柊木の父2
書籍版3巻が、早い所ではもう店頭に並んでいるようです!
公式発売は15日です。書籍版もよろしくお願いします。
ひと月ぶり、二度目の柊木家へと俺たちはやってきた。
メイドさんたちに出迎えられ、豪邸の中へ通される。
「ウチも付き添いしようか?」
俺と柊木ちゃんが応接室へ案内されようとしていると、夏海ちゃんもこっちについてきた。
「ありがとう、夏海。でも、大丈夫。この前ほど面倒くさくならないと思うから」
「そうかな……?」
同意しかねるらしく、夏海ちゃんは首をかしげる。
「まあ、何かあったらあとでフォローしといたげる」
じゃね、と手を振って自分の部屋のほうへと歩いていった。
「夏海ちゃん、いたほうがよかったんじゃ」
「あたしたちのことだから、夏海の援護は、どうにもならなくなったときにお願いしよう?」
「それもそうか」
頭の回転が早い夏海ちゃんは、切り札として置いておくほうが得策かもしれない。
愛理さんと会ったときもここだったけど、やっぱり金持ちの応接間って感じで、平凡極まりない俺からすると、まったく落ち着かない。
メイドさんが出してくれたコーヒーに口をつける。
「お父さん、遅いね」
ぼそっと柊木ちゃんが言うと、外から大きな話声が聞こえてきた。
「あの男が来てるんだろう!?」
「あなた、大声を出さない。誠治さんは、高校生にしては立派で、物腰も大変落ち着いているわ。私が認めたくらいなんですから。堂々と顔を合わせてきなさい」
愛理さんとパパさんの会話だったらしい。
「どうしてこの私が! せっかくの休日を! 春ちゃんを奪おうとしている野良犬と会わねば――」
バチィーン!
俺と柊木ちゃんも思わず後ろの扉を振り返る。
今、すげー音したぞ……。
「ぶ、ぶった!? 今、バチーンって!? ほっぺた、バチーンって」
「私が認めた方を野良犬扱いしたからです」
「こうやって愛理さんすら取り込んだのか……あの男め……!」
ばっと扉が開いて、放り込まれるようにパパさんが飛び込んできた。
「「…………」」
すっくと立ちあがってパパさんは何事もなかったかのように咳ばらいをした。
ほっぺたに漫画みたいな赤い手形がついている。
俺がまず先に立って挨拶をした。
「ご無沙汰しております。先日、春香さんのお見合いがあったときにご挨拶させていただきました、真田誠治です」
柊木ちゃんも俺に合わせて立ち上がって、俺と一緒にお辞儀をする。
いや、柊木ちゃんはしなくてもいいんじゃね?
「う、うむ。柊木隆景だ。春ちゃん……春香の父だ」
名刺でもあればここで交換だろうが、さすがにバイトの高校生がもらえるわけもなかった。
「お父さん、ほっぺ大丈夫?」
「ママが、思いきりぶったんだ……怖い……本当に……」
柊木家の話やさっきの夫婦の会話からして、相当尻に敷かれているようだ。
隆景さんは、メイドが持ってきた冷やしたタオルを頬にあてている。
「君のことは……妻からも色々と聞いているし、うちの会社でもアルバイトをしているらしいじゃないか」
「はい。ちょうど、夏海さんと同じ部署です」
「そうか。………………大変、優秀だと、聞いている」
あっさりと俺を褒めてくれた隆景さん。
やっぱり愛理さんのビンタが効いているらしい。
……褒めてくれたのはいいけど、なんか「ぐぬぬぬぬぬ」って感じの顔だった。
「いえ、大したことはしていません」
「…………謙遜を。近い将来……この柊木を任せるに足る器…………え、ちょっと何それ聞いてないけど」
俺と柊木ちゃんが顔を見合わせる。
耳のあたりを触る隆景さん。
……ワイヤレスのイヤホン入ってないか?
「真田君、今の話は忘れてくれ。ちょっとしたジョークだ」
「はぁ……」
「お父さん、あたしたち、今月でもう半年付き合っているの」
「くっ……意外としぶといッ! あのときはすぐ別れると思ってよしとしたが……」
あ、心の声が漏れた。
「お母さんにも、誠治君のことを認めてもらったし、気に入ってもらえたようだから」
「『あとはあなただけよ』? ――だ、だったらどうしたッ!」
誰としゃべってんだ。
耳に入っていた小さなイヤホンを握って、床に叩きつけた。
「春ちゃんは誰にもやらん! 君の教科書にでもきちんと書いておくんだな!」
扉の外から、殺気めいた気配がしたけど、気のせいか。
啖呵を切った隆景さんは、めちゃくちゃ扉のほうをチラチラと気にしているけど。
『そんなこと言ってどうするの! 誠治さんはまだ高校生だけど、立派な男性なのよ』
足元に転がったイヤホンから愛理さんの小さな声が聞こえた。
「フンッ!」
隆景さんがスリッパでイヤホンを踏みつけて壊した。
なるほど。
腹話術やろうとしてたのか。
けど、隆景さんは我慢ならなかった、と……。
あとでまたビンタされるんじゃ……?
