紗菜の秘密
「はあ? おまえ、あれ失くしたのか」
「さ、サナだって失くしたくて失くしたんじゃないし!」
何でこいつ早速開き直ってんだ。
俺が貸していたRPGを紗菜がどこかに失くしたらしい。
そういえば、あのゲームって現代ではHRG社の傘下に入るASW社の作品だったな。
「あのな、俺、あのゲームあと二周くらいする予定だったんだぞ」
「何周する気なのよ。い、いいじゃない。もうストーリーは知ってるんだし」
「バッカ、おま……やり込み要素ってもんがあってだな……。どうせ、クローゼットとかに入れたまま忘れてるだけだろ」
「そんな間抜けじゃないわよ」
はあ、と俺はこれ見よがしに大きなため息をつく。
「捜索する」
「へやぁっ!? しなくていい、しなくていいからっ」
ずんずん、と紗菜の部屋へ歩く俺を、紗菜が引っ張って止めようとする。
「止まって! 止まりなさいっ」
「フン」
華奢な小娘の制止なぞ効かぬわ!
ばーん、と景気よく扉を開ける。
家から持ち出すとは思えん。
どうせ、クローゼットの中とかにあるんだろ。
「出てって! 勝手に部屋入らないでっ」
「失礼しゃーす」
「挨拶してもダメ! 出てけ、シスコン!」
ポコポコと俺を叩いている紗菜。
ときどき、ゲシゲシとローキックを入れてくる。地味に痛い。
「こん中のどっかにあるんだろ、どうせ」
「そこ、触らないでっ」
やたらクローゼットに近づくのを嫌がるな。
「心配すんな。兄さん、おまえの下着なんか見ても何とも思わねえから」
ズザザ、と持ち前の運動神経でクローゼットの前に紗菜が立ち塞がる。
「ここから先は、サナのプライバシーだから。これ以上は、プライバシー侵害で訴えるから!」
「あそ」
だいたい、おまえが俺のゲーム失くすのが悪いんだろうが。
「ちょっとごめんよ」
立ち塞がる紗菜を強引にどかす。
プライバシーとやらが詰まっている紗菜のクローゼットをどんどん捜索していく。
「どこやったんだよ、おまえー? あれ名作なんだぞ。一〇年後でもかなり評価高いままで――」
「探す探す、サナが探すから!」
がさごそとやっていると、見慣れないスケッチブックを発見。
「ん? なんじゃこれ」
「っ!」
シャっと早業で俺からスケッチブックを奪った紗菜。
「「……」」
じっと見つめると、紗菜が背中にそっとそれを隠した。
「「…………」」
そろーり、と壁を背にして俺から距離を取った。
こっちを見つめて、野良猫みたいに警戒している。
よっぽど何か見られたくないことが書いてあるらしい。
気になるけど、ま、いいか。
今はゲーム探してるんだし。
紗菜の邪魔が入らなくなったことで、捜索がはかどるようになった。
余所行きの服に、部屋着に、パンツにブラジャー。
はいはい、次、次。
「……?」
そのゾーンに、見慣れない物を発見した。
「カチューシャ……に、猫耳……?」
「はぁっ!?」
紗菜がこの世の終わりみたいな顔をしている。
「なあ、おまえ、これ……」
「友達のやつだから!」
「……おまえ、そもそも友達がいな――」
「うるさぁぁぁぁぁぁいっ」
「なんか、ごめんな……?」
「可哀想なものを見る目をやめてっ! こうなったら、せーくんのクローゼットも荒らしてやるんだから!」
「ご自由にどうぞ。てか、俺は荒らしてないし、あとせーくんって呼ぶな」
まあ、俺は別にいかがわしいもんとかないし。存分に見ればいい。あってもAVくらいだし。
俺が堂々としているせいで、紗菜がクローゼット荒らしを諦めた。
そうこうしているうちに、一番下に畳んであった服を引っ張り出した。
