Xデー 中
誕生日を祝われるのに慣れてなさ過ぎて突っ立っていると、ちょこちょこ、とちびっ子怜ちゃんがこっちにやってきた。
現代で見た彼女の面影がある。いや、本人だから当たり前なんだけど。
「先輩、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、怜ちゃん」
折り紙で作った首輪をかけようとするので、俺も屈んでかけてもらった。
意外だな。
中身ハタチだから、もっと大人っぽい物をくれそうなのに。
「いっぱいいっぱい考えて、こういうプレゼントのほうが、子供っぽくて逆にアリなんじゃないかなって、ボク思ったんです」
あざとい……!
子供が頑張って作った感じがなんか可愛い、ってのを計算してるのか……!
「真田君、早くこっちに来て。いつまで突っ立ってるの?」
柊木ちゃんが手招きするので、導かれるように中に入って席に着く。
たぶん、この日のことは、走馬灯で絶対振り返ると思うわ。
料理が並ぶテーブルを囲んで、みんなが席に着く。向かいに紗菜、奏多、柊木ちゃん。
こっちは右に怜ちゃん、左に藤本。
「それで昼飯あんまり食べるなって言ってたのか」
「そうよ。晩ご飯もいらないってお母さんに言ってるんだから」
「藤本は、知ってたのか?」
「え? ……まあな。サプライズだしな!」
こいつの、このやってやった感……。
知ってたんなら、俺に昼飯腹いっぱい食わそうとするなよ!
危うく台無しになるところだったわ。
俺が唐揚げ定食食ったらどうする気だったんだよ。
柊木ちゃんと奏多がジュースやらお茶やらをコップに入れて運んでくれた。
手元に飲み物が揃って、乾杯することになった。
するりと藤本が立ち上がる。
「では、この不肖藤本が、乾杯の音頭をば……」
「先輩っ、先生っ――改めてお誕生日、おめでとうございます~! かんぱ~い!」
怜ちゃんの音頭に合わせて、藤本以外が乾杯をした。
「あの……ちょっと……オレ、午後の授業中、何言おうかずっと考えてて――。か、乾杯ぃぃぃぃぃいいい!」
ワンテンポ遅れて藤本も乾杯した。
唐揚げはどうやら揚げたてらしく、アツアツでウマウマだった。
柊木ちゃんが作る味だ。
「唐揚げめっちゃ美味いんだけど……これ、柊木ちゃんが作ったの?」
ガツガツ唐揚げを食う藤本が、誰にともなく訊くと柊木ちゃんがうなずいた。
「そうだよ。あ、でも味付けだけだけどね。揚げるところは井伊さんに手伝ってもらったんだ」
こくん、と奏多が一度うなずいた。
「……さーちゃん、そろそろ例の物を……」
「……う、うんっ」
緊張の面持ちで二人が席を立って、人数分のカレーを持って戻ってきた。
「こ、これ。サナが作ったやつ……」
学際のときの、サナカレーか。
並べてくれたそれをひと口食べる。
「うん、美味いよ」
甘口だけど、真田家で食べる味だ。
紗菜の顔が少しほっとしたのがわかった。
「チャンサナ、上手にできてよかったな! うめえよ」
「いつも上手だし……第一この人には作ってないんだけど」
「おふ、甘口なのに本人塩っ辛いな……」
おまえが馴れ馴れしいからだろ。
パクパク食べながら、怜ちゃんが言う。
「うう~ん、ま、作り手が子供舌っていうのはよくわかりました。美味しいです」
「褒められている気がしないんだけど。何でちょっと上から目線なのよ」
唐揚げカレーにして食べてみても美味い。
美味いもんと美味いもんを合わせると、だいたい美味い。
「兄さん、持ってきた?」
「え? ……あ、ああ」
言われて気づいた俺は、柊木ちゃん用のプレゼントを鞄から取り出す。
「先生、これ、俺と紗菜と奏多の三人から、プレゼント」
「え――? い、いいの? ありがとう……」
プレゼントを渡すと、手にした柊木ちゃんは、持ったままじいんとプレゼントを見つめていた。
「あと、オレの気持ちもちょっと入ってるから」
ぐっと藤本が親指を立てる。おまえは無関係だろ。
「適当なこと言うの、やめてもらっていいですか」
「敬語、やめてもらっていいですか」
こいつ……!
がさがさ、と中からマフラーを取り出した。
「あ、マフラー! モコモコで可愛い……!」
「サナとカナちゃんが選んだの。兄さんが地味なほうが使いやすいだろうって言うから、色は落ち着いたグレーになって」
「そうなんだぁ。三人とも、ありがとう」
マフラーを巻いてご満悦そうな柊木ちゃんは、終始ほっぺが緩みっぱなしだった。
和気あいあいとカレーや唐揚げを食べていると、柊木ちゃんが席を立って、すぐに戻ってきた。
「先生からも、真田君にプレゼントがあります」
「いいナー。真田だけ」
「いや、俺誕生日だから」
オシャレそうな紙袋を渡されて、中を覗く。
そこにはマフラーが入っていた。
「何、何入ってんの?」
「ボクも気になります……!」
藤本と怜ちゃんが横から覗き込む。
「――――これ、ちょっと……」
ぼそっと怜ちゃんが言うと、
「先生、ボクおトイレ行きたいです」
「え? 今?」
きょとんとする柊木ちゃんを、ちょっと強引に引っ張って家庭科室から出ていく。
どうしたんだ、怜ちゃん。
「いいな、マフラー……オレも、ほしい……」
「兄さんもマフラーもらったの?」
「え? ああ」
袋からマフラーを出す。紺色のマフラーは、余所行きでも使えそうだし、通学でも使えそうなマフラーだった。
市販されている物じゃないっぽい。
これは……もしや手編みとかいうやつでは……?
