柊木ちゃんとお化け屋敷 前
「完売できてよかったぁ」
はぁー、と柊木ちゃんが長いため息をついた。
もうお化け当番でいなくなった紗菜にこのことをメールしてやると、
『真田カレーの勝利っっっっ!!!!』
って返信があった。
いや、人気では余裕で負けてんだよ。
すべてのカレーが終わったので、家庭科部の出店は『完売御礼』の紙を貼りだして閉店。
明日は、今日のカレーを食べたリピーターや、その評判を聞いた人がやってくるだろうから、今日以上に客足は増えるかもしれない。
「ごめん、俺、クラスの当番で行かないと」
「行ってらっしゃい」
「……先生と、私で、片付けやっとく」
俺の当番は、二時からの二時間。
夏海ちゃんと柊木ちゃんと合流してあとは遊ぶだけ。
「ごめん、ありがとう!」
そう言い残して、俺は2Bの教室へむかった。
繁盛していたカレー屋帰りの俺からすれば、喫茶店の客を捌くことは容易で、テキパキと指示を出しながら店を回していった。
「真田君って店長経験ありのスタッフ?」
「言った通りにするだけで、すごいスムーズになったよ! ありがとう♪」
ホットケーキを焼く係の女子二人(どっちも可愛い)に感謝された。
「そんなことないよ。ホットケーキ焼くのも上手だったし、俺だったら焦がしてると思うから」
軽い冗談を言うと、女子たちがくすっと笑う。
そうしていると、ガッと後ろから強く肩を掴まれた。
「真田くぅぅぅん……女子と何楽しそうにしゃべってるのかなぁぁぁぁぁ?」
青春野郎絶対殺すマンの藤本が目を血走らせていた。
「よぉ、オーダーを二、三回ミスった藤本君、ご機嫌よう」
「はう……」
しゅぅぅぅぅうううん、と藤本が小さくなっていった。
「その節は、ご迷惑をおかけしてしまい……真田様のナイスなフォローのお陰で事なきを得ることができまして……」
おい、キャラ変わってんぞ。
まあ、そこまで大したミスでもないから大丈夫だったんだけど。
教室の時計はもう四時にさしかかっていた。
うちの学祭は少し遅く、夕方六時までとなっている。
あと二時間。
喫茶店用につけていたエプロンを外すと、ひょこっと夏海ちゃんが顔をのぞかせた。
「あ、いたいた。もう上がりでしょ? 行こー?」
「うん。すぐ行く」
俺が出ていこうとすると、ぎゅっと腕を掴まれた。
「おまえ……あれ、なんだ……?」
青春野郎絶対殺すマンの藤本が目を血走らせていた。
元気になってよかったよ。
「あれ、おまえ、他校の女子じゃねえのか……? おま、おま、おま、まさか……浮気……?」
え――?
「な、なんだよ、浮気って……」
やっぱこいつ、あのこと、知ってんのか?
「オレという親友がいながら……他校の女子に、浮気……!」
一回死んでくれ。
「だからオレとは回れねえっつったのか……? 説明を、説明をしろ……真田ぁぁぁぁ……」
このまま行くと化けて出そうだな、こいつ。生霊として。
「柊木ちゃんの妹で、学祭案内してほしいって言われてんだよ」
「許さん……オレはこうして教室で客を捌いているだけなのに……おまえは……女子と二人で学祭を……」
「藤本、あと二時間だ。ここを耐え凌げば、おまえは『当番をサボッた人もいる中、みんなの分も頑張った真面目で誠実なモブキャラ』って認識になるぞ?」
「結局モブなのかよ」
「【誰とも学祭一緒に回ることができなかった暇人】っていう称号つきで」
「変なモン足すんじゃねえ」
俺が一緒に学祭を見て回らないパターンだとこうなるのか。
「大丈夫だ、二人きりじゃないから」
そう言うと、滲み噴き出ていた藤本の邪気がなくなった。
「グッドラック、真田」
「お、おう」
「ここは、オレに任せておまえは先に行け……!」
ふ――――藤本ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――!
