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5. 巨人

 暗がりからでてきたコボルトたちは、続々と数を増やしながら近づいてきた。


「なんだよ、こいつら、どこから出てきやがった」


 浮き足だつ男たちは次第にコボルトたちに囲まれ始めた。


「藤堂さん!!」


「うるせえ、おれの能力は一遍にかけられねえんだよ」


 オレはすぐにでも飛び出したいのをこらえながら、敷島隊長を向かって叫んだ。


「隊長、指示をください!!」


「オレと柊で射撃を行い、やつらの気を引く。向かってきたヤツから結城と赤井で処理しろ!!」


「了解!!」


 射撃を開始すると、こちらに目標をうつしたコボルトが、群れの中から抜け出してこちらに向かってきた。


「おまえら、すぐに逃げろ!! そこの階段から地上にむかえ!!」


 こちらに向かってきた分、包囲に薄い部分ができ、男たちは強引に突破しようとした。

 しかし、逃げようとした男の一人が足首にかみつかれて、引き倒された。


「くっそ、くるなくるなぁ!!」


 男はかまれた足をかばいながら、顔を恐怖にゆがめ、やたらめったに鉄パイプを振り回していた。

 そこに背後からちかづいてきたコボルトの一体が、爪を振り下ろした。


「ギャアアアア、いてえ、いてえよぉ」


 背中から血をだしながら、男は転げまわった。

 倒れた男にコボルトが群がり、首筋に噛み付くと、男の首の肉がごっそりと抉り取られ、コボルトの口が血に染まった。

 男たちは襲われている仲間に一瞥もくれることもなく、必死な形相で階段までたどりつき駆け上っていった。


「おれたちも地上にむかうぞ!!」


 逃げた男たちの背中を追いかけるように、階段を目指して走った。

 後ろからは、コボルトたちがうなり声をあげながら大量についてきた。


「わらわらとうっとうしい!!」


 階段の前にいるコボルトをまとめて六角棒でふっとばすと、壁にぶつかり破片をまきちらした。

 何とか階段までたどりつき、コボルトたちをけん制しながら階段を上っていった。


「赤井!! あいつらに炎をうちこめ」


 階段を上ってくるコボルトに銃をうちこんでいた敷島隊長が声を張り上げた。


「まとめてふっとべ!!」


 赤井が下にむかって巨大な炎の弾を撃ち込むと、爆発的に燃え上がりコボルトたちが吹っ飛んだ。


「よし、いまだ駆け上がれ!!」


 爆発によってあたりには煙がたちこめ視界が悪い中、階段を駆け上った。

 階段を上りきると視界がひらけ、青い空と日の光に照らされてキラキラと光る線路が横に広がる駅のホームが見えた。


「なんで、こんなにいるんだよ、くるんじゃねぇ!!」


 悲鳴のような叫び声をあげているのは、先ほど逃げた男たちだった。

 逃げた先でもコボルトたちがいたようで、ホームの端に追い詰められていた。


 男たちの下に向かおうとしたが、階段から上ってきたコボルトと、線路からホームによじ登ってくるやつらの対処で手一杯だった。


「くそ、これじゃあ間にあわねえ」


 次々と向かってくるコボルトをつぶしていったが、数が多くきりがなかった。


 そのとき、ズシンという音と共に地響きがした。

 なにごとかと思い身構え、目の前のコボルトたちも色めきたっているようだ。


 さらに、ズシンという音がして、ゆれが大きくなり音の主が次第に近づいてきているのがわかった。


「結城、赤井、サイクロプスだ。いますぐもどれ!!」


 敷島隊長が、上を見上げながら叫んでいた。

 オレも上をみてみると、そこには日の光をさえぎり巨大な影が立っていた。

 身の丈は10mをこえ、赤黒い体皮をし、顔には巨大な目玉が一つだけついていて、ギョロギョロとまわりを見回していた。その目玉は、まるで血のようににごった赤色をしていた。

 その巨大な体を動かすだけで、ぶつかった建物が崩れ、サイクロプスは周囲を破壊しながらこちらに向かってきていた。

 周りのコボルトたちは恐れをなしたように、散り散りに逃げていった。


「な、なんだよ、あいつは、化け物だ!!」


 男たちはガクガクと足を震わせながら、サイクロプスを見上げていた。

 声に反応したのか、サイクロプスの目玉が男たちを捕らえた。


「くっそ、おまえら、逃げろ!!」


 おれは、男たちのもとに走った。


「また、あんたは一人で!!」


 赤井が後ろで叫んでいるのが聞こえた。

 男たちの下にたどり着くと、サイクロプスがこちらに向けて地響きを立てながら歩いてくるのがみえた。


「おら、さっさといけよ!!」


「あ、あう、あ、あ……」


 恐怖に身がすくんだ男たちは、動こうとしなかった。


「ビビってんじゃねぇよ!!」


 オレは手に持った六角棒を地面のアスファルトに叩きつけた。

 男たちは音に反応してビクッと体を震わせた後、ホームから飛び降りて、線路沿いに外にむかって一目散に逃げていった。


(ちっ、ビビってんのはおれもか)


