後編
ランプの燃料もそろそろ尽きかけそうな頃に、ようやく目的地の釣り小屋に辿り着くことが出来た。迷い道から一度山のほうへ向かい、小屋があるほうの川沿いを下るという手間。たいした距離ではなかったにしろ、明かりが尽きる前に到着できたことに安堵する。
小屋からは明かりが漏れていて、たぶん夜釣り組が支度でもしているのだろうか。中に人がいる気配があった。ゼガは小屋の扉をノックするとそのまま中へ招かれた。小屋にはいかにも釣り人というか風貌のマニア三人組が暖炉で身体を暖めているところだった。夜釣りは冷えるから。ちなみに昼釣り組が四人ほど別室で睡眠中とのこと。大きな音を立てないようにしなければいけなかった。
ゼガたちは釣り人たちに川魚を少量分けてもらって食事を済ませることにした。みんな優しい人で助かった。もしかしてゼガの日ごろの行いの良さが神様に届いたのかもしれない。困ったときの助け合い。ありがたやありがたや。
暖炉の火で川魚を塩焼きにしていただくことにしたゼガたち。ゼルベールは魚の骨が苦手だと言い出すので、骨のある部分をゼガが食べてあげた。
そんなこんなで食後休みに髭を蓄えた貫禄のある夜釣り組リーダー格のおやじがゼガに話しかけてきた。
「ところでゼガさんと言ったか。アンタここいらで熊を見なかったか?どうも昼釣り組の連中が奇妙な格好をした男が気絶しておるのを見つけてな。そいつは叩き起こすなり、すぐに歩行鳥に乗ってどっか行っちまったんだとよ。よくわかんねーけど、怪我もしてたみてーだし、熊でも出たんじゃないかって、さっき話してたんじゃ」
川沿いで気絶していた奇妙な格好をした男?……もしかしてリッヒのことかもしれない。確かゼルベールがそんなことを言っていた気がする。
「ともかくアンタらも気を付けるこった。こんな夜道に何の装備も持たずに熊と出会っても知んぞ?」
と、まぁ軽く説教をいただく。確かにこんな夜道を歩くのにゼガたちの装備では危険だったかもしれない。ランプの燃料も尽きかけていたし。そこは素直に反省するゼガだった。
程なくして夜釣り組は熊対策用の装備を持ちつつ、夜釣りに出かけていった。小屋にはゼガたちと別室に睡眠中の昼釣り組数人だけとなった。ゼガは川魚をいただいたお礼に火の番をすることになっていた。
暖炉の火のパチパチという薪が焼かれる音と微かに川がサラサラと流れる音だけで静かに夜を深めていった。
「にしても釣り小屋っつっても何もないな。金目のモノなんて何もありゃしない」
ゼルベールは小屋の中をあちこち物色しながら愚痴をもらす。特に何もすることもないので暇を持て余しているようだ。ゼガのほうは眠りに落ちない程度に目を瞑って体力を温存しつつ、頃合を見て薪をくべるのみ。
「リッヒは無事に帰路に着けたようですね」
「んー?そじゃね?まぁこの辺りに殺人鬼でもいれば殺されてるかもしれないけどな。殺人鬼はいなかったみたいだが、盗人はいたようだ」
妙なことを言い出すので気になったゼガ。
「おいおい。気付かなかったのかよ、ゼガ?なんであたしたちみたいな旅人にタダで飯を恵んでくれる釣り人がいるんだよ」
……確か昼釣り組がリッヒを発見したようなことを言っていたが、そういう意味なんだろう。気絶しているリッヒから臨時収入をいただいたおかげで気分を良くした釣り人たち。だからこそゼガたちに川魚を分けてくれたというわけだ。
「そういうこった。ゼガもそれくらいの現実に慣れておくことだぜ。おっと、今からその罪を吸い取ろうなんて思っても無駄だぜ?リッヒにも自業自得の部分もあるし、誰が盗ったかもわからないんだからな」
……ゼガは抜こうとした刀を納め直すように、再び腰を下ろして静かに火の番に戻った。本来なら是が非でも釣り人たちを問い質したいところだが、きっと真実は語らないだろうし、そもそもゼルベールの言うことだ。それが事実かどうか判断が付かない。それに今のゼガにはリッヒを保護する気が薄れてしまっている。盗まれるほうも盗まれるほうだ、と。
ゼガも所詮人の子だ。いくら善人面してても、リッヒの罪を受け取った時点で彼に対する印象が悪くなるのも無理はない。今はまだリッヒを許せる段階ではなかった。心の整理が出来ていない。罪を憎んで人を憎まずという諺ほど人の心が言うとおりに整理できるわけない。
だがそのままと言うわけにもいかず、とにかく今は時間が必要だった。ゼガは暖炉の前で未熟な自分と向き合う。炎の揺らめきがまるでブレている自分の意思のような。なんだか歯がゆい気持ちにしてくれる。
「でもまぁ盗まれただけで殺されてないだけマシだろ。あの場所なら別に殺されたって死体を隠すのは容易だし、リッヒの身包みと歩行鳥も売ってしまえば、そこそこの金銭価値になってくれるはずだぜ。
それとも情報自体ウソかもしれねぇぜ?」
「ウソ?何故彼らがウソをつかなければいけないのです?」
「そりゃ次のカモを逃がさないためさ。こんな場所までノコノコやってくるバカな旅人から財産を奪うのさ。ほら、あいつらこの辺で熊を見なかったか?と聞いてきただろ?その熊ってのは自分たちのことだから、気を付けろよって暗示してるわけさ」
……いつものゼガなら「人を疑ってはいけませんよ」と注意すべきところだが、どうにも心の中のモヤモヤが全く晴れてくれなくて、ゼルベールの言うことにいちいち反応してしまう。そもそもゼガたちを襲うつもりならどうして火の番をさせてくれるのだ?寝込みを襲ったほうが良いではないか。
「善人なんているわけがない。善人と言うのは、正しくは悪人のために用意されたカモさ」
「ゼルベール。今日はなんだか饒舌ですね」
「あたしはゼガの悪魔だぜ?心の内もわかっているさ。迷える子羊ほど導きが必要だからな」
「そういうことだろうと思いました」
ある意味こういう返答を出来たのはリッヒのおかげだったのかもしれない。分析するにこの空虚感はゼガに「ゼルベールの言うとおりであっても良い」という少々投げやりな気持ちを持たせた。釣り人たちがそういう腹積もりならそれでも良い、と。今までのゼガなら疑心に白黒つけるために行動を起こしていたかもしれない。おかげで釣り人たちに妙な疑いを持たなくて済んだわけだ。
実際にゼルベールの言ったようなことは起こらなかった。夜明けごろには昼釣り組が起き出して来たので、火の番を交代してもらった。ゼガはそのまま寝ることもなく、軽く朝釣りと洒落込むことにした。
意外かもしれないが、ゼガはこう見えても釣りが上手い。こう緑の多いところでは野宿生活で快適に過ごせるスキルをいくつか持っている。釣りに関しては魚が集まるポイント探しやエサの確保。釣り道具一式をゼロから材料を集めて作ることもできる。
釣りマニアほどではないが、朝釣りの成績は八匹くらい釣ってみせた。熟練のマニアなら十匹から十五匹くらいは釣るだろうから、ゼガは上手い部類と言えよう。ちなみにゼルベールは小さいのが一匹だ。
釣った川魚と川の流水を使って暖かいスープを用意。頃なくして夜釣り組も帰ってきたので、昨日のお礼としてスープを差し上げる。ゼガたちは朝食、夜釣り組は寝る前の腹ごしらえとして、自ら釣ってきた魚を自慢し合うように話の種にして食事を済ませるのだった。
そこで改めて思う。やはり一人ウジウジと考えるのは良くないってことを。いや、むしろ独りでウジウジ考えてるとゼルベールの言いなりになってしまいそうだ。
世の中悪人だらけだったとしても、こうして良い人だってちゃんといる。見ず知らずのゼガに優しく接してくれる釣り人だってちゃんといる。こうして会話しているだけで嫌なことを忘れられる。今はそれで良い。それだけでもゼガのモヤモヤしていた気持ちが晴れていくような気がしたから。そんな会話に意味が無くたって良い。きっと独りなら悪い方向にしか考えられなくなっていただろう。本当に釣り人たちとの何のない会話に助けられた。
一宿一飯の恩義としてゼガは薪集めをしてから次の町へと向かうことにした。
王国リジュリナール。王族の、本来なら長ったらしい名が続くのだが、通称リミティア王妃が治める国。あの釣り小屋からは半日歩く程度の距離にある大きな国だ。
このリジュリナールにはクレゾアン神教の支部があり、多数のクレア派の者たちが暮らす。流通が盛んで、かなり派手な印象を持つ国である。世の中の流行を敏感に察して次々と新しい物品が入り代わり立ち代わりして、なんとも目まぐるしい。流行に乗るってことはなんだか慌しいもののようだ。
と、まぁ城国内の事情はともかくゼガがここへ着た理由は城国外の町に用があるためだ。この国は大きく分けて城国内と城国外の二種類の町がある。それはどこで分けられているかと言えば城門だ。この城門の中が国内、外が国外である。
どうしてそのような区分けが必要なのか?と言えば、大きな王国の、肥大化する流通業の処理作業がなかなか終わらないため、仕方ないのである。人が集まりすぎてその対応が追いついていないというわけだ。
国内へは国民権がある者、入国許可が降りた者だけが入ることを許されている。それ以外の者は国外にて一時的に生活を強いられる。入国許可が降りるのを待つ者のための国外の町と言うべきだろうか。ただその入国待機者の増加と共に、そこでの生活需要も増えて、今ではこうして国外町として樹立してしまったわけだ。少々特殊だがゾアン派や他教の者までも国外町で生活していたりする多目的町といったところか。
そんなリジュリナールへやってきたゼガの目的は城国外の者の罪を吸い取る仕事があったためだ。盗人程度の軽犯罪だが未熟なゼガのレベルに合った仕事だ。
入国の必要はないのだが、城国内のクレア教会の神士にリッヒの件について伝えておかないといけなかった。ゼガはクレア派に所属しているわけで、報告・連絡・相談は大事なのだ。そこでその旨を記した手紙を送ることにした。実はリッヒの実家はこのリジュリナール国内にある。流通業の盛んな国で馬よりも経費の安い歩行鳥でガッチリガッポリ大儲けしているわけだから、国内地位も高い人物なのだ。そんな人物の報告は最優先事項になるだろう。
ゼガたちは城国外の食堂でマズくはないがいかにも安物!という感じのパンと付け合わせのサラダを注文して一休みする。教会宛ての手紙をしたためていると、向こうからとんでもない酔っ払いがやってくる。
「いよぉーうっ!そこにいるアクマド=レインの兄ちゃんよぉ!ヒック」
……。こんなところで酔っ払いに絡まれるとは思ってもみなかったゼガたち。
「おいおい、なんだありゃ?絡まれる前に逃げようぜ、ゼガ」
「えっと、そのほうが良さそうですね。行きましょう、ゼルベール」
二人は久しぶりに意見が合致して、そそくさとその場を離れようとした。
「よぉよぉよぉー!ちょっと待てよぉ。ゼガの兄ちゃんよぉ」
「……あなたは何者ですか。私の名前やアクマド=レインだと知っているなんて」
「うぃっく。まぁお前のことは忘れたけどよぉ、そこのきゃわいいゼルベ-ルちゃんのお尻は一目見れば忘れられないぜよぉよぉよぉー。ヒックック」
確かにゼルベールはかなり目立つので、すれ違いだったとしてもその印象は深く記憶に残るだろう。ましてや男性ならなおさらだ。
「……あの、どこかでお会いしましたっけ?」
「俺の名はセッサって言うんだけどよぉ。お前とは会ったことぁねぇがよぉ、俺はよぉ、ゼルベールちゃんと愛し合った仲なんだぜよぉ。二人は恋人同士なんだぜよぉ!な?ゼルベールちゅわ~んよぉ」
……確認のためゼルベールに視線を送るが、首を振り、中指を立てるサインが帰ってきたので、ウソなのだろう。適当なこと言う酔っ払いだ。それよりさっきから大声でしゃべるもんだから周りにアクマド=レインの存在がバレてしまっているではないか。
見た目二十代前半。銀色の装飾具をたくさんつけてチャラチャラとうるさい男だ。少し気になるのが衣服が不自然に分厚い。もしかすると防具を下に付けているのかもしれない。とすると喰えない男だろうとゼガはこれまでの経験からこの男を推測する。いや、もしかするとそれに気付けたのはリッヒの罪のおかげかもしれない。今まで人を疑うことのないゼガだったなら、決してそんなところには気付かなかったはずだ。
「クククうぃっく。ま、それはそれとしてよぉ。今、城国内で面白いショーやるからよぉ。楽しみだよなぁよぉ!それと重犯罪専門のアクマド=レインが城国内にいるみてぇなんだぜよぉ」
「アクマド=レインが……?」
実は他のアクマド=レインとゼガは合ったことがなかった。しかも重犯罪専門ときたらアクマド=レイン中でもベテランの域だ。
「あぁそいつの名はゼノンと言うんだぜよぉ。そしてお前の父親なんだぜよぉ!」
……
…………
………………。
う~む。一気にウソ臭くなってきたとゼガは正直に思った。やっぱりこの酔っ払いの相手をするんじゃななかったと後悔した。いきなり父親とか急展開すぎるし、確かにゼガは孤児ではあるが育ての親代わりになってくれた孤児院の人たちの恩を忘れてはいない。今更生みの親との出会いを求めてはいなかった。
「くくくくうぃっくぅ。ゲプッ。そうだろうよぉそうだろうよぉ。驚いて声も出ないってかよぉ。わかるぜよぉ!その気持ちよぉ。孤児だったお前の前に急に現れる父親ってよぉ。合いたくて仕方ねぇよなぁよぉ?」
……この酔っ払い。さっさとどこかに行けば良いのにと思いつつ、どこかでその情報がひっかかるゼガだった。そんなご都合主義的展開みたいにポンポンとイベントが発生するわけがないんだから、放っておけば良いものを。
「よぉよぉ。そう焦るなってよぉ。ほれよぉ。城国内入国許可証の手形だよぉ。持っていけよぉ」
と、セッサから木版にガラス製品が埋め込まれたものを渡される。確かに入国許可証手形に間違いなかった。このガラス製品はリジュリナール産の特注品。多分リジュリナールのガラス職人でしか生産不可能と言われるほど、門外不出の七色に輝くガラスが使われていて、偽装手形はまず作れない代物だ。
このためかリジュリナールには不法侵入者や不法密入品などの犯罪はほとんど起きないと言われている。
「俺はよぉ実は情報屋やってんだよぉ。それでゼノンからお前の捜索依頼を受けていたんだよぉ。アクマド=レインなんてそう数はいねぇし、教会に聞けば居場所を教えてくれるしよぉ。しかもゼルベールちゃんは目立つからよぉ。簡単だったぜよぉ!
