Xデー 前
紗菜が言った通り、柊木ちゃんは忙しかった。
冬休み前はクリスマスとかあるけど、それと同時にテストもあるもんなー。
過去数回、テスト前の柊木ちゃんはテスト作りや何やらに忙殺されて、帰ったらシャワーして寝るだけ、って生活が一週間から二週間くらい続いた。
だから今回もそうなんだろう。
最近、夜の電話もろくにできず、昼休憩もほとんど職員室で過ごしてるし。
ご飯食べながら仕事してるのか?
「失礼しゃーす」
……というわけで、柊木ちゃんに会うために職員室までやってきた。
席を確認すると……いた。
黙々とずっと手元を見ている。ここからだと何をしているのか全然見えない。
「先生?」
「ひぎゃっ」
柊木ちゃんが、変な悲鳴を上げた。
「元気? 最近、部活も来てないし」
「元気じゃないかも。……色々と忙しくって……」
あはは、と苦笑いをする柊木ちゃん。
んー。本気で忙しそうだな。
それに疲れてるっぽい。社会人の忙しい時期なんてそんなもんだよな。
「邪魔しちゃったらごめん。じゃあ頑張って」
途中の自販機で買った甘いミルクコーヒーを置いておく。
「あ。……ありがとう」
にっこりと笑って手を振る柊木ちゃんに俺もこっそり手を振り返す。
テストが近いから仕方ないけど、いつもべったりだった柊木ちゃんがそうでなくなると、ちょっと物足りないというか、なんというか。
ポケットの携帯が振動したので見てみると、柊木ちゃんからメールが来ていた。
中を見ると、キスマークとハートの絵文字がいっぱいの怪文書が届いていた。
「返し方わかんねぇ」
思わずくすっと笑ってしまった。
それから数日後、木曜日の深夜。
夜の一二時を過ぎて、二日……日付上は金曜日に変わった。
部屋がノックされて、紗菜がこそっと顔をのぞかせた。
「……今、いい?」
何言っても入ってくるんだろ。
そろそろ寝ようかと思ったけど、紗菜を入れることにした。
「兄さん……これ……誕生日……プレゼント」
「お、おう……」
そうかなーとは思ったけど――本当にくれるとは。
紗菜が小脇に抱えた箱を俺に差し出した。ちゃんと贈り物用のラッピングがしてある。
「開けていい?」
「なんか、お店の人がやってくれるって言うから……おめでたい感じの包装紙に包んでくれて……たまたま欲しいって言ってたDVD見つけたから……」
開けていいんだな? 恥ずかしがって全然質問に答えてくれねえ。
包装紙を取り外すと、俺がこの前欲しいって言ってたアニメのDVDボックスセットが入っていた。
「おぉぉ……! ま、まじか……! これ、結構いい値段したんじゃ……」
予算二〇〇〇円だったニートJKが――まさか……秘奥義を使ったのか。
「た、たまたまお財布の中に買えるくらいのお金が、あったから……」
「貯めてた金……おまえ、まさか――」
「もう、うっさいわね! 何でもいいでしょ、サナの心配ばっかりして! 素直に喜びなさいよ!」
「これは、素直に嬉しいよ。ありがとうな、紗菜」
なでなで、と頭を撫でる。
「うぅぅ……バカ」
俺の胸をグーで叩いてきた。おふっ。おま、こういうときはパーで叩くんだよ。
ちらっと俺を上目遣いで見て、またうつむいた。
耳も頬も赤いぞ。
「サナ、体育祭のときの権利、まだ行使してないんだから……」
体育祭のときの権利? なんだっけそれ。
「忘れたの? 先生とサナが競争して勝ったほうの言うことを聞くってやつ」
「そんなことあったな、そういや。……おまえ、俺に何させるつもりだ……!?」
「まだ考え中。でも近日中に発動予定」
タメが長いと、余計に怖いんですけど。
「まあ、とにかくありがとうな、これ。今度、一緒に見ようぜ」
「~~~~っ」
またグーで叩いてきた。痛いんだよ……。
「…………見る」
ぼそっと小声で言って、紗菜は部屋から出ていった。
と思ったらすぐに戻ってきた。
「明日、お昼食べ過ぎないでね」
「何で?」
「いいから!」
それだけ言って自分の部屋へ帰っていった。
なんなんだ?