「愛理さんが認めようとも、私は認めん」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
柊木ちゃんが不満そうに唇を尖らせた。
「お父さんだけなんだから。そんな偏屈なこと言って誠治君を拒否しているの」
「偏屈じゃないぞ、春ちゃん。そもそも、結婚する必要なんてないからな!」
「なにそれっ。娘の幸せを考えられないような人を、あたしは親とは認めないから!」
かなりショックだったらしい隆景さんは、胸を押さえてうずくまった。
「ふぐう……そ、それは……」
これじゃあ、今度は父親のほうと確執ができちまう。
「待って、待って、春香さん落ち着いて」
「そ、そうだ、春ちゃん、一回落ち着こう。そんな悲しいこと言わないで」
フンスフンス、と鼻息を荒くしている柊木ちゃんを、どうどうと宥める。
「身近にいた可愛い年上のお姉さんに、夢中になっているだけなんだ、春ちゃん。飽きたらポイだ。高校生だからな。乗り換え放題。同級生に手を出し、果ては後輩や先輩に手を出すんだぞ……!」
「そ、そんなことない……から……! 飽きてポイなんて、しない……もん……たぶん……」
柊木ちゃんの否定パワーが弱まった。
涙目で不安そうに、ちらっと俺を見てくる。
し、信用ねえのかよ――――!?
「あの、そこまでモテませんよ?」
「オトコとしての魅力がない奴に、春ちゃんをやることはできんな! はっはっは!」
「あ、そういえばこの前ラブレターもらったっけ……」
「そんなチャラチャラしたような男に、春ちゃんを任せるわけにはいかんな! はっはっは!」
モテようがモテまいが、どっちにしてもアウトらしい。
仕事がデキるアピールって言っても、所詮バイトだし、どうしたら……。
「じゃあ、誠治君ができるかどうかわからないけど、お父さんが好きな物で勝負したらいいんじゃない?」
名案、名案と柊木ちゃんは手を叩いて喜んだ。
「私が、好きな物で、勝負……? いいだろう。それで私に勝てたら、春ちゃんとの交際を認めてやろう!」
相手の土俵で戦うわけか……。
かなり不利だけど、現状他に手がない。
「わかりました。そういうことでしたら。何で勝負します?」
「……麻雀だ。高校生には、まだ早かったかな?」
ニヤニヤ、と笑っているけど、残念だったな。
大学時代にめちゃくちゃやり込んだから、それなりには打てる。
「麻雀、ですか……。ルールくらいはわかるんですけど、あまり知らないので……」
「十分、十分! ルールがわかれば、あとは運次第。簡単だからなぁ!」
カッカッカ、と大笑いをしている隆景さん。
ルールを知っている程度だと思っている俺を、フルボッコにする気なんだろう。
けど、もし本気でそう言っているならかなり弱い。
「誠治君、大丈夫……? 麻雀なんてやったことないんじゃない?」
「うん。でも、こうしないと春香さんとのことを認めてもらえないから。……俺、頑張るよ」
「誠治君……」
うるるるるる、と瞳を涙いっぱいにした柊木ちゃんが、抱きついてきた。
「う~~っ、しゅき……」
「俺も」
「今すぐ離れろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!」
というわけで、麻雀対決となった。
「なんか面白そうだから、ウチもやるー」
夏海ちゃんが加わると、運転手の吉永さんもやってきた。
「僭越ながら、吉永、打たせていただきます」
たぶん、吉永さんは玄人で間違いないと思う。
面子が揃ったので、地下にある専用の小部屋に行き、四人で卓を囲んだ。
「半荘、一回だけの勝負としよう。私も、あまり暇ではないからな! 泣きの一回もなしだ」
「わかりました。よろしくお願いします」
吉永さんは、麻雀ができるって言われても違和感ないけど夏海ちゃんはできるのか?
俺の心配はよそに、手つきがかなりやっている人のそれだった。
夏海ちゃん、かなりできる。
……対照的に、隆景さんは、ちょいちょいミスするし、牌を取る場所間違えたりするし、あんまりやったことないな?
「パパ、早くして」
「ま、待つんだ、なっちゃん。どれを切ればいいのか……お父さん、今、長考してるんだ」
長くなるから割愛するけど、俺対隆景さんの勝負は、俺の圧勝に終わった。
「う、嘘をついたな、君! ルールを知っているだけだなんて」
「いえ、別に嘘はついてないですよ」
「なぜだ……なぜ……負けた……? 運のゲームだろう……?」
本当にそう思ってたのか。
「あの、春香さんとの仲、認めてもらえるんですよね?」
「ぐうう……! も、もう一回……!」
「泣きの一回もなしってさっき仰いませんでしたか?」
「ぐううう……」
俺がブーメランを投げ返していると、夏海ちゃんに肩を叩かれた。
「許したげて。好きだけど弱っちいんだ、パパ」
「そういうことなら、いいですよ、もう一回しましょう」
「フン。今度こそ春ちゃんを守る――――!」
結局、それから二回やったけど、勝負は俺の圧勝に終わった。