つーこって、父親に会いに行ってやってくれよぉ。これで俺の仕事は終わりだぜぇよぉ!」
一方的にゼガにそう伝えて、手持ちの酒をガバガバ飲み干すセッサという男。一体何を考えているのかよくわからない。
「うひぃっっく。たまんねぇよぉ。仕事後の一杯はよぉ。城国内だと、こうして酒も飲めねぇから入りたくなかったんだよぉ。ぜってぇ職務質問されてしょっぴかれるからよぉ!そういうお堅いお国は性に合わねぇぜよぉ!」
確かにこんな酔っ払いがウロウロしていたら警護隊がすぐに飛んでくるだろう。
「そんなわけだから、よろしく頼むぜよぉ」
ゼガの肩をバンバンと叩いては上機嫌に去っていく。
「あ、そうそう。そうだったよぉ。お前、何のためにアクマド=レインになったんだよぉ?うぃっく」
「私は罪を吸い取り、肩代わりすることでその人を救うためです」
「そうかいそうかいよぉよぉよぉっ!だったら是非自分の父親を見ておくことだよぉ。アクマド=レインの成れの果てってのがゼノンだからよぉ」
今度こそセッサはゼガの前から姿を消した。
「セッサさん。あなたは少しお酒を控えるべきだ。ガクッ」
一滴の酒も飲まないゼガにとってセッサの吐く酒臭い呼吸だけで気持ち悪くなってしまった。ゲロゲロゲロッ。
「そういえば、ゼルベールは……と、会話に参加しないと思ったら」
ふぅ~っと深い溜め息。ゼルベールは席を離れて少年ウェイターにちょっかいをかけていた。純朴そうな少年。親の借金のために働いているような雰囲気を持ち、やたら薄幸そうだった。
ゼガは席を立って、ゼルベールの首根っこを持って引き戻す。少年ウェイターはほっと胸を撫で下ろしていた。あの年頃だと擦り寄ってくる悪魔の誘惑に打ち勝つのは難しいだろう。
「ゼルベール。仕事の邪魔をしてはいけません!」
首根っこを掴まれてゼルベールは拾ってきた猫状態。テーブルまで大人しく持っていかれる。
「あたしはあーいう男は嫌いだ」
「なら何故仕事の邪魔をするのですか?」
「そっちじゃない!セッサのほうだ!決まってるだろうが!」
少年ウェイターではなく。
「で、どうするんだ?ゼノンってやつに会いに行くつもりか、ゼガ?」
「さて。どうしましょうかね」
「軽薄そうなあの男を信じるつもりか?正直その手形だって怪しいものだぜ?偽モノだったり、盗みモノだったり、奪いモノだったりしたらどうする?タダじゃ済まないぜ?」
厳重の上にも厳重に管理されているリジュリナール王国の手形だ。その信頼と自信があったからこそ、ここまで大きく発展したと言っても過言ではないだろう。咎モノと知られれば、どんな目に合うのか想像つかない。こんな簡単に他者へ渡して良い代物ではないことくらい、あのセッサという男が知らないわけでもあるまいのに。どういうことだろう。
「それともゼガはゼノンという男のことが気になっているのか?だったら絶対ウソだぜ。あの酔っ払いの言うことなんて信じるべきじゃない」
そもそも父親という話が唐突すぎだろう。いくらなんでも急展開すぎるし、ゼガ自身特に会いたいとも思っていない。生まれた頃から孤児だったゼガには面影すら感じることなく、今でも育ての親に対する信頼関係のほうが強い。正直「私が父親だ」と言われても誰がそうなのか区別することすら出来ないだろう。
ただ興味があるところはゼノンも同じアクマド=レインだということだろう。今の、リッヒの大きな罪を吸い取った後のゼガにはゼノンのように重犯罪専門とはどういうものか話を聞いてみたい気はする。ゼガのように毎回あんな精神的苦痛を味わっているのだろうか。ならその対応はどうしているのか?など。いろいろ質問をしてみたいことがあった。
「あと他に面白いショーをやっていると言ってたな。どういうことだろう?この点が気になるところだな。あたし的に」
うんうん、とうなづくゼルベール。面白いショーとはどんなものか想像しているのだろう。それはサーカスや雑技団が来てショーでもやっているのだろうか。それとも何かしらイベントでも開催しているのか?そう考えるとゼガも楽しくなってくる。心の疲れを癒すのにはちょうど良いかもしれないと思い付く。
またリッヒの件についても報告に行くなら手紙より直接言ったほうが早いわけだ。
……結論。どのみちこの手形は持っているだけでもヤヴァイのだ。すぐに届けたほうが良い。ちゃんと事情を話せばわかってくれるに違いない。使えるにしろ使えないにしろ、だ。
そうと決まれば今からリジュリナール城門番のところへ出かけることにしたゼガたちだった。
と、いうことでやってまいりましたリジュリナール王国唯一の玄関口である第一城門。普通サイズの体格なら手を伸ばしても八人くらいは楽に並べる大きさの門。城壁はさらに高く、その雄大たる姿は圧巻だ。城門兵はざっと三十人くらいは居るだろうか。城門の受付は三人ほど。そのうちの一人にゼガは近づいて話をする。
「あ、順番守ってくださーい」
「おっとこれは失礼しました」
ゼガは受付最後尾を探して並ぶことにした。並んでいるのはざっと十人くらいだった。ほとんどが流通業の者たちだろう。大きな馬車を使って荷物を運んできている。城門兵はこれらを一つずつ入念に調べ上げていく。まずは手形。入国許可証が有効化か?正しく記載されているか?王国側の入国理由と合致するか?そして荷物の中に異変なもの・違法なものがないか?などなどの項目をチェックしていく。項目全てクリア出来てようやく入国できるわけだ。
数刻の時が過ぎる。意外と常連ばかりだったのかサクサクと入国審査は進んで気持ち早めにゼガたちの番となる。
「次の方どうぞー」
城門兵と言っても受付は受付嬢だった。急所を守るためだけに用意された簡単な鎧を身に着けている少女。おかっぱメガネで真面目そうな感じ。
ゼガから見て右手側が受付嬢がいるのテーブルが並ぶ。流通業者ならここで受付をしている間に、左手側にいる荷物検査係の兵士に荷物を預ける。そこには木製の檻があり、馬車や積荷はその中に入れられる。検査が終了次第また開くシステムになっている。ここでは違法物や密入者などがないか検査される。
ゼガは流通業者ではないので受付嬢にそう伝える。一応背負うリュックは預けなければいけないようだ。素直に従うことにした。
「入国目的はなんですか?」
受付嬢の問いにゼガはこう答える。この手形はセッサという男からもらったもので、ゼノンというアクマド=レインが自分を探していると言われた。こんな感じに。
「あらあらぁ?それセッサちゃんの手形じゃない?」
「あっ先輩。この手形番号五六九番の取得目的って、わかりますか?」
「わかるわかるぅ。午前中に手続きしてたみたいよ。ちょっと待っててね」
会話から想像するにこの受付嬢、仮にマリアさんと呼ぼう。そのマリアさんの先輩、仮に姉マリアさんと呼ぼう。姉マリアさんは他の受付嬢とは違い、兵士服だけで金属の防具は着用していない。多分防具を着けるとボディラインが崩れるからとワガママを言っているお姉さんに違いない。きっと受付嬢の中でも厄介者だと思われる。これらはゼガの勝手な第一印象。
そんな姉マリアさんはゼガたちの手続きを横から覗き込んでいたようだ。
「あったあったぁ。これね。えっとゼガくん。アク、……アクマド=レインのゼガくんで間違いないわね?」
ゼガの素性を知った時点で姉マリアさんの表情が少し堅くなるのが一瞬見えたが、すぐに態度は元に戻る。ゼガは「はい」と正直に答える。ゼルベールの存在こそがその証だからウソをつくわけにもいかない。
「はい。そのようですね。ゼガさんには正式に入国許可は下ります。しかしアクマド=レインという立場上、入国制限がかかります。まず所在を監視されること。何らかの異常性が見つかった場合、生死問わず即刻退国処置が取られます。以上のことを了承できますか?」
アクマド=レインとしてまだまだ下っ端なゼガでさえこの扱いだ。ならばゼノンの扱いはどうなのだろう?と、ふと考えてしまう。
「でもまぁでもまぁ。そんなに堅苦しく考えることないわぁ。監視はこちらがしっかりとさせてもらうからぁ。あれって外来語で何て言うんだっけぇ?MONJYA?って言うのよねぇ」
「NINJYAですよ、先輩。確か先日セッサさんに教えてもらったお話ですよね」
「何よ何よぉ!それじゃあまるで新しく得た知識を自慢げに披露してるみたいじゃないぃ」
「東の国にいる伝説上の生き物。その姿は真っ黒な影で実体がなく、人間が見ることのできないらしいですね。何が言いたいかというと、それくらい我が国の監視兵は優秀だということです」
「そうよそうよぉ。だから気にしないで入国してねぇ」
逆に気にしてしまう話なのだが。
「コホン。それではゼガさんどうぞ入国してください。リジュリナール王国へようこそ」
姉マリアさんが聞きかじりじゃないだの、やいのやいのと後輩に文句を言う声を後方で聞きながら、石作りの門通路を進んでいくゼガ。この門通路は王国の約半径分の長さで伸びている。これはもし敵兵が門を破って突入してきた場合、この通路を通る際に破壊して石の下敷きにしてしまうために、このような作りになっているのだとか。
「ところでゼガ。あのセッサという男をどう思う?」
「ん?どうかしましたか、ゼルベール?」
「さっきの姉ちゃんたちの会話だよ。お前はおっぱいばっかり見てたけどさ」
「会話ですか?二人微笑ましい感じでしたが」
「そうじゃねぇよ。会話中セッサの名が出てきてたよな?あいつは手形を午前中に発行して城国外に出てきたのかな?」
「まるで私たちが来ることがわかっていたようなタイミングで?まぁ偶然が偶然に重なると不思議な運命を感じてしまいますが、結局それはただの偶然だと思いますが」
「なんだそりゃつまんねー考え方だな。もう少しセッサって男を怪しんだらどうなんだ?何かを企んでいるみたいだとか、これは罠なんじゃないかとか、ゼガたちは陰謀に巻き込まれたかもしれないとか!」
「でも私なんか陥れてどうなるものでもないじゃないですか」
