柊木ちゃんとお化け屋敷 後
お化け屋敷の暗さにも慣れはじめ、俺はどうにか落ち着きを取り戻した。
「よ、よく見れば、や、安っぽいところあるし……ダンボールが見えちゃったりしてるから」
「空き巣くん、そういうのは一生懸命作った人に失礼だよー?」
そ、そうだけど、人が……っていうか高一のボーイ&ガールが作ったってきちんと認識したいんです。
「ずっと目をつむっている人も、作った人に失礼だと思うけどさ」
シシシ、と夏海ちゃんは柊木ちゃんを見て笑う。
「お家帰る……」
もう柊木ちゃんのメンタルはボロボロだった。
「帰ってお布団の中入る……」
プルプル、と生まれたての小鹿のように震えている柊木ちゃん。
これは、俺が守らねば……!
足下に薄っすらと見える矢印に従って進んでいると、ぴちゃ、ぴちゃ、という足音が追いかけてきた。
「え、何? だ、誰? 何か来たよ、夏海ちゃん!」
「何か来たねっ!!!」
めっちゃワクワクしてる……。
『実はこれは~』とか言ってネタバレさせるかと思ったら、全然しない!
何でこういうところは律儀なんだよ!
離れようと足を急がせると、
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!?」
柊木ちゃんが化け猫みたいな大声で悲鳴を上げた。
「うおおわあああ!? え、何!?」
そ、その悲鳴にびっくりしたわ……!
すると、首筋がひんやりとした何かに撫でられた。
「ふおおおわぁああああん!?」
心臓が口から出るかと思った。柊木ちゃんが悲鳴を上げたのはこれか――。
耳元で、囁くような声がする。
人間の……女の声だ。
「……し、ま、か……。知り……んか……」
何何何何何何!?
「……私の頭……知りませんか?」
チラっと振り返ると、白い服を着た女が立っていた。血みたいなものが飛び散った服で、首から上がなかった。
「――――――――っっっっっっっ!?!?!?!?」
ゆっくりと俺へ手を伸ばしてくる。
「私の……頭……知りませんか……」
「し、しりましぇん……」
俺、涙目だった。
何でないの? 頭。特殊メイクですか!?
「…………さ、て……。探……して……」
「無理無理。無理無理。だって顔知らねえからっっ! 早く先に……ゴールがそこに――――って扉開いてねえしっ!」
ガチャガチャやっても鍵がかかっている。
あ、そういうアレですか謎解き要素ありのやつでしたか(震え声)
「何? 何の話? まだ出られないのっ??」
同じく柊木ちゃんも震え声だった。
「………………ッ!」
首無し死体が、ガッと手を掴んで俺と柊木ちゃんを離そうとする。
思いのほか、柊木ちゃんが俺を掴む力が強く、全然離れなかった。
「ッ……!」
「今ガッてされたよ、何で? 何??」
柊木ちゃんは超パニック状態。
夏海ちゃんは、ひまわりの種を詰め込んだハムスターみたいに、口をパンパンにして笑いを堪えている。
あ。わかった。あれか! あれだな? 首無し女、そうなんだな?
「ちょっと先生、戻るよ」
「何で戻るのっ!? せっかくここまで来たのにっ……。な、夏海何とか言ってっ」
「くっ、ふふふ……ふふふ、や、やばい……わ、笑い死ぬ……」
梃子でも動かない柊木ちゃんを引きずりながら、俺は通るときに見かけた頭だけのマネキンを持って、首無し女に渡した。
「これ! これでいいの?」
「…………あ、りが、とう……」
どういう仕掛けがあったのか、スッと首無し女は消えた。
「ててて、て、ていうかちゃんと自分で探せよっ! すぐ後ろにあったからな! おまえ! 灯台下暗しって言葉をあとでググれよな!!」
いなくなったので俺は超強気になった。
「空き巣くん……面とむかって言えないとか、ダサすぎてウケる……」
う、う、うっさいわ。
パチン、と音がしてそっちへ行くと、さっきは閉まっていた出口への扉が開いていた。
外に出ると、当たり前だけど、そこは俺の知っている学校の校舎だった。
知っている日常が帰ってきて、ほっと胸を撫で下ろした。
柊木ちゃんは、ぺたんと座り込んだ。
「腰、抜けた……」
「大丈夫?」
「ううん……もうダメかも……」
想像以上のダメージを負ってしまったらしい。
「はぁー楽しかった……ウチ、これを一生の思い出にして生きていける……」
「こいつ……!」
「途中から、お化けの素の部分が見えて、もうほんと、笑い死ぬかと思ったよ」
お化けの素の部分?
