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柊木の母4


 俺が再度柊木ちゃんと話をするようにお願いをすると、あっさりうなずいてくれた。


「未来の婿殿の頼みであるなら、断れませんね」


 と、冗談っぽく笑って応接室を出ていった。

 こういう、皮肉めいたことを言ってからかうのは、夏海ちゃんに引き継がれているようだ。


 柊木ちゃんが未来で、結婚を了承なしに進めようとした原因は、ひーママとのケンカにあった。

 そのひーママが俺を気に入るのであれば、障害にはなりえないので、仲直りは要らないのかもしれないけど、それでもやっぱり、素直に祝福したりされたりする関係に戻ってほしいと俺は思う。


 夏海ちゃんがぐだっとソファの背に深くもたれた。


「ぶはー。どうなるかと思ったけど、よかったよ」


 ポケットから携帯を出して、ボタンを押した。


『あー。ひやひやしたぁ……』


 携帯から柊木ちゃんの声がスピーカーを通して聞こえた。


「え。ナニコレ」

『夏海から電話がかかってきて変だなぁって思って出たら……』

「最初のほうから、ずっと春ちゃんは聞いてたんだよ。ここでのやりとり」


 にしし、と笑って携帯を振った。

 通話時間は、もう二〇分を越していた。


『誠治君?』

「うん。何?」

『ありがとう。……あ。呼びにきたから話はあとでね!』


 これから、ぎこちない母と娘の仲直りがはじまるらしい。


 通話が終わり、夏海ちゃんが携帯をポケットに戻す。


「柊木の家は、昔かららしいんだけど、男の子が生まれにくい家系みたいで、パパも婿にきたんだよ?」

「あぁ……それでお父さんなしであんなことを決めちゃったのか」


 婿にくるんなら結婚オッケー。

 父親なしでする話でもないだろうけど、家庭内の権力は母親が断トツで上なら理解できる。


「うちはいわゆる女系の一族で、おばあちゃんのときもおじいちゃんをお婿さんにもらって、家を永らえてきたんだ。言うことを聞かない春ちゃんは、半ば見捨てられていた状態だったから、ウチがお見合いさせられて婿を取ってただろうね」

「金持ちは金持ちで大変だなぁ……」


 そんな他人事みたいな感慨を口にした。


「だから……何が言いたいかわかる?」

「何? 春香さんの尻に敷かれるかもってこと?」


「ううん、違う違う。……空き巣君は、ウチの自由も守ってくれたんだよ。好きな人に好きって言える自由と、結ばれる自由」


「そんな大げさな」

「前に言ったでしょー? 恋ってのは、女子にとっては命を懸けるに値することなんだから。大げさ上等ってね」


 ししし、と笑う。


「こういうとき、感謝はどうしたら伝わるんだろう……」

「いいよ、別に。俺は春香さんとお母さんを仲直りさせたかっただけだし」

「春ちゃんが、空き巣君にベッタリで溺愛する理由がよぉーくわかったよ」


 ちらっと俺を見ては、夏海ちゃんは子供みたいに足をぶらぶらさせた。


「大丈夫かな、春香さん」

「様子、見にいく?」


 ふたつ返事をして、俺たちは応接室を出ていく。


 夏海ちゃんがおそらくひーママの部屋だろうと予想して、部屋へむかうと何人もの使用人がこっそり聞き耳を立てていた。


「仕事しないと怒られますよー?」


 しー、と四、五人の使用人たちが人差し指を立てる。


「春香お嬢様と奥様は、ろくに話をしない仲でしたのに、急にどうして……」


 不思議がる使用人たちに場所を空けてもらい、俺と夏海ちゃんも盗み聞きすることにした。


『あなたの恋人……真田誠治さん……ずいぶんと魅力的な方ね。先ほどお話させていただいたけれど』

『そうでしょ。あたしの、自慢の彼氏』

『言葉遣い……は、もういいわね、あなたには』


 うりうり、と夏海ちゃんに肘でつつかれる。


「褒められてるじゃん」

「からかうなよ」


 俺を茶化したい夏海ちゃんを諌めて、扉のむこうの会話に耳を傾ける。


『お母さん……色々と逆らったことに関しては、ごめんなさい……ずっと言えなくて……でも、今あたしがやってきたことは後悔してないし……変えるつもりもないから……』


『今思えば、私のやってきたことを、春香に押しつけていただけかもしれない。柊木家のためだとか口で言っておきながら、私は……あなたが自由になろうとしていることが、心のどこかで、妬ましかったのかもしれない』