「いや、わかんねぇぜ?アクマド=レインの存在を否定してるやつだっているだろ。セッサみたいな怪しいやつはきっと世界を滅亡させようとしている悪役に違いないぜ。そういう顔してた!」
「ハハハッゼルベールはそういう話の展開が好きなんですね」
「おいおいこっちは真面目に話してやってるんだろうが。ケッ騙されても後で吠え面かくなよ!」
真面目に話を聞かないゼガにプンプンと怒ったゼルベールはそっぽ向いてしまった。そんな雑談をしてる間に門通路の出口が見えてきた。
パァァッと景色が広がる。長い間暗い通路を歩いてきたためだろうか、光が眩しい。堪らず目を瞑るゼガだった。時間的にはそろそろ夕刻に指しかかる頃だ。光に目が慣れるまで少々の時間がかかった。
ゆっくり目を開くとそこはさすが流通が盛んな王国。右を見ても左を見ても好奇心と想像力をかき立てる珍しいモノのであふれ返っていた。建物一つ一つでも面白い。
「おおぅゼガ!これ見てみろよ。避妊用のゴムだってよ。これ何に使うんだろう?」
「えっと、まず蜂の巣角十二番街に向かいますよ」
お買い物欲求の塊ことゼルベールは放っておいて、ゼガは国内の案内板を見ていた。
リジュリナール王国の町並みは真ん中に城を中心として、そこから四方八方に大きな街路が広がっていた。それらの街路ごとに区切られた土地は、上空から見ると、まるで蜂の巣が連なっているように配置されていた。なので蜂の巣角何々番街と呼ばれている。
蜂の巣角六番街と十二番街には主に外客が利用する宿が多い。そこからゼノンを探し出そうとゼガは思ったのだ。
「なんだよ。もう宿に泊まってお楽しみか?いつだって相手してやるから盛るな盛るな」
「違いますよ。ゼノンが泊まっている宿を探しに行きたいのです」
「あっそう。でさーゼガ。この薄い本買ってくれよ。ほらほら見てみ。男同士でキスしてるぜー」
「な!なんですかこれは。いやいや、そうじゃなくて」
こんな本まで売っているとは。さすが流通が盛んな王国だ。何でも探せば見つかりそうな品揃えだ。だがクレア神教の教義としては大丈夫なんだろうか。この手の本は。
「ほれ、こっちはどうだ?ゼガ」
ババァーンとカッコ付けてポーズを作るゼルベール。目が点になるゼガだった。なんとゼルベールはいつの間にか派手な下着姿で登場していた。薄っすらスケてる真っ赤な下着でところどころ穴が開いてて大胆すぎる。大胆と言うか大っぴらというか。全くゼガの想像を絶する下着だったので、身体は固まって気持ちだけが驚いてスッ転んでしまった。
「ゼ、ゼルベール!なんて格好をしてるんですか、こんな街中で!」
「お、反響アリか。可愛いだろ?この下着」
ゼガの反応が面白くてゼルベールはより過激なポーズを取り始める。
「そうじゃなくてここは街中なんですから、そんな格好をしてはいけないと言ってるんですよ!」
「んー。そうだな。これ買ってくれたら服着ても良いけど?どうする?」
「……グッ」
周りの様子を伺うとその界隈はどうも女性向けのお店が多い。先ほどの本やゼルベールが着ている下着売り場、また男性をその気にさせる薬剤やグッズなんかの品揃えがたくさん売られていた。つまりそれを買い求める客層は女性であり、多くの女性がその場に居た。ゼガとゼルベールの会話劇を冷ややかな目で見ている。多分小さい女の子にエッチな下着を付けさせて喜んでいる変態と見られているのかもしれない。いや、絶対そう見られていると感じたゼガはその場から一刻も早く逃げたくなった。
「ひひひっ今日はこれ着けてやるからな。な?ゼガ」
「トホホッ痛い出費ですよ。もうさっさとここを出ますよ」
ゼルベールの作戦勝ち。
「お-っと、そこのキミキミッ!ちょっと良いかい?」
下着売り場を抜けようとした矢先に声をかけられる。内心ドキリと焦るゼガ。どうしてこのタイミングで声をかけてくるんだ。振り返るゼガが見たものはこれまた常識を超えていた。
「さっきキミさー、その子の下着選んであげてたよねー」
……ゼガ的に混乱する理由にゼルベールは悪魔だからこそ、この格好は仕方ないのかもしれない。ただ声をかけられた相手の格好もこれまたとんでもなかった。もう一度言うが、ゼルベールは悪魔だから大目に見てもかなり大胆な格好をしている。だが、声をかけてきた相手も負けず劣らずのすごい格好をしていた。
そろそろ十代を卒業しようという年頃の女の子。褐色の肌に褐色の服を着ているのでパッと見で裸に見間違ってしまう色を重ねている。極め付けはゼルベールとも良い勝負をしている大胆さ。胸元から下腹までパックリ割れたドレスで腰に巻いているベルトがかろうじてドレスの割れ目を抑えている感じ。多分これ一枚しか着ていないだろう。
「ちょっとキミさー。さっきからどこ見てんだよー。さすがにそこまでガン見されると恥ずかしいんだけどー?」
「ブッ!こ、これは失礼しました。ゴホン」
ゼガは慌てて胸元を見ないよう視線を外して、改めて相手を見る。頭はポニーテールで髪を後ろでまとめている。髪留めのアクセサリーには蛇を象ったものを使っている。髪の毛がやたら多く髪型だけで一人分の面積を覆うシルエットができそうだ。つり目でくっきりと太い眉、物怖じしない態度から第一印象としては元気活発でスポーツを好んでやってそうな雰囲気のある娘だ。
よくよく全体像を観察してみると手足にちょっとした銀色の鎧を身に着けているのが見えた。ゴツゴツした雰囲気ではなく、女性らしく曲線をあしらったデザインで鎧だけど美しさ・女性らしさが見て取れる。鎧の先端には爪が二本あり、そこだけが攻撃的だった。なんだろう。スポーツ少女というより、改めて感じ取れたイメージは女性拳法家といったところか。
両手を腰に当てて自信気に身構える少女だったが、やはり真ん中にパックリ開いたドレスに目が行ってしまうのはゼがの男の性だろう。あまり見とれていると爪で引っ掻かれそうだ。
「でー、間違ってたらゴメンだけどーキミってさーゼガくんじゃない?アクマド=レインの」
「え?あ、そうですけど、あなたは?」
「あー自己紹介するねー。ワタシの名前はゼノンって言うのー。キミと同じアクマド=レインやってるんだー」
……ゼ、ゼノン?今、ゼノンって言った?どこをどう見ても女の子にしか見えないのだが……
……今度セッサに出会っても無視しよう。彼はウソつきだ。絶対無視しよう。絶対だ!と心に誓うゼガだった。こんなオチで良いのだろうか?
「んー?どうかしたのー?豆が鳩鉄砲喰らったような顔してー」
「え?ま、豆が?なんですって?」
「んーセッサってヤツに聞いたんだけどー東の国の諺らしいよー。驚いた顔って意味らしいー」
「は、はぁ」
鳩鉄砲?東の国には変なモノがあるのだなとゼガは思う。
「でさー。さっき下着買ってあげてたその子って悪魔でしょー?目立つからひと目でわかったよー。何で下着なんか買ってあげてたのー?」
「え?そ、それはいろいろありまして」
「あーそっかー。ゼガくんも男の子だもんねー。ウンウン。仕方ないよー仕方ないよー」
両手を組んで納得顔に大きくうなづくゼノン。何故仕方ないを二回言ったのか気になるゼガ。
「いや、あの、そういうわけではないのですが」
「わかってるー。みなまで言わなくてもわかってるからー!ゼガくんはロリコンってことだねー」
「全然わかってませんよね!」
はぁ~っと大きなため息が出てしまうゼガだった。こういう大きな勘違いを訂正するのは非常に難しいわけで。
「でさー今度ショーやるの知ってるー?ロリコンのゼガくんなら安心だから聞きたいんだけどさーワタシそこで気合い入れるためにさー勝負下着買いにきたんだよねー。良かったらゼガくんに選んでほしいなーって……
あれ?ゼガくん?どこ行ったのー」
下着売り場から二番街ほど離れた場所まで猛ダッシュ。大きく肩で息をして呼吸を整える。あんな場所にあのままいたら、ゼガは気絶してしまっていただろう。ゼガには正直刺激が強すぎる場所だ。
「今時の女の子はみんなあれくらい大胆なのでしょうか?」
「女が大胆なんじゃなくてお前がだらしないんだよ。ひひひひひっ」
「コホン。まぁ良いでしょう。ゼノンさんとは機会を改めるとして、さてこれからどうしましょうかね」
「買い物っ買ぁい物っ」
「買い物はもういいとして!そうですね。ショーとやらが何なのか調べてみましょうか。ゼノンさんもショーについて知ってるみたいでしたし」
そこでちょうど目の前にある店の店主に聞いてみることにした。店は道端に商品を並べているフリーマーケットスタイルの市場だった。
「おっちゃん。あたしこのスパイシーまんじゅう二つちょうだい」
「こら、ゼルベール。……まぁ仕方ないですね。じゃあ私はきな粉まんじゅうをください」
「あいあいおーっと」
店のおっちゃんは注文品を埃避け用のカゴから取り出して二人に渡す。ゼルベールは両手でまんじゅうを掴んで口の中いっぱいに頬張っている。
「さて店主。一つ聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
ゼガはショーについて店主に話を聞いた。すると店主は非常に顔をしかめて答えるのだった。
「お前さん。旅人かい?だったとしても、あまりそういう質問はしないほうが良かべぇ。ショーってのは明日行われる公開処刑のことだべんさ」
「……こ、公開処刑、ですか?」
「うんべぇ。なんつったかな?ほぅれ。歩行鳥扱ってるとこの息子。リッペ?リッピ?そうそう、リッピとかいうバカ息子がいるべぇ?そいつどうも女子供さ連れ込んで殺してたってーから驚きんべぇな?」
ま、まさか。きっとリッヒのことを言っているのだろうが、なぜ?どうして?リッヒの罪はゼガが吸い取ったはずなのに。とゼガは聞く耳を疑ってしまう情報だったのですぐに理解することができない。
「やめてけれぇ!おんべぇは何もわからんべぇって!」
気が付けばおっちゃんの胸倉に掴みかかっていたゼガ。慌てて手を離して、その場から逃げるように離れた。
どうしてだ。何故リッヒが処刑されることになったのだ。……そ、そうか!忘れてはいけなかった。まだリッヒの罪を吸い取ったことを報告していないじゃないか!
