波乱の席替え
ロングホームルーム――。
うちの学校では、それはクラスごとで何かを行う自由な授業になっている。
学祭で忙しけりゃその準備の時間になるし、委員会の役員を決めたりするのもこの時間だ。
そして今日のロングホームルームである。
やってきたのは、担任じゃなくて柊木ちゃんだった。
「担任の坂井先生がお昼から出張なので、あたしがこの時間を見ることになりました」
担任でもない柊木ちゃんがこの時間にできることって……?
内心首をかしげていると、柊木ちゃんが続けた。
「坂井先生には、席替えをしてあげてほしいと言われているので、席替えをしたいと思います」
席替えかー。俺、窓際だからここがよかったんだけどなぁ……。
「せ、席替え……」
藤本が隣でプルプルしている。
「おい、どうした。発作か? 席孤立するかもしれない症候群か?」
「真田ぁ……おまえは、オレの隣、だよな……? きっとそうなるよな」
「いや、知らん」
バッサリ斬った。
「んんんんんんでだよっ。おまえだって孤立したら困んだろうがッ。だからァ、オレとおまえは、ウィンウィンな関係を築いてんだろうが……!」
「あの、すみません、先生の話が聞こえないんで静かにしてもらっていいですか」
「さっそく他人っぽい距離感っ!?」
隣の他人がうるさい。
「えーと、普段、みんなはどうやって席替えしてるのー?」
柊木ちゃんが誰ともなく尋ねると、活発な女子が数人声を上げた。
「クジとか?」
「でも、最終的に話し合いにならない?」
「前が見えにくかったりしたら、前の席になった人と変わってもらうとか」
ふむふむ、と柊木ちゃん。
「じゃ、とりあえずクジでいいのかな?」
みんなが曖昧にうなずいている間、ちらりと柊木ちゃんがこっちを見るので、うなずいておいた。
「じゃあ先生、クジ作るから、ちょっと待っててね」
藤本が祈祷をはじめた。
「隣が無理ならせめて前後で……」
「おまえ、好きな女の子いねえのかよ」
「アホかおまえ! 孤立してるボッチを好きになってくれる女子なんていねえんだよ!」
わぁ……。リアルな心の叫びが、思った以上にヘビーだ……。
そしてたぶん、その通りな気がする。
俺は藤本の肩をポンと叩いた。
強く生きてくれ。
「クジを作ったので、順番に引きに来てくださいー」
ノートが入りそうなA4の茶封筒を柊木ちゃんが教卓の上に置く。あの中にクジが入っているようだ。
端から順番にクジを引きにいき、俺の順番が回る。
教卓の前に行くと、「これ、これ……」と柊木ちゃんが、俺にしか聞こえない声で言う。
すす、と差し出されたのは、一枚のクジだった。
「先生、もしかして……!」
俺がどの席がいいのかをわかって……?
こくこく、と柊木ちゃんがうなずいて、ぐっと親指を立てた。
そうだ――前に窓際の席がいいって言ったことがある!
そういうことなんだな!
俺も親指を立てて応える。
完璧なインサイダー取引(?)だった。
ナイス、柊木ちゃん。
これでとりあえず、また数か月は窓際の席だな。
最前列じゃなかったらあとはどこでもいいや。
柊木ちゃんのことだ。
気を利かせて、窓際の一番後ろの席かもしれない。
席に戻ると、柊木ちゃんが黒板に座席表を書いていく。廊下側最前列を一番として、窓際の最後尾が最後で三六番となる。
「みんなクジ取ったかな? 書いてある番号の席に移動してねー?」
ふむふむ。あの番号順だと、窓際は三〇番代になるわけだな?
ぺら、と閉じた紙片を開く。
『19だよ♡』
あれ? 間違えてね? 柊木ちゃん、渡すクジ間違えてね?
けど、♡ついちゃってるから、俺に宛てられたクジだと思うし……。
19って……。
真ん中、最前列……教卓の前……?
「……」
パチン☆パチン☆と柊木ちゃんがウインクをしている。
や、やりがやった……ッ!
