46. 勇者な兄、魔王な妹
広崎を追いかけて異相境界内に飛び込むと、異界のマナの奔流に逆らうように進む姿を見つけた。
「広崎、まちなさい!! そのまま進めば2つの世界がただでは済まない」
すでに異相境界内には異変が生じており、荒れ狂うようにマナが渦巻き始めていた。
「うるっさいわね。わたしはこのまま榎本さんと別の世界にいくのよ。邪魔しないでくれる」
広崎はこちらに敵意をむき出しの顔を向けてきた。
「最初からアンタのことは気に入らなかったのよ。途中から入ってきたのに、榎本さんの関心を独り占めにして……」
「榎本さんにとって、わたしはただの道具でしかなかった。わたしもそのつもりで、協力していただけ」
「そうね。それはわたしにとっても同じ。便利な道具としか見られていないってのは思い知らされた」
広崎は視線を落として、暗い表情をした。
「でも、榎本さんにとってはあんたの方が便利だと思っていたってのが気に食わないのよ!!」
「広崎、もうやめようよ…… あなたは自分のやりたいことをやってもいいんだよ」
「うるさい、うるさい!! わたしのやりたいことなんて何もない……。榎本さんと一緒にいられればそれだけでいいんだ」
広崎は叫び声のあと、榎本さんの魔石を握りこんだ。そして、能力を使って目の前にレンズのような曲面をもった半透明の膜を作り出した。
「消し飛べ!!」
魔石が光り輝くと、レンズに向かって幾筋もの熱線が照射された。そして、膜によって収束された熱線は圧倒的なエネルギーをもつ光の束となって、わたしに向かってきた。
「くっ」
わたしは羽をはばたかせて横にずれたが、よけきれず右半身が光に飲み込まれた。
やがて、光の奔流が落ち着くと、右半身からはブスブスと煙が立ち、炭化した体がボロボロと崩れていった。
「あはははは、いい気味ね」
「広崎鏡!! いってわからないなら、力づくでいくよ」
わたしは再生能力に集中して、一気に欠損した部位を元の状態に戻した。
「いいわ、かかってきなさい!!」
わたしは空間のゆらぎを作り出し、広崎の背後に転移した。
無防備な背中にむけて爪を振り下ろすも、目の前に出現した膜によってはじかれた。
「あなたの能力なんて見飽きてるのよ」
わたしの周囲を球状の膜が包むこみ、広崎の握った魔石から熱線が放たれた。
一発目を避けたが、周囲に展開された膜に反射された熱線が再びわたしを襲った。
「あははははっ、いつまで避け続けるのかしら」
広崎はさらに熱線を放ち続け、わたしの周囲には反射された熱線が常に飛び交っていた。
転移によって膜の内側から脱出しようとしたが
「移動できない!?」
「だから、いったでしょ。アンタの能力は把握済みだって。アンタの能力は転移先を指定する必要がある。その方向を捻じ曲げてやれば、もとの場所にもどってきちゃうのよねぇ」
広崎は口元にニヤニヤと勝ち誇った笑み貼り付けていた。
すでに回避は追いつかず、体にはいくつもの傷ができていた。だけど……
「なによ、その体!?」
わたしの体は炎に包まれ、溶岩と赤熱した岩石で構成された体に全身を変化させた。
体を襲う熱線は意味をなさず全て炎の中に吸収された。
わたしは両手を前に構えて、周囲を囲う膜に向けて炎を噴射した。反射されてくるが、構わずさらに炎を出し続けていた。
「ちょっと、いつまで出すつもりよ!?」
広崎が慌てた声をし、やがて膜の中がすべて炎で満たされると、反射の許容量を超えたのか膜がはじけとんだ。
「こんなゴリ押しで突破されるなんて!!」
悔しげに顔をゆがめる広崎を見ながら、両手からの爆炎の噴射を推進力にしてロケットのように突撃した。
逃げようとする広崎を追尾し、焦りで顔をゆがめる広崎めがけて頭から突っ込んだ。
『ドゴォンッッ』
派手な衝撃音をだした後、広崎が勢い良く吹っ飛んでいくのが見えた。
さらに追撃を加えようとしたところで、何かが近づいてくるのを感じた。
「おい、葉月、無事か!!」
大声でわたしに呼びかけてくる声が聞こえたので振り向くと、兄とその隣にもうひとりいた。たしか紬という名前でよばれていた榎本さんの妹だったな。
