サナカレーとツンデレ
家庭科部のカレー屋が開店を迎えると、一斉に客が押し寄せてきた。
「柊木カレーください!」
「はぁーい。ありがとうね」
「あ、はい……」
柊木ちゃんスマイルと接客に、男子はドギマギしている。
さすが……破壊力抜群の母性だ。
俺は、適量のごはんをよそって、金を受け取って、会計用の箱に入れる。
これを繰り返すだけ。
柊木ちゃんのカレーは思った通り、順調な売れ行きだった。
「タイカレーください」
「……はい。毎度」
柊木ちゃんの列に並ばず、真っ先に奏多のほうへやってくる客もいた。
ちょっと変わったカレーが食べたいって層は一定数いるもんで、それを総取りにしているようだ。
まあ、普通のカレーなんて、家に帰れば母親が作ってくれるだろうしな。
そういうことだぞ、紗菜。
俺たちが忙しそうにしている間、紗菜はずっとそわそわしていた。
「あ、お客さん、サナのカレーに…………あ、違った……」
ちらっと自分を見られると、ビクンとして、去っていくと小さなため息をこぼす紗菜。
ご飯よそったりお会計をしたりで忙しい俺を、紗菜が振り返った。
「兄さん、どうしよう……真田家のカレーが、売れない……」
「真田家のカレーじゃなくて、おまえのカレーな?」
ちらっと顔を見ると、半泣きだった。
「だから言っただろ。高いし、個性がないから他に行くって」
「だって、美味しいもん……このカレー」
親バカってやつだな、これ。
八割くらいは俺が作ったんだけどな?
「はあ……ったく……しょうがねえな。そういや、腹減ってたわ。一杯くれよ」
六〇〇円を会計用の箱に入れる。
ご飯をよそって、紗菜に渡す。
手が空いたときにでも食ってやるか。
……胃腸薬、持ってきてないけど、大丈夫かな。
「兄さんがはじめてのお客さんだなんて……。とんだシスコン。妹の手作りカレー食べた過ぎて呆れる」
「るせえよ」
ルーをよそって、スプーンを差してこっちに戻してくれる。
「…………ありがと……」
小声だけど、お礼を言われた。
柊木ちゃんと奏多の客を捌きつつ、合間を見つけて紗菜のカレーをひと口食べてみる。
ああ、うん。
家でよく食べる味。ちょっと甘口寄りだけど。
まあ……美味いかって訊かれると、普通って答えちゃうな。
「……誠治君」
奏多に呼ばれて、不思議に思って用件を目で尋ねると、奏多は視線を紗菜に送っていた。
「……(ちらっ)…………(ちらっ)」
紗菜が俺のほうをチラ見していた。
感想待ってる――!
めちゃくちゃ待ってる――!
「ああ、まあ、甘口だけど美味いよ」
「ふっ、ふぅ~ん? こんな甘口がいいなんて、兄さんも子供舌じゃない」
そう調整したおまえが言うんじゃねえよ。
「ふふふ。紗菜ちゃん、嬉しそう」
「……うん、嬉しそう」
「――――う、嬉しくないからっ」
むうっと小さく頬を膨らませた紗菜。
「お、やってる。やってる。ハロー。紗菜ちゃん」
夏海ちゃん、登場である。
「あ、なっちゃん……」
「ひとつちょうだい?」
「あ、うんっ……兄さん! ひとつ! 早く!」
「へいへい。……夏海ちゃん、先生のじゃなくていいの? タイカレーとかもあるよ?」
「なんで他の勧めるのっ! サナのカレーが食べたくて仕方ないんだからいいじゃない!」
「そこまで言ってねえだろ」
「春ちゃんのもタイカレーも、美味しいとは思うけど、一番面白そうなのは、紗菜ちゃんのだから」
確かにそうだな。
「サナのが、一番……!?」
紗菜が目を輝かせた。
何トキメいてるか知らんけど、評価項目、味じゃなくて面白さだからな?
お代をもらって、紗菜が夏海ちゃんにカレーを渡す。
「サンキュー。じゃあ空き巣くん、またあとでね!」
手を振って夏海ちゃんが去っていく。
俺が呼んだ秘密兵器、夏海ちゃん。
柊木ちゃんと二人で歩くのはアウト。
でも、夏海ちゃんを混じらせれば、他校の女子を案内している感が出る……!