 ぐすぐす、と鼻をすする音がする。

 どちらかはわからないけど、たぶん柊木ちゃんだろうなと俺は思った。


『ほら、そうやってすぐに泣かないの。あなたは昔から……よく泣く子で……』


 ひーママの声もどこか震えていて、しばらく無言が続いた。


『また今度、お茶でもしましょう。仕事の話や、誠治さんの話、聞かせてね』

『うん……』

『時間があったら、またいらっしゃい』


 どんどん丸みを帯びていくひーママの声に、夏海ちゃんと使用人たちは号泣していた。


「春ちゃん、よかったよぅ……」

「泣きすぎだろ」

「うるさい……」


 足音が聞こえてきたので、俺たちは一斉に退散。


 涙をごしごしと拭きながら柊木ちゃんが歩き去っていく。俺はその背を追いかけた。


「春香さん」

「……誠治君……っ」


 白昼堂々、廊下で俺は柊木ちゃんを抱きしめる。


「誠治君のおかげで、ちゃんとできたよ、仲直り」


「ううん。春香さんが勇気を出したからだよ。今日もそうだし、前の帰省も。でないと、仲直りする気があったのかどうか、さすがに俺もわからなかったし」

「普通は、あたしのそんな気持ちわからないよ」

「なんとなく、そうなんじゃないかって思って」


 また、胸の中で柊木ちゃんは涙を流した。


「ありがとう。ありがとう……」


 うるうるの瞳で上目遣いするのはやめてほしい。

 すぐに目をつむって、キスをせがんでくる。


「あのー。お熱いところ申し訳ないけど、みんな見てるんですけどー?」


 夏海ちゃんの声に俺たちはばっと離れる。


 すぐそばの柱の陰から数人のメイドたちが興味津々といった様子で俺たちに熱い視線を注いでいるところだった。


「こほん……帰ろう、あたしの家に」

「そ、そうしようかな」

「これだからバカップルリア充は……」


 やれやれ、と夏海ちゃんが首を振って笑った。


 玄関を出てすぐに、吉永運転手の車がやってくる。


 運転席から降りると、俺に頭を下げた。


「真田様。先ほどの無礼をお詫びいたします。聞き及びましたところによると、奥様に認められたそうですね。おめでとうございます。この吉永、感服の極みです」

「いや、そんなかしこまらなくても、大丈夫ですよ……?」

「以後、なんなりとお申し付けください」


 それはどうも。なんか逆に気を遣ってしまいそうだ。

 車に乗り込むと、ひーママが見送りに出てきてくれた。


「春香と誠治さん?」

「何、お母さん」


 改めてなんだろうと首をひねっていると、今さらなことを言われた。


「先生と生徒なんですから、節度を持った行動をするんですよ。柊木の家から犯罪者は出したくないですから」

「そ、そんな変なことしないからっ」


 俺もフォローを入れておく。


「大丈夫ですよ。俺は自制が効くタチなんで」

「あたしが効かないみたいじゃん」

「やー、春ちゃんはどう考えてもまっしぐら派でしょ」

「夏海まで……」


 柊木ちゃんが唇を尖らせると、ひーママがくすっと笑った。


「誠治さんがついていれば、安心だと思うけど、油断は禁物。……絶対に、バレないように」


 俺と柊木ちゃんは顔を見合わせて同時にうなずいた。


「「はい」」


 別れの挨拶を済ませると、車は静かに進みはじめた。


これにて1部完結です。

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