それから、俺は柊木ちゃんにバースデーメールを送った。それと同時に向こうからも同じ内容のメールが来た。
タイミング的に、ほぼ一緒に送ったらしい。
メールはすぐに保護しておいた。
明日は、どうやってプレゼント渡そうか……。ロクにそんなことをしたことがないから、そういう引き出しが何もねえ。とりあえず、忘れないように準備だけしておくか。
次の日の昼休憩。
「真田――! おまえ、今日誕生日なんだろ!」
「何だよ、うるせえな、隣で騒ぐなよ。……そうだけど?」
「食堂、行こうぜ。オレが何でも好きなもん奢ってやる」
「いえ、間に合ってるんで結構です」
「敬語で丁寧に断んなよ! なんか余計傷つくわ!」
「なんか紗菜に昼飯食い過ぎるなって言われてんだよ。だから無理なの」
がしっと俺の肩を掴んだ藤本。
「いいんだよ……食い過ぎたって。誕生日ってことは今日一日おまえは王様なんだぜ、真田……! わかるかぁッ? アンダースタンッ?」
「同じ意味を別々に言うなよ」
「いいから来いって」
藤本が暑苦しいので、仕方なく食堂についていってやった。
俺……普通に弁当あるんだけど、まあ、こいつなりのお祝いなんだろう。
だから、かけそば一杯(一六〇円)だけ食べることにした。
「かけそばごちそうさん」
「オレのもてなし――おま、オレの――――! 思春期男子がそれだけじゃ足りねえだろぉぉ――!」
「弁当あるんだよ、見てわかれ」
家庭科室に行っても、紗菜と奏多がいるだけだし、今日くらいは一緒に食ってやるか。
「成長期っつーのはな、真田ぁ……」
奢り足りないらしい藤本の、もっと食っていいんだぞアピールを聞き流しながら、俺は弁当を食べる。……今日は、量が少ないような?
グラスを持ってぐいっと呷るキメ顔の藤本。
ここがバーのカウンターで入ってるのがウィスキーとかだったらキマるんだけど、中身は水で、ここは学校の食堂だ。
「真田のハピバを祝わずして何が親友だよ」
ハッピーバースデーを略すな。
「いつから俺の親友になったの?」
「てめ――!」
こんな具合に、いつもの適当なノリを藤本を続けて、あっという間に昼休憩が終わった。
そして、午後からの適当に授業をこなして、放課後を迎えた。
柊木ちゃん用のプレゼントを確認して、俺は家庭科室に行く。
家庭科室はすぐそこ――ってところで、中から奏多が出てきた。
「……誠治君、これ。お誕生日、おめでとう」
ずいっと渡されたのは、お菓子の詰め合わせ。町内会とかで配ってくれそうなやつ。
うわぁ、地味に嬉しい……!
バラエティに富んでるから、飽きないやつだぁ……!
「ありがとう。ゲームの途中とかに食べるわ」
「……うん。喜んでくれて、よかった」
奏多をかわして、家庭科室に行こうとすると、ささっと前に回り込んできた。
「?」
「……プレゼント、まだあるから。……これ」
近所の書店名の入った袋をずいっと差し出してきた。
「お、おお。これも? ありがとう」
中を覗くと文庫本が入っていた。
「……面白いって、評判の小説。気が向いたら、読んでみて」
タイトルを見る。『情愛のしるべ』とあった。
「――ぶはっ!? おま、これ……」
そんなに小説を読まない俺でも知ってるくらい、有名な純文学系の恋愛小説だ。
確か、有名な賞を取ったとかなんとか。
でもこれ……先生と生徒が恋愛する物語……。
知ってんのか、知ってんのか? 知ってて俺にプレゼントしてんのか?
だったら怒るぞ?
最後これバッドエンドなんだよなぁぁぁ!?
「……小難しい言い回しとか多いけど、慣れると、それが癖になるから……!」
あ、この感じ、ただ作品好きなだけの人だ。プレゼントついでに布教してるだけだ。
「お、オッケー。ありがとう。また読んだら感想言うから」
「……うん」
「そろそろ、中に――」
「……待って。まだ、準備してるから」
「え? 準備だったら俺も手伝わないと」
「……ううん、そうじゃなくて。もうちょっと待って」
奏多が完全ガードするので、無理に入らず、俺は入口前で待つことになった。
「……『情愛のしるべ』、先生が精神的に幼くて、ちょっと天然入ってて、でもそれを支えるヒーローの男の子が、大人っぽくて――」
俺と柊木ちゃんの話か? 違うよな? 違うんだよな?
しばらく作品愛を奏多に語られているうちに、紗菜が中から顔を出した。
「いいわよ。入って。お昼、食べ過ぎなかった?」
「言われた通りな」
奏多も家庭科室に入ると、紗菜に手招きをされて最後に俺が入る。
その瞬間だった。
パ――パパン!
クラッカーの乾いた音が鳴って、
「「「お誕生日おめでとう!」」」
と、みんなが声を合わせて言った。
柊木ちゃん、紗菜に奏多、怜ちゃんに藤本。
……何で藤本がいるんだ? それはこの際置いておいて。
柊木ちゃんもお祝いする側だった。
「先生もこっち側でしょ」
「えへへ。あたしもお祝いしたかったから」
ささやかにデコられた家庭科室と、テーブルには唐揚げ……これでもかっていうくらいの量。
「ありがとう、みんな」
それからなんて言っていいかわからずに言葉に詰まる。
俺、誕生日祝われて泣きそうになった。
書籍版4巻が3月15日発売予定です!
よろしくお願いします。