そうかそうか。良かった。リッヒの処刑は罪を吸い取ったゼガの報告で救われる。早速今からクレア派の教会に行って報告しなければいけない。ゼガは早速教会に向かうことに決めた。
「おい!おいってば、ゼガ!」
「え、あ。どうしたんですか、ゼルベール?」
「そのきな粉まんじゅう食べないんだったら、ちょうだい!」
「ダメです」
「ケチぃこと言ってんなよ!よこせー!」
「ダメですったらダメです。これ以上は食べすぎでしょう?」
「育ちざかりなんだから、いいんだよ!いっぱい食べて胸大きくしたいんだよ!」
駄々っ子のようにそう叫びまわるゼルベール。この精神年齢の低い行動に頭を抱えてしまうゼガだった。
「……いただきまーす。あむあむ!」
「あ、あああー!あああーッ!!ああぁぁぁ……」
ゼルベールを余所にゼガはバクバクときな粉まんじゅうを平らげてしまう。無残にもゼガの胃の中へ流し込まれる様子をどうすることもできず、涙目を浮かべながら眺めるしかないゼルベール。
「モグ、ング、ゴックン。ご馳走様でした。さぁ教会に向かいますよ」
アクマド=レインの存在のおかげでリジュリナール国の自警団に及ばないもののクレア教会もそこそこの発言力は持っている。処刑が決まったとしてもちゃんと説明すれば、教会から国へすぐに申請してもらえるはずだから、時は一刻を争う。すぐにクレア教会に向かわねばならない。
クレア教会、及び関連施設は地図上から確認すると一定の間隔を開けて設置されていることがわかる。どうやら教会一つ一つが国内の地区番名の役割を持っているようだ。ゼガがいるところから一番近い教会を探して、早速行ってみることにする。
「ゼルベー……あれ?どうやらスネてしまったみたいですね」
食べ物の恨みは恐ろしい。ゼルベールは離れた物陰から恨み辛みをふんだんに盛り込んだ視線に乗せてゼガを睨み付けている。今のゼルベールに何を言っても仕方がない。教会へは事務的な作業をするだけなので、逆に考えればこうして大人しくしてくれているほうがありがたい。用を済ませた後に機嫌を取れば良いだろう。ゼルベールの機嫌取りはひとまず置いておこう。
「おののー?あれはゼガくんじゃないかなー。おーいゼガくーん」
教会へ向かう途中、ゼガの前方。そこはちょっとした広場になっていて、休憩用のベンチが並んでいた。屋根も付いてて昼時になると食事休憩する人でいっぱいになる。そんな場所からゼガに声をかけてくるのは先ほど出会ったゼノンだった。ゼノンはベンチの両脇に買い物袋を置き、何か間食を食べていた。丸い団子に三種類くらいの赤・黒・緑のタレを付けて食べるおやつだ。
「えへへー。初めて男の子をナンパしちゃったー。ほらほらお隣どうぞー」
と、隣の座席を勧めてくる。ついでにゼルベールについても聞かれたがスネてると答えると納得した。「夫婦ゲンカね。わかるー」とか言って。面倒だったのでゼガは訂正しなかった。
「すみません。これからちょっと教会のほうに用がありまして」
「教会に用ー?アクマド=レインの仕事ー?」
「そんなところですが、ゼノンさんはどうしてここに?」
「ワタシも教会に用があるのー。今日買った服の代金を払ってもらおうと思ってー。ほら見てみてー。おニューの下着買っちゃったー」
と、ゼガに見せびらかすように胸やお尻を突き出してくる。面白いもので着けてなかった子が下着を着けると露出度が減るわけだが、逆に色気を感じてしまうのは何故だろう。
「ということでさーワタシも教会に行きたいんだよねー。でも服いっぱい買っちゃったから重いんだよねーどうしようかなー。誰か優しい紳士さんが持ってくれたりしないかなーって」
チラッチラッと横目で見てくるゼノン。つまりここは空気を察しろというわけだなとゼガは返答する。
「お持ちしましょうか?」
「えへへーゼガくんわかってるー。お礼に下着の一枚でもあげよっかー?」
「遠慮します」
「即答ーっ!もらうって言われるのも困るけど、いらないって言われるのも傷付くなー」
「女の子って面倒くさいんだよねーアハハハー」と大笑いするゼノン。それにつられて苦笑いしか出てこなくなるゼガだった。このテンションに付いていける気がしない。残り一つの団子を赤いタレをたっぷり付けて平らげるゼノン。
「おおおー。か、辛い!辛すぎる!けど辛いのが美味いー!」
あの赤いタレはどうも辛味の強いタレだったようだ。辛いの大好き辛党なのかな。辛さに耐えつつ、グッドサインとして親指を立てる。冷や汗をタラタラ流しているので、むしろ余裕が無いという顔色に見える。
「ケホケホーッ!後にも残るこの辛味ー!けっこうなお手前でしたー。まだ舌がヒリヒリするよー」
ごちそうさまと手を合わせるゼノン。舌をダラしなく出して手でパタパタと扇いで風を送る。よっぽど辛かったのだろう。ペロッと出している舌が赤く腫れていた。
「さてとー遊んでないで早く行こー」
「遊んでたのはゼノンさんだけですけどね」とゼガは心の中でツッコミを入れる。さっさと用事を済ませないといけないので余計なことは言わないほうが懸命だろう。
それからゼノンの荷物を両手に持つ。衣服やら小物が入っているだけなのでそれほど重くはなかったので、そのまま教会まで連れていってもらう。途中二箇所ほど道に迷いはしたがそこは省略しよう。話が進まない。
「ほいーここが六番教会だよー」
見るとそれは真っ白な建造物。周りに草木の緑を置くことで白色を際立たせている。他の建造物にはない、なんというか神聖なオーラか何かを発している感じ。まさに乾いた砂漠にポツンとあるオアシスのように佇む教会の不思議な存在感があった。
「六番教会ですか?」
「うんーワタシの服の代金を申請するためにねー。あ、そうかー。ゼガくんも用事があったんだよねー。何番教会に行くつもりだったのー?」
「あ、いえ。ここでも構わないと思います」
何番教会がどういう役割があるのかわからないゼガだった。せっかくなので、リッヒについてゼノンに話すことにした。ゼノンの協力もあれば処刑を中止にできるはずだ。
「ふーん。なーるーほーどーねー。そっかそっかー。ゼガくんがそんな余計なことをしてくれたんだねー」
……おかしい。あからさまに苦虫を噛み潰したような苦々しい表情に変化するゼノン。ギリィと歯を噛み締める音まで鳴らして態度が一変する。急激な変化にゼガは面食らってしまった。
「ワタシさー。リッヒくんの罪を吸い取るために遠路はるばるここまで来たんだよねー。わざわざさー。それなのに勝手なことされると困るんだよねー。ちゃんと教会に報告してないよねーゼガくんはー?」
不機嫌が爆発した。かなりトゲトゲしい発音でゼガを責め立てる。確かに罪の吸い取りは教会から依頼されて行わなければならない決まりがある。それはわかっているのだが、何故ここまで不機嫌になるのかがわからなかった。
「ワタシさー手ぶらじゃ帰れないんだよねー。仕方ないからさーリッヒくんを処刑して、その処刑人の罪だけでも吸い取って帰ろうかなーって思ってたんだよねー」
よくわからないことをゼノンが言い出している気がするゼガ。何故わざわざ罪を犯させて、その罪を吸い取るようなマネをするのか?いや、ここは本題に戻したほうが良い。ゼガは話の流れを強引に変える。
「え?いや、そうじゃなくてですね。これから一緒に処刑を中止するよう、お願いしに行きませんか?」
「はー?なんでそんなことしなきゃいけないのー?」
「なんでって、リッヒにはもう罪がないからですよ」
「ワタシ手ぶらじゃ帰れないって言ってるでしょー。あ、そうだ。じゃあさー。リッヒくんから吸い取った罪をワタシにちょうだいさー」
そう言うと今度はこれは良いアイディア!と言わんばかりの上機嫌に変わる。ゼノンはゼガに近づいてきて身体を密着させてくる。おかげで女の子の柔らかさを肌で感じてしまうゼガ。加えて間近に見えるゼノンの色っぽい表情。ゼガの頬をさすりさすりしながら、耳元で優しく吐息混じりにつぶやいてくる。
「ゼガくんも苦しかったんじゃないのー?リッヒくんの罪を吸い取ってさー。自分が自分でいられなくなったーみたいなそういう怖い思いしなかったー?」
それは今でこそ平常心を保っていられるのだが、あのときのゼガの心の内は自分がどうにかなってしまうような、自分で自分の言うことが聞けないような、恐ろしい自分の片鱗に出会ったような気がしていた。運良く気絶したから助かったようなもので、一歩間違えればどうなっていたことか考えるだけでも恐ろしくなるゼガだった。
「そこでさーワタシがゼガくんの罪を吸い取ってあげればーワタシは目的を達成することが出来るしーゼガくんももう怖い思いをしなくて済むよねー。ほら一石二鳥じゃないー?
