正直な気持ち
「……さーちゃん、頑張っているみたい」
放課後の部活の時間。
奏多が指定席にいない誰かさんの話をする。
クラスの出し物の準備をする人は、残ってそれを手伝うし、部活に行く人はそうするので、放課後は各々自由に活動をしていた。
「幽霊役だろ?」
クラスのほうを手伝うことも選択肢にあったけど、俺にこれといった作業はないので、こうして家庭科室で奏多としゃべっていた。
相変わらず、ピコピコ、カチカチ、と携帯ゲーム機の画面とにらめっこしている奏多。
「……誠治君、当日は見に行ってあげて」
「え? まあ、いいけど……」
「……かなり嫌だったみたいだけど、たぶん、見てもらいたいって気持ちもあるから」
「だから、頑張っている、と?」
こくん、と奏多は顎を引いた。
幽霊役で見てもらいたいっていうのもどうかと思うけどな。
「奏多、ゲーム好き?」
「……誠治君、愚問」
まあ、だよな。今目の前でやってるわけだし。
「将来的に、今の携帯が進化して、半分ゲーム機みたいなスペックを持ったとして……」
「……何の話?」
「ゲームの将来の話。携帯ゲーム機でやっているのと遜色ないゲームが、携帯でできるようになるんだ」
「……可能性の話でしょ」
この時代ではな。
「……携帯でゲームなら、今のやつでもできるけど、それ以上の?」
「可能性の話だけどな。……そういうタイプのゲーム、作れたら面白そうじゃない?」
「…………」
じいっと懐かない野良猫みたいに俺を見て、また手元に視線を戻した。
「……面白い、かも、ね……」
俺は紗菜からふわっと聞いてる。
奏多の進路。
ゲームのプログラムやグラフィック、その他諸々の学科がある専門学校だった。
何科に行きたいのかまでは知らないけど。
前、趣味と仕事は違う、ってもっともなことを言われた気がするけど、それはきちんと考えているからこそのセリフだったんだろう。
「おまたせー」
のんびりした声で、柊木ちゃんが入ってきた。
「材料、いっぱいあるから、先生の車で買い出しに行こう」
家庭科部の出店でカレーを出すのに、やりたいと言い出した紗菜が今忙しそうなので、俺たちでやっておこうという話になったのだ。
さすがに、柊木ちゃんに丸ごと押しつけるわけにはいかないしな。
「遅くなるかもだから、学校には帰らずに二人を送っていくよー?」
とのことなので、俺と奏多は荷物を持って昇降口を出る。すぐに柊木ちゃんが車を回してきてくれた。
助手席に乗ろうと思っていると、奏多が座ってしまった。
まあ、いいか。
仕方なく俺は後部座席に乗り込む。
「……この助手席……」
「井伊さん、どうかした?」
「…………先生、彼氏、いる?」
「っっっっっ!?」
柊木ちゃん、動揺し過ぎ。
「イナイよ」
目がグルグルになってるぞ。大丈夫か。
「……そう。助手席……シートの位置がずいぶん後ろだったから。推定、身長一七〇センチから一八〇センチくらいの人が、座ったのかなって」
探偵かよ! 俺、一七五センチだよ。ビンゴだ、おめでとう。
「お、お父さんが、この前、座ったからかナー?」
「……あ、なるほど」
それ以上の質問はなく、俺も柊木ちゃんもほっと胸を撫で下ろした。
材料の買い出しっていっても、量が量だ。
スーパーで買うわけにもいかないだろうし……どうする気なんだ?