なぜこんなところまで兄が来てるんだという驚きの後に、兄たちをすぐにここから退避させるために警告した。
さきほどから、異相境界の不安定さがさらに増してきて、崩壊が予兆がそこかしこに現れていた。
しかし、兄はわたしを心配そうに見つめながら
「お前も帰るんだよ!!」
一緒に帰ろうといってきた。
あれだけひどいことをしてきたのに、なんで……
考えにふけっている暇もなく、体勢を立て直した広崎が兄たちに襲いかかっていった。
「させない」
どこまでも自分の望みを通そうとする広崎を止めるために、赤熱化した体を変化させながら広崎に向かっていった。
全身が長大な蛇となり虹色に輝く羽をはばたかせながら広崎に近づいていった。
「ちっ、アンタは邪魔なのよ」
広崎が魔石を握りこむと、何本もの光る鎖がわたしに向かってとんできて体に絡み付いてきた。万力のように締め付け抜け出すことは難しかった。
「わが身を燃やせ、そして自由の翼を」
わたしは拘束された体を炎でつつむと、極彩色の羽毛を持つ何羽もの鳥に分裂させた。
「え、え? なによこれ」
戸惑う広崎に、鳥たちをまとわりつかせるように囲ませた。鳥たちを蛇に変化させると、広崎の体に各部に巻きつき体を締め上げた。
「う、く、ぐぅ」
無数の蛇たちは束となりやがて、下半身が蛇、上半身が人の姿をもつ一匹の蛇神の姿をとった。
締め付けられ苦悶の声をもらす広崎から、魔石を奪い取った。
「兄さん、コレをもって早くもとの世界にもどって」
魔石を手にとって、兄に差し出した。
「それは、わたしの、、わたしのものよぉぉぉ!!」
広崎は半狂乱な様子で、必死にもがいていた。
「ちがう!!」
そこに広崎の声をねじ伏せるように、はっきりとした声が割って入った。
「これは、兄のものです」
紬がキッパリと言い切った。
「わたしのものよ…… わたしが自由にできるわたしだけの特別なものなのよぉ……」
広崎は弱々しくうわ言のように繰り返していた。
その姿を見ながら、わき目も振らず必死に前に進もうとする様は、どこか自分がしてきたことと似通った部分があり胸が締め付けられた。
「これはオレが預かっておく」
兄は痛ましい顔をしながら広崎を見た後、魔石を受け取った。
「よし、とっととこんなところから出るぞ」
兄はすべてが片付きホッとしたような表情をしたあと声をかけてきたが、わたしは首を横に振った。
「ごめん。わたしは向こうの世界にいくよ」
「なぜだ!?」
「わたしには異界のマナが流入するように経路が形成されている。そんな存在が元の世界にもどったら、向こうの世界からずっとマナを吸い続けることになってしまうの……」
「そんな、せっかく、またおまえと帰れると……」
がっくりとうなだれる兄に、わたしは言葉を続けた。
「兄さん、頼みがあるの。紬にも」
「なんだ?」
「まだ、元の世界にも異世界のマナが詰まった魔石がまだ残っているから回収してほしいの。わたしは異世界にわたったマナを回収していく」
わたしの中に入ったマナの持ち主たちから聞こえる声の中には『帰リタイ、元ノ世界ニ戻リタイ』というものがあった。
その声は、悲哀と渇望に満ちたもので、わたしはその願いを叶えなければいけなかった。わたしたちのせいで、無理矢理別の世界につれてこられてのだから。
「全部、マナの回収が終わったら、そのときはきっとそっちの世界に戻るから、待ってて」
「わかった…… オレもなるべく早く済むようにがんばるぜ」
「わたしも微力ながらお手伝いします」
兄は寂しそうな顔をした後、まっすぐにわたしを見つめてきた。その横で、紬も力強くうなずいてくれた。
「ありがとう、それじゃあ、またね!!」
兄はくるりと踵をかえして、紬と一緒に元の世界に戻っていった。
わたしは、離れていく兄の背を名残惜しそうに見つめた後、向こうの世界に進んでいった。
――わたしは“魔王”で、お兄ちゃんは“勇者”なのだから、この二者ならいつかきっと会えるはずだ。
やがて異相境界の終わりが見え、目の前には新しい世界が広がっていた。
次回、エピローグ!!




