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球技大会とご褒美


「今、どんな気持ち?」


 二人きりになった体育用具室で、柊木ちゃんが尋ねた。


「えっと……カメラで撮られていてとても憂鬱です」


 俺がレンズをチラ見して質問に答えると、カメラを手にした柊木ちゃんが、むうと頬を膨らませた。


「今日の球技大会の抱負をひと言!」

「ぼちぼち頑張ります」


 ピ、とボタンを押した柊木ちゃんが、カメラを下ろした。


「誠治君、頑張って! 大丈夫だよ!」


 ファイトファイト、と柊木ちゃんが応援してくれる。

 あと少しで試合がはじまろうかというのに、俺は体育用具室でどんよりとしていた。


 応援されても期待に応えられないっていうか。

 そもそも俺、あんまりスポーツ得意じゃないんだよなぁ……。


 今日はクラス対抗の球技大会当日。


 男子も女子も、バレーボールかソフトボールのどちらかに出場することになる。


 先日のクラスでの話し合いがあり、誰が何に出場するのかを決めていた。


 スタメンには、運動部が名前を連ねており、運動部でなくても比較的運動神経のいいクラスメイトがラインナップに上った。


 ソフトボールなら控え選手が数人いるので、俺がそのポジションに収まろうとしていたら――。


『真田、この前野球部の試合でファールボール素手で捕ってたよな?』


 クラス委員の男子にあのシーンを目撃されていた。


『ってことで、真田、セカンドな』


 と、半ば強引に決められてしまったのだ。

 はぁ、と俺がため息をつくと、柊木ちゃんが頬を両手でがっしり掴んで、むちゅーとキスしてきた。


「うはあ!? このタイミングで!?」

「誠治君、どんより禁止!」


「て言っても……」


 出たくねえ。


 俺がウジウジしていると、校内放送がうっすらと聞こえた。


『ソフトボール第二試合、二年B組対三年A組の試合がはじまります。選手の方は――』


 マットに柊木ちゃんが座ると、ぽんぽん、と膝を叩く。

 俺はそこに頭を乗せてごろんと転がった。


「いい子、いい子。誠治君はやればできる子だよー」


 よしよし、と頭を撫でられる。


「今日頑張ったら、何かご褒美あげる!」

「ご褒美?」

「うん。何がいい?」


 ダメ元でお願いしたいことがあったのを、ふと思い出した。


「結構前……パンチラごっこする、みたいな話をしたことあったけど、それでもいいの?」


 えっちなのはダメです! なんて言いそうだなーと、俺は柊木ちゃんの表情を窺う。

 思い出した柊木ちゃんが、頬を染めながら、一度うなずいた。


「う、うん……ちょ、ちょっとだけなら……」

「……」


 すっく、と俺は立ち上がった。


「いっちょ、やりますか」


 我ながら単純だと思った。

 慌てて柊木ちゃんが付け加えた。


「あ、あたしは別にしたいわけじゃないんだよ? 誠治君がやる気出してくれるならと思って……そ、それだけだから!」

「わかってるって。やる気にはなったよ。ありがとう、先生」

「二人きりのときは春香さんでしょー!?」


 ぷん、と怒った柊木ちゃんに手を振って、俺は外に誰もいないことを確認して、体育用具室をあとにした。


 すぐそばのグラウンドには、味方チームと敵チームがすでに揃っていた。


 クラス委員の男子……篠原君がキャプテンで、ポジションと打順を発表していく。


「八番セカンド、真田な」

「お、おう……」


 外野がいい! って前の話し合いで言ったけど、「後ろにそらしたら、誰もカバーできないんだよ?」って言われて、ビビった俺はセカンドに収まることにしたのだ。


 ボールを後ろそらして追いかける、あの情けない背中は、柊木ちゃんには見せられないからな……。


「さて。真田にセカンドが守れるかな?」


 したり顔で藤本が言う。

 こいつ……自分は控えで出る予定がないからって煽りやがって……!