そういや、俺が職員室に行ったとき、手元で何かしてたな?
これ作ってたのか。
仕事で忙しいのに、その合間を縫って作業してたのかと思うと、ちょっと胸にじいんとくる。
巻いてみると、当然のごとくあったかい。
「……誠治君、それ、手編み? っぽい」
「え? うーん、かもな」
言うと、一瞬沈黙ができた。
「――いや、こんな上手に編めないだろ。どっかの店で買ってきたんだって」
と、藤本。
「ん? そう、か……?」
柊木ちゃんは、手先は器用なほうだ。だから、編み物くらい普通にできるだろう。
「…………」
え、何。この妙な空気。
すると、怜ちゃんと先生が戻ってきた。
「先輩、マフラーよくお似合いですー」
「ほんとだ。買ってきたかいがあったよ」
ああ、じゃ、買ってきたマフラーなのか。
「ケーキあるから、みんなで食べようー?」
準備室にある冷蔵庫から、柊木ちゃんがケーキを出して持って来てくれた。
六つに切り分けられている、六種類のケーキ。
作りそうだと思ったけど、さすがに時間が取れなかったようだ。
「サナ、モンブランがいい」
「ボク、チーズケーキがいいです……!」
「チャンサナ、ちびっ子。待った。ここは、お誕生日のやつが最初に選ぶんだ」
藤本がキメ顔で言って、二人に待ったをかける。
「俺はケーキ全般好きだから、どれでもいいけどな」
「オレの気遣い無駄にしやがって!」
イチゴのショートケーキをもらうことにして、柊木ちゃんがいつの間にか淹れてきてくれた紅茶と一緒に食べた。
それから、一瞬訪れた妙な空気にはならなかった。
うーん、俺からのプレゼントはいつ渡そうか。
そんなことを考えていると、下校時刻になり、みんなで片づけをはじめた。
「先輩、先輩」
食器を片付けていると、隣に来た怜ちゃんがこそっと俺を呼んだ。
「マフラー、やっぱり手編みみたいで……」
「あ、やっぱり? ……でもみんな、そこにこだわるな?」
「先輩、浮かれすぎですっ。いつもの冷静な先輩はどこに行ったんですか~。先生が一生徒のために手編みなんて、おかしくないですか?」
「あ――そういうことか……」
浮かれてた。完全に。
「んもう、似たものカップル。先生もボクが言って、ようやく気づいたんです。買ってきたってことを強調してもらったので、他の人は騙せたみたいですけど。まあ、毛糸は買ってきたので、嘘ではないです」
策士!
怜ちゃんに打ち明けておいてよかったぁ……。
「サンキュー、怜ちゃん」
なでなで、と頭を撫でてあげる。
「ボク、先輩のなでなでが一番好きです~」
「さすがハタチの女子。細かいところに気が利くなぁ。頼りにしてるよ」
「ああ~ん、結婚してくださいってことですか、せんぱ~い」
腰にぎゅっと抱きついてくる怜ちゃん。
「……真田……すまねえ……」
「いきなりどうした、藤本」
「オレからのプレゼントは――――ない」
深刻そうな顔をする藤本の肩を叩いて、俺はうなずいた。
「気にすんな、期待してない」
「真田……期待されてないって、結構悲しいんだな……」
かけそば奢ってくれたから、それでいいよ。
外はもう真っ暗だったので、怜ちゃんを家まで送っていった。
柊木ちゃんは、まだ仕事らしく、誕生日会のあとは職員室にこもってしまった。
「兄さん、今日はDVDを徹夜で見るわよ。サナがプレゼントした『ブレイグ』」
「明日でよくね?」
今日が終わるまであと五時間。徹夜で妹とアニメを見る気にはなれねえ。
「兄さん……もう一度マフラー見せて?」
ぎくっ。
「な、何で?」
「よく見せてくれなかったじゃない」
「別にいいだろ、わざわざ見なくても」
「ま、いいけど……」
つーんと唇を尖らせて、不機嫌になった紗菜と家まで帰る。
夜一〇時の半分が終わったところで、柊木ちゃんから電話があった。
『仕事今終わって、帰ってるところだよ。今日はありがとう。誕生日会、すっごく楽しかったね~』
「お疲れ様。俺も楽しかったよ」
ちらっと時計を見る。
渡しそびれていたプレゼント、まだ間に合う。
「今からそっち行っていい?」