あぁ。そうしてくれたらワタシもリッヒくんの処刑中止に協力してあげるよー。これで一石三鳥だねー」
なるほど。この提案は悪くない。アクマド=レイン同士で罪を吸い合えるとは知らなかったが、出来てもおかしくない話じゃないか。それに相手は重犯罪専門のベテランだ。リッヒの罪を吸い取ってもらったほうが安全なんじゃないかな。少なくともゼガが抱えているよりは断然マシだろう。ゼガはこの提案に乗ることにした。
「わかりました。その提案に……って、あれ?」
よく見るとゼノンの姿は見えなくなっていた。これはどういうことか?辺りを見回すゼガ。
「ちょっとーゼルベールちゃんー。不意打ちは良くないんじゃないかなー?」
声のほうに目線をやると十二ステップほど離れた場所にゼノンの姿があり、いつの間にかその間にゼルベールが立っていた。機嫌はもう直ったのだろうか。
「ゼガよー。もちっとアクマド=レインについて知っておけ。アクマド=レインが罪を吸い取られると、その資格まで奪われるんだぜ?だって悪魔は罪の塊みてぇなもんだからな」
「なッ!そ、そういうものなのですか?」
アクマド=レインが罪を吸い取られると、同時に悪魔も相手のものになってしまうということだろうか。そんな知識なんて持っていないゼガは驚いてしまった。
「そういうものなんだよ。おっぱいばっかり見てるから騙されるんだぜ、ゼガ」
「わ、私はおっぱいばっかり見ていませんよ」
「へーどうだかー。さっきも身体を密着させてニヤニヤして発情期の犬みてぇな顔してたぜー。ちゃんと見てたんだからな」
「そ、そんなわけ……ない、じゃないですか」
明らかに動揺。そんな顔なんてしていないと思っていながらも不安になってか、無意識に自分の顔を触りながらニヤけてないか確認するゼガだった。
「んー惜しかったなー。楽してリッヒくんの罪をいただけると思ったのにー」
「へっへーんだ。お生憎さま。ゼガにはアクマド=レインを続けてもらわないと困るんだよ。あたしがここにいられない。けっこう気に入ってるんだぜ、この身体もゼガもな」
「ゼルベールちゃんは可愛いから吸い取るのは惜しいけどさー。人のモノってやっぱ欲しいんだよねー。こうなったら強引に奪っちゃおっかなー」
作戦変更。ゼノンは戦いの構えを取り、戦う意思を示してきた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!何故罪の奪う合いみたいなことになっているのですか?罪なんてないほうが良いんじゃないですか?」
ごもっともな話。先ほどから感じていたゼノンの疑問と違和感。罪なんて集める必要なんてないし、ないに越したことはないはずなのに。
「間違ってるー間違ってるよー大間違いだよー」
心底残念というジェスチャーを身体全体を使って表現するゼノン。
「神と共に善行を重ねていくのが神人合一なら、悪魔と共に罪を重ねていくのがアクマド=レインの目的でしょー」
は?という気の抜けた顔になるゼガだった。そんな話を聞いたことがなかったからだ。まだ状況を正しく飲み込めていない。そのマヌケな顔にゼノンをイラつかせてしまったようだ。また不機嫌オーラを見せてくる。
「んーゼガくんにはわからない話だったかなー?間違ってるんだよねーゼガくんは間違ってるんだよねー」
さすがのゼガもこう否定されるとイライラしてしまう。何が間違っているのか納得のいく説明が全くされていないから。
だがゼノンは説明することなく、離れた場所から一気に距離を詰めてゼガの目の前に立って拳撃と蹴撃を繰り出す。いきなりの襲撃だったが、ゼガは難なくそれを回避し、距離を十分に離してから追撃を警戒する。
「口で説明してもわからないみたいだからー。だったら手っ取り早い方法でいこうよー。こっちが本気だってことはわかってくれたでしょー?少しは反撃してくれないと面白くないからさー」
「あの、その格好で足を振り上げないほうが良いと思いますよ」
「別にゼガくんになら見てくれても良いよー。その間に楽にしてあげるからさー。その前に邪魔者排除ー。セッサくん直伝の東方魔術ー!影縫いーッ!」
ゼノンが腕を振り回す。するとゼルベールの「きゃぅ!」という小さく呻くと、小さな身体は後方に吹っ飛ばされていた。何が起こったのか後方を確認するゼガ。銀色のナイフが何本もゼルベールに突き刺さっているのが見えた。特に間接部分を中心に何本も。ゼルベールは悪魔だから死ぬわけじゃないけど、あれでは動くことが出来なくなっている。突然の不意打ちにゼガも全く動けなかった。
「ごめんねーゼルベールちゃーん。ゼガくんの側に立たれると厄介だったからー先手を打たせてもらったよー。おっとゼガくんの相手はこっちだよー」
ゼノンはかかって来いのサイン。手でおいでおいで、と挑発してくる。だがゼガは動くことが出来なかった。今一状況を掴めていない感じ。ゼノンとやり合う意味がないというか疑問が残ってしまう。
「ふっふー。どうしてこんなことをするのか?って顔だよねー。でもここでワタシを倒さないとーゼガくんのアクマド=レインの資格剥奪、及びリッヒくんの処刑は確定になるよー。せっかく助けたのにリッヒくんの頭と胴体は永遠にお別れになっちゃうけど良いのー?」
全然頭がこの状況を理解できていない。だけどゼノンが言うとおり、ここでゼノンを倒さない限りマズイことになるということだけわかった。冗談……を言っている様子はない。本気で言っている。納得できなくても、いいかげん腹を括って覚悟を決めなければいけないようだ。
「先に言っておくけどー他のアクマド=レインが暴走した場合を想定して一人一人の対処方法もしっかり予習してるのよねー。ゼルベールちゃんは蜘蛛だよねー。蜘蛛は巣を張り、獲物の待ち伏せは得意だけどー遠方から近づかずかなければ楽勝なんだよねー」
その通りだったりする。ゼノンに抱いていた違和感が一つ解消された。何故ゼルベールを先に封じたのか。死なないゼルベールは敵陣特攻して、蜘蛛糸を撒き散らして捕縛する戦術を得意とする。なので動けなくなったゼルベールは戦力にならない。何故なら蜘蛛糸を撒き散らせる範囲より外にゼノンは立っているから。
どうやらゼノンはゼガとの一騎打ちの舞台を仕立て上げたようだ。
「次はゼガくんの番だよー。ほらほらーどうしたのー?ゼルベールちゃんがいないとビビって何もできない腰抜けくんだったかなー?」
「ムムッ。わかりました。お相手しましょう」
ゼガも戦意を見せる構えを取る。女の子に暴力を振るうのはいけないことだと知りながらも、今の挑発には黙っていられなかった。男として。
「私が勝ったらリッヒの処刑を中止にしてください」
「もう勝つ気でいるなんて、すっごい自信だねー。カッコ良いー」
初めの攻撃でわかる。あの程度の拳撃・蹴撃では勝てるわけがないとゼガは確信している。
「わかったよー。ゼガくんが勝ったら言う通りにしてあげるー。ワタシの身体も自由に使ってくれて良いからねー」
身体を使う?変な言い回しをするのだなと純粋に解釈してしまうゼガだった。気持ちはすでにリッヒ救出に向けているからそういう冗談が通じなくなっていた。
「それじゃー行くよー!」
掛け声と共にゼノンのほうから距離を詰めてくる。掛け声からの突撃なのでこちらも十分身構えることができたのだが、掛け声をいう理由はなんだろう?
ゼノンは腕を伸ばし、人差し指をまっすぐこちらに立てながら走ってくる。距離的にはお互い離れているので全然に届かない。またゼガから腕を伸ばしても全く届かない。一体どういうつもりなのか?腕を伸ばすということは拳撃による攻撃範囲が相手に知られるような行為だ。全く理解できない。その不可解な行動にゼガは注意を人差し指に集中させてしまっていた。
グングンと二人の距離が近づいていき、ようやくゼガも防御行動に出ようとした矢先だった。
「あっち向いてーホイーッ!」
と上空を指差す。
……。
あ、しまった。ようやくゼガは気付いてしまった。指が上空を指す様子が見えているということは、その指の向きにつられて目線を上げているということだ。あまりにも人差し指の動向に注目していたため、反射的に顔を上げてしまったようだ。
子供のころにやっていたお遊び「あっち向いてホイ」。当然指差すほうへ顔を向けると負ける。そんなルールだとわかっていても反射的に指すほうへ顔を向けてしまうことがある。これは単純に注視する物体を目線から逃すまいと何とも本末転倒な心理作用が働くためである。
ガツガツンッ!「アッパーカットー!」バコォーン!「うわあああっ!」
呆気なく散っていくゼガ。あまりにも呆気なく。
「ワタシーィ。ウインナー!ヒューヒューッ」
多分ウインナーではなく、ウィナー。勝者と言いたかったのだろう。ゼノンは勝ちポーズとして満面の笑みにダブルピースを披露する。その横で情けなく伸びてるゼガ。目線を上げた隙にボディに二発とアッパーカットをまともに喰らって吹っ飛んでしまったのだ。
「女の子相手だからとナメてるから、そんな隙を作ることになるんだよー。ゼガくんは何もかも大間違いだよー。
まぁでもこれでゼガくんの罪はワタシのものー。ショーの後でたっぷりと吸い取ってあ・げ・るー。
って、あらー?ゼガくんが気絶しちゃうとーこの荷物運んでくれる人がいないじゃないー。もー!そんなことだからゼガくんモテないんだぞー!」
こんな感じでまさかの失態。ゼガは一体どうなってしまうのだろうか。
ピチョン。ピチョン。水滴が上から下へ重力に従って落ちていき、床にぶつかって水音を立てている。そうやって一定のリズムが狂おしいほどに続けられている中でゼガは気絶からようやく覚醒する。
「ぐっ……こ、ここは?」
まだ目が慣れてこない。一体どれだけの時間ここにいたのかもわからない。そこは薄暗くてすぐには確認できなかったが、どうも石造りの地下牢だった。ゼガの右手に鉄格子が見えてその奥に通路を挟んでもう一つ別の牢が見えた。
ゼガは辺りを観察してみる。この牢はかなり広く、三十人くらいは収容できる広さがある。牢の奥には鉄格子は付いているものの窓があり光が差し込んでいた。ゼガの身長なら立てばちょうど目の前に来る高さなので、外の様子を伺うことは出来るだろう。窓は縦が十五センチほど、横は牢の端いっぱいまで広がっている。あとは簡易トイレと掛け布団があるだけだ。
ゼガは身体を起こす。全身に鈍痛というかダルさを感じつつも動けないほどではない。軽くストレッチをして固まった筋肉をほぐす。
「……イヤだ。俺は何もしていない。なんで俺が処刑されなきゃいけねぇんだ。チクショー」
目がだいぶ慣れてきて気付いた。牢の中にはもう一人いた。彼は牢の端っこで壁に向かい、ブツブツと何か呟いていた。あの後ろ姿はリッヒだ。
「なんで誰も俺の話を聞いてくれないんだ。俺じゃない。俺は何もしていないんだ。なんで誰も信じてくれないんだよ!クソがぁ!」
牢の床をダンダンッと拳を打ち付ける。ジャラジャラと鎖のこすれる音がするのはリッヒの手首に手錠がはめられているからだ。リッヒの背中からは悲しみと怒りと憤りと恐怖がまざまざと見せられて、ゼガもその感情が移ってきそうだ。ガタガタと震えている身体が痛々しい。
「リッヒ、ですか?」
「誰だよ、てめぇ。何故俺の名前を知っている?俺はそんなに有名になっちまったのかクソが」
肩越しからキツい目線を飛ばしてくるリッヒ。そうだ。リッヒは罪を吸い取られその記憶の断片を失っている。ゼガのこともあの場所にいたことも忘れているはずだ。ということはゼガとは初対面になるのだろうか。
「リッヒ……「リッヒーィ!出てこい!処刑の時間だー!」
ガシャンガシャンッと鉄格子を乱暴に開きながら、牢に入ってきたのは頑丈そうな重鎧をつけた兵士たちだった。手には鋭利な槍を持って威圧感を与えてくる。それだけでも相当なものだが、この人数だ。十数人が一気に押し寄せてきたのだ。
ガシンガシンと重鎧を鳴らしながら、リッヒを取り囲み、首根っこを掴んで連れ出そうとする。
「ひぃ!や、やめてくれ!俺は何もしていない!離せよ!俺は何も知らないんだ!」
「お前!自分の部屋からあれだけの死体が出てきて、まだしらばっくれるのか!お前の親も認めているんだぞ!そろそろお前も認めてしまえ!みっともない!」
「違うって言ってるだろ!何かの間違いなんだって!俺はやってないんだ!これは誰かの罠だ!そうだ!そう決まってる!俺がそんなことするわけないだろ!」
ガツン!リッヒは顔面を殴打される。首根っこを掴まれているので、首がガクンと大きく振れた。
「うるせぇ!お前はなぁ!お前はなぁ!俺の娘も殺したんだぞ!忘れたとは言わせねぇぞ!俺は絶対に許さねぇからな!」
もう一発リッヒの顔に拳骨が入る。中年兵士の鍛え抜かれた身体から繰り出された拳はリッヒのような優男の身体なんて軽々しく吹っ飛ばす。首根っこを掴んでいた手も離れてしまった。リッヒは牢の壁にぶつけられ、鼻血が流れた。
「ひぃぃ!やめてくれ、やめてください!俺は本当に何も知らないんだ!俺はアンタの娘なんて知らないんだ!会ったことだってないだろ!」
「まだそんなことを言うのか!お前を見間違えるわけがない!」
