44. 魔王な妹
榎本との戦いは厳しいものとなっていた。
金属と金属がぶつかり合う音が響き、こらえきれずに弾き飛ばされた。
「ガッ!! くそっ、オッサンの力を上乗せしても力負けするのかよ」
目の前に立つ榎本の両腕には鋼の大剣が握られていて、数合打ち合っただけで手がしびれ、弾き飛ばされる始末だった。
使っている六角棒もヒビだらけで、いまにも壊れそうな状態となっていた。
「消えろ」
榎本の手から剣がとけるように消えて、空いた両手からレーザーのような閃熱が放たれた。
「おっとぉ」
そこに局長が立ちはだかり、レーザーを受け止めて霧散させた。
「隙あり、燃えろ!!」
動作後の硬直をねらって赤井が巨大な火炎を撃ち出した。
「防げ」
予備動作なしに、榎本の周りを囲むように格子状の障壁が展開し、衝突した炎はあたりに火をまきちらすだけに終わった。
「あー、もう、なんなのよこいつは」
赤井がいらだったように声を荒げた。
「赤井君おちついて、私たちがやるのは時間かせげだーけなんだから」
局長は自然体で体に力をいれずに立っていたが、服はあちこちやぶれたり焦げた部分があり、自身の血でところどころ赤く染まっていた。
オレも浅くない傷を負っていて、柊さんに治療してもらいながら何度も榎本に挑みかかっていた。
「結城君、治しますね」
今も、走りよってきた柊さんがさきほど受けた傷を治療してくれていた。
「あーったく、何度も何度も、おまえらはゾンビかってんだ」
はじめのほうは余裕の笑みをみせていた榎本だったが、次第にイライラした様子を見せ始めていた。
「まあいいや、力の使い方もだいたい把握した。さっさと終わらせてやる」
榎本は息を吸い込み腰をぐっと落として、力をためるような姿勢をみせた。
「……加速」
次の瞬間、榎本の姿が消えて、ドンという音と衝撃があたりに響いた。
「ぐあっ!!」
何が起こったかわからないまま、オレの体が突然弾き飛ばされた。
体中に痛みを感じながら、立ち上がろうと目を向けた先には、柊さんに刃物のように鋭い爪を振り下ろそうとする榎本の姿があった。
「やめろぉぉぉぉぉ!!」
神埼も、赤井も突然のできごとに反応できず、硬直する柊の瞳には自身に振り下ろされてくる残酷な未来が映っていた。
『ギィン』
硬質な物同士がぶつかる音が鳴り響き、榎本の爪をは途中でとめられていた。
“ソレ”は忽然と現れて、榎本の攻撃を受け止めた後、腰から生えた長大な尾を榎本に向けて振りぬいた。
『ドゴォン』
巨大なハンマーでたたいたような音をだして、榎本はふきとび壁にぶつかり、パラパラと石材の破片を撒き散らした。
突然の展開についていけないまま、“ソレ”は嵐のように榎本に攻撃を次々とくり出していった。
“ソレ”は、人間の体を持ちながらも、鋭い爪を手足の指先から生やし、体表には鋼のような鈍色の鱗を生やしていた。
「葉月…… 葉月なのか?」
顔立ちはまぎれもなく葉月のものだった。
しかし、真紅に染まった瞳をギラギラと光らせながら榎本に向かっていく様は、まるで…
「まるで魔物のようね。いいえ、保有するマナ濃度はドラゴンのそれを軽く凌駕しているわ。魔物なんて生易しいものではなく“魔王”とでも呼ぶべきかしらね……」
立ち尽くすオレの横に立った金城さんが、葉月をみながら震える声で話した。
「あれは、本当に葉月なのか!!」
オレは金城さんにつかみかかる勢いで詰め寄った。
「ええ、異界のマナを注いだ結果が、あの姿よ」
金城さんが指し示す先では、葉月の背中から骨が突き出て翼の形をとり、飛膜を展開させた。
