ユウナちゃん
「あ。そういや、今日、再放送の日だったっけ……」
昔、高二のときに好きだったドラマの再放送を、どうやら最近やっているらしい。
テーブルに置いてあった新聞のテレビ欄で確認すると、やっぱりそうだった。
土曜日の昼食時。
柊木ちゃんちでご飯を食べながら、俺たちはテレビを見ていた。
「再放送?」
箸をくわえたまま、柊木ちゃんがきょとんと首をかしげる。
「番組変えていい?」
「うん、いいよ」
ピ、とリモコンを操作してチャンネルを切り替えた。
そのドラマが好きだった……確かに結果的に好きになったけど、あまりドラマを見ない俺が、見るようになったきっかけがひとつあった。
王道も王道の青春学園ドラマで、今改めて見れば、設定もちょっと安っぽく感じる。
でも、思い出補正ってやつかなー。
やっぱりいいなーって思っちゃうもんだ。
『私たちで、何とかしよう――――!』
…………うん。このときからずっと可愛いな。葛城ユウナ。
長い黒髪をくくって横に流している。
ちょっとだけ個性的な髪形をしていた。
のちに、清楚系女優として超人気になるのだ。
いや、俺はこのときからずっとブレイクするって思ってたから。
「最近、この子よく見るよねー」
「そ、そう?」
「好きなの?」
「…………い、いや、べ、別に……。け、けどすっごい人気になるよ、これから」
「かもねー? 綺麗な顔立ちしてるのに、ちょっと愛嬌あるし」
でも、魅力はそれだけじゃない。
実は隠れ巨乳なのだ。
「誠治君、この子が出てる番組、たいてい見てるよね?」
「…………た、たまたまだよ?」
何でバレたんだ。
ドラマもバラエティもほぼ網羅してるよ。
「そぉ? テレビの話になるときあるでしょ? あとで録画したやつ見ると、ゲストにこのユウナちゃん? が出てたりすることが多かったから」
正面切って「うん、好きだよ、葛城ユウナ」って言うと、柊木ちゃんのことだ。
『テレビのむこうの女優だよ! 誠治君目を覚ましてっ』
ってな感じで、肩を掴まれてぐわんぐわんと揺らされそうだ。
「どことなく紗菜ちゃんに似てるような……?」
「似てねえよ! どこがだよ!! ユウナちゃんのほうが数千倍可愛いよ!」
「やっぱ好きじゃん!」
「――くっ……罠か……」
「罠じゃないよ。率直な感想で、誠治君が勝手に引っかかって転んだだけだから。……ふうん? こういう子がいいんだぁー?」
じろー、と半目で見つめられた。
ほら、だからバレたくなかったんだよ。
一〇年後の現代でも、まだ結婚してなくて浮ついた噂ひとつない、永遠の清楚系女優なんだ。
年頃の男子が好きになってもいいじゃねえか。
「あたしとは、全然タイプ違うから……」
ぼそっと悲しそうに柊木ちゃんは、テレビの中のユウナちゃんを親の仇かのように、じいいいいいっと見つめていた。
週が明けて月曜日。
土曜日はあれから少し気まずくなったのもあって、日曜日は柊木ちゃんとは遊ばず、俺は家で一人の時間を過ごした。
「あのドラマ、最終回マジでどうなるんだろうなぁ」
隣の席の藤本が話しかけてくる。
俺とこいつが見ている共通のドラマって言えば、もうユウナちゃんが出ているあれしかない。
この前やっていた再放送は、最終回にむけてのおさらいのようなものだった。
「ユウナちゃんが役やっているリカが妊娠するぞ」
「は――――? 適当こくなよー、真田」
「ていう俺の予想」
マジだけどな。
「なんだよ、ビビった。ユウナちゃんが妊娠とか……ドラマでも嫌だわ……」
俺もはじめて見たときは、世界が終わったと思った。
その気持ちを味わうといい。
三限目の世界史の時間となり、柊木ちゃんが教室にやってきた。
「あれー? 先生、今日ちょっと違うー!」
「ほんとだ! 雰囲気変わったよ!」
やってきた柊木ちゃんの変化に気づいた女子が、真っ先に反応した。
相変わらず、男女問わず注目度の高い先生だ。
「えへへ。わかるー?」
気づいてもらえてすげー嬉しそうだった。
ついでに、俺のほうをチラッと見てくる。
「おほん」
「……」