「ジャガイモ、タマネギをたくさん売ってくれる農家さんがいて、ニンジンも別の農家さんのところまで行くよー。そこで買い付けます」
もう、業者みたいだな。
柊木ちゃん曰く、スーパーで箱買いするより、こっちのほうが安いとか。
カレーを一日二〇〇食限定で、それを学際土日の二日分。
柊木ちゃんメモには、ジャガイモもタマネギもニンジンも、個数じゃなくて、単位がキロでメモしてあった。
……柊木ちゃんの手作りを売りにすれば、倍の値段で転売されそうだ。
車で二〇分ほどのところにある一軒目の農家さんの自宅を訪ね、挨拶をする。
「ああ、用意できてるよ」
と、倉庫らしき場所へ案内されて、ケースにいっぱいのジャガイモとタマネギを買った。
そんな調子で二軒目の農家さんのところへ行き、ニンジンも買い付けた。
元々、柊木ちゃんは俺を連れていく予定だったんだろう。
女子が持ち運ぶにはちょっと重い。
荷台と後部座席の半分は、材料でいっぱいになった。
そのあとは、奏多を家まで送り、車内は俺たちだけになった。
柊木ちゃんとの会話が途切れると、怜ちゃんが言ってたことが脳裏をよぎる。
『それは、先輩、猛烈なアピールですよ』
俺んちの方角へハンドルを切った柊木ちゃんに、訊いてみることにした。
「春香さん」
「んー? どうかした?」
この前の日曜日、俺が本当は起きていたなんて夢にも思ってないんだろうな。
「春香さんは、エッチなこと、したいって……思ったり、する?」
「えっっっっっ!? な、な、なんで!? ど、どうして、いきなり……」
すごい動揺っぷりだ。
「ああああ、前、前見て!」
蛇行しまくりで反対車線にこんにちは。
かと思ったら、ガードレールすれすれを攻めるコーナリングを見せた。
「と、止まって、死ぬ……」
「そ、そうだね……」
端に寄せて停車した。
ほとんど車も人も通らないから大丈夫だろう。
「どうしてそんなこと訊くの?」
「……何かで、女の人も性欲があるっていう話だったから」
「あ、書いてあった!」
……書いてあった? 何読んだんだ?
おほん、と何かを誤魔化すように柊木ちゃんは咳払いをした。
「人間の三大欲求だからね。あるよ、そりゃ。ちょっとくらいは」
運転席と後部座席だから、顔は見えないけど耳が赤いのはわかる。
「抵抗は……?」
「ない、かな……たぶん……。そ、そ、そのときは……不束者ながら、頑張らせていただきます……」
首をすくめて、柊木ちゃんが精いっぱいの勇気を振り絞ったのがわかった。
やっぱり、愛理さんに『事』を済ませたのかどうか、訊かれたのに触発されたんだろう。
俺たちのペースでいいって言ったものの、柊木ちゃんがもしオッケーなら、躊躇うことはもう何もなくなる。
「俺も、頑張らせていただきます」
ぷふっと柊木ちゃんが笑った。
「とか言って、慣れてるふうだったら、あたし、泣いちゃうかも……」
ちらっとこっちを見て唇を尖らせた。
「イメージトレーニングはしてるから」
ふふっとまた柊木ちゃんは笑った。
よかった。
シリアスな雰囲気が和んだ。
ドアを開けて、柊木ちゃんが後部座席にやってくる。
荷物があるのでぎゅうぎゅうだった。
西日が差す後部座席で、キスをする。
キスの気持ちよさに頭の奥がじいんと痺れる。
目をつむってても、お互いの吐息が絡まる感覚ははっきりとあった。
変な会話をしたせいか、柊木ちゃんは今日はすごく積極的で熱心なキスをした。
「誠治君は、自分たちのペースでいいって言ってくれたけど……」
「うん」
見つめ合うとやっぱり可愛い柊木ちゃんに、俺は少し照れた。
夕日とは違う色で頬を染めながら、柊木ちゃんがうつむく。
「あたしは…………い、いいかなって……、お、思ってる、から……」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりって何?」
何でもない、と俺は首を振る。
「あたしも……その、心の準備があるから……近日中ってわけにはいかないけど……」
「お、オッケーって、こと……?」
「~~~~~っ……」
ふんふん、と柊木ちゃんが目を伏せたまま二度うなずいた。
「そ、そのときは、よろしくね?」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
条件付きだけど、こうして俺は、ついに柊木ちゃんからオッケーをもらった。