完璧な計画だ。
順調に売れ続ける柊木ちゃんと奏多のカレー。
お昼どきというのもあり、輪をかけて忙しくなった。
「サナたん、来たよー?」
「先生のカレー、すっごい売れてるじゃん」
「……い、いらっしゃい……」
紗菜の同じクラスの女子が二人やってきた。
「うちらのクラスのお化け屋敷、超好評みたい! だから、お化け、気合入れてね!」
「う、うん……頑張る……」
クラスの知り合い女子二人がカレーを受け取り去っていくと、今度は男子がやってきた。
運動部っぽい雰囲気の爽やか男子だ。
「これ、真田さんが作ったの?」
「う、うん…………」
「五つちょうだい。友達とかに、代わりに売りつけてくるから」
おお、いいやつ!
他の鍋に比べてすんげー余ってるからな!
売りつけるってのは感心しないけど、ありがたいのは確かだ。
「…………そ、そんなこと、しなくても……サナのカレー、売れるし…………」
その男子を見もせずに、ボソボソと言う紗菜。
素直にありがとうでいいだろうに。
男子は爽やかに笑って、「じゃあ一つ」と言った。
「じゃあ……うん。ひとつだけ……」
え、何これ。甘酸っぱい系の何か?
兄さん、ちょっと見てられないんですけど!
隣の柊木ちゃんも勘づき、ニヨニヨしていた。
「兄さん、何ニヤついてるのっ! 早くして!」
はぁぁぁぁぁ、青春ですなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
その男子がどこかへ行くと、別の男子も紗菜のところへやってきた。
いつぞや藤本が言っていたけど、本当に紗菜はモテるらしい。
けどそれを最後に、紗菜のカレーを買う人は途絶えた。
「完売っ♪」
予想通り、柊木ちゃんがフィニッシュ。
まだ一二時半だ。
「……あと何杯分だろう……五杯くらい?」
鍋をかき混ぜながら、奏多が言う。
こっちも、もうすぐだった。
「ううっ……余ってる……」
紗菜カレーがダントツの不人気だった。
「真田家のカレーが……」
呆然として、灰になりそうだった。
真田家のカレーをどこまで過信してんだ。
「何か、いい手はないかなぁ……」
「……安くする」
まあ、手っ取り早い方法がそれだな。
六〇〇円から割り引いて四〇〇円に設定した。
けど、ピークを逃したこともあり、それでも客足はまばらだった。
「しょうがねえな」
俺は携帯で藤本に連絡する。
「今いい?」
『なんだよ。オレと一緒に学際回る気にでもなったか?』
さらっと無視しておく。
「そっちのメニューに、カレーって増やせる?」
奥の手――出前。
うちのクラスは喫茶店だし、喫茶店にカレーがあってもおかしくはない。
それに学祭期間中だと、腰を落ち着けて物が食べられる場所ってのは、結構限られるのだ。
『ちなみに、誰の?』「紗菜の」『チャンサナのか』「四五〇円で、五〇円はそっちの売上に入れてくれたらいい。味は、まあ普通だ」『オッケー。ちょっと待って』
聞いていた紗菜がポコポコと叩き出した。
「何よ、普通って! 照れ隠ししてないで、ちゃんと本音を言いなさいよっ」
悪いな! こっちが本音なんだよ!
「ふふーん? さては、妹が作ったカレーを美味いって評価するのが恥ずかしかったんでしょー? ふふふ、ツンデレ、乙」
「違うわ、バカちん」
ガサゴソ、と受話器から物音がすると、「とりあえず五つ注文が入ったから持って来てくれ」と藤本が言った。
「いいのか?」
『ああ、大丈夫らしい。メニュー増やしたら、すぐに注文入ったって』
俺が身振り手振りでそのことをみんなに伝えると、紗菜の表情がぱあああっと明るくなった。
「サナ、持ってく!」
自分で五人前を準備してお盆に乗せて、意気揚々と歩き出した。
その後、紗菜カレーは店と出前でチマチマ売れ続け、二時頃には完売となった。