ゼガは知っている。リッヒの罪の記憶から中年兵士はリッヒと出会っている。社交界のパーティーに参加していた娘がリッヒを一目で気に入り、話は結婚までトントン拍子に進んだようだ。中年兵士はリジュリナール王国ではそれなりの地位を持ち、衛兵小隊の指揮や育成を担当している。衛兵小隊とは主に王国内外での治安維持活動をしている。
そんな彼の娘と歩行鳥の跡取り息子の結婚となれば、誰も反対する者などいなかった。むしろそれは喜ばしいことだった。ただ父親として彼だけが嫉妬というか、本当の気持ちは反対だったようだ。彼は嫉妬心を強く押し込め、娘たちの結婚を祝った。彼の笑顔が固かったのが印象に残っている。
家族ぐるみでの付き合いも頻繁にあったようだが、突然娘の失踪する。そのことを知った父親は気が気でなかったようだ。
そんな愛すべき娘を失った父親の怒りは相当のものがある。全ての原因であるリッヒを許せるはずがない。一発二発殴ったところで気が済むわけもなく、鬼の形相でさらに拳を加えようとリッヒに向かっていった。
「やめてください!リッヒの罪はもう吸い取りました!リッヒにはもう罪はありません!」
リッヒと中年兵士の間に立って進行を阻止するゼガ。
「誰だ、お前は。すっこんでろ」
「私はアクマド=レインのゼガと申します。リッヒの罪はもう吸い取りました。もう罪を背負っていません」
「あ?だからどうした?すっこんでろ」
「ですから、リッヒはもう許されています。もう罪の記憶すら残っていません」
「うるせぇ!すっこんでろって言ってんだろうが!」
拳が飛んでくる。怒りが乗った拳は容易には避けられず、ゼガはガードしつつ威力を消すため後方へ飛ぶ。
「すっこんでろ!何度も言わせるんじゃねぇよ!」
「そんな訳にはまいりません。私が変わりに罪を背負いましたから」
「うるせぇ!すっこんでろ!お前には関係ねぇだろ!」
「いえ、関係ならあります。私が……「うるせぇって言ってるだろうが!」
第二の拳が飛んでくる。同じ軌道・同じ速度だったのでゼガはチャンスとばかりにカウンターを合わせてやった。ゼガの拳が中年兵士の顔面を捉えた。中年兵士は顔面を拳の形に歪ませたが、倒れることはなかった。
「お前はリッヒを庇うつもりか!こいつは殺人鬼だぞ!」
「そうではありま……「うるせぇ!こっちが大人しくしてりゃあ、調子に乗りやがって!」
「あなたも最後まで人の話を聞きませんね!」
さすがにお互いこんなやり取りに苛立ちを覚えた。元々中年兵士はまともに話ができる精神状態ではなかったからだ。愛する娘を殺した犯人が目の前にいるのだ。まともになれるはずもない。それを煽るマネをしてしまったゼガも悪いのだが、リッヒのために引くわけにもいかなかった。
急に中年兵士が頭を抱えたかと思えば、すぐに戦闘スタイルを取る。どうやらこれ以上の問答を必要としていない意思表示。今は静かに時が来るのをじっと待っている。
「くっ。どうしてもわかってもらえないということですね」
ゼガも同じように戦闘スタイルを取る。こうして戦場は完成した。
「行くぞ。止めてみろォォオオオッ!」
第三の拳が飛んでくる。驚くことに三度目の同じ軌道・同じ速度の拳撃だった。ゼガは今度こそ本気のカウンターパンチを繰り出す。中年兵士の顔面にヒットした瞬間にねじ込みを入れて数倍増の威力で攻撃した。さきほど以上に顔面を歪ませる中年兵士だったが、なんと信じられないことが起こった。
ゼガはこのとき相手を軽んじていた。
確かにゼガのカウンターはクリーンヒットした。だが中年兵士の拳撃は止まらなかった。お構いなしにゼガの顔面を殴りつけたのだ。ゼガのカウンターは最高の一撃になったのだが、そのまま貫かれた。
中年兵士の渾身の拳撃はゼガの意識を完全に途絶えさせた。ゼガは叩きのめされ、地に伏せるとリッヒの悲痛な叫び声だけが耳に届いた。ゼガは自分の至らなさを後悔する。自分はこんなにも弱い存在だったとは。
……。
…………。
……………………。
「うぃ~何寝てんだよぉっと」
「うっ!」
クキッと小さな音を鳴らし背を伸ばされる。蘇生術によって覚醒するゼガ。
「でよぉ。何こんなところで寝てんだよぉ」
「あ、あなたはセッサさん?ど、どうしてこんなところに?」
「あ?ゼノンからもらうはずだった報酬をクリティカーナが持ってるってことで探しに来たわけよぉ」
「クリティカーナ。誰ですそれは?」
「あ?そこの窓から見えるだろうよぉ。リッヒのショーを司会してる女だよぉ」
「……リッヒ。そうでした!リッヒはどうなったのですか?どこにいますか?」
「あ?だからその窓から見てみろってよぉ。ここは闘技場の闘士控え室みてぇな場所でよぉ、窓から外の様子が見れるようになってんだよぉ」
ガバァッと上体を起こそうとするゼガだったが、全身に痛みが走る。堪らずうめき声を上げてしまった。
「おいおい。無理すんなってよぉ。ほれ肩貸してやるからよぉ」
「す、すみません」
セッサの肩を借りて、ゼガは窓の外を見てみた。
「レディースー!アーンドー!ジェントルメーンー!お待たせしましたー!これより本日のメーンイベントー!リッヒのショーを始めますー!」
ワーワーッと怒号のような歓声が木霊する。窓の外から見えた光景はサッカー場が一つ入るくらいの広さがある闘技場。塀は高くそこから闘士が逃げ出せないようになっている。窓からは観客がどれくらいいるかわからないが、この歓声の大きさから相当数いると思われる。
闘技場真ん中には遠めからでも十分誰だかわかる。あれはゼノンだ。あんな大衆の真ん中で、よくあんな半裸の格好でいられるものだ。だがそれどころではない。ゼノンの横には目隠しと首手足に枷を付けられたリッヒが横たわっていた。後ろにはゼガをボコボコにした中年兵士が大きな斧を持って立っていた。
「さぁーみなっさーん!このリッヒの罪状を読み上げますよー。
ご存知の通りー歩行鳥屋のバカ息子ー。高級住宅地に住居を構えてー良い生活してましたー。美味い料理もたくさん食べてーちょっとイケメンだからってー女漁りが趣味でーたくさーんの女を連れ込んでは裏でブチ殺してましたー。自宅でー広場でー人気の無い場所でー見つかった遺体だけでも三十四人ー。中にはミス・リジュリナール嬢や新人アイドルもいたようですー!ファンだったみなさんには大変心苦しい出来事だった思いますー。
どうしようもない殺人鬼ですねー。そして後ろで斧を持っている中年兵士さんはーこの憎き殺人鬼に愛すべき娘さんを奪われた悲劇の父親ー。今から父親による復讐ショー!
果たしてリッヒは拘束されたまま、復讐の炎に燃える父親から生き延びることができるでしょうかー?」
リッヒの目隠しが外される。完全に怯え震えて声すら出せないでいる。
その後ろで今か今かと合図を待っている中年兵士。
悲惨なショーの始まりをせびる観客たち。そりゃ大金持ちのボンボンがこれから奈落の底の地の下まで叩き落されようとしているのだ。それが楽しみで楽しみで仕方がないのだろう。人の不幸ほど最高の美酒はない。苦痛で歪んだ顔から流れる血の色こそ美しい。
「リッヒ……くっ!どうしてこんなことに!」
頭がフラフラとして今にも気絶しそうだ。加えて自然治癒の邪魔だから脳は活動の停止を要求してくる。痛みは全身に余すことなく隅々まで染み込んでくる。だがそのショクや痛みで崩れ落ちれるほどゼガは薄情なやつではない。
もしこの窓から見えた光景が実は映画のようなスクリーンで見せるフィクションであったのならゼガも救われただろう。だけどそんなわけがない。この時代に映画というものなんてないのだから。これは現実だ。
「セッサさん。私をあそこへ連れていってください」
「あ?そんな身体で何が出来るってんだよぉ。それにここは牢だよぉ。どうやって鍵を開けるんだよぉ?」
「だからってこんなところで呑気にしていたらリッヒが殺されてしまいます。リッヒにはもう何の罪もないのに!」
ゼガは支えを振り払って一人で鉄格子まで向かう。
「誰かいませんか!ここから出してください!」
ガシャンガシャンと鉄格子を思いっきり拳を打ち付けるが、誰もいないのか返事は全くなかった。
「そ、そんな。このままでリッヒが。リッヒが殺されてしまう」
ワーワーと歓声がさらに大きさが増す。
「おおっとーリッヒくんー首を狙った一撃を紙一重でかわしたー!さぁあと何分生きていられるかー!」
「ひぃひぃ!も、もうやめてくれ。やめてくれーッ!ぐひゃっ!」
振り下ろされる斧は致命傷にならない程度の傷をいくつも与えていく。さっさと殺してしまわぬように。できるだけ苦痛を与えるために。わざと。
リッヒは足枷から鎖で繋がれた大きい鉄球のために、逃げることはできない。その鉄球を中心にゴロゴロと転げ回れるのがやっとだ。斧を振りかざす中年兵士からの恐怖から逃げ回り、体力もどんどん削られていく。
そんなリッヒを無表情のまま、ゆっくりとした歩みで追いかける中年兵士。一振り一振りの斧はリッヒの身体を掠めるたびにどよめく観客たち。
ひどい光景だった。涙やら血やら埃やらでぐちょぐちょになっているリッヒを笑い者にする観客たち。体力が尽きるのを楽しみにしている。ゼガは耳を塞ぎたくなる。これが人間たちかと。
「罪のない人を殺すのも、罪を吸い取った人を殺すのも結局一緒ではありませんか。私のやっていることは、アクマド=レインとは意味のないことなのでしょうか?」
改めてゼガは己の目標を見直す。自分がやりたかったことはこんなことだったのか?アクマド=レインとはこんなものだったのか?自分の理想とは何だったのか?
ゼガが求めていたことはこんなことではない。罪から救われたリッヒは真人間として新たな人生を送ってもらいたかった。罪は代わりに一生をかけても、いや、償い切れるわけがないのだが、自分が地獄まで持っていくつもりだった。それでも一人の罪人を救えるのなら、本望だった。
でも現実は……。
「さぁーリッヒくんー疲れて来ちゃったのかなー?斧を避けきれなくなってますねー。そろそろ限界かなー?それではーグダグダとやってても仕方ないのでー、兵士さん一気に殺っちゃってくださいー!」
オーオーッ!と最大の盛り上がりをみせた。殺せー!殺せー!のコールが幾重にもなって響く。こんなのがリッヒ最期のレクイエムとなる。
ダスンッ!……タスタスッ
斧が振り下ろされ、リッヒの頭部が転がる音が鮮明に聞こえた。断末魔は聞き取れなかった。斧が振り下ろされた瞬間、ゼガの耳は音を遮断してしまった。今のゼガの心ではそれを受け止めきれないと判断したからだ。
「……ッ!くっ!くく、ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
ゼガは堪らず叫び散らしていた。あまりにもその現実を受け止め切れなくて。思い通りにならなくて。観客の騒がしい雑音を耳に一欠片も届かせない叫びだった。ゼガのショックは計り知れない。
「……くそう!リッヒ。すみません。私は、あなたを助うことができませんでした!」
後悔の念で潰れそうになる。力ない自分が憎い。アクマド=レインである意味がない。どうしてこんな自分がアクマド=レインになったのか。
「おいよぉ。大丈夫なのかよぉ?」
「……セッサさん。私がしてきたことは間違いだったのでしょうか?リッヒを助けられなかった私は間違いだったのでしょうか?」
つい弱音を吐いてしまうゼガ。リッヒの死はそこまでゼガの心を追い詰めてしまっていた。
「んよぉーゼルベールちゃんだったら、この場合どういうだろうよぉ?」
「え?」
そう言えば忘れていたけれど、ゼルベールはどこで何をしているのだろう?いや、それはともかくゼルベールだったらなんて言うのか?きっとゼルベールなら弱ったゼガをこれは幸いだと平気で心を折る言葉をかけてくるはずだ。それが悪魔の仕事なのだから。そんなの決まっているとゼガは思った。
「はっきり言って大間違いだな。わからなかったのか?今更後悔しても遅いぜ!だからあのときリッヒを殺しておくべきだったんだよ!おいしいとこ全部持って行かれてるじゃねぇか!」
なんて感じで。微妙に論点が違う。今はアクマド=レインの存在価値についてなのに、いつの間にかリッヒの処遇についてになっている。まぁゼルベールならいつもこんな感じだ。ゼガがして欲しい答えなんてしてくれるわけがない。
「大体よぉ間違ってるかどうかなんて誰にもわかりゃしねーよぉ。お前だって最初から間違ってると思ってやったわけじゃねぇーんだろうがよぉ」
……確かに。ゼガはアクマド=レインを間違いだと思ったことなど一度もなかった。そうだった、そうだった。何を心が折れそうになっているんだ。そう。ゼガは誓ったじゃないか。ゼルベールに負けてはいけないと。自分の悪魔に負けてはいけないと。自分は自分で善だと思うことを全うしなければいけない。こんなことで、リッヒの死をこんなこととは失礼かもしれないが、心折れている場合ではない、と。自分が信じた道を間違いだったと後悔するには早すぎる。一度の失敗で諦めるほど潔い男ではない、と。
「それによぉ。俺は仕事柄か間違いだからって引くわけにもいかねぇんだよぉ。その間違いがちゃんと間違いであるか調べ尽くさなきゃならんのでよぉ。
こないだよぉ。知ってるかよぉ?三番街のサラダ屋の美人奥さんがよぉ。野菜卸しの男とコソコソ浮気してたってぇ話でよぉ。俺はこの目を疑ったってもんでよぉ。あんな清楚で純情そうなご婦人でもよぉ。やっぱ女なんだなって思ってよぉ。良いねぇーあやかりてぇもんだよぉ!」
ガシャン!
