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昼休みと紗菜の危惧


 そして、月が替わり五月になった。

 俺と紗菜は、正式に家庭科部へ入部し、柊木ちゃんが正式な顧問になった。


 井伊さんともっと親交を深めるべく、昼休憩にいつもいるという家庭科室を兄妹二人で尋ねた。


 ちなみに、今日の俺の弁当は久しぶりに紗菜と同じ物。他人のいるところで俺が柊木ちゃんから弁当をもらったり、ましてや食べさせてもらったりするなんてできないから。


 俺たちを待ってくれていた井伊さんを発見。

 紗菜が声をかけた。


「カナちゃん、こんにちはー」


 カナちゃん? ああ、井伊さんのことか。

 って、いつの間にそんな仲になったんだよ。


 相変わらず井伊さんは礼儀正しく、立ち上がってぺこりとお辞儀した。


「こんにちは」


 声が小さいのも相変わらず。

 ゲームをどこまでやったか、どうしたらクリアできるのか、そんな会話を弁当そっちのけで紗菜と井伊さんははじめた。


 俺だけ除け者みたいでちょっと寂しい。


 ん。カナちゃんって……あのカナちゃんのことか……?

 俺は、十年後の紗菜から何度かその名前を聞いたことがある。


 会社で知り合った一個上の先輩で、同じ高校出身って……。


「あ、そういうこと!」

「兄さん、急に大きな声を出さないで」


 俺は井伊さんのことは何も知らなかった。

 前に高校生だったときも存在を知らずに卒業した。


 紗菜とも接点はなかったはずだ。紗菜も、俺の知る限りでは高校ではぼっちのままで先輩にも後輩にも知り合いはいなかったと聞く。


 けど、紗菜の入社した会社にカナちゃんこと井伊さんがいる……。


「これが運命ってやつか」

「ちょっと、大丈夫? さっきからブツブツ言ってるけど」


 紗菜がこっちを不審そうに見てくるけど、そんなのお構いなし。

 俺は井伊さんのちっちゃな手を握った。


「っ! な、なに……」

「井伊さん。紗菜のことをよろしく頼む。口悪くて人見知りで貧乳だけど、悪いやつじゃないから」

「??」

「何してるの、兄さん、やめて。って貧乳関係ないでしょ!」


 立ち上がった俺を座らせるため、紗菜がベルトを引っ張った。


「カナちゃんが驚いて固まっちゃったじゃない」


 あ。ほんとだ。頬を染めたまま、固まってる。


「急に兄さんが手を握るから」

「いや……それは申し訳ない」


 俺は兄貴として、妹が今後お世話になる方にだな、挨拶をせねばと、一大人として常識的な行動をしたまでなんだけど。


「みんなお揃いだねー?」


 やってきた柊木ちゃんが、にこりと俺たちに笑いかけた。


 部に入っている生徒との距離を縮めたい先生っぽく見える柊木ちゃん。


 紗菜がちょっと鋭いだけで、別に柊木ちゃんが俺のことを好きだなんてフラグはどこにも……。


「先生、二つお弁当食べるんですか?」

「あ、これ?」


 って、持ってきてる!? 唐揚げしか入ってないあの弁当!

 今日は、みんなで食べる日だから、弁当は要らないって言ったのに。俺が柊木ちゃんの手作り弁当を二人の前で食べるのは、どう考えてもアウト。


『何やってんだよ!』


 俺が動揺丸出しだったせいか、柊木ちゃんも「あ」って顔をして失態に気づいた。

 青いハンカチに包んである弁当を、紗菜が怪しそうにじいーっと見つめている。


「あのーそのー、間違って作っちゃったから、みんなでどうかなーって思って……」


 間違って作っちゃうとかお母さんかよ!

