ行った。


 嫌な予感がする。


「春ちゃんち、よく泊まるから着替えをいくつか置いててさー」


 扉の向こうでこもった声がすると、寝室から出てきた。


「どう、これ? 似合う?」


 夏海ちゃんがミニスカートに着替えていた。


「あー、うん。いいと思うよ」


 えへへ、ありがと、と微笑むと、ソファに座った。


「何で着替えたの?」

「何でだと思う?」


 ニマニマしやがって……。


 そろーり、と夏海ちゃんが足を組もうとする。


「……」

「うわ、ガン見……っ」


 あの、ちょっと見えそうなんですけど――――


「見てもいいよ?」


 (ぬぁに)……?

 思わず真顔になってしまった。


「見えても大丈夫なやつ穿いてるから」


 くっ――。小さめの短パン穿いてた。さては専用のやつだな?


 なんかガッカリしたような……でもまあ、見れたからいっか、っていう複雑な気分になる!


「食いつき方がヤバイって!」


 夏海ちゃんは足をジタバタさせながらケラケラと笑う。


 くそう、くそう……! からかいまくりやがって……!


「タイツとか穿いてたら? それは『パンチラ』なの?」

「拙者はそうだと思うでござる」

「ふむ、そうでござるか」


 夏海ちゃんも『ござる』口調に乗っかってきた。


 立ち上がってターンした夏海ちゃんは、すぐにタイツを穿いて戻ってきた。


「タイツを穿くってことはどういうことだと思う?」

「どうって、何が?」

「さっきの見せパンは穿けないってことだよ?」

「……」

「きゃはは、真顔!」


 ぶんぶん、と俺は頭を振って真顔をやめる。


 柊木ちゃんは清楚って感じだけど、夏海ちゃんはオシャレというか、そんな雰囲気の服装だった。特に意識して見たことがなかったから、今さら気づいた。


「夏海ちゃんって、結構オシャレさん?」

「ふふん。そうだよ。気を遣ってるんだから。空き巣くんも、もうちょっと気を遣えば――」


 夏海ちゃんが、ああだこうだ、と俺のファッションについてアドバイスをしてくれる。

 そういえば……。


「話変わるけど」


 夏海ちゃんは、現代で俺のことを「誠治さん」って呼んでいた。


「いつまで『空き巣くん』って呼ぶの?」

「え? い、いいじゃん、別に……ウチの勝手でしょ」


 目を背けて、朱に染まった頬をかく夏海ちゃん。


「……何で照れてるの?」

「て――――照れてないから!」

「そうやって強く否定するところが余計に怪しい――」


 スカートを軽くつまんだ。


「ちょっとぉ、もうー! スカート引っ張んないでってば。本当に見えちゃうでしょーが」

「冗談だってば」

「まったくもー」


 俺たちがじゃれ合っていると、どさり、と物音がした。柊木ちゃんが帰ってきていた。


「何で、夏海とパンチラごっこを……誠治君……?」


「あ、これガチでヤバイやつだ」と、小声で夏海ちゃんが言うと、そろーりと寝室のほうへ逃げようとする。


 ぷるぷる、と柊木ちゃんが震えていた。


「いや、これは、あの、夏海ちゃんが俺をからかうから――ねえ、夏海ちゃ――ってもういねえし!」


 逃げるの早ぇ。


「痴漢ごっこもパンチラごっこも、していいのはあたしとだけだよ? わかりましたか?」

「はい」


 めっ、だからね? とプンスプンスと怒った柊木ちゃんが、俺のほっぺをぎゅーと引っ張る。

 痛くないようにしてくれているのか、あんまり痛くない。


 ……さっき、さりげなく新しい『ごっこ』が聞こえたけど、聞こえないフリをしておこう。




 この事件のせいで、俺と夏海ちゃんがバイトで会う日は、しばらく柊木ちゃんの監視付きとなってしまった。



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