白紗菜
◆紗菜?◆
朝、目が覚めて、知らない布団にあたしはいた。
「知らない天井……」
知らないぬいぐるみ。知らない勉強机。
「どこ、ここ……」
妙に体が軽い気がする。
「疲れてたはずなのに、全然そんなのなくなってる。ラッキー♪」
昨日早く寝たせいかな?
アラームが鳴りはじめて、そっちを見ると、紗菜ちゃんの携帯のアラームが鳴っていた。
なんで紗菜ちゃんの携帯が……? それに、ここは……?
ふと、姿見の鏡が目に入った。
「あ、紗菜ちゃん、おは……よう?」
紗菜ちゃんが動いて、紗菜ちゃんがしゃべる。
後ろを振り返っても紗菜ちゃんはいない。
ぺちぺち、と頬を叩いてみる。
紗菜ちゃんが、ぺちぺち、と頬を叩く。
…………。
「なんでぇぇぇぇぇぇええええ!? あたし、紗菜ちゃんになってるぅぅぅぅ!?」
パジャマの中を覗いてみる。
うわ。本当に胸ちっちゃい。可愛い。
「じゃあ、ここは、誠治君の家?」
こんこん、と扉がノックされた。
「さーちゃん、どうしたの? 今日休むの? お腹痛いの?」
お、お母さん? 誠治君と紗菜ちゃんの?
「あ、あのっ、はじめましてっ。あ、あたし、誠治君や紗菜ちゃんの部活の顧問をしてます、柊木春香と申します……!」
正座をして、三つ指をついて頭を下げる。
「あと、その、誠治君……誠治さんとは、その、おつ、おつ、おつき……あ、これまだ言っちゃダメなやつだったっ!」
「……熱あるの? お薬、テーブルのところに置いておくから飲むのよ?」
「熱はあるといえばあるのですけど、ヒートアップしてるとか、そういう愛のメラメラ、みたいな? えへへ……」
「……? 学校には連絡しておくわよ。じゃあお母さん仕事行くからね。ご飯は置いとくから、食べられそうなら食べておきなさい?」
スタスタ、とスリッパの音が遠ざかっていった。
――――失敗した!
と、ともかく、誠治君はまだ一階にいそうだし状況を説明しないと。
がちゃり、と扉の音が小さく聞こえて、窓の外を見ると、誠治君が登校していいったところだった。
「行ってらっしゃーい!」
と、言ってみたものの、聞こえてなかったみたいで、こっちを振り返ることはなかった。
紗菜ちゃんの携帯を借りて、誠治君にメールを送る。
『ツンデレ兄さん』
登録名、そうしてるんだ。
紗菜ちゃん。妹に対して、誠治君はデレ要素ゼロだよ?
『信じられないと思うけど、朝起きたら紗菜ちゃんの体に入っちゃったの~><』
ぴ、とメール送信。
けど、全然返信がない。
もう……いつもならすぐ返してくれるのにぃ……。
「あ、そうか。紗菜ちゃんが送ってると思っているから、メールの中身を確認してないのかな」
なるほど。だからツンデレなのか。
メールの返信をなかなかしてくれない、ってだけなのに、それを脳内でツン変換しちゃう紗菜ちゃんってば、本当にブラコン……。恐ろしい……。
部屋を出て耳を澄ませると、階下に人けはまるでない。
誠治君の部屋……入っちゃおっと。
見つけたベッドにするする、と入り込む。
「~~~~~~っ。誠治君のにおい…………」
しあわせ……。
せっかくだから掃除してあげよーっと。
出しっぱなしの漫画をシリーズ、巻数順にしまっていく。その棚の奥にピンク色の表紙を見つけた。
怪しい……。
引っ張り出したそれは、ナイスバディなお姉さんが扇情的なポーズをしている表紙だった。
「……」
ぱらぱら、とめくってみると、エッチな漫画だった。
「……」
あとで燃やしておこう。
妹ものだったら小一時間お説教だったよ。
ピリリリリ、と部屋に置いていた携帯が鳴るのが聞こえた。
大急ぎで戻ると、着信相手は『ツンデレ兄さん』だった。
「もしもし、誠治君?」
『あ、やっぱり先生? 紗菜の声だから変な感じするな……』
「よくわかったね! 愛の力……!?」
『あー……「紗菜」がここにいるから。「先生」が体調不良で休んでるから、早退してアパートまでお見舞いに行ったんだ』
あ、そういえば、あたしの本体はどうなってるんだろう?