教卓の前ってことは、俺は授業中、常に先生の視界に入り続けることになる。
いや――世界史のときはそりゃいいよ。近くだし、目もよく合うだろうし。
居眠りしてたらすぐに注意して、先生ぶることができるだろうし。(先生ぶるっていうか先生だから当然なんだけど)
「だけど……! 俺が受ける授業は、世界史だけじゃねぇぇ……!」
あの位置は、先生から、丸見え。
俺がちゃんとノートを取ってるのか、携帯イジってるのか、居眠りしてるのか、モロバレ!
思いが通じたと思っている柊木ちゃん、ニッコニコだった。
ムフーッと鼻息を荒くして、一仕事終えたかのような満足っぷりだった。
俺の思い、全然通じてねえええええ!
クラスメイトたちが、自分の新しい席がどこなのか確認して、ああだこうだと言いはじめた。
「やった、オレ後ろの列」
「真ん中かぁ……」
様々な人間模様を見せる教室内で、クジのトレードがはじまった。
仲良しグループは固まろうとするし、そいつらから離れたい人は、適当な誰かとクジを交換している。
「真田……おまえ何番だった?」
「19番……」
「教卓の前じゃねえかよ。ドンマイ。オレ、三四番」
「何でおまえが窓際なんだよ……! 結構いい席だし……!」
ズルしたバチが当たった……。
「黒板見えないから、誰か代わって――」
俺は、声を上げた男子にすかさずトレードを持ちかけた。
「えぇぇ……真田の席は、ちょっと……前過ぎだわ。前は前でも、もうちょとマイルドなところが。誰か――」
くッ、失敗……。
その様子を見た柊木ちゃんが、あれあれあれ!? どうして!? どうして変えちゃうのっ!? って顔をしてる。
柊木ちゃんに構っている暇はない。場が落ち着いてしまうと、もうトレードができなくなってしまう。
トレード相手を探しているうちに、どんどん収束し、みんな自分の席を定めつつあった。
そして、移動がはじまった。
「こ、ここまでか……」
がっくりとうなだれると、誰かがぼんと肩を叩いた。
「真田。席、代わるか?」
「藤本~~~~~!」
ひらひらと俺に見せつける三四番のクジ。俺が取ろうとすると、すっと遠ざけた。
「真田ぁ、オレになんか言うことあるんじゃねえのか?」
「ごめん。さっきは、ほんとごめん。心の中でぼっち童貞って呼んでてごめん」
「いや、それブーメラン」
「心の中で、ぼっち可哀想だなって憐れんでごめん」
「憐れむのだけはやめろ!」
「心の中で友達だと思っててごめん」
「それ謝らなくていいやつ!」
「心の中で――」
「心の中でシリーズやめろ! これ以上は、今後の関係を改める必要が出てくるだろうが」
本音は聞きたくねえんだよ本音は、と藤本。
「ありがとよ、マイフレン」
「いいってことよ、マイフレン」
「教卓の前って、『授業中周りの人と私語できないからぼっちだってわかりにくい』もんな?」
「……言うんじゃねえ!」
お互い、苦肉の策だったらしい。
こうしてトレードが成立し、俺は窓際の席へと机を移動させる。
新しく隣の席になった女子が、俺に訊いてきた。
「藤本君の席と変われるかな?」
「え? ああ、いいんじゃないの?」
そういやこの子、授業中は眼鏡をかけるタイプだったな。
ついでに、教卓の前にいる藤本の隣は、仲のいい女子がいる。
一石二鳥なわけだ。
俺の記憶にある限り、女子と久しぶりに話す藤本は、若干あたふたしながら会話をしていた。
見ていたところ、藤本は二つ返事でトレードを快諾していた。
また藤本が俺の隣の席になった。
「女子としゃべっちまった……」
よかったな、藤本。今日はお祝いしねーとな。
こうして、波乱の席替えは幕を閉じた。
その夜、柊木ちゃんと電話で話していると、
『何で席代わっちゃったの……?』
と、ちょっとだけ悲しそうだった。