「……いや、てかおまえは、ここ以外行くところが」
「言うな」
「ここ以外行くところがねえだけだろ」
「言うなってばぁぁ!」
あとを藤本と他の女子に任せて教室をあとにする。
そこには、美人姉妹が待っていた。
「真田君、お疲れ様」
柊木ちゃんがにっこりと微笑んだ。
「空き巣くん、ウチら待ったんだよ? いこいこ」
夏海ちゃんが俺の腕を引っ張って歩き出した。
「どこ行くんだよ?」
「決まってるじゃん。紗菜ちゃんのお化け屋敷」
「さっきから三回くらい行ってるんだよ?」
くすくす、と柊木ちゃんは笑う。
「春ちゃんがビビりだから、全然ついて来ないんだよー?」
「そんなことないから。び、ビビってないから」
あ、ビビってる人のセリフだ。
「空き巣くんと一緒ならいいって言うからさ」
「そ、それは言わなくていいでしょっ」
恥ずかしそうに顔を赤くする柊木ちゃんを見て、夏海ちゃんがケラケラと笑う。
そういや、遊園地デートはしたことなかったっけ。
俺もお化け屋敷は苦手だ。
カレーのことを訊くと、片付けも明日の準備も終わって、あとは紗菜の分だけらしい。
一般的な作り方だし、材料に火を通すところまでやってあげたそうだ。
ほんと、手際いいな。柊木ちゃんと奏多の二人は。
紗菜のお化け屋敷にやってくると、誰も並んでいなかったのですぐに入れそうだった。
『ルール。一人じゃなかったら、その人と手を繋いでください』
見た瞬間、光の速さで柊木ちゃんが俺の手をシュバッと繋いだ。
「じゃあ、ウチが反対側。ニシシ。両手に花だね、空き巣くん」
「せい……真田君、絶対離さないでね……? 絶対だよ、絶対」
これはダチョウの方の、あれかな?
「絶対、絶対、ぜぇぇぇぇぇぇったい、離さないでね……?」
夏海ちゃんをチラっと見ると、『やれ』って顎をくいくい動かしていた。
顔に『そのほうが面白そう』って書いてある。
何でこんなに姉妹で性格違うんだ。
ビビりまくりで半泣きだったので、繋いでおくことにしておいた。
あとで夏海ちゃんにブーブー文句言われそうだけど。
けど、こういうルールがあれば、室内では公然と柊木ちゃんと手を繋げるわけだ。
ちょっと気になるあの子と急接近的な演出か……憎いことするな、この野郎。
「じゃあ行こう」
中は、結構きちんと作ってあって、真っ暗で、ときどき笹の葉が視界を遮った。
うっすらとお経が聞こえている……。
な、なんだよ、これ、ちょっと緊張する……。
「空き巣くん、早く行ってよ」
「ま、ま、ま、待てよ。待てってば」
「空き巣くんもビビりじゃん」
「う、うっさいわ。び、ビビッてないわ」
「あ、ビビってる人のセリフだ」
柊木ちゃんはというと、ぎゅっと目をつむって、俺の腕にしがみついていた。
「ま、まだ? もう外出た?」
おぱーいが……柊木ちゃんのおぱーいが当たってます……。
腕に神経が集中していると、青白いライトがパッと灯り、そこには生首が――――。
「ほわぁあ!?」
「ななな、何ぃぃぃいいい!?」
って、なんだよ、美容室とかにある首から上のマネキンか……。
十分怖いんだけど……っ。
「誠治君、大丈夫っ?」
「うん、大丈夫……」
真田君呼びじゃなくなってる。ま、いいか。
まだ、ぎゅむっと柊木ちゃんは目をつむっていた。
最後尾で夏海ちゃんは、俺たちのビビりぶりを、手を叩いてきゃっきゃと笑っていた。
「はあー。楽し。待ったかいがあった」
それはもう恍惚の笑みだった。
「ほんと、イイ性格してるよ」
「ありがと」
褒めてねえんだよ。
「あの、先生、おっぱいが、当たってる……」
「い、いいっ。今はいいっ。緊急事態だからっ」
もう、気にしていられないレベルらしい。
右腕に柊木ちゃんのおっぱいの圧を感じながら、俺たちは前へと進む。