「藤本、おまえは誰の記憶にも残らない青春をシコシコ送ってるといいよ」

「く……!」


「前回は、この試合にクラスの女子が応援に駆けつけたんだ」

「前回?」


 何でもない、と俺は言って首を振る。


 前も確かセカンドだった。これといった活躍を見せることもなかった。今藤本に言ったように、誰の記憶にも残ることがない一日だった。


 目立ちたくないっていっても、やっぱり活躍できたほうが楽しい。それに頑張ったらご褒美あるし。――と、俺は自分に言い聞かせる。


 嫌なのは確かだけど、もう腹をくくるしかない。


 整列をして挨拶をする。先輩チームが守備に就くと、ざわざわ、と声を上げた。


「柊木ちゃん、見に来てね?」

「マジだ……オレたちの試合を……」


 ネット越しに、柊木ちゃんが手を振っていた。


「オレを、見に来たっていうのか……?」

「いや、柊木ちゃんは、オレを見に来たんだから」

「僕、ですね」

「いやいや」


 さりげなく、みんなが前髪をいじったり、着ている体操服やジャージの微調整をはじめた。


 俺を撮りに来てるんだよなぁ。

 俺の映像だけで酒呑めるって前言ってたし。


「頑張ってねぇー!」


 ぽわわわん、とみんなが手を振り返す。

 守備に就く先輩たちが、キリッとキメ顔をした。


「やれやれ。先輩――」

「柊木ちゃんは」

「オレたちを」

「見に来たんスよ――」


 バットを肩に担いで、こっちのチームも俺以外の全員がキメ顔だった。全員、意識しまくりだった。


 ピリピリする雰囲気の中、試合開始。


「後輩! 貴様らに柊木ちゃんはまだ早いッ!」


 ズドン――ッ。

 お遊び球技大会らしからぬミットの音が響く。


 な、何今の、めっちゃ速いんですけど!

 前回は、山なりのゆるゆるボールだったのに! 俺でもかろうじてバットに当てられるくらいだったのに!


 か、覚醒しちまったのか……。柊木ちゃんが観戦にきたおかげで。

 前回と今回の違いって言ったらそれくらいだ。


 こっちのチームは一瞬で意気消沈。お通夜モード突入だった。


 覚醒した先輩から点を取るどころか、ランナーを出すことさえできなかった。

 でも、先輩チームも上手い人はいないようで、俺たちはどうにかピンチを凌いでいた。


 そして最終回――。


 このままスコアレスの引き分けでいいんじゃね? と思っていると、ランナーが一人出て、また一人出て――俺に打席が回ってきた。


 何でだ! 俺の前で終わってくれていいのに!


 どうやら、ズドンの先輩は初回から飛ばし過ぎたらしい。今となっては、山なりのふんわりボーラーとなっていた。


 うちのチームに巡ってきたはじめてのチャンスだった。

 う、うっわぁ……超プレッシャー……。


「真田君、頑張ってー」

「打てるよー!」


 気づかなかったけど、いつの間にか女子が応援に来ていた。


 クラスの女子に声援を受ける俺を見ていた柊木ちゃんの目は、どこか虚ろで、真っ暗な洞窟みたいだった。


「だよね……カッコいいもんね……女子からすれば、応援、したくなるよね……」


 カメラを構えながら、ボソボソ、と念仏みたいな口調で言っていた。


 緊張する中、打席に入ると、主審から「プレイ」と声がかかる。


「ヘイヘイ、バッターびびってるぅ!」


 藤本、おまえどっちの味方なんだ。


「き、貴様に柊木ちゃんは、まだ、早い……!」


 ズドンの先輩はまだ同じことを言いながら、ひょい、とボールを投げた。


 柊木ちゃんは、俺の彼女で、早いとか遅いとか――


「左手は添えるだけだよー!」


 スポーツのアドバイス、それしか知らねえのか!


「「「「先生ぇ……」」」」


 変にツッコミを入れたせいで、ワンテンポだけズレた。――けど、それが奏功した。


 振ったバットにボールが当たる。バコン、と衝撃が手に伝わる。角度のある打球が飛んでいった。


 打球は左中間を割る。長打コースだ。


 ま、マジかよ。

 走りながら、俺が一番びっくりしていた。


「すごい、すごいっ」


 大興奮の柊木ちゃんは、ネットの裏で小さく何度もジャンプしながら手を叩いていた。

 カメラごと叩いているけど、あれ大丈夫か?


 最終回で2点を先制したチーム2B男子は、その裏の攻撃をゼロで抑え、見事勝利した。


「ナイスバッティング!」


 イエーイ、とチームメイトたちとハイタッチを交わす。


「真田君、上手いんだね」

「すごいじゃん、真田君! 私ビックリした!」


 と、見に来ていた女子たちともハイタッチをした。


 ベンチの隅で体育座りしているのは、マイフレンド、藤本だ。


「オレも出れば……女子にキャーキャー言われたのかな……?」


 ツ、と藤本が下心一〇〇%の涙を流しながら、遠い目をする。


「まあ、ワンチャンあったかもな」

「つ、次の試合は代わりにオレが出るぅぅ!」


 ラッキー。

 というわけで、次の試合から俺は控えに回った。

 けど、誰が悪いとかでもなく、敵チームが上手過ぎて呆気なく敗北して、球技大会は終わった。


 これで、柊木ちゃんからご褒美がもらえる。

 アレがいいって要求したものの……そもそも、パンチラごっことは……(哲学)

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