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目覚めれば高2のあの日


 目が覚めれば高校生に戻っていたなんて、そんなことを言ったとして、誰が信じてくれるだろう。


 けど、実際俺の目の前で起きている光景は、高校のときに見慣れた授業風景のそれだった。

 俺、まだ寝てんのか、と思ったけど、結構マジっぽい。


 ……おかしい。明日も仕事ダルいな、行きたくねえなって思ってベッドに入ったはずなのに。


「真田、ちょ、シャー芯貸して」


 俺の制服を引っ張る隣の席のヤツ。


 うわ、懐かし! 藤本だ! 高校卒業してから一回も会ってない、あの藤本だ。


「よお、藤本。マジで久しぶりだな」

「おう、久しぶり。おまえが寝てから目覚めるまでだから、だいたい二〇分ぶりだな」


 こういうノリも、本物の藤本だ。


「おまえとクラス一緒で席が隣って……二年の春くらいか?」


 と言いつつ、俺はズボンに入っている携帯を取り出して、日付を確認する。


 一〇年前の四月二四日だった。


 これ、マジのやつだ。

 ほらほら、携帯だって高校卒業するまで使ってたガラケーだし。

 パカパカするぞ……時代感じるぅー。

 記憶はそのままで高二に戻ってる……俺、タイムリープしたんだ。


「おい、真田。何携帯じっと見てんだよ。柊木ちゃんが、こっちチラ見してんぞ。しまえよ、携帯取り上げられんぞ?」

「柊木ちゃん? うわ、懐かし。世界史の柊木ちゃんだ」


 黒板の前で、チョークを片手にカツカツと板書しているのは、若い女性教師の柊木春香(ひいらぎはるか)先生。通称柊木ちゃん。

 グレーのカーディガンにブラウスを着て、下はジーンズを履いていて、黒髪を束ねてポニーテールにしていた。


 実は、俺は高校三年間、柊木ちゃんのことが好きだった。

 憧れとかじゃなくて、真剣に恋をしていた。

 誰にもそのことを教えたことはなかったし、告る勇気もなく卒業とともにそれっきり。

 けど、奥手な高校生の恋って、そんなもんだろう。たぶん。


 それに、相手は先生だ。相手にしてくれるはずがない。


 肩越しに、柊木ちゃんがこっちを振り返る。

 俺は慌てて携帯を制服のポケットにしまった。


 ど、どうしよう。目が合った。

 なんで、俺こんなにテンパってんだ。童貞かよ。……あ、余裕でそうだった……。


 今意識のある俺は社会人数年目の青年だけど、タイムリープ先の真田誠治(さなだせいじ)は、まだ余裕で柊木ちゃんのことが好きな男子高校生。


 頭脳は大人(オッサン)。体は子供(ししゅんき)


 中身よりも体の反応のほうが強いらしい。だから今は普通にドキドキしている。たぶん、顔も赤いと思う。

 そのせいか、忘れていた恋心なんてものまで思い出してしまった。


「シャー芯、いいから出せよ」と痺れを切らしたヤンキーみたいなことを言って、藤本が俺のペンケースを漁ってシャー芯を奪っていく。


 それから、ノートも取らずにぼんやりしていると、チャイムが鳴って授業が終わった。


「真田君は、あとで職員室に来てください」


 柊木ちゃんはちょっと不機嫌そうに言って、教室をあとにした。


「あーあ、携帯没収だ」


 楽しそうに言う藤本の肩を軽くグーパンする。俺はすぐに柊木ちゃんを追いかけ、背中に声をかけた。


「先生、何か用ですか?」

「何か用じゃないでしょ? はい。出して」

「出してって、何を?」


「携帯。イジってたでしょ。持ってきてもいいけど、授業中に触るのはルール違反。放課後まで没収します。だから、放課後また先生のところまで取りにきて」


 俺は話そっちのけで、じいっと柊木ちゃんを見つめていた。

 薄い化粧で、やっぱり可愛い。


「何? じっと見て」

「あ、いえ……」


 ほら、早く、と柊木ちゃんは俺を急かす。

 告れなかったことは、実は後悔していた。


 卒業してからそれっきりだったし、今どうしているかも知らない。

 結婚してるかもしれないし、子供なんていたりするのかもしれない。


 二回目の高二。


 ――今、目の前にその人はいる。


 もう同じ後悔は繰り返さない。

 明日目が覚めれば、また会社勤めの毎日かもしれないんだし。


 なんなら、次の瞬間にはベッドでしたってオチもあり得る。


 今だ。今しかない。もう夢で構わん。


 携帯を柊木ちゃんの手にのせ、携帯ごとその手を握った。


「せ。先生! あ、あの! す、好きです――――っ」


 い。言ってしまったぁぁぁぁ――――。


 うあぁぁぁぁぁぁ! は、恥ずかしくて死にそう――!

 顔真っ赤なのが自分でわかる……。


「……ごめん、今何って言った……?」


 聞こえてなかったパターン!?