急に牢の鉄格子が音を立てた。脱線し始めたセッサの話がその音で途切れた。ゼガも音が鳴ったほうへ顔を向ける。
「誰がー浮気したいってー?ゼガくんも男の子なんだねーワタシならいつでも相談に乗るよー」
牢を開けて入ってきたのはゼノンだった。そう。闘技場の中央にいたときと全く変わらぬ姿でやってきたのだ。
「ゼガくーんお久しぶりー。元気してたー?」
「……」
気軽に手を振っているゼノンに対してゼガは自然と睨み付けていた。
「何ー?そんなに見つめられると困っちゃうなー。この下着そんなにかわいいー?」
ゼノンはゼガの睨みなんて全く応えていない。むしろそれを茶化す素振りまで見せた。
「おいおいよぉ!それよりクリティカーナよぉ!お前に預けたっていう俺への報酬金はどこやったんだよぉ!早く払えってんだよぉ!」
「うるっさいわねー。今、良いところなんだからー。セッサくんに払うお金なんてこの下着代になっちゃったわよーっだー」
「なぬだとよぉ!クリティカーナ、ふざけんなよぉ!あの報酬で酒買うんだから早く出せってんだよぉ!」
「知ーらないー。それよりこのおニューの下着どうー?」
「バッチリだよぉ!その赤いフリフリのリボンかわいいよぉ!」
「えへへーありがとー」
「よぉ!待てよぉ!その下着は俺の報酬で買ったんなら、俺のものってことだなよぉ!あとで洗わずによこせよぉ!」
「鳩鉄砲で撃たれて死ねーッ!」
「……あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだよぉ?クリティカーナの下着はやらねぇよぉ!」
「あ、いえ。下着はいりませんが、そうではなくそちらの方はゼノンさんではなく、クリティカーナさんと言うのですか?」
さっきからの疑問。何故セッサはゼノンをクリティカーナと呼ぶのか?
「んよぉ?こいつはゼノンの悪魔だよぉ。……ってクリティカーナよぉ!またゼノンの名前使ってたのかよぉ!」
「当たり前じゃないー。ゼノンって名乗ったほうが動きやすいしねー」
……ゼガは心の中でセッサに謝罪するのだった。自分の勘違いでした、と。今までずっとゼノンだと思ってました、と。
「それよりさーゼガくんはー覚悟は決まったのー?リッヒくんの罪をワタシに吸い取られても良いってさー」
「……そのためにゼガはここに閉じ込められていたのかよぉ」
急に目が鋭くなって現状を分析するセッサ。だがその眼光は一瞬で失われていつものセッサに戻る。その変化をゼガは見ていなかった。
「ゼガよぉ。さっきも言ったけどよぉ。アクマド=レインとして迷いがあるならクリティカーナに吸われておけよぉ」
「正解ー。セッサくんもそう言ってるしー楽にしてあげる。さぁ力を抜いてー」
正直な話。いつの間にかゼノン、もといクリティカーナはゼガにぴったり引っ付いていた。ゼガの眼前にはクリティカーナのこぼれそうな胸があった。今更ながらこれが本気のスピードなのだろう。相手は悪魔だ。身体能力では人間が敵うはずがない。きっと初戦では力なんて半分も出していなかったのだろう。
ゼガの半開きになっている口からクリティカーナの手が腕がスルスルと、まるで生きた蛇でも飲み込んでるような気持ち悪さのまま強引に入ってきた。そのあっという間の出来事でゼガも抵抗する時間がなかった。今にして思えばリッヒもこんな風にゼルベールの腕を飲み込んでいたのだろうか。いや、確かリッヒは気絶していたっけ。そんなことを考えている場合ではないとわかっているのだが、今のゼガにはどうすることもできなかった。
「あー。あったあったー。これだー」
フッと何か掴まれた感じがして、次の瞬間にまるで胃や腸や他の内臓やらが全部鉛化した重石になり、それが引っ張り上げられるような、根こそぎ持って行かれそうな激痛がゼガを襲った。
「んが、がっ、ぐがっ!」
それは想像を絶する痛みだった。こんなに苦しいとは思わなかった。当たり前の話なのだが。
「フギギーッ!ゼガくんー。もう楽になっちゃおうよー。抵抗してたらずっと苦しいままだよー」
クリティカーナも力いっぱい罪を引っ張り出そうとしていた。しかし。
「ッ!痛ーっ!痛たたたー!」
とうとうクリティカーナは腕を抜いてしまった。胃液やら体液でまみれた腕には小さいながらも切り傷による出血が見られた。ゼガの体内で出来た傷だろうか。ゼガのほうは吐けるものを吐けるだけ吐いていた
「もー!セッサくんはーゼガくんに変な入れ知恵したんじゃないのー?素直に楽になってれば良いものをー」
「よぉよぉよぉー!罪の吸い取りを跳ね除けたのはゼガの気持ちだよぉ!俺は何も言ってねぇぜよぉ!」
「セッサくんってさー何者ー?」
「よぉよぉよぉー!今の俺カッコ良いかよぉ!」
「全然っー!ワタシの邪魔ばっかりしてー!」
「だったらよぉ報酬払えーってよぉ!」
「ぐぬぬぬーっ」
また二人の漫才が始まったようだ。ゼガの吐き気もだいぶ落ち着いてきた。セッサ曰く、アクマド=レインがアクマド=レインたるにはいかに悪魔に負けないかってことらしい。つまりゼガはクルティカーナに負けなかった。存在自体に迷いはしたが、結局ゼガは選んでしまった。アクマド=レインであることを。
なんだ。それはゼガは初めから持っていた目的じゃないか。まさかこんな形で再確認させられるとは思ってもみなかった。
ゼガは思う。犯罪という悲しい出来事は被害者にならぬことも大切なのだが、加害者にならぬことも同時に大切なことだ。虫も殺さぬ善良な人であっても何かの機に触れ、魔が差すということは大いに考えられる。例え出来心の小さな罪でも重ねていけば、それは大罪へのきっかけになる。人間初めからの大罪者はいない。必ず兆候はあるのだ。
そうなる前に小さくとも少しづつ罪を吸い取っていけば、きっと犯罪は相対的に減っていくとゼガは信じている。手遅れになってしまうこともあるだろうがヘコたれるわけにはいかない。
何故ならそれはゼガが信じた道だから。
「そういやよぉ。こいつをゼノンだと思い込んでたってことはよぉ。ゼガはまだ本人には会ってねぇってことかよぉ?」
「え?あ、そういうことになりますね」
「仕方ねぇよぉ。じゃあこれから出向くとしますかよぉ。このままじゃあ埒が明かねぇってんだよぉ」
「やらせねーよー」
急に牢の空気が凍り付かせる。クリティカーナの不敵な笑みだけが浮かんでいた。獲物をそう易々と逃がすわけがない。狙われる小動物の気持ちをゼガは感じた。
「まーまー慌てなさんなー。一度失敗したからといって調子に乗られても困るー。これからゼガくんはーワタシの特別調教でー改心させてあげるー。
自分が誰だかわからないってくらいにー精神を壊してあげればー喜んで罪を差し出してくれるはずだよー」
クリティカーナは全然諦めていない。本気のようだ。今だから思う。彼女はやはり悪魔だ。目を瞑っていてもそのオーラがひしひしと伝わってくる。怖すぎる。今までの和気藹々とした雰囲気が一変して恐怖を感じさせる。
「よぉよぉよぉー!いつまでもお前の思い通りになると思うなよぉ!ゼルベール出番だよぉ!出て来いよぉ!」
セッサはまた唐突にゼルベールの名を呼び始めた。話の流れを急展開させすぎだ。また変なデタラメを叫んでいるのかもしれない……と思いきや!ゼガの足元からスパーンっ!と勢い良くゼルベールが飛び出してきたー!
「おかえりなさいませーニャンニャン。ご主人さまニャン。えへへっニャンニャンっ」
……。
…………。
……………………。
えっと。冷静に今の状況を分析してみよう。呼ばれて飛び出てきたゼルベールはいつもの格好ではなかった。
メイドカフェというものをご存知だろうか?ヲタク文化の象徴として一世を風靡した、ウェイトレスがメイドの格好をして接客してくれる、あのメイド服姿で出てきたと思ってもらって構わない。
それにプラスしてゼルベールはさらにネコ耳を付けたネコメイド。可愛いらしく見えるように両手を招き手にして、ピョコンと片足を上げている。なかなかここまでのポーズを恥ずかしげもなく出来るネコメイドはいないだろう。この演技力ならすぐに人気ナンバーワンになれるに違いない。さすがゼルベール。ヲタク心をくすぐるのが上手だ。
だが、如何せん場違いも甚だしい。
ゼガとクリティカーナは何事が起きたのか理解できずにポカーンとした表情をしている。真っ白い絵の具をぶっかけられたような。セッサは一人笑いを堪えているようだった。ウプププッと微かな笑い声が漏れている。
コホン!と咳払いをしたゼルベールは黙ってセッサの元へ駆けて行き、脛を足の爪先で思いっきり蹴飛ばす。やはりセッサに何か言われたようだ。
「ゼルベールちゃん可愛いー!その格好でワタシのーお相手してくれるのー?」
「何でもねぇよ!すぐに記憶から消してやるからな!」
「なーんか余裕だねー。この状況ちゃんと理解してるー?この前みたいに遠距離射撃で動きを封じちゃうよー」
クリティカーナは用意していたナイフをチラ見せする。
「ちゃんと対策はあるさ」
それに応えるようにゼルベールは構える。いつでも突撃できるぞ、と意思表示する。
「いつでもかかっておいでー」
その言葉を合図にゼルベールは突撃していく。当然それを迎え撃つためにクリティカーナはナイフを投げ付けてくる。さぁどうするのか?
