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差し入れと天然


 時刻は夜八時を回ったところ。


 俺が外から職員室を覗くと、柊木ちゃんが残業をしていた。


「もうこんな時間…………終わらない……終わりそうな気配がない……」


 ちらっと時計を見た柊木ちゃんが涙目になっていた。

 仕事してれば残業するなんてザラにあることだし、むしろ八時はまだ可愛いほうだ。


 他に先生が何人かいるけど、荷物をまとめて帰っていく。

 どうやら、柊木ちゃん一人きりになったっぽい。


 しん、とした職員室。


 柊木ちゃんが、そわそわしている。

 普段人がいる場所で一人きりって逆に落ち着かないんだよなぁ。わかる。


 俺はコンコン、と窓をノックする。


 柊木ちゃんが飛び上がらんばかりに驚いた。


「ふひゃあ!? ……? あ、あれ、誠治君?」


 怪訝な顔をしながらこっちにやってきて、鍵を開けてくれた。


「お疲れ様」


「何してるの? 今日はもう帰ったんじゃ……」


「仕事頑張ってるかなーと思って。これ、差し入れ」


 俺は洋菓子店で買ってきたクッキーの箱が入った袋を柊木ちゃんに渡す。


「ありがと。あたし、頑張る」


 たいした物じゃなかったけど、かなり感激している。


「じゃあ、頑張って」


 と、俺が帰ろうとすると、服を掴まれた。


 上半身が半分くらい窓から出ている。

 なんか、すげー執念を感じた。


「待って。……お茶、入れるから……」

「いやでも、仕事は」


「休憩。ちょっと休憩するからいいの」


 このままじゃ離してくれそうにないし、職員室から引きずり出す形になっちまう。


「ちょっとだけだよ」

「えへへ。やった。…………あと、助けて。お、落ちちゃう――」


 見れば、柊木ちゃんが足をじたばたさせていた。


「はいはい」


 上半身を抱きしめるようにして、柊木ちゃんを中に戻してあげる。

 その隙に、ちゅ、とほっぺにキスされた。


「あ、こら」

「てへへ……」


 くるーん、と嬉しそうにターンした柊木ちゃんは、給湯室に姿を消した。


 今にもスキップしそうなくらい上機嫌だった。


 まだ閉まっていない職員玄関からこっそり上がり、職員室へやってくる。


「失礼しゃーす」


 適当に挨拶して中に入ると、柊木ちゃんは、給湯室でコーヒーの銘柄を見比べて首をひねっていた。


「どれがいいんだろ……」


 コーヒーの銘柄にこだわりはないから何でもいいんだけど、「むむむ?」と頭の上に柊木ちゃんがいっぱい疑問符を浮かべている。


「何があるの?」


 俺も給湯室に行って確認してみる。


「ここに置いてるのって、先生方のなんだけど、ここに置くってことは、自由に飲んでいいですよーってことだから」


 小さな棚には、インスタントコーヒーからドリップコーヒーがある。お手頃な市販の物から、すこしお高そうな物もあった。


 給湯室ってはじめて入ったけど、色んなものが置いてあるな。


 歯ブラシとうがい用のコップも置いてあるし。冷蔵庫もあった。


「誠治くうん、どれがいいー?」


 するり、と俺の背後に回って背中に抱きついてくる。


 これはああで、あれはこうで、と肩越しに腕を伸ばして教えてくれた。


 むぎゅっとなっているから、ずっとおっぱいが背中に当たっている。


「……わざとだな?」


 俺が見ると、きょとんと柊木ちゃんが首をかしげる。


「え? 何が??」


 わざとじゃないなこれ。


 いや、むしろ天然のほうがマズイんじゃないのか。


 天然ってことは、計算不可。


 俺以外の誰かにいつ発動するかわからないってことでもある。


「おっぱいが、当たっています、先生」

「先生じゃなくて、春香さんっ」


「春香さんのおっぱいが背中に当たっています」


「何で敬語なの? ……そりゃあ……そのう……むぎゅうって抱きついてるんだから……当たっちゃうことも、あるよ……?」


 そして、この人、そのむぎゅうをやめないのである。


 ギルティ。


「その……天然でそういうことをやられると、俺はいいんだけど……他の男にもやる可能性がないわけでもないので……困る、というか……」


 いきなりフランス語を聞かされたかのような顔をする柊木ちゃんは、また頭にいっぱい疑問符を浮かべた。



「誠治君以外に抱きついたりしないよ?」



「………………そ、それもそうか」


 てことは、俺以外にむぎゅうはしないってことだ。

 なんだ。よかった。


 はっと何かに気づいた柊木ちゃん。


「せ、誠治君が、やきもちを焼いた……っ! ど、どうしよう、可愛い……」


「いや、そういうんじゃなくて」


「大丈夫、大丈夫。いい子、いい子」


 と、子供扱いして柊木ちゃんが頭を撫でてくる。


 かなり嬉しそうに、ニマニマしていた。


 なんか悔しい。精神年齢は俺のほうが上なのに……!


 俺は逃げるように、どのコーヒーを飲むか決めた。


 開けっ放しだった給湯室の扉を柊木ちゃんが閉めた。


「そういえば、お湯、まだ沸かしてなかった」

「はーい」


 適当に返事をして、電気ポットに水を入れて電源を入れる。


 じ、じじ、と電気ポットが静かに音を立てた。


「誠治君は、あたしがむぎゅって他の人にするのは嫌なんだぁ?」

「そりゃ……そうだよ……」


 むふふん、と柊木ちゃんはゆるみそうになる口元に力を入れる。

 だきっ、としがみつくように俺に抱きついてきた。


「お湯……湧くまで……ね?♡」

「電気ついてるから、外から中丸見えですよ、先生」


 ささささ。パチン。ささささ。


 俺から一瞬離れて、電気を消して元の位置まで戻ってきた。


 早ぇ。


「夜の学校で……いけないことしてるみたい……」


 そもそも、この付き合いが『いけないこと』だから、もう今さらだろう。


 職員室の明かりがうっすらと入り込んでいるから、給湯室は真っ暗ってわけでもなかった。


 薄暗がりの中、柊木ちゃんがそっと目をつむったのがわかる。


 ちゅ、と唇にキスすると、二度、三度、と今度はむこうからキスをしてきた。


 ピピピ、と電気ポットが沸騰を知らせてくれたけど、俺たちはそれどころじゃなかった。


 結局、『休憩』が長引いてしまい、柊木ちゃんが仕事を再開したのは、九時頃になった。



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