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紗菜


「失礼します……」


 保健室に入ってきたのは女子生徒らしく、保健室の先生じゃなかった。


「よかった、渡辺先生じゃないみたいだね」


 よっこいせ、と柊木ちゃんがベッドの下から這い出てくる。


 渡辺先生っていうのは、還暦に近い保健室のおばあちゃん先生だ。


 女子生徒はすぐに帰るだろう。

 けど、聞き覚えがある声だった。


「兄さん……?」


 うげ!? 兄さんってことは……間違いねえ、紗菜(さな)だ!


「誠治君、妹いたんだぁ」

「のん気に言っている場合か。早く戻って。下!」


 俺は体育の授業中ぶっ倒れて保健室で寝ているってことになっている。

 お見舞いって言えば納得するのかもしれないけど、柊木ちゃんがここにいるのは、ちょっと不審に思われる。


 体育教師や担任が様子を見にきているならわかる。でも世界史の教科担当の先生が一生徒のためにお見舞いってのは、他意があるように思われかねない。


 俺たちの関係を続けたいなら、疑惑を持たれることすら避けないと。


 柊木ちゃんがベッドの下に納まるのを見届けて、俺は声をかけた。


「紗菜か?」


 閉められたカーテンを開けると、嫌になるほど毎日顔を突き合わせる我が妹の姿があった。


 すらり、と伸びた身長は、女子では高いほうで、モデルの誰々に似ているって、以前法事があったとき、親戚のお姉さんが言っていた。


 高一にしては大人びている雰囲気があって、先輩から告白されることもあるらしい。


「何よ、普通に元気じゃない」

「まあな。この通りだ。……なんか用か?」

「別に、用とかないけど……ただ、担任が、兄さんがぶっ倒れて保健室で昏睡状態っていうから」


 愛いやつめ。俺のことを心配してくれたんだな。

 って、紗菜の担任は大げさに言いすぎ。昏睡状態なら即病院送りだろう。


「顔に落書きしてあげようと思って来たの」


「一昨日来やがれ、このお茶目さん」


「あと……これ。あげる」


 スポーツドリンクが入ったペットボトルを渡された。


「目が覚めたんなら、ちゃんと授業出たら? どうせ、兄さんのことだから倒れたのを口実にサボる気だったんでしょ」


「さっき気づいたんだ。だから、次の授業から出るよ」

「ならいいけど」


 チラ、と紗菜が目をやった先には、俺の制服が綺麗に畳んでおいてある。


「兄さんが畳んだの?」

「俺じゃないけど」


 たぶん、柊木ちゃんだ。

 だって、ベッドの下をドスドスと叩いていて、何かを主張したそう。


「保健室の先生じゃないのか?」

「今日は出張でいないって、朝のホームルームのとき言われたわよ?」


 ドキーン。


 そ、そうなの?

 ホームルームとか、全然話聞いてねえから墓穴掘っちまった。


「じゃあ、運んできた誰かじゃないのか? と、ともかく俺は、さっき目覚めた。そして、おまえが目の前にいる。俺は何も知らない」


 俺は制服を紗菜の視線に晒すのに怖くなって、毛布の上にある制服を掴んで着替えはじめた。


「…………兄さんって、意外といい体つきしてるわよね」


 シャツを脱ぐ途中で前が見えないからって、腹筋を紗菜がつんつんしてくる。


「バカ、触んな」


 ドスドスドス!


 エロ本みたいにベッド下に収納してある世界史教師が、何か言いたげにベッドを叩いている。

 誠治君に触らないで、とかそういう感じだろうか。


「おまえのも触るぞ」


 ドスン! ドスン! ドスン!

