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柊木の父1


 HRG社でのバイト中。

 色んな人の話し声でざわつく事務所で、俺は隣の夏海ちゃんに訊いた。


「お母さんにこの前挨拶させてもらったでしょ?」

「んー? それが何?」


 気のない返事をする夏海ちゃんは、パソコンのディスプレイを見ながら、キーボードで顧客情報を入力している。


「ってか、お母さんって呼ぶの早いから」

「じゃあ愛理さん」


 くすくす、と夏海ちゃんは笑う。


「それはそれでなんかヤだなー。お義兄ちゃん」

「まだ早ぇよ」


 仕事をしながら軽口を叩き合う俺たち。


「今度はお父さんに改めて挨拶がしたいんだけど」

「無理無理ー。ママは、合理主義者だけど、パパは無理。春ちゃんのこと超好きだから。ってか、一回挨拶してるんでしょー? じゃあいいじゃん」


 柊木ちゃんがお見合いをするときに会って、付き合っていることをはっきりと告げた。

 そのときは、俺のことを認めてくれたような気もするけど、愛理さんみたいなはっきりとした返事はもらえなかった。


 あと、何よりも引っかかるのは、怜ちゃんが教えてくれた情報だ。


 俺の名字が真田ってことは、まだ未来の俺と柊木ちゃんは結婚してないってことになる。


 噂にはなっているらしいから、付き合ってはいるんだと思うけど。


「まあ、ウチがどうこう言えるあれじゃないから、一回ママに訊いてみるよ」

「うん。ありがとう」


 こっそりと携帯を操作する夏海ちゃん。


「仕事中にイジるなよ」

「いいじゃん。細かいなー、お義兄ちゃんは」

「まだ早いって言ってるだろ」


 ヴヴヴヴ、と夏海ちゃんの携帯が震えた。


「……あ。いいってさ。ママに訊いたら、明日来なさいって」

「お父さんに挨拶するんだよ?」

「うん。だからママに訊いてるんじゃん」


 それが至極当然とでも言いたげだった。


 女系の一族だって、夏海ちゃんは前柊木家で言ってたな。

 だから、パワーバランスでいうと、お父さんよりお母さんのほうが強いのか。

 確かに、キャラを比較すると、お父さんのほうが下っぽい。


 携帯のメール画面をこっちに見せてくれた。


『私が認めているから問題はないけれど、誠治さんがそこまで筋を通してくれるのなら好ましいわ。明日にでも連れていらっしゃい』


 明日って言われても、それはそれで心の準備が……。


「パパは、付き合いも仕事みたいなもんだから、土日が休みってわけじゃないけど、明日はいるみたい」

「先生は大丈夫かな」

「春ちゃんは大丈夫っしょー。ニガテだったのはママだけだから。空き巣くんが行こうって言えばどこでも尻尾振ってついてくるよ」


 ワン♡ワン♡ と吠える柊木ちゃんが一瞬脳裏をよぎった。


「……なんか変なこと考えてるでしょ」

「いや……別に……」


 ジローと夏海ちゃんが見てくるので俺は目をそらした。




 そして翌日。

 柊木ちゃんちで待っていると、外に黒塗りの高級車が停まった。


「春香さん、お迎え来たみたい」

「あ、うん」


 昨日、バイトが終わったと同時に会社まで車で俺を迎えに来てくれた柊木ちゃんに、今日のことを伝えると二つ返事でオッケーだった。


 ばっちりメイクをしているせいか、それとも学校では地味目のメイクをしているのか、今日は普段より雰囲気がキラキラしている。


 手ぶらの俺が先に部屋を出ようとすると、腕を引っ張られた。


「待って、誠治君」

「ん? どうかした?」

「誠治君成分を補給させてください」


 あー。昨日、ウズウズしてたもんな。

 俺がさっさと帰ったから、ふれあいはゼロだった。


