新しい趣味
「ブレスレット、新しいの買ったんだ」
昼休憩の世界史資料室で、ふと気づいたので訊いてみた。
珠のようなものを繋ぎ合わせて、数珠みたいになっている。
でも、ちょっとだけカラフルで、白や薄い桃色の珠が多い。
「あー。これね、パワーストーンなんだよ」
嬉しそうな笑顔を向けてくるので、なんとも言えない気分になる。
俺はそういうの、胡散臭いって思っちゃうタイプだけど、純粋な柊木ちゃんは信じ込んじゃうほうらしい。
スピリチュアル方面は、ハマってもあんまりいいことがないような?
って、口に出すと「そんなことないよっ」って言われるだろうから、俺は「へえー」と適当に相槌を打っていおいた。
あれこれ効果を教えてくれたけど、全然頭に入んねー。
この前の入れ替わり事件で、おまじないだの何だのの味を占めたらしい。
そりゃ、あんな効果を目の当たりにすれば、今度またやってみようって思うのも無理もない話だ。
……これは、まだ可愛いほうだった。
どんどん柊木ちゃんはハマっていき、そして――――
「誠治君、リラックスしてね? 息をゆーっくり吐いて、力を抜いて……」
催眠術にハマった!!
……変なオカルトや宗教じゃないからまだいいか。
休日の昼下がり。柊木ちゃんちで俺は催眠術をかけられていた。
指示通り、力を抜いてリラァーックス。
言われた通りにやっていき、両手を組む。
「うふふ。その組んだ両手が、離れなくなります……!」
にんまりと笑う柊木ちゃん。俺のリアクションを待ってるらしい。
これには、相当自信があるみたいだ。
「そんなことってある? 普通に離れると思うよ」
とまあ、こんな感じで疑ってあげる。
「って、みんな言うんだよねー」
みんなって誰だよ。ドヤ顔やめい。
「行くよ? 数を数えます。……3、2、1、はぁぁぁぁぁいっ! ――もう手がくっついて離れません」
「……うわー、マジや、これ、ホンマもんのやつや(棒読み)」
本当は全然効いてない。
けど、一生懸命やってるし、効いたことにしないとなんか可哀想だから、つい乗っちゃった……。
「えへへ。やった。練習の成果だ!」
催眠術以外に他にやることあるだろ。
でも、無邪気な笑顔の前で、そんなこと言えない……。
「これが第一段階ね」
まだあるのかよ。
「へ、へえ。次はどんなことを……」
「これを強くかけると、解くまでもう一生離れないんだって」
もう離れてんだよ。
今現在、俺の意思でこうやって両手を組んでるんだよ。
催眠術っていうより、暗示に近いのか?
「誠治君、おトイレとか大変だよ」
「ジョニーを支えれねえ」
あははは、と柊木ちゃんは楽しそうに笑う。
やれやれ。お嬢様の遊び相手は大変だ。
何やら本を読んで、また何かしようと企んでる柊木ちゃん。
動物になるとかやめてくれよ。アラサーのメンタルじゃ、それはちょっとキツい……。
てか、俺じゃなくて柊木ちゃんのほうが効くんじゃないか。
「ちょっとその本貸して。春香さんもかけてあげる」
つい忘れて、片手を伸ばしてしまった。
「あれ、手、離れてる……」
「……」
「解けちゃったのかな」
そっと俺は目を逸らして言った。
「…………そうみたい」
「それはそうと、誠治君にかけられるかなー? 一種の才能? 必要みたいだから。あたし、結構練習したし」
そう言われると、試したくなる。
同じ手順で、同じようにやってみると――。
「誠治君のその感じじゃ、組んだ手は……あれ? ……ふんんんんんんん! あ、あれぇ……」
めっちゃかかってる!