「……メイド服?」
市販されてる感じのちょっと安っぽい生地だけど、スカート丈が短い。
……どエロや。
「はぁっ!? 見つかった――」
「コスプレカフェでバイトでもしてんのか? こんな、すぐパンツ見えそうなもん着て……」
「してないわよ! た、ただ、もらったから……捨てるに捨てられなくて……」
「もらった? 誕生日は……まだ先だろ?」
「ハロウィンのときに! 似合うからって、ほとんど強制的に持って帰らされて――」
「は、はろ、は、は――ハロウィン!?(裏声)」
ハロウィン!?(二回目)
じゃ、じゃあ、これは、なんだ……引っ込み思案ドラフト1位のさーちゃんが、着たってことか? 空気読むとか関係なく拒否りそうなのに。
ギギギギギ、と俺は首を回し、手元の猫耳カチューシャ&メイド服を見て、もう一回紗菜を見る。
「お、おま……そんなリア充イベントに……出たのか……?」
「クラスの子たちが誘ってくれたから……それで……」
つん、と顔を背けて、照れ隠しに髪の毛をイジイジといじる。
「さ、サナはそんなのする気全然なくて、普通の私服で行ったら、用意してて……それで……」
「猫耳どエロメイドに仮装した、と……?」
「な――――何よ! 文句ある!? てか、どエロって言わないで」
引っ込み思案オブサイヤー受賞のうちの妹が、成長している。
驚くと同時に、ちょっとした敗北感がある……。
もしかすると、こいつ、イケてるグループに属しているのでは。
教室ヒエラルキーの上位種なのでは。
俺は下から数えたほうが早いってのに……。
俺が呆然としていると、猫耳カチューシャとメイド服が紗菜に奪われた。
「げ、ゲーム探すんでしょ? 早くしなさいよ」
「い、言っておくけどな、夜遊びとか夜遅くなるバイトとか禁止だからな!」
「兄さんには関係ないでしょ」
「く、ムカつく……! あー、あー、やっぱないわぁー。俺のソフト。めっちゃ大切にしてたソフト。めっちゃ好きだったのに。紗菜が失くしやがったー。あーぁ」
俺は大人げない作戦を取ることにした。
「だから何回も失くしたって言ってるじゃない」
「人のモン失くしたやつの態度じゃねえよなー?」
「それはその……ごめん。弁償するからいいでしょ」
「弁償とかいいんだ、別に」
「じゃあ、何を……」
ちらっと俺が紗菜の持つメイド服を見た。
「もしかして、これ着てほしいの?」
何も言わないで、くるっと紗菜に背を向ける。
「こっち見ないでね」
と、着替えはじめた。
俺の大事なソフト失くしたんだ。
ちょっとくらい罰を受けさせてもいいだろう。
「んもう、とんだシスコン。サナの心配までしちゃって。夜遊びなんてしないし。ちゃんとウチにいるし」
声が嬉しそうだったのは気のせいか?
「もういいわよ」
声に振り返ると、猫耳メイドさんがいた。
めちゃくちゃ細いな。腰回りも腕も足も。まじでモデルみてー。
胸は相変わらず不毛の大地。貧しいまんま。
けど、想定通りだった。
「まあ、こんなもんか」
「んなっ! 人がわざわざ着替えてあげたのに!」
「はぁー? 俺は何も言ってないんですけど?」
ぷるぷる震えると、猫耳カチューシャを俺にぶん投げてきた。
「ぬお!?」
「出てけぇぇぇぇぇえ!」
スケッチブックで俺をばしんばしん、と叩いてきた。
「わかった、わかった、出ていく、出ていくから」
ぷりぷり怒る紗菜に追い出され、俺は部屋をあとにした。
「……ハロウィン……柊木ちゃん、コスプレお願いしたらやってくれるかな」
言えば、ノータイムでイエスが返ってきそうだ。
今度提案してみよう。