 昨日午前中で終わるから弁当要らないって言ったのに! みたいな感じになってる。


「柊木先生の手作り? うわ、楽しみー」


 頑張れ、俺。ここは全力でフォローせねば。


 ブブブ、と携帯が振動する。紗菜からメールが届いていた。

 なんだよ、目の前にいるのにメールなんてして。


『これ、料理できるアピール! 兄さん、騙されないで!』


 騙されないでって、料理上手なら騙されても別にいいだろう。てか、おまえは目玉焼きも作れないだろうが。


 よかったら食べてね、と柊木ちゃんは机の上に唐揚げ弁当を広げた。


 まあね、唐揚げしか入ってない弁当なら、「調子に乗っていっぱい揚げすぎちゃった。てへ☆」で言いわけできるからよかった……。


 ぱかり、と弁当の蓋を開けると、ご飯とおかず、ちょうどいいバランスで設計された普通の弁当が出てきた。


 なんでだよ!?

 今日に限ってなんでちゃんとしてんだ!


 柊木ちゃんも、あ、ヤベって顔をしている。おかずが、どう考えても男子が好きそうな、唐揚げ、ハンバーグ、オムレツなどが入っていて、全体的に茶色かった。


 やばい。紗菜が弁当を冷たい目で見ている。それから、うつむいて、手元で何かいじりはじめた。


 ブブブ。メールが来た。


『せーくんのために作ってきてるじゃんっ! どう考えてもそう! これ、汚い女の手口なんだから。料理できる家庭的な女アピールなんだから』


 バレてる……。


「きょ、今日は色々と食材が余っちゃって……それで、ガッツリ系のお弁当作っちゃったの。普段はもうちょっと、ね?」


 ね、って俺に訊くなよ!

 はい、そうですね、って俺が言えば、普段の弁当を知ってることになるだろ。


 連携下手かよー!


 そんなとき、井伊さんがすっと箸を伸ばして、柊木ちゃん弁当の唐揚げをぱくりと食べた。


「……美味しい。さーちゃん、先生のお弁当、美味しいよ」


 井伊さん、ナイス!


「そう? カナちゃんが言うなら、まあ……」


 ぱくっと唐揚げを食べる。ほわわわ、と紗菜が表情をゆるめた。俺に騙されんなって言っておいて、こいつは……。


「紗菜ちゃん、どうかな、あたしのお弁当」

「……うん……美味しい……。さ、サナも作れるわよ、これくらい」


 嘘をつけ、嘘を。


 何張り合おうとしてんだ。


 意地っ張りな紗菜を見て、柊木ちゃんはニコニコ笑っていた。


 真田君も、と柊木ちゃんに勧められ、俺も自分の弁当を食べつつ、柊木ちゃん弁当をつまむ。

 うん。いつも通り美味しい。


 結局、女子たちは自分の弁当を食べることに精一杯で、俺が残りの弁当をすべて食べた。


 その夜、柊木ちゃんの電話を待っているといつもの時間――八時半頃にかかってきた。


 当然、反省会である。


「先生、あれはちょっと焦ったから、今後は気をつけてね」

『先生じゃなくて、二人のときは春香さんでしょー? ……うう、それは反省してるよぅ。あたしも、やっばーいって思ったもん』


 うん、俺たちそろって顔に出ていたと思う。


「あと、紗菜が、先生は俺のことが好きなんじゃないかって疑ってるんだけど……」

『きゃ♪ バレちゃったー♪』


 楽しそうだなー。


「まあ、間違ってないんだけど……けど、バレるとやばいから。人見知りっていうのもあって、春香さんを警戒してるみたい」


『人見知り? そんなんじゃないと思うよ? あれは、大好きなお兄ちゃんを奪いそうな同性が現れたから、あたしから距離を取ってるんだと思う』


 大好きなお兄ちゃん、ねえ……。

 柊木ちゃんにちょっと攻撃的なのは、人見知りが原因だと俺は思うんだけど。


 同性の柊木ちゃんにはそう見えるらしい。


『紗菜ちゃん、可愛いね。顔は綺麗で、意地っ張りで、誠治君をとっちゃいそうなあたしに張り合おうとしてくるところとか』


 可愛いのか? 年の離れた柊木ちゃんからすると、それこそ妹のように映るんだろう。


『それじゃあ、おやすみ。また明日、学校で』


 ちゅ、と受話器越しにキスする音が聞こえた。


 うむ……。

 明日学校に行くのが楽しみだなんて、生まれてはじめて思ったかもしれない

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