名探偵紗菜ちゃん
昼休憩。
心配になった俺は、世界史準備室に行く前に、紗菜の教室をのぞいてみた。
思った通り、紗菜は自分の机で弁当を広げて一人で食べていた。
周りのクラスメイトも、あの人はああいう人、と思っているらしく、自分たちの輪に入れようという素振りも見せない。
けど、柊木ちゃんと一緒のところに呼べないし、どうしたもんか。
頭を悩ませながら世界史準備室にいくと、柊木ちゃんが、ピクニックシートを広げていた。
「やっぱり、紗菜、一人だった」
「どうにかしてあげたいよねー」
弁当を自分の真横に置いた柊木ちゃんは、フレアスカートからほんの少し出ている膝を……というか太ももを、とんとん、と叩く。
「え。横に!? ここで? 膝枕?」
「そうだよ。そのためにシートを敷いたんだから」
「普通に食べない?」
「食べない。誠治君、ボールがぶつかって倒れたんだよ? 本当は、授業だって行かせたくなかったんだから」
大人しく俺は柊木ちゃんに従うことにして、俺は膝枕されることにした。
柊木ちゃんに雛鳥のごとく餌付けをされていく。
今日も唐揚げ。美味しいです。ちょっと飽きたけど。
「紗菜ちゃん、誠治君とご飯食べたいんだよね、きっと」
「俺とっていうか、他に食べる相手がいないからなんじゃ……?」
「頼りになるお兄ちゃんだもんね、せーくんは」
くすくすと笑って柊木ちゃんは俺をからかう。
だから、せーくんって呼ぶな。
「けど、あたしも誠治君とご飯一緒したいし……どうしたらいいんだろう?」
紗菜と俺と柊木ちゃんの三人で昼飯……。
無理だろう。ここに連れてくるわけにもいかないし、あれで案外紗菜は鋭い。俺たちのやんごとなき関係がすぐにバレそう。
柊木ちゃんの脇は激甘だし。即行ボロが出そう。
「春香さんが俺の彼女じゃなくって、先生として一緒することができたらいいんだよな……?」
「世界史勉強会っていっても、一年生の世界史は担当じゃないし……」
「そうなると、昼休憩は春香さんと二人きり、っていうのは減ると思うよ?」
柊木ちゃんはちょっとだけ考えて、太ももの上に頭をのせている俺を見る。
「ちょっとだけ寂しいけど、あのままじゃ紗菜ちゃんをが可哀想だから……あたしも妹いるし、どうにかしてあげたいの」
そう言って、にこりと笑った。
やっぱり柊木ちゃんは最高だ。
「紗菜が昼休憩を身内の俺以外の知り合いや友達と過ごせたらいいんだよなぁ……」
こうして考えると、中学高校っていう学校社会は結構残酷だ。
友達の数イコール戦闘力みたいなもんで、クラスの中での発言力だったり、騒いでいいかどうかが決まったりする。
「あ、そういえば。柊木先生は他の先生方から『担任のクラスも持ってないんだからどうせ暇でしょ?(意訳)』って、言われてしまいました……」
しゅん、とする柊木ちゃんの頭をよしよし、と撫でてあげる。
「だから……来年潰れる家庭科部の顧問になってしまいました」
「するとどうなるの?」
「週三日の活動に顔を出したり、予算を使ってどうのこうのすることになるみたい。あたしも顧問になるのははじめてだから、詳しくはまだ知らないんだけど……その皺寄せで、土曜日も学校で仕事しないといけないかも」
家庭科部っていう部活の存在は知っていたけど、どこでどういう活動をしているのか、さっぱり知らない。
柊木ちゃんの話では、三年生がいなくなり、今は二年生の女子一人でやっているそうだ。
元々顧問だった家庭科の先生が産休に入るため、五月から柊木ちゃんが代理顧問を務めることになったらしい。
「春香さん、がんば」
「うん。ありがと。応援するならチューをして」
「え……学校ではしないって、この前言ったばっかりで……」
「じゃあ、あたしがします」
また頬を掴まれて身動きが取れなくなった俺に、ちゅ、と柊木ちゃんはキスをした。
キスする口実がほしかっただけらしい。
「あ。それいいんじゃない? 春香さんが顧問になるんなら」
「? どういうこと?」
「俺と紗菜が部活に入れば、顧問の春香さんは自然と俺と顔を合わせる回数も増えるでしょ? 公に俺と春香さんは同じ場所にいていいんだから、紗菜を混ぜることもできる。昼休憩をぼっちで過ごさなくてよくなるかも」
