地雷
学祭の代休で休みとなった月曜日、俺と柊木ちゃんは久しぶりに街でデートしていた。
「学祭の準備でばたばたしてたし、こんなふうにデートするのいつぶりだろう?」
俺と手を繋ぐ柊木ちゃんは、朝から鼻唄を歌うくらい超ご機嫌だった。
でも、目がギンギン……若干血走っててちょっと怖いんですけど。
「春香さん、昨日は……いつ寝たの?」
「眠れなかった……あれしよう、これしようって考えてたら……! 朝に……!」
「遠足前の小学生かよ」
「仕方ないじゃん! 街でデートは久しぶりなんだから!」
どうどう、と柊木ちゃんに静まってもらう。
一応変装しているものの、変に注目されることは避けないと。
今日は、柊木ちゃんは伊達眼鏡とハンチング帽を被っている。
変装っていうより、そういうファッションっぽくて、これはこれで似合ってて可愛い。
「春香さん、その帽子可愛いね。似合ってる」
「えー! ほんと!? ありがとう♪」
てへへ、とずっと柊木ちゃんはニッコニコだった。
「誠治君も黒ぶち眼鏡、似合ってるよ? これはこれで、いい感じ」
「ありがと」
俺の変装グッズは眼鏡とキャップ。眼鏡は、実は自前の物。普段かけないと見づらいというほどじゃなく、教室で席が後ろだったりしたときにたまーにかけることもあった。
いやー、しかし平日はいいなー。
人は少ないし、どの店にも並ぶことなく入れる。
ウィンドウショッピングを楽しんでいると、ちらちら、と通り過ぎた店を柊木ちゃんが振り返っている。
後ろ髪引かれまくってる!
カジュアルだけど、少しいいお値段のする服屋さんが気になるらしい。
「せっかくだし、寄ってみる?」
「いいの? 誠治君、退屈じゃない?」
「いいの、いいの。メンズもあるみたいだし」
「じゃあ、ちょっとだけ……」
というわけで、Uターンして通り過ぎた店へ戻った。
中に入ると、平日の午前中とあって、店内には店員さんしかいなかった。
店内では別行動で、柊木ちゃんはレディース、俺はメンズコーナーへ行く。
客のいない服屋さんって……無言のプレッシャーみたいなもんを感じるんだよな……。
俺だけか……? 妙に見られているような……。
軽く見回してみるけど、誰も俺に注目してない。
はい、気のせいでした。自意識過剰でした、すみません。
「お客さんの感じでしたら~」
そんな自意識過剰マンとは違って、柊木ちゃんは女性店員さんにあれこれ服をすすめられている。
「ふむふむ……! じゃあ、そういうとき靴は何を……」
めっちゃ訊いてる!? 熱心だナー。
確かにオシャレだし、モノはいいと思うけど……。
ふと棚に畳んであるTシャツが目に入った
うげ。八〇〇〇円!? た、たっけぇぇぇ……。
服にそんなに金をかけない俺からすると、かなり割高に感じてしまう。
けど、柊木の春香お嬢様の感覚では、そうでもないんだろう。レディースは違うのか?
俺とは違ってオシャレ意識高めの柊木ちゃんは、あまり値段のことは気にしないのかもしれない。
「じゃあ、さっきのスカートください」
「ありがとうございます~」
お。何か買ったみたいだ。
首を少し伸ばして奥の様子を見てみる。
「このスカートですと、先ほどのコートもすっごく合うんですよぉ~」
「うむむむ……じゃあ、それも……!」
柊木ちゃん……オシャレさんっていうより、言われるがままなのでは……?
「あれは……カモや……! 脂ののった、ええカモや」
ぼそっと店員の声が聞こえた。
柊木ちゃん、大丈夫かな?
ちょっと心配だから、いつでもフォロー入れるように近づいておこう。
ぼそっと柊木ちゃんが言った。
「あの、店員さん……え、エッチな、タイツ、ありますか」
「お客さん…………ありますよ」
「く、ください……」
顔赤くしながら何リクエストしてんだ。
商品名があるだろう、商品名が。
エッチなタイツってなんだ! すっげー気になります!
様子が気になっていたのは俺だけじゃなく、他の店員さんもそうだったらしい。
「次は靴みたいだぞ……!?」
「いや、それだけじゃない、アクセサリーもだ!」
「あの客、勧めれば勧めるほど買うぞ……!?」
「奴の予算は無限なのか!?」
店員さんが、柊木ちゃんが買うって言った服やら何やらを持っていたけど、一人じゃ足りなくなってもう一人追加でヘルプがやってきた。
「このワンピース……色、どうしよう……」
柊木ちゃんが、ニットワンピースの色で悩んでいた。白とグレー。
うむむむ、と悩む柊木ちゃんと目が合った。
「どっちがいいと思う?」
ハンガーにかかったその二つを、俺に見せてくる。
……どっちがって……柊木ちゃんの好きなほうを選べばいいんじゃね?
「俺は、あんまりわからないよ?」
「いいの、いいの」
「どっちも似合うと思うよ」
「そうじゃなくって」
「んじゃあ、白」
「ん~~~~。グレーのほうかな」
じゃ訊くなよっ。
七割方決まってたんじゃねえか。
うふふ、と女性店員が微笑んでいる。
「ご姉弟ですか?」
「え――――――?」
ピシっと柊木ちゃんの動きが止まった。
「弟さんと仲いいんですね~」
「……ち、ちがい……マス……」
止まっていた柊木ちゃんがギギギギギ、と動きはじめた。
やばい。
たぶんあの店員さん、地雷踏んだ。
「弟ジャ、ナイデス……」
目が死んでる目が死んでる!
寝不足なのもあって目が超怖ぇぇ!
俺は、おほん、とわざとらしい咳払いをして、ひと言言っておく。
「彼女です」
「あ、大変失礼いたしました」
ぺこっと店員さんは頭を下げた。
「…………」
ニコニコでウキウキで買い物をしていた柊木ちゃんのテンションが、底まで落ちた。
「……あれもこれもそれも、やっぱり、いいです……」
まあ、手を繋いで店内を見て回ったわけでもないし、カップルらしいことをしてないから、仕方ないと言えばそうなのかもしれない。
空気に耐えられなくなって、俺は外で柊木ちゃんが出てくるのを待った。
「んもぉぉぉ、姉弟じゃないのにっ」
出てきた柊木ちゃんは、不満げに唇を尖らせた。
……けど、何だかんだで何か買ってる。
「春香さん、何買ったの?」
「えっ!? ……ええっと……いいでしょ、何でも」
買った何かがあれば真っ先に見せてきそうなのに、隠す……。
ってことは、エッチなタイツか!
何でそれだけ買ったんだよ。
「何を買ったのかは、そのときのお楽しみにしておく」
「うん。楽しみにしておいて♪」
どんなのだろう。半分透けているやつか?
「ちょっと透けてる?」
「えっ!? えっ!? な、何がっっっ」
あたりだ。
うむうむ、と俺が賢者顔(?)でうなずいていると、柊木ちゃんが腕を絡めてきた。
「カップルしかしないこと、いーーーっぱいするよ、誠治君」
「望むところだ」
きょろきょろ、とあたりを見回した柊木ちゃんが、ちゅっとキスをしてきた。
「お昼、何食べる?」
こんな感じで、俺たちはラブラブデートを終日楽しんだ。