そして、足にはえた爪をアンカーのように床に突き刺し足をたわめ、翼をはためかせた次の瞬間、姿が掻き消えた。
「ぐああぁぁああっっ!!」
次に見えたとき、榎本の悲鳴が聞こえ、葉月の口元には人の腕がくわえられていた。
加えた腕をぺっとはき捨てると、口元に生えた凶悪な形をした牙から血を滴らせた。
「ハァハァ、くそっ、なんだってだ。治癒の光よ……」
榎本は途中からちぎりとられた腕に、残った片方の手を添えた。すると、乳白色の光が腕を包み込み、腕が徐々に再構成されていった。
治療が終わると、榎本は葉月を観察するようにしげしげと見ていた。
「ふん、魔物化しやがったか。いまさら魔物の一匹程度なんざ脅威にすらならねえよ!!」
叫び声とともに榎本の周りに十数本の金属の槍が現れた。出現した槍は帯電したように、バチバチと紫電を撒き散らせていた。
その様子を葉月は静かに見つめ、その表情には何も浮かばず、殺意だけが目にともっていた。
「雷をまとわせた槍だ。ちゃちな防御じゃふせげねぇ、くし刺しにしてやるよ!!」
「葉月!!」
一斉に葉月にむかって鋭利な先端が迫り、オレは思わず悲鳴のように、葉月の名前を呼んだ。
「なんだと!?」
しかし、葉月は構わず前にすすんだ。予想外の動きに驚愕で顔をこわばらせた榎本のもとに、葉月が弾丸のように突っ込んだ。
走りながら葉月の両腕が変形し、左腕はリザードマンが持っていた重厚な盾のような形をとり、右腕はキラービーの針のように鋭い槍となっていた。
大半の槍は盾ではじかれ、カバーし切れなかった分は葉月の体に何本も突き刺さった。それでも、突進する速度はゆるまず、右手の槍が榎本に迫った。
「くそっ、防御陣展開」
榎本の体を包むように格子状の障壁が展開された。
防御に絶対の自信があるのか、榎本はニィと口の端を歪めて笑っていた。
しかし、その自身は次の瞬間崩されることになった。
葉月の目が妖しく光った瞬間、障壁は石化し、葉月の槍によって砕かれた。
驚愕で目を見開く榎本のもとに、槍の先端が勢いのまま迫っていき、腹を貫いた。
「ぐうぅぅ、くそっ」
貫かれた榎本は脂汗を流しながら苦痛の声を上げた。
葉月は榎本を貫いたまま槍を掲げ、ブンと大きく振ると槍から抜けた榎本はごろごろと地面を転がった。
倒れた榎本を見下ろしながら、葉月は大きく息を吸い込んだ。
榎本は刺されたときに毒を流し込まれたのか、しびれたように体をわずかに身じろぎするだけだった。
そして、大きく開いた葉月の口から青白く輝く炎の玉を吐き出され、榎本に飛んでいった。
「全員、伏せろ!!」
炎の玉が着弾すると、周囲に熱と爆風を撒き散らした。
熱風が収まり、身を引き起こすと、そこにはなにも残っていなかった。いまだに熱はおさまらず、融解した床が沸騰したように気泡をあげていた。
「榎本は…… どこへいったんだ」
口にしてみたが、答えなど分かりきっていた。圧倒的な力の前でチリも残さず消されたのだろう。
葉月はじっと榎本がいた辺りを見つめていたが、やがて、ゆっくりとこちらに振り返った。
こちらを見る目は榎本に向けていたときと変わらず、ギラギラとした殺意に彩られているようにみえた。
全員が葉月を注視し、声をだすことはおろか目を離すこともできなかった。
だが、オレはここで逃げるわけにはいかなかった。
意を決して一歩前に足をだすと、あとは自然と足が進んでいった。
そして、葉月の前に立つと、葉月から感じる威圧感をさらに強く感じた。
「葉月、オレは――」
周囲の人間が固唾を呑んで注目するなか口を開いた瞬間、葉月は無表情のまま、地を蹴って爪をオレに向けてきた。