 柊木ちゃんが腕を広げて、俺が飛び込むのを待っている。


「どうぞ」

「はいはい」


 ぎゅっとされてると、さわやかな香りがした。


「香水? 変えた?」

「あ、わかる? いいにおいでしょ」

「うん。春香さんに合ってる」


 学校で先生が香水つけるわけにいかないもんな。

 ひとしきりそうしたので、俺が離れようとすると、


「……キス、しないの……?」


 柊木ちゃんが上目遣いで、ほんの少し唇を突き出してきた。

 潤んだ唇がやたらとエロい。


「じゃあちょっとだけ」


 ちゅ、ちゅ、ちゅ、と唇を重ねていると、バンバン! と壁が叩かれた。


「あのぉぉぉぉぉぉぉ? こっちはさっきから、ずぅぅぅぅぅぅっと待ってるんですけどぉぉぉおおお?」


 夏海ちゃんが半目で玄関からこっちを見ていた。


 ふぎゃ!? と猫みたいな鳴き声を上げた柊木ちゃんが、俺からさっと離れた。


「なぁーにが『キス、しないの?(ウルウル)』『じゃあちょっとだけ(キリ)』だよ」

「い、いるんなら言ってよ、夏海っ」

「日曜日の午前中から、あんな濃い物見せられて、こっちはたまったもんじゃないよ。まったくもう」


 ふん、と呆れたようなため息をついた。


「このままおっぱじまったら、ウチ動画撮影するところだったよ」

「撮るなよ。で、おっぱじまらねえから」


「い、行くよ。吉永さん待ってるんでしょ」


 まだ顔が赤い柊木ちゃんが、逃げるようにして家を出ていくので、俺と夏海ちゃんもついて行った。


 アパートの下で待っている吉永さんに挨拶をして、柊木ちゃんと夏海ちゃん、お嬢様姉妹が乗り込む。


「真田様、ご無沙汰でございます」

「こちらこそ」

「……それで……あれから春香お嬢様とはどこまで……?」


 手で卑猥な動きをする吉永さん。

 手の動きヤメロ。中二の男子か。


「いえ、全然そんなことは。結婚するまではダメっていう話なので」

「真田様、僭越ながら……嫌よ、嫌よも……」

「好きのうち?」

「ザッツ・ライッ」


 ぐっと親指を立てた吉永さんは、後部座席の扉を開けてくれた。


「あ、どうも、すみません」


 こういう扱いには慣れないんだよなぁ。


 吉永さんが運転席に座り、俺たちを乗せた車が発進する。


 愛理さん公認となると、こんなふうに色々と開けっぴろげに訊かれることも多いんだろう。


「嫌よ、嫌よも、好きのうち……」

「空き巣くん、どったの? 紗菜ちゃんのこと?」

「何で紗菜が出てくるんだよ」


 車内は、吉永さんがMC役となり、あれこれ話題を振ってくれたのもあり、気軽な雰囲気となった。

 前は、めちゃくちゃ重かったのに全然違う。


「旦那様が、果たして春香お嬢様の件を認めてくれるでしょうか。吉永、少々心配でございます」

「だよねぇー。ママがいいって言ったんだから、パパはすっ飛ばしてオッケーなんだよ? 小ボスを倒す前にラスボス倒しちゃった、みたいな状態なんだから」


 小ボス扱いなのかよ。中ボスですらないのかよ。


「お父さんには、お母さんにあたしたちのことを認めてもらったよ、っていう報告みたいな感じでいいと思うよ?」


 と、柊木ちゃんが軽くアドバイスしてくれた。


 夏海ちゃんにも、吉永さんにも見えないように、俺たちはそっと手を繋いだ。


 嫌よ、嫌よも好きのうち……。

 柊木ちゃんも興味がないわけじゃないんだ。むしろ興味津々だし……。


 一〇年後では、結婚してないのに経験済みだったし、いずれかのタイミングで『致す』みたいだ。


 いい意味で強引に攻めたら、どうなるんだろう。


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