 逃げていく男たちの背中をみながら、自分の手が震えているのを感じた。


「結城、小隊01が到着するまで、逃げ回りながらそいつを引きつけてろ!!」


 敷島隊長が叫んだあと、無線で連絡をとり始めたのが見えた。


「了解!!」


 オレは、ホームから飛び出しなるべく広い場所を目指した。

 建物に隠れてもあいつの怪力の間では、コンクリの壁なんて豆腐みたいなもんだ。

 線路が広がり、砂利が敷き詰められた地面の上に立ち、サイクロプスを待ち構えた。


 よく晴れた空の下でさえぎるものがなく、あたりは熱気に満ちていて、頬を汗が伝うのを感じた。


「でっけーなぁ…… さあ、かかってこいや!!」


 サイクロプスを見上げながら、サイクロプスに向かって叫ぶとその巨大な目玉をギョロリとこっちに向けて、腕を振り上げた。

 振り下ろしてくるタイミングを見計らいながら、おもいっきり横に転がった。


『ズドォォォオオン』


 なんとか避けることに成功したようだが、サイクロプスの拳が地面に叩きつけられた瞬間、まるで大地震がおきたときのように地面が震え、とても立ってられなかった。

 なんとか、立ち上がろうとしたが、その間にもサイクロプスはもう片方の腕を振り下ろそうとしていた。


(くっそ、やばえな)


 そのとき、横から火球がサイクロプスの顔めがけてとんでいった。

 サイクロプスは手で顔覆って、防いだ。その間に、オレは体勢を立て直すことができた。

 赤井がオレに近づき、得意げな顔を見せた。


「まったく、アンタは危なっかしいわね」


「ふん、礼はいわないぜ」


 それから、赤井と連携しながらサイクロプスの攻撃をかわしていった。

 だが、赤井の炎はサイクロプスの表皮を焦げさせるにとどまり、おおきなダメージを与えることができず、オレ自身も逃げるのに精一杯で攻撃のチャンスがつかめなかった。


(小隊01の到着はまだなのか)


 何度目かの腕の振り下ろしを避けたあと、また地揺れのせいで体勢を崩した。

 さっきまでは、そこに赤井がけん制のために火の玉をとばしていたが、飛んでくることはなく、サイクロプスが次の攻撃に移ろうとしていた。


 横にいる赤井の方をみると、顔を苦痛にゆがませて脂汗をたらしていた。


「赤井、どうした!!」


「悪い、力つかいすぎたみたい……」


 そして、サイクロプスが腕が振り下ろそうとしているのが見えた。

(避ければ、赤井がつぶされる……)


 避けることはできないと覚悟を決めて、振り下ろす腕にむけて下から六角棒を振り上げた。


「クソったれぇぇぇえええ!!!!!」


 六角棒を振る瞬間、すべての意識を腕に向けた。すると、全身から腕に力が流れ込み集まっていく感覚がした。

 サイクロプスの腕と六角棒が衝突した瞬間、耳をつんざくような衝撃音がした。

 サイクロプスが腕を弾き飛ばされて、腕につられるように近くの建物を巻き込みながら倒れこんだ。


(なんだ、今の感覚は……)