「セッサ流東方魔術ー!旗包みー!」
ゼルベールは人差し指を口の中に入れて口内をかき回し始めた。口内が刺激されて唾液は大量に分泌され、クチュクチュとなんともいやらしい水音が響く。指を口内から出すとたっぷり唾液が絡まって零れていた。その指を空中で円を描くと、あら不思議。シールドとなって現れた。そう。ゼルベールは血液だけでなく、唾液や体液にも細かな蜘蛛の糸が練り込まれてあるのでこんな芸当も出来る。蜘蛛の糸入りの唾液が空中で絡まって形を成す。
ゼルベールの弱点である遠距離射撃に対抗して作られたシールドだ。このシールドならナイフが飛んできても柔らかい唾液の壁は下手に固いシールドより、ナイフに絡み付きやすく大幅に威力を減算し、突き破られにくくなる。例えるなら水の中にナイフを落とすようなものだ。
おかげでクリティカーナの投げたナイフは唾液に絡み取られて容易くゼルベールのものとなる。さらにその蜘蛛の糸に絡み取られたナイフを操って、今度はクリティカーナと襲う。
「ッ!」
ゼルベールはクリティカーナを直接狙わず、回避経路を防ぐように蜘蛛の糸を円形に走らせて包囲する。これに対応できずにクリティカーナは固まってしまった。これで勝ち。あとは蜘蛛の糸をまき網のように引いてクリティカーナを捉えることができた。
クリティカーナは身体中を蜘蛛の糸で縛り付けられて、動くことができない。綺麗な亀甲縛りに緊縛されていた。
「そこまで!よぉよぉよぉーッ!」
勝負は呆気なく決まった。
「……ふんー。セッサくんの入れ知恵かー。わかったわかったわよー。降参するわよー」
縛り上げられた状態で降参を宣言するクリティカーナ。ふぅ~っと胸を撫で下ろすゼガたちだった。これでようやく話が進行する。
それから牢を抜け、闘技場を後にし、やってきました六番街。ゼガが最初に向かう予定だったはずのゼノンの寝床にようやく向かえる。道中セッサは酒を買いに行ったまま戻ってこなくなったので無視した。
六番街ではそこそこお値段の張る高級宿。警備員が常に監視している。ゼガに支給される旅費では一泊で全額飛んでしまうレベルだ。どこをどう見ても高級品で囲まれていて何だか落ち着かない空間が広がっていた。
「そりゃ釣り小屋みてぇなとこで寝泊りしてる貧乏アクマド=レインとは格が違うな。ゼガ?」
何ともしょんぼりとする光景だった。
「ここがゼノンの部屋だけどー」
目の前にあるのは全三階最上階角部屋で日当たり最高、この宿で一番高い部屋の扉。扉一つ取っても良く分からないレリーフが彫られていて触ることさえ躊躇われる。
「先に言っておくよー。ゼノンはすでに人間じゃないからー」
セッサは言っていた。ゼガの父親。アクマド=レインの成れの果て。クリティカーナは言った。ゼノンはすでに人間じゃない、と。
一体この扉の向こうには何があるのか?ゼガには全く想像がつかなかった。
「覚悟はいいかいー?開けるよー」
カチャンッと鍵は開けられ、扉がゆっくりと開いていった。
……そこには誰もいないのだが、非常に禍々しい気が部屋中に渦巻いていた。緑色の粘着質でドロドロしたスライム状の液体が部屋中央にこんもりと積まれているのが見える。これが禍々しい気の発生源でものすごい臭気も発している。すっぱいような目にまで染み入る刺激臭。その場から逃げ出してしまいたくなる衝動にかられる。
それ以外は至って普通というか贅沢の限りを尽くした部屋の装飾となっている。いくらか値段のわからない絵が飾られていたり、花を生ける花瓶も花に負けず劣らずの豪華さが滲み出ていた。天井付のベッドもゼガたちが泊まる安宿の一室くらいの広さがあるのではないかと思ってしまう。
そんな豪華さとは裏腹にやはり中央の緑色の物体の異常性が何もかも全てを打ち消している。この一点だけの存在感のバカデカさはすごかった。
「これがゼノンだよー」
この緑の物体がゼノン本人らしい。クリティカーナの人差し指は間違いなくその物体を指差している。そしてこれがゼノンだと聞き間違えることなく、確実にゼガの耳はそう聞き取ったのだ。
これが父親……?
いや、やはりそれは未だに信じがたいことだった。これのどこが人間だというのか?人間だったというのか?人間の欠片すら見つからない。本当にこれは人間だったという証拠でもあるのか?ゼガは素直に受け入れずにいた。
「ゼノンは数十年に渡って重い罪を吸い取った結果、心が崩壊してしまったのさー。心の内側からどうしようもない黒い感情が溢れ出してきて、このザマになったってわけー」
そういうとクリティカーナは緑色の物体に手を突っ込み、中から何かを取り出す。それは朽ちているのか腐っているのか、ちょうどクリティカーナの肩幅くらい大きさの樹木のような黒い塊。樹木からはトロトロと緑色の液体が滾々と湧き出ていて、少しの時間が経てばまたスライム状の液体に包まれてしまった。
「ゼノンはもう生きてもいないけど死んでもいないのー。ここまで肉体が朽ち果てても、ワタシがいるってことはゼノンはまだアクマド=レインを続けているってことさー。」
「な、何故そうまでしてア、アクマド=レインを続けているのですか?」
ゼガは信じられぬ眼前の光景に震えながら質問する。どうあってもこんな異常な光景を認められるわけがなかった。
「ゼガくんもーアクマド=レイン続けるって言ったでしょー。それと同じなんじゃないのー?」
「……」
「ゼガくんもーいずれはーこんな風になっちゃうんだよねー。悪いこと言わないからさー。今でも遅くないからさー。こんなことになる前にアクマド=レインをやめるべきだよー」
「……」
このときのゼガには現実感というものが欠けたのかもしれない。どうも目の前の光景が信じられずにいた。これはクリティカーナの陰謀ではないのかと疑い始めてもいた。もう少し観察しようと近づき、その樹木に触れてみた瞬間だった。
急に視界が開閉し、そこは真っ白な雲の上のような場所にゼガは放り出されていた。この感覚はリッヒの記憶を覗いたときと似ているが、一つ違うのは目の前にモヤがかかっている人型が見える。その人型はゼガに語りかけてくる。
“……ゼガか。ようやく会えたな”
その声というか脳内に直接メッセージが吹き込まれてくる。起きているのに夢の中のメッセージというか、幻聴でも聞いているような気分だった。
“ゼガよ。お前もアクマド=レインになったと聞いた。だからお前をわたしの元へ呼んだのだ。この父親の姿を見てわかってもらえると思う。
アクマド=レインなんて止めてくれ。
お前までわたしのようにはなってほしくないのだ。お前までこんなバカな父親のようになるべきではない”
それはゼガにとってショックな言葉だった。未だにこの人が父親としての実感はないのだが、この言葉が何故かゼガの心に響いたから。だけどそんな言葉は聞きたくはなかった。どうして実の父親がそんなことを言うのか信じられない。
“ゼガよ。わたしは後悔している。お願いだ。この父親の頼みをどうか聞いて入れて欲しい。
アクマド=レインなんて止めてくれ”
ゼガは身体を硬直させて神経を一点に集中。限界まで力を込めた結果、この空間から強制的に現実へ引き戻される。来たときと同じように頭が真っ白になってふらふらと眩暈がした。強制帰還した名残か、全身に気だるさが残ったものの無事に覚醒を果たした。
「……ゼノンさん。私はアクマド=レインとしての意味を見つけましたので、これからも続けるつもりです。少なくともそんな姿になってでもアクマド=レインを続けている貴方に言われたくありません」
「なんだよー。急に目を覚ましたと思ったらー」
「いえ。少しゼノンさんとお話をしていたもので」
「まー蛙の子は蛙ってやつかー。ゼノンが人間だった頃もゼガくんと同じ目をしていたよー」
ゼノンはアクマド=レイン。きっと後悔を知っているからこそ、我が子に同様の後悔を味わって欲しくないと思ったのかもしれない。だからあんなこと言うのだ。
だけど。
「ゼガくんー。ワタシらはちゃんと止めたからねー。それでも進もうと言うなら、もう止めたりはしないよー」
ゼノンが見せたのは親心なのかもしれない。でも、もう自分で決めたことだから。
「せいぜい親子そろって地獄に落ちなー」
笑顔でそんな憎まれ口を叩いてくるクリティカーナにゼガは笑顔で答えた。
「ふっふーふーん。ふーふーふふーん」
そんな中何故かゼルベールの鼻歌が聞こえてきた。周りを見るとゼルベールの姿がない。自由奔放脱線状態のゼルベールはゼガが見ていない隙にまた何かしでかしているようだ。ゼガは頭が痛くなった。
「ゼルベール!どこにいるのですかー?」
「ゼルベールちゃんならーそっちの部屋に入っていったよー」
ゼノンが指差すほうには扉があった。どうやらその部屋にいるようだ。鼻歌もそこから漏れている。全く何を勝手なことをしているのやら。ゼガはすぐに扉を開けてゼルベールを姿を探す。
「ゼルベール。もう行きますよ」
「キャー!ゼガのえっちー!」
「ん?おぉ!こ、これは失礼しました」
バタンっと急いで開けた扉を閉めるゼガ。扉の向こうに見えたものはゼルベールの一糸纏わぬ姿だった。一体これはどういうことなのか。
「そこお風呂だよー。ゼガくんってデリカシーがないよねー」
いや、そんな話聞いてませんが、と反論するゼガだった。
「んもーゼガったらー。一緒に入りたいならそう言ってくれれば、いつでも入ってあげるのに」
扉の向こうからゼルベールの声。
「いい加減にしなさい、ゼルベール!」
何とも締まりの悪い展開だった。いつものゼルベールと言えば、ゼルベールらしくもあり。ゼノンの好意で一っ風呂浴びさせてもらったゼルベールをすぐに引っ張り出すゼガ。
「まったく何を勝手なことをしているのですか?また部屋に金目のモノものがないか探索していたのですか?」
ゼルベ-ルはそういう癖みたいなものがある。釣り小屋でもすぐに金目のモノを探していたように。
「そんなことしてねぇって。父子の再開に邪魔するのも悪いと思ったのが半分だよ」
きっとそのもう半分の目的が金目のモノ探しだったのだろう。妙に気を使ってくれたのかそうでないのかボヤかした感じだけど、これがゼルベールなのだろう。
今度こそゼガたちはゼノンの部屋を後にした。父子の出会いだったというに呆気なくそれは済んでしまった。
翌日。ゼガたちはクレア教会に行き、次の仕事先をもらっていた。場所はリジュリナール王国より南へ進んだ島。ここは魚介類を捕って生計を立てている島だ。今の時期はイカが旬だとか。その島には大変な怠け者がいて、そいつの罪を吸い取るのが今回の仕事だ。働かざる者食うべからず。旅支度を終えて、ゼガたちはその島へ向かうのだった。
「ゼガーもう疲れたぞー」
「半刻も歩いていませんよ」
「あーもー!ゼノンくらい旅費があったら歩行鳥くらい買えるのによー!なんでゼガは貧乏なんだー!ンガー!」
「そんなこと言ってても目的地には着きませんよ。ほらがんばってください」
ゼルベールがダダをこね出したので話題を変えることにした。
「そういえば闘技場の牢にいたとき、どうしてメイド服なんか着て現れたのですか?」
ギクッ!と明らかに突かれたくなかったと困惑顔になるゼルベール。どうやら話題を変えることに成功したようだ。
「ありゃー何と言うか、セッサに騙されたんだよ。うん。そうだよ。セッサがゼガはロリコンで、あーいうのが好きだから驚かせてやれって」
「……私はロリコンではないのですが。あのときセッサに助けてもらったわけですね?」
「あぁそうだな。影縫いから開放してくれたのはセッサだった」
「ふむ。なるほど。セッサは一体何者なのでしょう?」
「あれなんじゃねぇの?ほら、城門のお姉ちゃんたちが話してたMONJYAってやつ」
「MONJYAではなく、NINJYAですよ」
それからゼガとゼルベールは野を進み山を越え谷を歩み、アクマド=レインとしての仕事をこなしていく。行く末はゼノンのような化け物になるとわかっていても、ゼガは改めて自分の見つけた道をまっすぐに進んでいく。
誰に何と言われようとも反対されようとも関係ない。自分で決めた道だから。