……そういや、紗菜はどこにいたんだ……?
「何ポカンとしてるんだよー。紗菜ちゃんは、首無し女だったんだよ?」
「え、あれが? 紗菜?」
マジかよ……。
今日の我が家の食卓は、俺のビビリっぷりが話題に……!
俺は頭を抱えた。
兄の威厳が……! 保てない……!?
「なんてこった……」
「紗菜ちゃんに口止めされてたから、ウチも言わないでおこーって思って」
次の客が入ったのか、中からは悲鳴が聞こえてくる。
そのたびに、柊木ちゃんがビクンとしていた。
「もぉ、春ちゃんってばいい大人なのに腰抜かして」
「仕方ないでしょ。こういうの、慣れてないんだから……」
涙目で柊木ちゃんがイジけた。
「先生、保健室行く? ロクに動けないでしょ」
「うん……」
人目があるのでおんぶはさすがにできず、反対側を夏海ちゃんに支えてもらいながら保健室へむかう。
先生はいないらしく、中は学祭の喧騒から切り離されていて、しんとしていて静かだった。
ベッドに柊木ちゃんを座らせる。
「ごめんね……。二人で楽しんできて? ほら、あたしは明日もあるから」
どうする? と夏海ちゃんが目で尋ねてくる。
前回の高二じゃあ、カップルを嫉みながら藤本と行動をしていた。
今回は、気心の知れた夏海ちゃんがお相手にいるし、ちゃんと学祭を楽しも――――ん? 待てよ?
前回のタイムリープ解除。未来で俺は夏海ちゃんとくっついていた。
柊木ちゃんとは高三になるまでに別れていたって話だ。
そうなったのは、そうなるという未来を知らないからで……。
「俺も疲れたから、保健室で休むことにしようかな」
「……空き巣くん……エロいことする気でしょ?」
「違うわ」
「そんな頑なに否定しなくても。シシシ。ママからはゴーサインが出てるのに」
「それはその、あれだから。本人たちのペースがあるから」
はいはい、と適当に流した夏海ちゃんは、「紗菜ちゃんからかってくるー」とまたお化け屋敷へと戻るらしく、保健室を出ていった。
「いいの? 誠治君?」
「うん。カレーや喫茶店で動きっぱなしだったから」
疲れていたのは事実だ。
「そっか」
口元を緩めた柊木ちゃんは、ちょっと嬉しそうだった。
「引いた……? お化け屋敷」
「一貫して目をつむっているのには驚いたかな」
「行ったことなかったから……ホラー映画も見たことないし……」
思い出したのか、うぅぅぅぅ……と柊木ちゃんは苦そうな顔で唸った。
家でDVD見るときも、ホラーやサスペンスは選ばなかったもんな。
「付き合ってない男女二人で入ると、芽生えるかも、あれは」
「逆に幻滅しちゃうかもだけどね」
自虐ネタでフッと柊木ちゃんは影のある笑みをする。
「してないよ、俺は。幻滅。一緒にいてくれて心強かった」
「ほんと? あたしも、誠治君の腕は死んでも離さないつもりだったよ」
頑丈で強固だったもんな、あれ。
「……本当に、あのときだけじゃなくて……一生、離さない……」
ぎゅっと俺を抱きしめる柊木ちゃん。
俺もそれに応えて、ぎゅっとした。
ベッドのそばにあるカーテンを引いて、誰の目も届かないようにする。
片腕で腰を抱いて、もう片手で手を繋ぐ。
吊り橋効果を存分に受けた俺たちは、抱き合って浅いキスから深いキスをしていく。
学祭の疲れも忘れ、ずいぶん熱心に耽った。