『そしたら、先生の中に紗菜が入ってた』
「えぇぇぇぇぇ――――!? あたしたち入れ替わってるの?」
『みたい』
今からそっちに行く、と言って、誠治君は電話を切った。
あたしと紗菜ちゃんが……何で?
一五分くらいすると、誠治君が息を切らしながら家に帰ってきた。
「お帰り、誠治君」
「ただいま。紗菜にそんなこと言われることないから、違和感がすごいな……」
疑わしそうな半目でこっちを見てくる誠治君。
挨拶みたいに抱きつこうとすると、「うおわっ」って避けられた。
「何で逃げるの……?」
「いや、紗菜にされてると思うと、反射的に……」
そうだった。忘れてた。今紗菜ちゃんの体だった。
「じゃあ、もしかしてチューも……?」
「できないと思うよ」
「っっっ」
「先生、この世の終わりみたいな顔しないで」
くすくす、と誠治君が笑う。
「何がおかしいのっ。大変なことのに!」
「だ、だって、普段紗菜がしないような顔するから、つい……ふふふ」
「そ、それじゃ一緒にお風呂も……」
「入れるわけないでしょ。妹の本体と一緒に入りたいわけないし」
「せっかくひとつ屋根の下で暮らせると思ったのに……」
「そんなことよりも――」
がしっと誠治君に両肩を掴まれる。
「このままじゃ、永遠に結婚できないよ」
「はっ。本当だ! 一番の問題だっ! チューもできない、お風呂一緒に入れない、おっぱいちっちゃい、誠治君と結婚できない……このままじゃあたし、死んじゃうかも……」
「今さりげなく貧乳ディスったでしょ」
「そんなことないから。あ、膝枕は……?」
どうだろう、と首をかしげる誠治君を連れて、リビングへ行く。
そこにあるソファに座って、ぽんぽん、と膝を叩く。
「おいで」
「……」
むっ、と誠治君が一瞬だけ顔をしかめて、拒絶反応のようなものを見せた。
紗菜ちゃん……これだけ拒絶反応されてるの、なんか可哀想……。
あんなにお兄ちゃんのこと好きなのに。
隣に座った誠治君が、ころんと横になる。
「あ、膝枕は、ちゃんとできまちたねー♡」
よしよし、と頭をなでなでしてあげる。
「誠治君と一緒に暮らせたらいいなーってお願いしたことがあるけど、こんな形で実現するとは」
「くそ……紗菜の顔と声なのに……」
「じゃあ次は、いつもみたいにチューするからねー?」
さっと逃げようとする誠治君の顔をがしっと掴む。
「逃げちゃダメ」
「それ、自分の体じゃなくて紗菜の体だから――俺、妹とキスなんてしたくないから」
「中身は愛しの春香さんだからギリセーフなの!」
じたばた暴れる誠治君の唇に、ちゅーっと唇を重ねる。どんどん誠治君の力が抜けていく。
「くそ……紗菜の顔と声なのに……この甘やかし力……本物の先生だ……!」
「先生じゃなくて、春香さんでしょー? 先生って呼んだからぎゅってしますっ」
ぎゅっと抱きしめると、ぼそっと誠治君がいった。
「あ、おっぱい当たらない」
ちょっと寂しそうな顔をしていた。
誠治君は「おっぱい当たってるから、やめて」って真面目に言うときがあるけど、何だかんだで楽しみにしてたらしい。




