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45. ほしかったもの

 元の世界に戻った瞬間、目に入ったのは、兄の仲間を襲おうとする榎本さんの姿だった。

 

 攻撃を防ぎたいと念じると、体がわたしの意志に反応するように変化した。

 地を強く蹴ると、いままでは考えられない脚力によって前進し、振り下ろされる腕に間に合った。

 

 まるで生まれつきこの体であったかのように、どうやって動けばいいかがわかった。

 同時に脳内に直接響くように声が聞こえてきた。


『滅ボセ、滅ボセ』

『壊セ、我ラヲ縛ル、コノ世界ヲ』

『憎イ、一匹残ラズ、殺セ』


 その声の主は何百、何千に及ぶものであり、頭の中はその声で埋め尽くされていた。

 流れ込んでくる意思は、この世界への憎しみであり、この世界に生きるニンゲンへの殺人衝動に満ち溢れていた。


『殺セ、ソイツヲ殺セ』


 わたしは、頭に響く声に操られるように、一番マナが濃いニンゲンに向かっていった。

 何度か攻撃を受けたが、声に従って動いているうちに目の前のニンゲンは消えていた。


『マダ殺スヤツラガイル』


 声に従って振り向くと、恐怖で体を硬直させた複数のニンゲンが立っていた。

 そのうちの一匹がゆっくりと近づいてきた。


『殺セ、殺セ』


 湧き上がる殺人衝動に従って、爪を振り下ろそうとしたとき、いくつもの声にまぎれるように、小さな声が聞こえた。


『葉月ちゃん』


 か細く消え入りそうな声だったが、たしかに聞こえたのは美里の声だった。


(美里……)


 いまだにたくさんの声はきこえるが、わたしは自分の意思で動けるようになっていた。

 夢からさめたような気分で前に目を向けると、わたしの爪が兄の胸を貫く寸前で止まっているのが見えた。


(危なかった。ありがとう、美里……)


「葉月、おまえ、正気にもどったのか?」


 兄が心配するように声をかけてきた。


「兄さん……」


 だが、ホッと安心するヒマもなく、肌がチリチリと危険信号を伝えてきた。

 感覚に従って目を向けると、周囲にガスがただよっているのが見えた。


 とっさに背中の羽大きくはばたかせて、周囲に集まったガスを散らせた。

 

「なぁ~んだよ、そのままズバーッと兄貴のこと貫けばおもしろかったのによぉ」

 

 そこには、冷笑をうかべる榎本さんと、もう一人が寄り添うように立っていた。

 

「結城、この期におよんでわたしたちの邪魔をしないでよね」

 

 イラだった声でわたしに声をかけてきたのは、広崎だった。

 だが、その姿は依然見たものとは異なり、頭にねじくれた角、獣のような純白の体毛に体を覆われていた。


「テメェ、榎本、何で生きてやがる!!」


 兄が驚いた顔をしながら、榎本さんに怒鳴っていた。


「それはなぁ、この頼もしい部下である鏡のおかげさ。ほら説明してやれ」


「榎本さんがいうなら、しょうがないですね。特別に説明してあげるわ」


 広崎は嬉しくてしょうがないといった様子で口角をつり上げていた。


「炎の着弾地点には榎本さんはいなかった。あんたらが倒したと思ったのは、わたしの《偏向》の能力で光を屈折させてつくった虚像よ。その後は、光を全反射させて姿を隠していたのよ」

 自慢げな口調で、広崎は話しを続けた。


「オレはうれしいよ。とっさに自分の能力を応用してオレを助けるだなんて、試練を乗り越えただけのことはあるな。なぁ、鏡」


 榎本さんはなれなれしい口調で広崎の肩に手を置いた。

 広崎は、そんな榎本さんをみながら頬を赤らめながら、話しかけた。


「榎本さん、試練を乗り越えたわたしにご褒美をいただけないでしょうか」


「なんだ、好きなものをいってみろよ」


「はい、それじゃあ……」


 広崎はうつむきもじもじと手を合わせたあと


「……榎本さんの心がほしいです」


 すばやく手を抜き手の形にすると、榎本さんの胸に手を突き入れた。


「ぐ、ガハッ、おまえ、なにを……」


 榎本さんは血を吐きながら抵抗しようとするが、広崎はなにかを掴みながら手を抜き取った。


「あはぁ、やっと手に入ったぁ~」


 広崎は手にもった乳白色に輝く魔石をうっとりとした目つきで見つめていた。


「に、兄さん…」


 紬が突然の凶行で倒れた兄をみながら、呆然とした表情をしていた。


「ああっ、榎本さん、榎本さん~」


 いとおしそうな手つきで魔石をなでる広崎の足元には、血だまりに倒れる榎本さんの体が横たわっていた。


「さあ、榎本さん、こんな腐った世界からわたしたちのための場所にいきましょう」


 広崎はつぶやくと、背中から一対の真っ白な翼を生やした。羽ばたかせると、こちらには目もくれず、装置の方に飛んでいった。

 向かう先に目を向けると、そこには赤黒い光を発する異相境界が見えた。


「まずい、あの子を止めなさい!!」


 金城さんが広崎を指差しながら、切羽詰った声をだした。

 わたしはその声に従って、背中の羽をはばたかせ、急いで広崎の背中を追った。

 