 一発一発が重くなった。


 紗菜がフンと鼻を鳴らす。


「バカ、変態。……けど、サナ、最近筋トレしてるから締まった体になったもの。見せたっていいくらい」


 あーそうですか、とシャツに袖を通す。

 ズボンは毛布の中で履き替えて、履いていたジャージを外に引っ張り出す。


「次の授業はじまるぞ?」

「わかってるわよ、そんなこと」


 わかっているくせに、出ていこうとしない紗菜。


「兄さん、昼休憩どうしているの?」

「ひ、昼休憩ですか? 別にどうもしてないですけど」

「何で敬語なの? サナは絶対にあり得ないって言ったんだけど……お母さんが、彼女ができたんじゃないかって。お弁当作らなくていいなんて、おかしいから」


 トントントン、トントントン、トントントントントントントン。


 ベッドの下で、ウチの彼女が三三七拍子を奏でている。気分アゲ↑な感じらしい。


「それで、お昼どうしてるんだろうって、思って……い、いないわよね、彼女なんて。せーくんに彼女なんてできっこないもん」


 口調が子供っぽくなっている紗菜。なんか拗ねてる……?


「せーくんって呼ぶな。料理に凝ってる友達ができて、味見とか、そういうのを兼ねて食べさせてもらってるだけだ」


 八割がた嘘だけど、二割くらいは本当のことだ。


 ドスドス、ドスドス!


 ベッド下の『エロ本』がうるさい……。


『友達じゃないからぁあああああ!』とでも言いたいんだろう。


 よかった、と紗菜がぼそっと言って、クールっぽく見える表情を笑顔に変えた。


「毎日は、さすがにその友達にも悪いでしょ? どうせせーくん、他に相手もいないだろうから、サナが一緒してあげる」


 ドス!?


 ベッドを叩く音にも若干の疑問が混ざった。

 もちろん、俺も首をかしげた。


「は? なんで? そういうの、ありがた迷惑って言うんだぞ?」

「う、うるさいわよ! サナだって、もし相手が彼女サンなら遠慮したもん。二人きりの時間を邪魔するほど、サナは空気読めない女じゃないから」


 ドドドド、ドスン。

 連打からの一発。

 柊木ちゃんからすると、現在進行形で紗菜は空気を読んでないことになるからだろう。


 ていうか、いい加減そうやってリアクションするの、やめてもらっていいですか、先生。


「さーちゃん、そりゃちょっと急すぎだろ」

「さーちゃんって呼ばないで」


 なんでこいつ、こんなことをいきなり言い出したんだろう?

 あ。

 さては紗菜、友達ができなかったパターンなんじゃ……?


 あり得る。


「……」

「な、何よ」


 紗菜は人見知りだし、明るいキャラってわけでもない。

 ちょっとクールそうに見える分、とっつきにくさもある。


「おまえ、友達作りに失敗したぼっちちゃんだろ?」


「ち――――――違うもん! ひゃ、百人できたからっ」

「嘘つけ」


 我が妹が、教室で母さんの作った弁当をぼっちで食う……。


 想像するだけで、胸が痛い。


 入学して一か月でその状況だと、もう仲良しグループが形成されたあとなんだろう。

 違うクラスの同じ中学の友達も、新しい友達といるだろうし……同じ部活の人っていっても、紗菜は俺と同じ帰宅部だ。


「ともかく、兄さんはサナとお昼ご飯を食べればいいの」

「その件については、家でじっくり両親も交えて話し合おう」


「やめてっ! サナがぼっちだってバレちゃう! 心配かけちゃうじゃない!」


 やっぱりそうなのかよ。

 うちの妹は、親思いのいい子でした。


「時間が来た。続きはメールで」

「『続きはWebで』みたいな言い方しないでよ」


「チャイムが鳴る。早く行かないと遅刻するぞ? それに、今日は今日でもう準備してもらっているから、もしそうするとしても明日からだ」

「……わかった」


 渋々納得した紗菜は、ひらりとスカートを翻して歩き去った。


「先生、もういいですよ?」


 手を貸して、柊木ちゃんをエロ本ポジションから引っ張り出す。


「紗菜ちゃん、いい子だね」

「まだ子供ですけどね」

「誠治君だって、子供だよ。まだ誕生日来てないから十六歳でしょう?」


 いたずらっぽく笑った柊木ちゃんは、つんつんと俺のほっぺをもてあそんだ。


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