 戸惑いつつも、チャンスだと思い、たおれたサイクロプスに向けて走り出した。

 さっきの感覚を思い出しながら、足に意識を集中してジャンプすると、まわりの建物を飛び越せるような高さまで体が浮き上がった。

 そのまま、体中に風をうけながら、サイクロプスの顔めがけて落ちていった。

 そして、六角棒を巨大な目玉に向けて振り下ろしてた。


『ドグシャァッッッ』


 サイクロプスの顔は粉々にくだけちり、サイクロプスは動かなくなった。


「ハァ、ハァ、ハァ……」


 全身に重い疲労を感じ、荒い息をつき、六角棒を杖がわりに体を動かして赤井のもとに向かった。


「よう、大丈夫か」


「あんたにしては、やるじゃないの……」


 赤井も息が絶え絶えの様子でひざを地面についていた。

 そこに敷島隊長と、柊さんが走ってやってきた。


「おまえら、動けるか。柊、治療してやれ」


「赤井の方がやばそうだ、オレは後でいい」


 柊さんは《僧侶》の能力を使って、赤井の手当てを始めた。

 体についた擦り傷などは治ったが、赤井の表情は依然としてつらそうだった。


「やっぱり、能力の使いすぎね。隊長、花梨ちゃんは当分うごけそうにないです」


 柊さんの能力は外傷はなおすことができるが、疲労や病気など体の内部に関することは治せなかった。


 あたりを見回すと、コボルトたちがちらほらと現れて、こちらの様子をうかがいながら近づいてくるのがみえた。

 サイクロプスを倒して、オレたち疲労しているところを狙っているようだ。


「まずいな、こんな開けた場所で多数でこられてらしのぎきれん」


 敷島隊長が焦りを浮かべながら、周囲を見回していた。


 次の瞬間、唐突にコボルトたちの動きがとまり、なにかから抜け出そうともがき始めた。


「なんだぁ!?」


 コボルトたちをよくみると、空間がゆらいでいるようにコボルトの姿がゆがんで見えた。

 そして、空間のゆがみがきえると同時に、コボルトが胴から真っ二つになった。その断面は鮮やかで、まるで初めからそういう形をしていたかのようだった。


 いま起きたことに呆然としていると、金剛さんが慌てた様子で駆けつけきた。


「無事か、おまえら!!」


「なんとかな」


「コボルトが多くてな、道中倒しながらきたせいでおくれた。すまん」


「いや、きてくれて助かった。ところで、民間人をみなかったか。助けた後ここから線路沿いに走って逃げていったんだが」


「見てないな。そっち方面なら自衛隊の連中がいるはずだから保護されているだろう」


 それから、ほどなく、異相境界の消失の連絡が入り、全身に疲労を感じながらギルド局にもどった。



 ギルド局にもどったあと、敷島隊長にいわれて医務室に寄った。

 医務室の扉をあけると、ベッドに寝て診察を受ける赤井とつきそう柊さんがいた。


「まったく、無茶しすぎね。体調がもどるまで能力の使用は禁止よ」


 そこには、赤井をしかりつける20代後半の長く黒い髪を後ろにながした白衣姿の女性がいた。このひとは、金城さんといい、医療班としてギルド職員の治療を担当している。

「おや、もう一人お客さんかね」


「うッス、失礼します」


 金城さんがこちらにきづいたようで挨拶を返した。


「それじゃあ、診察を始めるからそこのイスにすわってちょうだい」


 診察を開始し、オレの体をじろじろと眺めていた。


「特に大きな外傷はないけど、体の疲労がひどそうね。変わった能力の使い方しなかった?」


 先ほどまでは、患者をみる医療者の顔をしていたが、今度は興味深そうにこちらをみつめる研究者の顔をしていた。

 金城加奈子は医療班とは別に、研究班の班長という顔も持つ。なんでも、能力者の研究のために日常的に能力者をみれる、医療班にも参加しているそうだ。


 魔物との戦闘中に、体の一部に意識を集中して能力を使用したあと、体の急激な疲労が起きたことを話した。


「能力の部分的な集中化か、おもしろいわね、どおりで分布がかたよってるわけか……」


 なにかぶつぶつと小さな声でしゃべっていて、ききとれなかった。


「えーと、金城さん?」


「ああ、ごめんね。使い慣れない能力の使い方をしたせいで肉体が疲れただけだから、ゆっくり休んでれば体の疲労は直るわ」


 おれはイスから立ち上がり、赤井たちのほうをむくと、さっさといけとばかりに赤井がしっしっと手を振っていた。


 ギルド局をでたとき、夕方をすぎて腹もへっていたので、どこかに食べに行こうとしたら、横から声をかけられた。


「あの…… きみはギルドの勇者であってるかな?」


 声のしたほうをむくと、くたびれた背広を着た中年男性が立っていた。


「ん? おっさんは、たしか……」


「ああ、この前きみに助けてもらったんだよ、おぼえてるかな」


 思い出した、このまえの任務のときオフィス街でゴブリンにおいかけられていたおっさんだった。


「あのとき、会社に泊まりこんでいて、異変に気づいて起きて逃げ出したんだけど、魔物に見つかってしまってね」


 苦笑しながら、あのときのことを語っていた。


「もうだめかと、おもったとき君たちに助けてもらったんだ。ほんとうにありがとう。キミは命の恩人だよ」


 会社のために身を粉にして働いて、そのあげく魔物に追い回されるおっさんに、同情をおぼえた。


「あー、いいッスよ。仕事なんで当たり前のことをしだたけッスから」


「いや、そんなことはないぞ。あのときキミが飛び出してきてくれたおかげで私は助かったんだ。仕事だからといって、簡単にできることじゃないさ」


 手放しにほめられることに照れを感じながら、何度も頭を下げてくるおっさんと別れた。

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