 

   ●○●○●○●


 

「葉月!!」


 葉月が異相境界に入っていくのをみて、オレは急いで追いかけようとした。


「ちょっと、待ちなさい!! 異相境界に生身で入るなんて死ぬつもりなの」


 金城さんが慌ててオレを引きとめてきた。


「異相境界の中には異界のマナが充満してるのよ。そんなところにはいったら、たとえ魔石でガードされている能力者でも、たちどころに異界のマナの影響で死に至るわ」


「しかし、そんなところに入った葉月も無事じゃすまないんじゃ」


「葉月ちゃんは、魔石内が異界のマナに置換されているから、あの中に入っても問題ないわ」


 それでもあきらめきれないオレは、どうにか解決方法がないか考えていると、紬が声をかけてきた。



「あの、異相境界に入るのお手伝いしましょうか?」


「なんとかできるのか!?」


「はい、わたしの能力で異界のマナの影響が出ないように防御することができます」


「本当か、よし、すぐにいくぞ!!」


 オレはすぐにでもいくために、紬の小さな手を握り飛び出そうとしたところ、また金城さんに呼び止められた。


「だから、ちょっと待ちなさい」


「ぐ…、なんですか?」


「いい、榎本君の魔石を取り戻したら、すぐにもどってくるのよ。榎本君の魔石には、吸い取ったこちらの世界のマナが大量に詰め込まれているわ。あんなものを異界のマナが入ってくる異相境界に持ち込めば、二つの世界を隔てる境界が破壊されて、最悪世界が混じり合ってしまうわ」


「わ、わかりました」


 あいつの魔石が世界を崩壊させる爆弾になりかねないとか、本当に最後までやっかいなやつだな。


「それじゃあ、いってきます」


「ええ、いってらっしゃいな」


 もう何もないようで金城さんに見送られながら、異相境界に向かっていった。


「おい、抱えるぞ」


「え、あ、はい」


 榎本の死体を横目でみている紬に声をかけると、腰と足に手を差し込んで抱えた。

 足に力をこめて異相境界の中に飛び込んでいった。

 

 異相境界の中に入ると、そこは赤黒いマナの奔流だけがある空間となっていた。

 注意された異界のマナによる体への侵食がないか気を張っていたが、特に異常は感じられなかった。

 良く見ると、体を薄く乳白色の光がコーティングしていた。


「これは、おまえの力なのか?」


「はい、わたしの中に蓄積されたマナを放出して体にまとわせています。なので、時間がたつと減っていくので長くはもたないです」


「助かる。それじゃあ急ぐか」


 うなずく紬と一緒に中の空間を渡っていった。

 地面も何もない場所を歩くことに違和感を感じたが、どうやら体を覆う現界のマナと異界のマナが反発することで一時的な足場のようになってるみたいだ。

 進みながら横にいる紬の様子が気になって声をかけた。


「なぁ、榎本、いや、おまえの兄貴のことは、なんていうか……」


「いえ、いいんです。兄はそれだけのことをしてきたのですから。あの子に対してもひどいことをしていたようですし」


 紬は気丈に振舞っていたが、ショックを隠せないように表情を暗くさせた。

 

 しばらく進んでいくと、争う音が聞こえてきた。

 衝突する二つの影がみえ、今片方が吹き飛ばされた。


「なんで、邪魔をするの、わたしはただ榎本さんと一緒にいたいだけなのに!!」

 

 吹き飛ばされたのは、榎本と一緒にいた少女のようで、葉月に向かって大声を上げていた。

 

「そのまま進めば二つの世界がなくなってしまう。はやくその魔石を元の場所にもどさないと」

 

「いいじゃない、世界なんて。わたしは、わたしが安心できる居場所がほしいの。あの世界にはそれがなかった、だからそんな世界はいらない!!」

 

 二人は衝突しあっていたが、どこか葉月が遠慮しているような部分が見えた。


「おい、葉月、無事か!!」


「兄さん!? 早く逃げて、ここいたら巻き込まれる」


 オレに気づいた葉月は驚いた顔をしたあと、厳しい口調でここから退避するようにいってきた。


「そういうわけにいくか!! お前も帰るんだよ」


 オレも負けじと言い返すと、そこに少女が割って入ってきた。


「横から何をごちゃごちゃと、あなたたちもわたしの邪魔をするのね!!」


 怒りに顔を染めた少女がこちらに突っ込んできた。

 

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