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野球観戦

時系列が秋頃に戻ります。


 一〇月も終わりにさしかかり、涼しいより少し肌寒いと思うような季節になった。


 今日は、うちの野球部が秋季大会でベスト8まで勝ち上がったので、その応援にやってきていた。


「頑張ってねー」


 そばで柊木ちゃんが球児にエールを送っている。


「野球見たことないかも?」と柊木ちゃんが言うので、この機会を利用して観戦兼応援にやってきたのだ。


 右には柊木ちゃん。左に藤本の布陣でお送りします。


「何で土曜日に試合なんだよ……ったく」


 さっそく藤本がボヤく。


「嫌なら帰れよ。そもそも自由参加だから、来なくていいのに」

「おまえが行きたいって言うから、オレはだな――」

「行きたいとは言ったけど、おまえを誘ったわけじゃねえんだよ」


 ふふふ、と隣で柊木ちゃんが控えめに笑っている。


「柊木ちゃん、聞いた、今の。冷たくね? サナーダ」


 新外国人選手みたいな変な呼び方をやめろ。


「藤本君と真田君、席も隣で仲いいよね」


 仲がいいと直球に言われると照れくさいので、俺は何も答えないでおいた。


 今回応援に来た生徒はざっと五〇人くらい。

 仲いい友達が野球部にいたり、彼氏がいたり、とそんな様子だった。


「先生、野球のルールわかるの?」

「わかるよ。それくらい。バカにしないで。バットで打つんでしょ?」


 ざっくりだな、おい。


 どうやら、解説が必要らしい。


 はじまった試合に合わせて、俺は簡単にルール説明と今どうなっているのかを教えていった。


「へぇぇぇ……」と、柊木ちゃんが感心している。


「ほほぉぉ……」と、藤本も「知らんかった」みたいな顔でうなずいている。


 興味ない人は、やっぱりルールもアバウトにしか知らないようだ。


「真田、野球好きなの?」

「自分でやるのは全然だけど、スポーツ全般、見る分には好きだよ」


 柊木ちゃんが、鞄をゴソゴソと漁る。


「じゃん。作ってきました。サンドイッチ」


 ニッコニコの顔でサンドイッチが詰まったタッパーを出してきた。


 量を見て、俺は二度見した。


 ど、どう考えても二人分!


 この状況で、俺と柊木ちゃんが仲良く食べれるわけがねえ!


「どうかした?」


 きゅるん、と純粋そのものの表情で柊木ちゃんは首をかしげる。


 どうかしたじゃねえよ、なんだその顔、可愛いなクソ。


「おぉ、柊木ちゃん手作り!」


 ま、そうなるよな。


「じゃあ、一ついただきます――」


 パカッとタッパーを開けた藤本を、柊木ちゃんが無表情に見つめた。瞳から光が消えていった。


 タマゴサンドを掴んだ藤本がかぶりつく。


「ウマ。なにこれめっちゃウマ」

「……よかった……」


 柊木ちゃんの声も表情も死んでる。


 藤本が食ったことで、俺だけに作ったわけじゃない、ってことが事実になったわけだから、まあよしとしよう。

 それでも、柊木ちゃんのテンションはだだ下がりで、野球を見に来たっていうのに、視線は虚空に投げ出されたままだった。


「朝食べてなかったから、ちょうどよかった」


 俺もひとつもらう。うん。美味い。

 試合は九時開始の第一試合。柊木ちゃん、休みの日なのに早起きしたんだろうな。


「先生、何時に起きて作ったの?」

「六時」

「早っ。頑張ったんだね。美味しいよ」

「よかったぁ」


 柊木ちゃんの声と表情が生き返った。なんかキラキラしてるように俺には見える。


「知ってる人が出ると、親近感湧くっていうか、見てて飽きないな」

「だろ」


 クラスは違っても、顔と名前くらい知ってたりする生徒が選手なので、応援したくなる。


 地元が同じ著名人を気にかけてしまう感覚に近い気がする。


 それは、俺たち以上に柊木ちゃんのほうが多いはずだ。先生だし、色んな生徒のことを知ってるだろうし。


 あの子何組の誰々君とか、さっきから隣でずーっと言っているし。


 わ! とか、きゃ! とか、柊木ちゃんの反応が初々しくて、聞いているだけでも面白い。


「柊木ちゃん、サンドイッチの天才かよ」


 藤本は観戦そっちのけでサンドイッチにがっついていた。

 俺も負けじと食ったので、藤本と分け合う形になった。

 仕方ないんだけど、なんか釈然としねえ……。


 キン! と甲高い音がすると、打球がこっちに飛んできた。


「え、わ――こっち来る――!?」


 打球初体験の柊木ちゃんがテンパっていた。


「お、オレに任せろ――!」


 って声が隣からすると、スン、と姿が消えた。

 あれ、藤本――? まあいいか。


 飛んでくる打球ってのは、意外と手前に落ちたり、頭上を通り過ぎるだけだったりするけど、これはマジのやつだ。


 落下地点が、もろに柊木ちゃんがいるところだった。


「危ない――」


 柊木ちゃんをかばおうと手を伸ばすと、バシンと素手で打球をキャッチした。

 キャッチしたっていうか、キャッチしてしまった。


 おぉぉ、と周囲がどよめいて、拍手が起きた。


 いや、どうもどうも、なんか目立ってすみません。


 けど、誰にも怪我がなくてよかった。ほっと俺は胸をなでおろした。


「先生、大丈夫?」


 柊木ちゃんはキラキラの何かをめちゃくちゃ放出して俺を見つめていた。

『身を挺して守った騎士様』みたいな、それくらいのノリだった。


「大丈夫だよ、ありがとう。せいっ……真田君」

「よかった。……藤本は……?」


 捜すと、藤本はすぐ下の通路に転がっていた。

 藤本……おまえってば、おいしいやつだな……。うらまやしくないけど。


「真田……何でおまえだけ……」


「いるいる、こういう人。ファールボール捕ろうとして、座席とか段差とか忘れて転ぶ人。『オレに任せろ(キリ)』とか言ってたくせに。プー」

「い、言うな!」


 ボールは回収に来た人に返した。


「もらえないんだ」

「ファンサービスってわけじゃないから」


 結局試合は負けてしまったけど、柊木ちゃんは十分楽しめたようだった。




 柊木ちゃんちで二人きりになると、ぎゅーっと抱きしめたまま全然離してくれなかった。


「カッコよかったよ、誠治君」

「いや、あれはたまたま捕れただけで」

「いいの、いいの♡」


 ちゅっちゅ、と頬や唇やらにたくさんキスをされた。


「これなら、今度ある球技大会は活躍間違いなしだね!」

「え」


 柊木ちゃんが、めちゃくちゃ期待の眼差しで俺を見つめていた。


「いや、あれはほんと、ただのまぐれで……俺、全然活躍しないから! 前そうだったし!」

「前?」


 俺は何でもない、と首を振った。


「カメラの準備しなくちゃ」


 また録る気だ!


 柊木ちゃんの半端ない期待から逃げられそうにねえ。


 どうにか無難にやり過ごすしかなさそうだ。

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