顔を赤くしながら力入れてるけど、全然離れる気配がない。
ぶんぶんと振っても、水につけても、俺が両手で温めても、まるでダメ。
「ど、どうしよう……あたし、このままじゃおトイレ……できない……っ」
「そのときはさすがに解くわ!」
漏らしたら大号泣しそう。
俺がどうこうじゃなくて、単純に柊木ちゃんは催眠術にかかりやすいタイプなんだろうな。
催眠術の本をめくっていくと、やっぱり動物になるってやつがあった。
テレビとかでよく見るもんな、この手のやつ。
本当にそうなるのか試してみよう。
「春香さんは、これから猫になります。力を抜いて。息をゆーっくり吐いて、吐いて……吐いて……力を抜いて……指をパチンて鳴らすよ。そうしたら、春香さんは猫です――」
パチン、と指を弾いた。
がくん、と柊木ちゃんがうつむいた。……かかったっぽいぞ。
「気分はどう?」
猫の手で俺の足をたしたし、と触りながら柊木ちゃんが鳴いた。
「にゃぁ~ん」
そういや、夏海ちゃんも猫になってたな。自主的に。
ごろごろ、と甘えてきて、俺の膝に乗った。
膝枕する形になり、俺の太ももに頬をすりすりとした。
「…………」
普段とあんま変わんねえ……。
「にゃぁん♡」
猫語を使うだけで、いつも通りだ!
でも、顔を洗う仕草とかはちゃんと猫。
どうやって解くんだっけ。
本を見ながら、手順を確認。
がしっと柊木ちゃんの両肩を掴むと、きゅるんと首をかしげた。
「うにゃ?」
可愛いな、クソ。
「今から解くよ。いい? 3、2、1――」
パチン。
猫騙しをするように目の前で両手を叩いた。
「――はっ。何が……どうなってたの?」
「猫になってた」
「猫ぉ~? そんなバカなぁ……」
動画に残しておけばよかった。
「春香さんは、さっき俺に何の催眠術かけようとしたの?」
「あたしは……これ」
本を開いて見せてくれたのは、想いをより強くする催眠術だった。
やっぱり催眠術っていうより暗示っぽい。
「誠治君に、もっとあたしを好きになってもらう催眠術をかけようとしたの」
「面と向かって言われると、照れる……」
「あ、あたしも言ってて恥ずかしくなっちゃった……」
「でもそれは、しなくてもいいんじゃない?」
「え。どうして?」
きょとんとしている柊木ちゃんの唇にキスをする。
「こ、こういうことだから」
「……こういうことだから、とか言われても、わかんない……」
わかってるくせに、上目遣いで俺を見つめる柊木ちゃん。
「そんなのかけなくても、愛して、る、から……」
うわやばいハズイ。俺、顔真っ赤になってるのがわかる。
でも、柊木ちゃんも同じだった。
「あ、あたしも……誠治君のこと、愛してます……」
思わず照れくさくて笑ってしまう。
頬を染める柊木ちゃんも照れ笑いを浮かべる。
顔を近づけていき、お互いの存在を確かめるように、ゆっくりとキスをする。
背中に手を回そうとすると、間違ってふにっと胸を触ってしまった。
あ、やべ。
驚いたようにぴくんと体を震わせた柊木ちゃん。
わざとじゃないんだ、わざとじゃ――。
「……っ。……」
? ……? あ、あれ?
そのあとフリーズしたけど、何も言わなかった。
「エッチ」とか、いたずらっぽく言ったり、「ダーメ」って制止することもなかった。
ってことはどういうことだ?
俺も状況が掴めずフリーズする。
そのせいで、沈黙がちょっとだけ続いた。
「……あ、あたし、そ、そろそろご飯作るね……っ」
顔が真っ赤の柊木ちゃんは、逃げるようにソファからキッチンへとむかった。
――これくらい強引でちょうどいいんです。
って、前の現代で怜ちゃんに言われたことを思い出した。
「……い、今のって……」
あのまま、押し倒したら、もしかして――。
書籍版の4巻が3月15日発売予定です!
こちらもよろしくお願いします。