「誠治君、天才!」
満場一致で俺の作戦は可決。俺は紗菜にさっそくメールした。
「今いる女子って誰?」
「んっと。井伊さんていう子だよ。2Cだったかな、確か」
井伊さん? 顔を見ればわかるかもしれないけど、名前だけじゃさっぱりわからない。
C組だと接点はほとんどないし、一年のときクラスが一緒っだったわけでもなかった。
「今日が活動日だったから、放課後のぞいてみる? あたしも井伊さんに挨拶しにいくと思うから」
というわけで、放課後。
俺は一緒に部活を見学するため、紗菜を教室まで迎えにいった。
「別に、サナは家庭科部なんて地味な部活、入りたくないんだけど」
「うっせーよ、ぼっちちゃん。帰って引きこもってゲームしてるだけだろう」
「ゲームじゃないから」
フン、と顔をそらして、肩の上にのったサラサラの髪の毛を払う。
「今日はマンガだから」
「どっちにしろ引きこもるんだろう。友達できるかもしれねえだろ?」
「兄さんに心配されたくない。兄さんだって友達いないでしょ」
ぐふっ。
け、けど、ここで引き下がっては、我が妹はぼっちで寂しい高校生活を送ることになる。
頑張れ、俺。紗菜をその気にさせないと。
「い、いるし。友達くらいいるし。ひゃ、百人くらい」
「はい、嘘ー。サナはその三倍いるから」
「はいはい、嘘はもうお腹いっぱいなんですけどー」
「ネットの戦場では、サナを待ってる友達が三百人はいるもん」
「フレンドのほうかよ!」
「ともかく! 何なのかよくわかんない部活になんて入んないから。誰がいるかもわかんないし」
「だから見学しようって言ってるだろ?」
「入んないんなら、見学なんて意味ないじゃん」
クールなキャラが声を荒げているのが、クラスメイトたちからすると、ずいぶんと珍しかったらしく、紗菜と俺は残った生徒たちに見られていた。
恥ずかしくなったのか、紗菜がぼそぼそと小声になった。
「サナは、ゲームとマンガとアニメとせーくんがいればいいのよ……」
いっつも同じこと言うな、紗菜のやつ。
「か、帰ろう、兄さん」
俺も注目されるのは本意じゃない。
紗菜に手を引かれ、教室をあとにした。
十年後の紗菜はゲーム会社で仕事をしている。
こういう性格だから、ゲーム作りを仕事に選んだんだろうな。
都会にいれば、スカウトされてゲーノージンにだってなれたかもしれないのに。
俺が知っている二十六歳の紗菜は、高校時代、オタクだというのは隠して過ごしていた。
そのせいか、上辺だけのお友達はいたけど、仲のいい友達はいなかったはず。
引きこもりが悪いなんて言うつもりはない。
引きこもってやったゲームや読んだマンガや、見たアニメのすべてが、紗菜の将来に繋がってるんだから。
ただ、俺は紗菜に友達作りのきっかけみたいなもんができたらいいなって思っただけのことだ。
「わかったよ、無理強いはしない。悪かったな」
「わかればいいのよ、わかれば」
なんで偉そうなんだよ。
「俺は家庭科部がどんなのか見てくる。じゃあな」
「ねえ、兄さんはどうして家庭科部に興味があるの?」
マイエンジェル柊木ちゃんが顧問になるから、だなんてもちろん言えない。
「おまえにも入れそうな部活だと思ったから。今一人みたいだし、友達になれるんじゃねえかなって思って」
「ふうん……紗菜が興味ないのに見学に行くなんて、なんだか積極的ね?」
「ま、まあな……」
目を細めながら、紗菜がこっちを見てくる。
なんだ、その物問いたげな目は。
「あ、わかった……もしかして兄さん、その家庭科部入る気?」
「入るといえば、そうかな?」
「……じゃあ、サナも入る」
「は? なんだよ、それ。まあ、いいけど」
「兄さんの考えてることなんて、サナにはお見通しなんだから」
「な、何の話だよ……?」
お、おお、お見通しって……な、何を!?
犯人はおまえだ!! っていうくらいの勢いで、ズビシィッ! と紗菜は俺を指差した。
「その家庭科部の部員のことが気になってるんでしょ!? 兄さんの下心なんか、サナにはお見通しなんだからっ」
わ、わぁ……、バレたー(棒