 て、てて、テイクツーや。


 頑張れ、俺。

 乗りかかった船だ。

 ここで引き下がるともう二度と勇気が出せない気がする――!


 柊木ちゃんが、俺の言葉を待って、じっとこっちを見ている。

 ああ、くそ。可愛い。


「だから! 先生……。あの…………いえ、何でも、ないです……」

「そう……?」


 五体投地して、そのまま廊下に溶けてしまいたい……。


「ごめん、手、離してくれる?」

「あ。ごめんなさい……」


 終わった。

 俺の二回目の青春、早くも終わった。

 もう思い残すことは何もないので、元の俺に戻してくださーい。


 ……。


 そう都合よく戻れないらしい。


 肩を落とす俺を不思議そうに見た柊木ちゃんは、また放課後ね、と階段を下りていく。

 もう、どうやって教室に戻ったのかさえ覚えていない。


「真田ー? 携帯没収されたのがそんなにショックだったのかー?」


 とかなんとか藤本が言って俺の肩をゆすってくるけど、されるがままだった。

 また放課後、職員室で柊木ちゃんに会わないと。


 どんな顔して会えばいいんだ。

 あっちは聞こえてなかったんだから、俺は気にしなくてもいいのか……?


 悶々と考えていると、放課後を迎えた。あっという間だった。授業なんてこれっぽちも聞いちゃいない。


 じゃあな、と藤本は部活に行ってしまった。

 どんな態度を装えば正解なのかわからないまま、俺は鞄を手に職員室にむかう。


 何人か教職員のいる職員室は全体的に閑散としていた。


 俺を見つけた柊木ちゃんが、自分の席から小さく手を振った。


 可愛い。

 今世紀最大の勇気を振り絞った告白を聞こえてなかったくせに。

 可愛い。


 会釈して柊木ちゃんのところへ行くと、隣の席の椅子を引っ張てきて、ぽんぽんと叩いた。


「座って」

「はあ」


 説教でもされるんだろうか。


「これ、坂井先生がお土産で買ってきたお饅頭なんだけど、余ってるから……あげる」


 坂井先生ってのは、俺のクラスの担任。


 柊木ちゃんに饅頭を握らされた。


 どうしてだろう。それだけなのにめちゃくちゃ嬉しい。

 たかが饅頭一個で。俺チョロい。


 俺が饅頭に感激していると、柊木ちゃんは引き出しから携帯を出して、返してくれた。


「あのね、あたしもこういうの、好きでやってるんじゃないからね? 厳しいの、あんまり好きじゃないし。これを大声で言うと他の先生方にあたしが怒られちゃうかもだけど。……けど、ルールはルールだから。今後、気をつけてね。いい?」


 ちょっと首をかしげて、俺を覗いてくる柊木ちゃん。

 清潔なシャンプーのいい匂いがふわっと香った。

 それから、一度周りに目をやって、こそっと耳打ちしてきた。


「坂井先生には言ってないから。大丈夫だよ」

「せ、先生。また放課後、来てもいいですか――」


 勢いに任せた俺の最後の悪あがきだ。これくらいは許してほしい。


 きょとんとした柊木ちゃんは、いたずらっぽく笑う。


「たぶん、来なくても大丈夫だと思う」

「は?」

「もう用は終わり。帰った帰った。先生は忙しいんだから」


 いきなり先生ぶりはじめた柊木ちゃん(先生ぶりはじめたっていうか、先生だけど)。


 けど、俺にもわかるレベルで嬉しそうだった。

 何かいいことあったのか?


 柊木ちゃんの真意はわからずじまいで、俺は職員室をあとにする。

 学校から我が家へ帰ると、やっぱり記憶にある通りの実家で、当時の懐かしい俺の部屋だった。


 携帯をぱかっと開くと『新着メール1件』の表示があった。携帯関連、いちいち懐かしいな。


 誰だろう、とメール画面にいく。

 未読メールの一番上。


『柊木春香』


 は!? 何で!?


 俺はメアドも電話番号も知らないのに。


 アドレス帳には、『柊木春香』の欄があった。

 きちんと、メアドも携帯番号も登録されている。


 …………没収している間?


 柊木ちゃんが俺の携帯に自分のメアドやら何やらを登録したってこと?


 ドキドキしながらメールを開く。


『告白してくれてありがとう!』


 聞こえてたんかぁーいっ!!


 てことは『今何て言った……?』って、ただ確認しただけなんじゃ……?

 聞こえなかったからもう一度言ってって意味じゃなくて、本当に? っていう意味合いだったんじゃ……。


 俺が何でもないって言うと、ちょっと残念そうだったような?


 柊木ちゃんのメールは、ちょいちょい絵文字が入っていて、可愛らしいメールだった。


『色々と考えたけど、メールからでいいならオッケーです』


 おん?

 メールからでいいなら?

 オッケー??


 おっけんんんんんんんんんんんんんんん!?


 ……とりあえず、俺は全力でガッツポーズした。



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