いつもは後ろでまとめている髪を、今日は肩のあたりでまとめていた。
「じゃあ、授業をはじめます――――」
教室中を見るついでに、俺と目を合わせて、ドヤ顔を一瞬した。
「あの髪型って……」
藤本がボソッと言う。
みなまで言うな、ボッチマン。
わかってる、わかってる。俺が一番わかってる。
『ふうん? こういう子がいいんだぁー?』とか言いながら、柊木ちゃん、ユウナちゃんに髪型をガッツリ寄せてきていた。
「なんって言うか……ううん……」
藤本が眉間に皴を作っている。
人の彼女をあんまりジロジロ見るなよ。
肩に軽くグーパンしておいた。
「なんで!?」
「そこー! 授業中に何してるの」
ビシっと柊木ちゃんが指を差して注意してくる。
「……藤本のせいで……」
「いや、おまえのせいだろ」
簡単な小ボケに素早く突っ込む藤本。
それから、授業中なのに俺と目が合うたび幾度となくドヤ顔をする柊木ちゃんだった。
気づいてよ感がスゴイ。
それから授業をこなしていき、昼休憩になり、俺は世界史資料室へとむかった。
なんて切り出したらいいんだろう。
ううん……。
悩みながら廊下を歩き、世界史資料室の中に入った。
「誠治君、授業お疲れ様」
柊木ちゃんは、すでにレジャーシートを床に敷いて弁当を広げ、準備万端だった。
「うん。先生もお疲れ様」
「んもうっ、二人きりのときは春香さんでしょぉー」
ぷう、と頬を膨らませた。
この反応が可愛いからついついやっちゃうんだよな。
ごめんごめん、と謝りつつ、膝枕してもらう。
「何が食べたい?」
「お任せで」
「はぁーい」
箸で唐揚げをつまんで、俺に餌付けをする柊木ちゃん。
「せ、誠治君。あたし、変わったと思わない?」
「あ、ついに訊いてきた」
アピール、すごかったからなぁ。
「わかってるんだったら言ってよ。もうっ」
実は、遺憾ながら俺も、藤本の最初のリアクションと同じ感想を持った。
起き上がって、正座をする。
「春香さん。ショック死するかもしれないけど、聞いてほしい」
「え!? ショック死!? あたし、ま、まだ死にたくない……」
「髪型、ユウナちゃんに似せたんでしょ?」
ぱぁぁぁぁ、と柊木ちゃんの笑顔が花開いた。
「うんっ、うんっ。さっすが、ファンはよく気づくね」
ちょっとだけ言葉を選ぶために、黙らざるを得なくなって、柊木ちゃんが喉をごくりーんと鳴らした。
「……っ、そ、それで? 感想は?」
「新鮮で可愛いよ」
「も、もおおおおおおおおお、ショック死ってそういうことぉおおおおおおおお!?」
すごい照れっぷりだ!
デレデレ女子オブザイヤー受賞だ!(?)
「照れ死するぅ……」
顔を赤くしたまま俺の膝にころんと転がってきた。
「どうどう、よしよし」
ハフハフしている柊木ちゃんを撫でて落ち着かせてあげる。
……大型犬に懐かれたような、そんな気分だ。
まあそれは置いといて。
ううんー、実は、あんまり似合ってない……と思う。俺の美的感覚でしかないけど。
女子はチヤホヤしたけど、俺はそんなふうにずっと気を遣える性質じゃない。
柊木ちゃんは可愛いから、何やってもそれなりに似合うんだけど、やっぱり違和感のほうが先に立ってしまった。
「けど、俺は、いつもの春香さんの髪型が好きかな」
「え? そう?」
「うん。あくまでも、俺の感想だけど」
そっか、と柊木ちゃんはなぜか嬉しそうだった。
「あたしもね、今日朝ちょっと早起きして、気合い入れてやってみたんだけど、なーんかちょっと違うなー? って思ってて」
ふふふ、と静かに笑う。
「誠治君も、おんなじこと思ったんだね」
「だったら止めればよかったのに」
「やっちゃったんだから仕方ないじゃん。それに、誠治君には好評かもしれないし。ユウナちゃんの髪型だから」
いたずらっぽく笑った柊木ちゃんは、起き上がりくくっていたシュシュを取って、いつものポニーテールに戻した。
「似た者カップルなんだね、あたしたち」
自分で言っておいて、柊木ちゃんがめちゃくちゃ照れはじめた。
俺もくすぐったくなって、照れ笑いをした。